第三章 シェルヴィステアのお城

勧誘

「官僚採用試験?」

「そ。受けてみない?」


 今日はアーシュさんが来ている。というか、ランプを作って以来、結構しょっちゅう来ている。コスティに会うのとアーシュさんに会うのとどちらが多いかなと思うくらい来ている。だが、用事があるのはどうやらわたしではなくダンのようだ。よく二人で話しているのを見かける。


 ……まぁ、アーシュさんからダンに用事があって何か話しかけてるって感じだけど。


 ダンを見ている限り、今のところアーシュさんの一方通行のように見える。


「うーん……、興味ないからいいや」

「ええっ!?」


 アーシュさんがなんだか狼狽えている。何かおかしいのかな。


「本気!?官僚採用試験だよ!?上手くして受かれば将来安泰だよ!?受けようと思っても推薦者がいないと受けられないんだよ!?」

「えぇ~……。だって、受かったら官僚にならなきゃいけないんでしょ?面倒くさそう」


 わたしは今、どうすればハチミツ飴が売れるようになるか考えているのだ。


 ……ランプについてはもう少し改良しようとは思うけど。


 改良したところで、どうせ大っぴらにはできない。せいぜいわたしとコスティとヴィルヘルミナさんが嬉しいくらいだ。作るのは楽しいけど、別に急ぎではない。急ぎたいのはむしろ飴なのだ。


 ……高熱処理してないって言ったらバレるんだよね。


 アキ製法で、詳しくは企業秘密ですって言っちゃえばいいだろうか。


「官僚になりたくないんなら、僕みたいにナリタカ様の従者になってもいいんだよ。神呪師として仕えればいいよ。苗字が付くよ」

「う~ん……、神呪師になれるかどうかはまだ分からないし、あの人の従者はイヤかなぁ。あ、もう行かなきゃ」


 今日はコスティと出店を出す日だ。別に誘われたわけではないが、今日はさわやか兄さんが木の実のハチミツ漬けを仕入れに来る日だ。いつも、ついでにリッキ・グランゼルムの出店のメニューをお土産に持って来てくれるので、この日ははずせない。


「わたし、今ハチミツ飴をどうやって売ろうか考えるので忙しいんだ。だからちょっと、試験は止めとく。それより早く行こう」

「あ、ちょっ、アキちゃん!」


 ワタワタするアーシュさんを置いて馬に近づく。相変わらず綺麗な馬だと思う。


 ……そういえば小さい頃、神呪を作動させられるのは人間だけなのかが気になってたことがあったな。


 それは今でも密かに気になっている。神呪の一部に必ず描きこむ部分が、人かそうでないかを判断しているのは分かっている。だが、そもそも人とそれ以外の生き物の違いは何なのだろう?


「アキちゃんは馬が好きなの?」

「ん?うーん……どうだろう。好きとか嫌いとかあんまり考えたことないなぁ。でも、この馬綺麗だよね」


 その辺に生えている草を馬に食べさせていたら、アーシュさんがゆったりと歩いてくる。


「うん。ホントはナリタカ様の馬だったんだけどね。僕が馬に乗れるようになったお祝いにくれたんだ」


 そう言って笑うアーシュさんは、いつもナリタカ様の話をする時と違ってふざける様子もなく穏やかだ。わたしにとっては鬱陶しい人だったけど、アーシュさんにとってはいい主なのかもしれない。


 ……そして、どうでもいいけどこの馬、草、食べない。


「ベルヒは知らない人の臭いがする草は食べないよ」


 アーシュさんがクスッと笑う。


「どうして?」

「昔、毒殺されそうになったんだよ。だから、こう見えて意外と警戒心が強いんだ。アキちゃんが大人だったらもっと警戒されてるよ」


 ……馬を毒殺?


