官僚採用試験 受付

 アーシュさんとのんびり歩いてお城に向かう。


 森林領のお城は山の上にあって、その姿は領都からは見えない。大通りを北に向かって、突き当たったところにある門から階段を登って行くと、その奥にお城があるらしい。見えないので分からないけど。


 大通りを歩いていると、正面にうっすらと見えていたお城の入り口の輪郭が、だんだんハッキリしてくる。突き当りに崖のような岩壁がそびえており、その真ん中に門があるのが分かる。門がなければただの山だとしか思わないだろう。

 穀倉領のお城は平地にあって、柵で覆われてはいるがここまで領都から区切られた感じはしなかった。森林領のお城は、領都の北側にある山の上に建っているので、領都からお城へ道は繋がっているものの、全く別の場所として区切られているように感じる。


「森林領は領の外周の半分が境壁に面しているんだよ。境壁に異変があった時に狼煙が見やすいように、元々は領都と同じ高さにあった城をわざわざ山の上に作り直したらしいよ。あとは水害対策も兼ねてるかな」

「……神物……」


 たしか、両親が見に行こうと言い出したのは、それが珍しいからだ。どれくらい珍しいのか知らないが、あの時だって、そもそも境壁の壁が壊れていなければ侵入されることはなかったはずだと聞いた。


「神物って珍しいものだって聞いたけど……」

「そうだね。そもそも神物が生き物だとも限らないし、人を襲う神物なんて何十年に一匹もいないんじゃないかな?実際、5年前に討伐された神物も60年ぶりだとか言われてたからね」


 アーシュさんの軽い口調にハッとする。


 ……アーシュさんは知らないのかもしれない。


 最初に発見された神物は討伐された。だが、わたしたち神呪師が見に行った境壁のところで、もう一匹、神物が出現していたはずなのだ。あの時、討伐隊は半分しか来ていなかったし、無事だったとはどうしても思えない。わたしの両親の死やわたしの記憶喪失の原因となった神物は、どうなったのだろう。


 ……ダンは、どうして話してないのかな。


 隠したいことがあるからだろうか。


 ……わたしが境壁に触れたこと……とか?


 この2週間ずっとアーシュさんと一緒にいたが、特に怖いとか怪しいとか感じたことはなかった。それはダンも同じだと思う。そうでなければ、今のこの状況をダンが許しているはずがない。それでも、まだ話さない方がいいのだろう。


 ダンの警戒に少し気を引き締めつつ門に近づいて行くと、徐々にその大きさが実感できた。


 ……た、高い……。


 門の高さは2階建ての家よりも更に見上げるほど高く、じっと見ていると首が痛くなる。そして階段の幅も広い。大通りくらいの幅がありそうだ。


「こんなに広くても階段だと歩いてしか登れないよね?」

「馬車は裏から回るんだよ。ほら、川に向かう道があるだろう?」


 視線を左にずらすと、たしかにそちらに馬車が向かっているのが分かる。


「川沿いに馬車用の道があるんだ。2台の馬車がすれ違えるくらいの幅しかないから冷や冷やするよ。入り口にはちゃんと警邏が立ってて、1台1台確認してる」

「階段の方には門番とかいないね」


 岩壁に埋まった大きな門だが、扉は開いた状態で、階段がすっぽり岩山に収まっているのがそのまま見える。特に侵入を阻むようなものがあるようには見えないし、通る人を確認する門番も見当たらない。階段を上がり始めてすぐの右手にドアのようなものがあるが、開く様子もない。


