森林領の領都

「オレは出かけて来るが、お前はどうする?」


 食事の後、部屋に戻るとダンが聞いてきた。こんな朝早くにお店とか開いているのだろうか。


「わたしも出かけるよ。この近くの避難所、ダン分かる?」

「昨日この前の通りに入ってきた大通り、分かるか?あの通り沿いにある。左右どっちに行っても、そのまま真っ直ぐ行けば見つかる」


 ……ダンは何でそんなに詳しいんだろう?


 少し引っかかったが、とりあえず置いておくことにする。向こうが言わないことをこちらから聞くのはタイミングが難しい。どうでもいいことだったらすぐ聞けるんだけどね。

 ザルトなどには、わたしはとても図々しい人間に見えていたようだが、実は聞く相手は選んでいるのだ。


「ここはそれほど治安が悪いわけじゃないが、それでも危険がないわけじゃねぇ。散策するなら大通りだけにしとけ。金をいくらか持って行っとけよ。タージオンから渡された袋に入ってたはずだ。」

「はーい」


 なんだかんだ言って、お金の力は強い。わたしはダンに、知らないところに行く時は、穴開銀貨を1枚隠し持って行くように言われている。穴開銀貨が1枚あれば、店頭に並べてあるものはたいがい買えるし、迷子になってしまった時に馬車に乗ったりもできる。いざという時に、食べ物を買うことができるという心の余裕は大事だ。お腹がすくと、良い考えは浮かばないしね。


 ダンはちょっと笑って頭をポンポンして出て行った。


 わたしは、背負い袋から裁縫道具を出して、部屋に備え付けてある金庫から、タージオンさんから渡された袋を開けてみた。袋には、更に小さな袋が5種類入っている。それぞれ開けてみると、大量の銅貨や銀貨が入っていた。そして、小袋を全部出した袋の底に、金貨が1枚縫い付けてあった。金貨なんて初めて見た。


 ……これ、ダンのお金なのかな?


 穀倉領にいたのは3年だ。ヤダル工房の契約だけで、これだけの大金を貯めるのは絶対に無理だ。かと言って、誰かが、例えばタージオンさんなんかが、こんな大金をポンとくれるとは思えない。普通に働いてこれだけ貯めようと思えば何年、もしくは何十年もかかるだろう。


 わたしはちょっと怖くなって、袋を元に戻すと、穴開銅貨を5枚ポケットにしまう。こういう、ダンの不思議な挙動をいちいち気にしてはいけない。こんなことは穀倉領でもあったことだ。


 ……ダンはわたしの保護者だからね。


 普通の子どもは親の言動や持ち物をいちいち見咎めたりしないものだ。わたしもそれでいいと思っている。


 市場で果物を買うくらいなら、穴開銅貨が2~3枚あれば十分だ。それに、穴開銀貨をスカートの裏に縫い付ける。真ん中に穴が開いた輪っかの形のお金は、隠し持つのに便利だ。


「よし。出発するぞ」


 ぐるりと部屋を見回して、問題ないことを確認する。わたしが着ているのは穀倉領のものだ。もしかしたら、森林領の服装とは違うかもしれないが、仕方ない。そこは素直に穀倉領から来たと言うことにする。夏の間に来たということにすればいいだろうか。


 設定を思い返しながら、ドアを元気に開ける。

 

 ……知らない街に、一人で出かけるなんてわたし、すごい!


 ドキドキする心臓の音を聞こえないふりをする。こういう時は思い切りが大事なのだ。わたしは心の中で何度も自分を褒めながら、階段を下りた。


「お出かけですか?」

「うん。鍵、閉めたいんだけど……」


 受付に行くと、お兄さんがすぐに気付いて聞いてきてくれた。一月泊ることが決まっているので、鍵はダンが預かっている。だが、預かった鍵は1本しかないので、わたしが出かけるには宿用の鍵で閉めてもらうしかない。


「承知しました。では、閉めるところを確認して頂けますか?」


 金庫は動具になっていて、神呪にはわたしとダンしか登録されていない。例え鍵が閉まっていなくても、貴重品が持ち出される心配なはいのだが。


 しっかりした宿だなと思う。同時に、お互いの信用がそれほどないことをハッキリさせられる、少しひんやりした関係だなとも思った。


「いってらっしゃいませ」


 なんとなく、戻ったらお兄さんの名前を聞いてみようと思った。人間関係の第一歩は相手の名前を呼ぶことからだと言うしね。






 森林領の領都は土がそのまま固められている。穀倉領の領都は石畳だったので、それほど擦り減ったりはしていなかったのだが、森林領の大通りは、馬車が通る部分が緩やかに溝になっている。轍の痕はバラバラではあるのだが、馬車の幅は決まっているので、だいたい同じ場所が削れるのだろう。道は、真ん中と端がやや盛り上がって見える。


 大通り沿いに並ぶ家々を眺めながら、まずは避難所を確認しようと進む。お店に入るのはいつでもできるけど、境光はいつなくなるか分からない。


 しばらく歩くと、突然、少し開けた場所があった。テントが張られ、出店が並んでいる。


 ……市場かな?