 状況が全く理解できず、ポカンとしてしまう。馬を殺してどうしようというのか。


「まぁ、ナリタカ様もいろいろ乗り越えてきたんだよ」


 そう言ってアーシュさんはわたしを鞍に乗せ、後ろに自分も跨る。「ヒラリ」という効果音が似合いそうなスマートさだ。

 きっと、わたしは今、いつもと違う景色の森の一部になっていることだろう。遠くから自分の姿を見ることができなくて残念だ。






「コスティ、お待たせ!」


 アーシュさんに送ってもらって出店に行くと、コスティはもう準備を終えて椅子に座っていた。多少興味を持ってもらえるようにはなったが、まだまだ出店の売上げは少ない。


「ねぇねぇ、コスティ。わたし考えたんだけどさ」

「またか……。今度はなんだ?」


 コスティがちょっとぐったり気味に答える。でも、そんな反応をされる心当たりがない。


「え?今度?前に何かしたっけ?」

「…………。いや、もういい。それで?」


 コスティがひらひらと手を振って話を促す。


 ……まぁ、いいならいいけど。


 隣で噴き出しているアーシュさんは、早く宿に戻ればいいと思う。


「ここでさ、食べ物売ろうよ」

「は?」


 コスティが怪訝そうに聞く。


「木の実のハチミツ漬けって、壺で売ってあるからなんだかよく分からないでしょ?だからさ、もうここで料理にして売っちゃえばいいんじゃないかと思って」

「……料理って……何をするんだ?」


 コスティが戸惑ったように聞いてくる。コスティは料理があまり好きじゃないらしいので、想像が付かないのかもしれない。


「えっとね、まずパンを買ってね、こう……一口大に切って焼くの。で、その上に木の実のハチミツ漬けを乗せた状態で売る。一切れ分くらいだから値段は200ウェインくらいかなぁ。それなら手で食べられるからお客さんも買いやすいでしょ?」

「……まぁ、お前がやりたければやればいいと思うけど……食べ物を扱うなら書類揃えて契約し直さないとできないぞ」


 なんと、好きなタイミングで好きな商売をしていいわけじゃないらしい。場所を借りる契約をしてるのに、変なの。


「契約の内容に偽りがあったり、店の種類が偏ったりすると揉め事の元になるんだよ。事前に届け出れば大丈夫だと思うよ。僕がやろうか?」

「アーシュさん、ありがとう!ね、コスティ。やってみていい?」


 わたしは素直に喜んだが、コスティはちょっと迷っているみたいだ。


「届け出はいいとして、パンを焼いたりとかの調理はうちでは無理だ」


 ……ああ、そっか。まだお父さんには言ってないんだ。


 コスティが養蜂をやっていることは薄々気付いているらしいが、お父さんの希望とは合わないため、現在は口を利くこともあまりないらしい。コスティの家も複雑だ。


「うーん……わたしが家で準備してきてもいいけど……」


 わたしはチラリとアーシュさんを見上げた。


「焼く動具があれば、ここで焼いてすぐ売れるよね?」


 目の前でやってみせる方が、お客さんは喜ぶのではないだろうか。そもそも、料理は出来立てが断然美味しい。


「僕にして欲しい協力は、何だい?」


 アーシュさんがクスッと笑う。実は試してみたい神呪があるのだ。


「わたし、動具が作りたいの。部品を2つ分用意してくれたら1つアーシュさんにあげるから、お願いできる?」

「アハハ、本当にアキちゃんはいろいろと思いつくね。いいよ。後で仕様書ちょうだい」


 アーシュさんなら、パッと見おかしな動具に見えないような案があるかもしれない。仕様書が出来上がったらまた連絡する約束をすると、アーシュさんは宿に戻って行った。宿に仕事を持って来ているらしい。そんなに忙しいのに、何しに来るんだろう。


 それから、お客さんが来ない机の上で仕様書を書いていると、後の5の鐘が聞こえてきた。そろそろさわやか兄さんがリッキ・グランゼルムの出店メニューを持って来てくれる頃だ。