「徒歩組の門番は中段にいるんだよ。あの階段に動具が仕掛けてあってね、森林領の領民じゃないものを判別してる」

「領民じゃないと入れないの?」


 ……わたしの戸籍は王都にあるけど。


「事前に許可が必要だね。アキちゃんの許可証は僕がもらってるから今日は入れるよ」

「じゃあ、わたしはアーシュさんが一緒じゃなければ試験を受けられなかったの?」


 もしかして、試験を受けるって実は大変なことなんだろうか。


「そうだね。そもそも試験を受けるにはそれなりの推薦人が必要だからね。まぁ、アキちゃんの場合はクリストフさんがいるからそこは大丈夫だろうけど」

「クリストフさん?」


 そういえば、クリストフさんは領主様に直結するような知り合いが多いと、以前も感じたことがあった。


 ……森林領に来てすぐ、たしかダンは、クリストフさんを直接知っているわけではないって言ってたよね。


 直接の知り合いじゃないのに頼ろうと思うくらいだ。クリストフさんは実はすごい人なのかもしれない。


「うん。でも、クリストフさんの推薦でも、領民じゃない人間が試験を受けるのは難しかっただろうね。そこはナリタカ様の権力だよ」

「……どうしてナリタカ様がわたしに試験を受けさせようとするの?」


 アーシュさんはともかく、ナリタカ様に気にかけてもらう理由がない気がする。ナリタカ様と接触したのはほんの小さい時だ。


「いやいや、あのランプを見て、その才能を認めない人はいないと思うよ?」


 なるほど。たしかに、新しい種類の神呪を発見したのだからすごいことだろう。


「でも、あの神呪は今のところランプ代わりにしかならないよね。光るだけなんだから」

「まぁ、それはこれから研究することだろうけど、ランプ代わりだとしてもすごいことだよ?正直言って、あれをそのまま世に出しちゃったら市場は大混乱だよ」


 ……ダンが言っていた、神呪師は注目されるってこういうことなのかな。


「……わたしは好きなことやってるだけなのにね」

「そうだね。でも、アキちゃんはそれで良くても周りの人間はそうはいかない。アキちゃんは、そういった方面を調整をしてくれる人と一緒にいた方がいいだろうね」


 それが、ナリタカ様だということなのだろうか。ダンが今、わたしを放っておいてるということは、ナリタカ様になら、わたしが起こす面倒ごとの調整を任せても大丈夫ということなのだろうか。


 ……大丈夫じゃない人もいるってことだよね。


 ダンは今まで用心深くわたしを隠してきた。わたしが10歳になったから、少しずつ外の世界に慣れさせようとしているのだと思うけど、そのダンが認めるのだから、少なくとも「鬱陶しい」という理由だけで避けるのは良くないかもしれない。






 階段の途中で許可証を確認され、上へ行くよう促される。この時点でけっこう息が切れている。お年寄りだとお城までたどり着かないんじゃないかと思う。


「ここには何があるの?」


 階段はまだ上まで続いているのに、途中、少し広いスペースがあって、階段の両脇の岩壁に扉があった。山の中腹に入り口がある感じだ。


「主に倉庫だね。あとは衛兵が詰めている部屋もあると思うよ。僕もさすがに他所の領地の城内にはあまり詳しくはないんだけど」


 あまり詳しくない割に詳しいと思う。アーシュさんは必要ないのに知識をひけらかしたりしない。だから、穀倉領で庶民として接してくれている時には気付かなかったが、試験のために勉強を教えてもらって、こうして領内をゆっくり案内してもらっているとその博識さに驚かされる。ディナールという苗字は飾りじゃないんだなと思う。


 階段を一番上まで登ると、正面には門があった。こちらには、しっかり門番がいる。門を潜るとまた数段の階段があるが、視界が開けていて、上がりながらくるりと見回すと、階段の周囲を柵に囲まれた向こうに森林領らしく木々がある。ずっと閉ざされた茶色い中を登って来たので、急に目に入る広い緑にホッとする。


 ……両側を高い岩壁に挟まれたまま階段を登るんだもん。圧迫感だけで息が苦しくなっちゃうよね。


 門から森を突っ切って真っ直ぐ道が伸びている。その先にあるのがお城だそうだ。


「推薦人のアーシュ・ネフェル・ザン……」


 門の横にある建物の1階に受付があって、受験者の名前と推薦人の名前を言わなければならない。受験票と本人の名前と推薦人の名前を一致させると、受付を通ったことを証明する腕輪がもらえるのだ。


 ……アーシュさんが一緒に来てくれて良かった。


 あの長い名前を覚えたら、勉強した内容がこぼれ落ちてしまいそうだ。ただでさえ、長い階段にずいぶんやられているというのに。


「僕は試験場までは行けないけど、帰りは一人で宿まで戻れる?」

「うん。ありがとう、アーシュさん」


 アーシュさんは、もう一度、受付でもらった紙を指す。


「いいかい。絶対に一人でふらふらと彷徨っちゃダメだからね」


 ……案内してくれる人がいるのになんで迷子になると思うんだろう。


 受付の横のドアから入ると、これから試験を受ける人たちが数人集まっていた。何人か集まったら案内役の人がまとめて会場に連れて行ってくれるそうだ。


「アーシュさん……わたし、この人数の中からはぐれるほど、ぼんやりじゃないよ」

「だといいけど。アキちゃんの集中力の凄まじさはこの目で確認しちゃってるからね。あと、境光が落ちちゃったら動かないこと。僕が迎えに来るまで勝手に出歩かないようにね」


