05-002. お昼のひと時から、余計な話に流れました!
昼食後のリビング。
独語で
ハルが目覚めるのを待ってからの昼食は、正午より少し過ぎた時間だった。
今日の昼は、チーズをかけて焼いた
テーブル中央には、軽く炙った
一昔前に日本の食文化が流行ったことで、どちらかと言えば無骨なドイツ料理も盛り付けや複数の皿などで配膳することも広まってはいる。だが一般家庭では中々にそこまではしないことの方が多く、この家でも普段はこんな感じである。質は一般家庭とは比べられない程に高いが。
ついでだが、ハルがお
「トマトは日本よりドイツの方が美味しいな。形や色も日本じゃ考えられないくらい多彩だし」
「生食でも味が濃い。剥いたミカンの形なヤツはチーズに合う」
豚肉のトマトソース煮込みを食べながら、
「ああ、確かに。日本でサラダに入っていたトマトは瑞々しかったですが酸味が強い印象でした。ケチャップはドイツと違う謎の深みがあるお味でしたけど」
八月に訪日したティナは、日本産のトマトを食す機会があったようで、その時感じた風味の違いを口にした。
「あれ? ティナが
「いえね。
「殿下……? 王室……? もしや……」
斜め上から機密度の高い話をブッ込んで来たティナに、
その様子を
「そうですよ。こちらの格を対等にとのお気遣いから、
「はい、そうなんですか……」
目から光が消えた無表情を晒す
そもそも一般人、と言うより国民の殆どが会食など叶わない相手だ。
立憲君主制ではあっても、国の代表である。そして古くから国土に根付いている宗教、神道のトップを兼ねているのだ。要は、西洋だとすれば、国王とローマ法王を兼任している状況だ。だから王としての格は上から数えられる高さで、その直系も同様に高めとなる。
その脇で、パスタはもっと盛大によこしやがれです、とモッチモッチ咀嚼しながらブツクサ言うルーのマイペースぶりが炸裂していたが。
まったりと昼食を摂りつつ、時刻は一二時半を回ったところ。
「おっと、通知が来ました。食事中にはしたないですが、ちょっと放送を見させてください」
「ああ、例の
「ええ。ここまでは足掛かりとしてお膳立てしましたので」
ルーンに答えながらティナは手振りで
表示されたのは格闘技の試合。日本で行われている立ち技ルール、寝技ルールと試合毎にルールを決めた複数試合が組まれている規模が大きめのイベントだ。
「おー。また
「時間的に日本は夜じゃないのか? 結構遅い時間に試合するんだな」
「一応、セミファイナルなので順番が最後の方ですから。全試合二〇戦くらいのイベントだったはずですよ」
ティナは該当試合開始の通知機能だけをオンにしていたことから、他の試合には興味がない模様。当然、ティナが見るのは個人資産で
周りの皆も、ティナが誰を見ようとしているか判った物言い。一部からは「丸いヒト」呼びが定着しているが。
「丸いヒト、また試合するですか。今日は体術じゃないです?」
ルーの物言いから、その一部に彼女も含まれている様子。
ちょうど二週間前、冬季学内大会第一部が始まる直前である一〇月一〇日土曜日の午前中。ルーがグウィンのチームで
それはティナが
本来、密着状態では力が入り辛い
「ふうん、この団体専用のキックルールなのね。しかし良くセミファイナルに捻じ込んだわね」
いよいよ試合が始まるのだろう。対戦カードが表示され、記載された試合ルールを再確認するようにルーンが呟く。開催団体により、同じ競技でも細かい部分に違いがあったりするのだ。
「先の打撃系と総合の試合で期待値を超えたら、という約束を運営団体としましたから」
そんな横紙破りを押し通させたのは姫騎士さん。勿論、相手がカレンベルク財団とのパイプを期待していたところに付け込んで。例え富と権力があろうとも得ることが不可能と世間で評価されている縁をちらつかせたならば、相手も目の色が変わると言うもの。
「全く。あまり軽々しくカレンベルクの名を使ってはダメよ?」
「そこは
資金の回収が出来れば何時でも切り捨てられると暗にティナは言っている。故に運営団体とは業務提携も
モニターの画面は試合会場に変わる。青コーナーの
スモークなどの派手な演出の中、威風堂々と