 わたしがいそいそと仕様書を片付けていると、さわやか兄さんことエルノさんがやってきた。


「やぁ、アキちゃん!久しぶり~」


 さわやか兄さんはいつも溌剌としていて、見ていて清々しい。トゥーレさんに睨まれて縮こまっていた様子など欠片も見えない。


「エルノさん!待ってたよ!」

「オレもアキちゃんに会いたかったよ~」


 お互いに両手を握りしめて上下にブンブン振るわたしとエルノさんを、コスティが引き気味に見ているが、関係ない。本当に久しぶりなのだ。


「ハァ。納品を毎週にしてもらって毎回エルノさんに来てもらえば良かったよ」

「いや、オレは月に1回くらいでいいかな」


 わたしが悩まし気なため息を吐くのに、エルノさんは素っ気ない。


「だって、納品が月に1回しかないんだよ?それで曜日が違ったらエルノさん、何ヶ月も来ないじゃない!わたし、リッキ・グランゼルムの料理、楽しみにしてるのに」

「……いや、オレ、ウェイターじゃないからね。言っとくけど」


 ……どっちかっていうと、荷運び屋さんだよね。


「はい。お土産。今日はウサギ肉の香草焼き」

「香草?何の?」


 香草焼きというのは、肉を焼く時に、森に生えている草を一緒に焼いて香り付けをした料理だ。草ならなんでもいいわけじゃないらしく、料理人はどの葉っぱが何の香草なのか知っていないといけない。


「今日はバジルとタイムかな」

「うわぁ、ありがとう!」


 エルノさんは、いつも少し早めにやって来て、わたしたちが食べ終わるのを待ってから商品を買ってくれる。やっぱり、基本的に優しい人なんだと思う。ちなみに、わたしたちに持って来てくれるお土産は、エルノさんが自分で用意していると言っていたから、リッキ・グランゼルムに影響はないらしい。最初に会った時もそうだったが、意外と真面目なのだ。


「……でさぁ、今月はオレの当番なわけ。何かいいアイディアない?」


 意外と真面目なエルノさんは、子どもだからとわたしやコスティをバカにしない。一人の人間として対等に話をし、対等に相談を持ち掛ける。


「オレは料理の話は無理だ」


 コスティはそう言って、食べ終わったらさっさと納品の準備を始めた。適材適所だろうということで、わたしはエルノさんの相談に乗ることにした。


「そうだねぇ……。わたし、森林領の料理ってあんまり知らないからなぁ」

「穀倉領ならどう?ほら、この前教えてくれた味噌って調味料とか、評判良かったんだよ」


 エルノさんは簡単に言うが、穀倉領から何を取り寄せることができるのかが分からないので難しい。


「う~ん……糠漬けがあればなぁ……」

「ヌカヅケ?」


 エルノさんが不思議そうな顔で首を傾げる。


 ……まぁ、そうだよね。知らないよね。


 穀倉領でも農家の人しか作っていなかったのだ。そう簡単には手に入らないだろう。


「漬物なんだよ。農家では普通に作ってるんだけどね」

「へぇ、それが手に入ったら、どう使うの?」


 初めてリッキ・グランゼルムに行った時以来、エルノさんはやたらと新しい料理の話をしてくる。新人の料理人が一月ごとに順番に新しいメニューを考えなければならないらしく、今年はもう4度目で、ネタがないそうだ。


 ……4度目だからネタがないわけじゃないよね。初めて会った時から新メニューの話されてたよね。


 そうは思うが、エルノさんにはもう何度もお土産を貰っている。突き放すわけにもいかない。


「前に野菜の肉巻きのこと話したでしょう?あれを糠漬けで作るの。美味しかったよ」

「ああ、あれか。あれ、すごく評判いいんだよ。あれを漬物でかぁ」


 エルノさんが考えながら言う。


「穀倉領からの取り寄せが定期便になれば、アリかもなぁ」


 他の村の特産品とかも調べれば、いくつかメニューができるのではないだろうか。


「はい。木の実のハチミツ漬け30個。どうぞ」

「お、ありがとう」


 エルノさんとわたしで新メニューを考えている間にコスティが売買する。料理人が考えた新メニューは、考えた人が出店当番の時に出店のメニューになる。お客さんの反応を見て、その後リッキ・グランゼルムの正式メニューになるかどうかが決まるのだそうだ。


「じゃあ、次の当番の時はエルノさんの新メニューなんだね。楽しみにしてるよ」

「ああ、食べに来てくれよ」


 エルノさんは歯をキラリと光らせてさわやかに去って行った。


「あの人、いい人なんだけど、時々、胡散臭く見えるよな」


 隣でコスティがボソリと呟いているのは聞かなかったことにしよう。時々胡散臭かろうと、基本はいい人なのだ。さわやか兄さんで間違いない。




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