 アーシュさんもだいぶ失礼になってきたと思う。わたしだって、今日、自分が試験を受けに来たことくらいは分かっている。アルヴィンさんが応援すると言ってくれたのだから、頑張るつもりなのだ。


「大丈夫だよ。お城で使われてる神呪はだいたい知ってるもん」


 見たことのない神呪に心を惑わされることなどそうそうないはずだ。


「…………うん、あの、すみませんが、あの子をお願いしますね。くれぐれも、くれぐれも目を離さないように」


 長い沈黙の後、にっこり笑ったアーシュさんは、失礼にも案内役の人に二度もくれぐれもと言って帰って行った。


 残されたわたしは、改めてグルリと見回す。案内役の人を除いて5人いる。成人くらいのお兄さんが4人で、あとは少し年上の女の人が一人。子どもは、わたし一人だけだ。


「では、会場へご案内しますので、はぐれないように付いてきてください」


 前後に案内の人がいて、わたしたちを挟むように誘導する。


 ……これじゃ迷子になりようがないよね。






「ここに生えてる木は領都の周りの森とちょっと違うね」


 一番最後に付いて行きながら、斜め後ろの案内の人に話しかける。


「ああ。この山は、国ができたすぐ後に、別の場所にあった山を移動させたのだそうだよ。だから植生が違うんだ」

「……山を、移動?」


 なんだか、意味の分からない言葉が聞こえた気がする。


 ……だって、ここ、山だよ?ちっちゃい庭とかじゃなくて。


 この山には、お城とか官僚の宿舎とか衛兵の練習場とかがある。つまり、大きい山だ。たぶん、グランゼルムの町より大きいと思う。それを、移動?何か聞き間違っただろうか。


「大昔はね、神呪の技術がもっといろいろあったんだそうだよ。補佐領の領主だけが使える神呪なんかもあったようだよ」


 案内のおじさんは、なんだかイタズラが成功したような表情で説明してくれたが、わたしはそれどころではない。


「神呪で!?神呪で山を移動できるの!?」


 思わず足を止めて、目を見開いておじさんに詰め寄ってしまう。だって、そんな神呪、見たことも聞いたこともない。


「そりゃあそうさ。なにせ補佐領主様は神人から神の力を呼び込む技を与えられてるからね。さ、進んで進んで」

「それ、今もできるの?」

「いや、今は無理じゃないか?山を移動させたのだって、もう300年から400年くらい前のことだと言うし」

「おじさんがそれを知ってるってことは、何か記録とかが残ってるの?」

「ああ、図書館の最奥の古書を見ていて知ったんだよ。私は司書でね」

「図書館?」

「ああ、ほら、あそこに見えるだろう?」


 おじさんが指した場所は木々の向こう側だった。木々の隙間に建物っぽいのが見える。


「図書館って本がいっぱいあるんでしょう?わたしも見れる?」

「お嬢ちゃんが試験に合格して官僚になれば利用できるぞ」


 おじさんがニヤリと笑って言った。


 ……それって無理ってことじゃない。


「まぁ、一回で試験に合格する者などそうそういないからな。空きさえあれば春の試験があるだろうから何度でも試してみるといいさ。お嬢ちゃんが同僚になる日を楽しみに待ってるよ」


 おじさんはハハハと笑いながら言うが、わたしにとっては試験を受けるのはそんなに簡単なことじゃない。本来は戸籍がある領でしか試験は受けられないのだ。子どもだからということと、合格してもすぐに官僚として採用されるわけではないという条件と、ナリタカ様の取り成しがあって初めてチャンスがもらえるのだ。


「ハァ。図書館だけでも入れてくれたらいいのにな」


 わたしはため息を吐きつつ小走りでみんなについて行った。先頭の案内係の人は、どうやら子どもの足に合わせるということはしないらしい。





 

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