「あら、また少し身体を絞ってますね。立て続けて試合がある中で肉体改造して大丈夫でしょうか」
入場時の紹介アナウンスで
「丸いヒト、まえ見たとき思たけどズイブン
「古い武士の体形。
「まるいひとー。ぶしー」
ハルが
「やっぱりあれは
自分の言葉を繋ぐように、なで肩なのも肩甲骨をかなり鍛えてるんだろうな、と呟く
その姿に
そして格上である赤コーナーの選手が入場する。入場曲や演出に合わせて観客へサービス精神たっぷりで花道を進む。さすが実力、知名度共に知れ渡っている選手なだけあって、会場の声援も相当なものだ。
「ダルコ・ペルコヴィッチなんてよく呼べたヨ。去年のキック統一王者ヨ」
「なんだ、
「実家帰るすると近所の格闘ジム
「あの方、今年のタイトルマッチが流れて次の試合は決まってない状態でしたから、調整に一試合どうかとネゴっておいたんです」
とは言いつつも、
リング中央では、向かい合う二人がレフェリーに注意事項を受けているところだ。説明が終わったところで
ゴングと共に再び中央へ両者が進み、少し高く差し出したグローブを軽く合わせる礼の後、互いが距離を取り
ペルコヴィッチは歴戦のキャリアを感じさせるステップワークで、自身が有利になるポジショニングを常に行っている。先のグローブを合わせた際に相手のリーチを見極めたところはさすがと言えよう。
対する
先手はペルコヴィッチ。右ジャブを連続で二発放つ。攻撃よりも
だが、その動きは見切られていたようで、ペルコヴィッチは二発目のジャブを引くと共に再び決定打を貰わない距離へ調整していた。牽制の終わりを見れば、お互いが円を描いたように位置が移動していた。
そのタイミングに合わせたように
一拍を置いて
だからペルコヴィッチも予定通り受ける選択をしたのだ。
それが試合の明暗を分けた。
「あら」とルーン。
「あ」とティナ。
「うん?」とエレ。
「お」と
「
「やりおった」と
「ほえー」とルー。
彼女達が声を上げたのは、武徠が二発目を
その声が終わる頃には、ペルコヴィッチがリングに崩れ落ちた。すぐさまレフェリーがカウントを取りに来たが、両腕を高くクロスさせて試合続行不可と判断した。
――カンカンカンと試合終了のゴングが鳴り響く。観客が騒然となる中、赤コーナーのセコンドがリングに上がりリングドクターを呼ぶ声を上げていたが、場内の騒音はマイクで拾う声を打ち消すほどだった。
「ふむ、短期間にしては上々の仕上がりですね。まぁ、これくらい軽く
誰に聞かせるでもなく、ティナが静かに呟く。
それと比例するかの如く、モニター内は騒がしい。観客は興奮で大きな声が至る所で上がり、リングサイドにある解説者席からアナウンサーとゲストに呼ばれた元キックボクシング世界王者の解説が放送に流れ、会場全体が予想外の結末に沸いている。
放送の視聴者はネットでコメントを次々と流し、勝者となった
格闘技ファンにとって、それほどに衝撃的だったのだ。
だが、モニターからスピーカー越しに伝わる熱気も冷めやらぬ場内の歓声とは裏腹に、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸のリビングは静かなひと時とでも表せるくらいに普段通りであり、視聴者という一括りにすることを
「まるいひと、はやかったねえ」
しみじみと呟くハル。その仕草と喋り方は大人達の会話で覚えたのだろう、自然と真似たように出ている。その仕草がルーンのツボに入ったらしくケタケタ笑っている。
「もう、ハルったら」
ティナが笑いながらハルの頭を撫でる。えへへー、とはにかみながらクネクネするハル。この子は嬉しかったり照れたりすると、こういった仕草をするのだ。
お姉ちゃん達も思わずプッと吹き出したり、クスクスと笑みが零れたり。
だから試合、と言うよりは、
先ほど彼女達全員が声を上げたのは、
「丸いヒト、アノ身体でアノ動きは筋肉依存しないしたネ。最後は一瞬で
「うむ。上中下の丹田を繋いでグローブを弾き飛ばした流れで本命の動きに繋いだ」
「膝の使い方は鹿島の派生流派かな? 神道で良く見る力の伝達をしてたぞ。それに自分の
「股関節回して上半身横に整列させやがったです。肩甲骨一押しでリーチ稼ぐ方法知らんと避けられんズビシです」