 市場なら嬉しい。

 宿住まいなので、生活用品や食糧は特に必要ないが、おもしろいものがあったり、ちょっとしたおやつなんかが手には入るかもしれない。


 ……でも、避難所探さなきゃ。


 境光が消えたら、みんな避難所へ走るだろう。それに付いて行けば、手っ取り早く避難所が見つけられる。だが、みんなが一斉に走り出した時に右往左往していたら、小さいわたしはもみくちゃにされてしまうかもしれない。


 ちょっと迷ったが、わたしは広場に入ってみた。今日はここを探索したら、一旦宿に戻ることにする。宿ではお昼ご飯は頼まないと出ないから、ここで何か食べるものが買えれば、それで用事が一つ済むことになる。


 ……なんだか、美味しそうな匂いもしてるしね。


 出店には、野菜やら果物が並んでいる。穀倉領で、数回行ったことがある、農家の市場と様子が似ていた。


 ……あ、でも、並んでるものが違う。


 パッと見た感じでは同じように見えるが、野菜より果物の方がずっと多い。というか、全体的に、野菜がとても少ない。

 その代わり、何かの肉を串に刺して焼いた物がそこここで売っていて、香ばしい匂いを漂わせている。


 他にも、すぐ食べられるように果物を串に刺したものや、野菜を串に刺したものなんかもあっておもしろい。


 ……屋台?


 穀倉領ではあまり見なかったが、王都では、お祭りの時に見たことがあった。お肉がいい匂いで、食べたかったのだがまだ小さいから噛み切れないだろうと言われて、仕方なく果物に飴を垂らしたお菓子にしたのだ。


「おじさん、これ一本いくらなの?」

「うん?ああ、その小さいほうで100ウェインだよ。安いだろう?」


 ……安っ。


「……えっと……何の肉?」

「これは木登りネズミだよ」


 ……初めて聞いた。ネズミって木に登れるんだ……。 


 穀倉領では、肉と言えば、豚肉か鳥の肉だ。豚肉は農家のはずれで飼育されているものが食用に捌かれていて、鳥肉は川に飛んでくる水鳥を罠で捕まえる。どちらもそれほど多く市場に並ばないので、うちみたいな貧乏な家は、たまたまたくさん捕れたものを分けてもらった時くらいしか食卓には上らない。


「ねずみの肉って美味しいの?他にもお肉っていろいろあるの?」

「うん?なんだ、お嬢ちゃん他所から来たのかい?」

「うん。穀倉領」

「ああ、あそこは米ばっかりだからな。肉は少なそうだ」


 そう言っておじさんは豪快に笑った。


「森林領は野生の動物がいっぱいいるからな。ウサギや鹿なんかも捕れるぞ。鳥の肉だとキジやスズメなんかも美味いな」

「へぇ。どうやって捕るの?おじさんが捕るの?」

「いやいや、捕るのは猟師の仕事だ。オレはすぐそこで食事処をやってんだよ。飯時は食事処を開けるんだが、それ以外の時間には仕入れで余った肉をこうして売ってるってわけだ。毎日いるわけじゃねぇからな。今買わねぇと二度と買えねぇかもしれねぇぞ」


 ……ねずみ肉か。


 わたしはゴクンと唾をのむ。何事もチャレンジだ。わたしはポケットから穴開銅貨を1枚取り出した。


「じゃ、その肉一本ちょうだい」

「お、いいねぇ。そうこなくっちゃ」


 おじさんが塩を振りながら嬉しそうに笑う。ということは、普通、他所から来た人はねずみ肉はあまり買わないということだろう。失敗したかな?


「あ、ねぇ、おじさん。避難所ってどこにあるの?」

「ん?ああ、この奥だよ」

「へ?」


 おじさんは、テントが並ぶ広場の奥を指す。


「ここは元々避難所の一画だったんだ。非難してる間、ヒマだろ?ちょっとずつ、避難所で商売するやつが増えていってな。結局こんな具合になっちまった」


 おじさんは大きな口を開けて愉快そうに笑っているが、笑いごとだろうか?咄嗟に非難するときに、屋台に躓いたりして混乱が起きたりしないのだろうか。


「ほれ、見てみな。店には必ずデカイ街灯があるだろ?境光が消えたらこの街灯を灯すってのが店を出す時の決まりなんだ」

「えっ!?これ、街灯!?」


 おじさんが指すのは、大きくて深い杯に、おじさんの背よりも高い脚が付いたような形だった。杯の部分にはわたしの顔が4つくらい入りそうだ。


「そうさ。中に蝋が入っててな。脚の横に神呪があるだろう?領都の神呪師たちが特別に作ったものなんだ。発火動具なんか目じゃないくらい明るいぞ」

「へぇ。それなら安心だね」

「ああ。急に境光が消えてもここの光を頼りに来ればいいからな。これは領都内の避難所を取り仕切ってる役人が特別に領主様に進言して作ってもらったものなんだよ。どうだ?森林領はすごいだろう」


 おじさんの言葉の端々に、森林領への思い入れが見える。自分の故郷を自慢するその顔は誇りに満ちていて、同時に領主様や神呪師への敬愛も見て取れる。そんな風に誇りに思ってもらえるこの領都の神呪師が、羨ましいと思った。




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