神道系を修める
ルーは、
「あの坊や、結構やるじゃないか。
「エレ姉。ルーは
「バカたれ! タイミングの取り方だって言ってんだろーが! 体重移動は攻撃と防御の基本だろうが!」
まだまだ言葉から意味を読み取る能力が低いルー。相変わらず余計なことを口にしてエレから頭蓋骨の繋ぎ目にゲンコツを貰っている。体重乗せるのは反則です!プッチンするです!プッチンするです!とゴロゴロのたうち回っている。
「しかし、坊やの動き。当たる瞬間に
グローブ越しから
「そうね。彼、今回も上手く
身体の使い方は違うが、
「いいえ。ただ、夏にお逢いした時、手合わせで少しだけ使いましたから。戦いの様子を後の参考に、と撮影されてましたから、自分の技術と置き換えて落とし込んだのではないかと」
さすがに体重差がありすぎて
自分の娘ながら気に入ったという相手に対して無茶をする、と半ば呆れたルーンから出た言葉は元となった技術が危険なものであると知らしめるものだった。
「全く。いくらなんでもアレを叩きこむなんてやり過ぎじゃない? よくもまぁ、膝を着くだけで済んだわね。よっぽど身体の造りを頑丈に仕上げてたのね」
「それがすごいんですよ。SUMOUの稽古で頭から体当たりしてるところを見たんですが、脚から首まで芯が通ってたんです。あの体軸強度と受け分散は正直、信じ
予想通り打撃が首より下に分散されたんですよ、と姫騎士さん。実験結果に満足する研究者のような笑みを浮かべているが、状況を知らなければ狂気の沙汰とも取れる会話内容だ。
「にんじんあまーい」と焼き
しかし、それとは真逆を突っ走る戦闘系母娘の織り成す不穏極まりない会話に若干引き気味のお姉ちゃん達。中でも
関節単位で発生する筋肉の回転を体幹で一つに纏める特殊な技法。
そこへ先ほど、エレが呟いた「攻撃箇所」と「
首を支点に
まず公開されない
ついでに言えば、打撃の瞬間に握る
兎も角、前者の急所と組み合わされば如何なペルコヴィッチでも、顎から急所に直接ダメージを通されたので失神しても仕方ないだろう。
脳を揺らす、とは良く言うが、実際は激し動きの中にあれば脳は揺れている。ではボクサーのパンチでKOなどが起こる状況とはどんなものか。打撃により首が急速に振れたり、顎に入ったダメージが、
ところが
二週間前の総合格闘技試合を見てルーが呟いた「えげつねぇ打撃」は、
それらを
幸いなことに。その異常は、ティナを介して直ぐ側に在る。だから
「イイネ! 丸いヒト、異常な頑丈は脅威ヨ。完全に仕留めるは
陽気な
「いや、何で
「
「とうぜんよー」
何時もと違い、
それを尻目に話の発端である姫騎士さんは、あー
「
「私なら力士との立ち会いはまず避けるな。関取のぶちかましは一
同じ話題で話は続く。
相撲は正面から差し合う特化した格闘術だ。歴史も古く、遡れば神代から続く
二人は日本人だからこそ、自身の流派と比較した私見が述べられるのだ。
「試しに至近距離から仕掛けて来た肩だけの体当たりを踏み台代わりに受けてみましたが、衝撃を逃しても数
「ようやりおる。力士は瞬間的破壊力に限れば
「いきなり
「うーん、瞬間で威力出すは八極拳の
「股関節の使い方は現代戦闘術ぽかったです。パクリやがったです?」
「あのなぁ、ルー。お前の使う戦闘術は元々古流を組み合わせて発展させたもんだぞ? 似た動きがあんのは当然だろ。そもそもオマエ、その教えも受けてるだろーが!」
クワン、と綺麗な打撃音が響く。
「おー、骨使たゲンコで良い音出すは見事ヨ」
ひょろりと会話に参戦したルーのおかげ(?)で流れがコントに傾いたので、このタイミングで話題を別に持っていけそうだと姫騎士さん。
しかし。初動が遅れて仕舞った。現実とは上手くいかないものである。
「で。ティナは丸いヒトと
絶妙のタイミングで
「はあ、全く。
「とりあえず今回で成果が出始めた感あり、ぐらいですか。あれから二カ月しか経ってませんから、まだまだですよ?」
夏、ティナが
ティナに出会うまで、
だからティナはやって見せた。覚えた技は
それを理解させ、身体に染み込むように覚えさせた。
そして
「丸いヒト、冬来るか? なら実家帰るしないヨ」
とうとう
「いえいえ、どんだけ組手したいんですか。彼、これから各方面へ喧嘩売るのに忙しくなりますから」
「え~」
如何にも不服ですと露骨な不満顔で不機嫌な声を上げる
相手は一生に一度しか出会えないかもしれない。ならば、その時こそ、何を置いても手合わせするべきであると。
このまま
「そもそも、ヴリティカと組手をするって昨日お話決めてたじゃないですか。軍用インナーいるからヴリティカのサイズ発注してヨ!とか嬉々として私に話振ってましたよね?」
二日前の午前中、準々決勝であるトーナメントCグループ本選第三回戦は
今回、ヴリティカは武器にジャマダハルを持ち込んだ。だからだろうか、パタを扱う
それが体術だけでも自分やティナと遜色なく戦えるレベルにあると判ったのだ。ならば
「模造武器も用意しようかとなって、ハンネから
話を快諾したヴリティカは、ついでにと
何せその提案ときたら、ホログラムではなく物理的な模造武器による手合わせのお誘いだったのだ。ヴリティカ
話の流れで出た模造武器の単語を聞いたハンネが元気に挙手した。安全なラタン武器ならアーマードバトル競技用の武器専門店を知ってますよ、と。
それは良い、と
「た~のしみヨ~! ヴリティカ世界大会行く前にエロスーツ入手できる理想ヨ」
「さすがに昨日今日では手に入りませんて。仮に間に合ったとして、
二人の技術が高度なだけに怪我まではしないだろうが、世界選手権大会直前にやることではない。お互い精神疲労は蓄積するだろうから考慮すべきでは?と姫騎士さんからの忠告だ。ちなみにエロスーツ呼びはウルスラが
「そうカ? その程度で試合負けるはナイヨ。ヴリティカどんな状態でも戦うする身体造ってるヨ」
問題ないのに何故聞く?と
「うむ。アレは危急時でも先陣を切る技術体系に仕上げてる」
「カレーのヒトです? 脚一本獲ったのにシルヴィア姉さんクラスの連撃しやがったです。森ん中コソコソしないと狩りきれんです」
ふいと思い出したかのようにルーが会話に参加。二度と正面からは仕掛けんのです、とモニョモニョ小声で漏らしているので、相当脅威だったのだろう。しかし、森林戦なら隠密機動で削れば勝てると言い切れるところは
「確かにあの身体操作は脅威だな。二年前は浸食と回避を同時にやられて、あっと言う間に
そして、
「
エレも話に加わる。先日の
その差分を直ぐに判断できるのは、エレが全てではないが過去の学内大会もチェックしているからだ。良い人材が居たならば、カレンベルク財団で適合しそうな部署へ勧誘することもあるので。
何せ、学園に入学する
だから、目ぼしい
「そうですよね」
と、相槌を打つ姫騎士さん。エレまで話に乗ってくれて助かったと。
いつも適当なことを口にするルーが今回は上手いことヴリティカの話を膨らませるに一役買ったのは僥倖だったとティナは一安心。心の声で
「チャクラは六つ、七つでしたか? 正中線上にあるのは。あんな丹田の使い方が出来るのはおもしろいですよね」
流れがヴリティカの話題に摺り替わったので。ついでにダメ押ししようと一言を添えた姫騎士さん。
――だがしかし。
「イイネ! ヴリティカが丹田使うのヤリカタと丸いヒトの
その一言で
「いえいえ、彼は忙しくなりますし、学業もありますから当分は無理ですて」
「ナニ言うヨ。来ない断言しないは、チョト待てば来るパターンネ。さっき自然ぽくハナシ逸らしたの気付かない思たカ?」
「……」
姫騎士さん、ちょっと迂闊だったと後悔。サラサラと表情が抜け落ちる。
そもそも、胡乱な言葉選びをすれば黒であると
結局、この後は問い詰められて白状することに。
「ほ~。正式契約しに春来るカ。ちょと先だけど
「はぁ~、仕方ないですね。本人が組手を断ったら無理強いしないで下さいよ?」
「わかてる、わかてるヨ」
信用度が怪しい返事をするご機嫌になった
その様子に、全くしょうがないな、と
ハルはエレからデザートの
ルーンが娘にジト目を向けている。その眼差しは腑抜けた会話術をするな、と雄弁に語っている。後でお説教コースだろう。
今日の姫騎士さん。
午前中の不審者対策が逆に助長させていた失策といい。
キレのなかった一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます