05-002. お昼のひと時から、余計な話に流れました!

 昼食後のリビング。

 独語でWohnzimmerヴォーンツイマァだが、こちらもダイニング同様、リビングで通じる。


 ハルが目覚めるのを待ってからの昼食は、正午より少し過ぎた時間だった。


 今日の昼は、チーズをかけて焼いたシュペッツレもっちりショートパスタにメインは豚肉のトマトソース煮込み、副菜は素材の味を引き出すよう調理された温野菜。それとほぼ必ず同席するザワークラウトなどの付け合わせが一つのプレートに一人前ずつ盛り付けされて出される。ハルのプレートは子供向け仕様で盛り付けも少量だが、他と違いアイルランド産ラム肉ソーセージが二本追加されている。

 テーブル中央には、軽く炙ったブローツェン小型パンを籠で出してあるが、やたらカロリーを消費するメンツが多いので、プレートだけでは足りないのだ。


 一昔前に日本の食文化が流行ったことで、どちらかと言えば無骨なドイツ料理も盛り付けや複数の皿などで配膳することも広まってはいる。だが一般家庭では中々にそこまではしないことの方が多く、この家でも普段はこんな感じである。質は一般家庭とは比べられない程に高いが。

 ついでだが、ハルがおねむになる前のオヤツ時間はパオゼと呼ばれる間食時間である。ドイツ語圏の学校などでも休み時間にパオゼが含まれていたりする。


「トマトは日本よりドイツの方が美味しいな。形や色も日本じゃ考えられないくらい多彩だし」

「生食でも味が濃い。剥いたミカンの形なヤツはチーズに合う」


 豚肉のトマトソース煮込みを食べながら、京姫みやこ小乃花このかはトマトの風味に舌鼓を打っている。国によって風土や育成方法などの違いで、品種改良した結果も随分と変わるのだ。例えば、日本のトマトは輸送の観点から完熟しても傷の付きにくい桃太郎品種が広く普及しているが、甘味はアメリカ、赤味や味の濃さはヨーロッパなど地域によって違う姿を見せる。生食、煮込み、焼き、乾物などと種類によって最適な調理方法も異なる。


「ああ、確かに。日本でサラダに入っていたトマトは瑞々しかったですが酸味が強い印象でした。ケチャップはドイツと違う謎の深みがあるお味でしたけど」


 八月に訪日したティナは、日本産のトマトを食す機会があったようで、その時感じた風味の違いを口にした。


「あれ? ティナが宇留野家ウチに泊まった時は献立を全て伝統和食にしたからトマトは出してなかったと思うんだが」

「いえね。京姫みやこのご実家で滞在が終わった次のお話ですよ。非公式ですが王室の方々と会食が決まってたんです。その時に殿下手ずから育てられたミニトマトがサラダに添えられていましたので」

「殿下……? 王室……? もしや……」


 斜め上から機密度の高い話をブッ込んで来たティナに、京姫みやこは恐る恐る尋ねる。宇留野家の逗留期間が過ぎて以降にトマトを食する機会もあっただろうが、よりによってチョイスしたのが特級案件。京姫みやこでなくても日本人ならば予想外の登場人物に目を白黒させるだろう。

 その様子を小乃花このかが無表情に肉をモグモグしながら眺めている絵面がカオス。小乃花このかの一族は宮内くない庁関係から仕事を請け負うことも少なくないため、が故に平常運転だ。口にする程ではないので、ふーん、と聞いてるだけ。


「そうですよ。こちらの格を対等にとのお気遣いから、態々わざわざ殿下と妃殿下御夫妻がホストに名乗り出られたそうです。ウチも王家の血は幾つか入ってますが王族としては遥か格下ですし、名代とは言え高々貴族家の姫程度である私を随分と立てて頂けたようで」

「はい、そうなんですか……」


 目から光が消えた無表情を晒す京姫みやこの受け答えも、語句が半端に丁寧となる混乱具合。

 そもそも一般人、と言うより国民の殆どが会食など叶わない相手だ。

 立憲君主制ではあっても、国の代表である。そして古くから国土に根付いている宗教、神道のトップを兼ねているのだ。要は、西洋だとすれば、国王とローマ法王を兼任している状況だ。だから王としての格は上から数えられる高さで、その直系も同様に高めとなる。


 その脇で、パスタはもっと盛大によこしやがれです、とモッチモッチ咀嚼しながらブツクサ言うルーのマイペースぶりが炸裂していたが。



 まったりと昼食を摂りつつ、時刻は一二時半を回ったところ。では同日の二〇時半と、八時間の時差がある。


「おっと、通知が来ました。食事中にはしたないですが、ちょっと放送を見させてください」

「ああ、例のね。今回は打撃系ルールの試合だったかしら」

「ええ。ここまでは足掛かりとしてお膳立てしましたので」

 

 ルーンに答えながらティナは手振りでAR拡張現実リモコンを操作し、リビングのモニターを点灯する。簡易VRデバイスから放送局のアドレスを流し込み、番組を切り替える。前回、皆で閲覧した際はパスワードを入力したが、今回は予めチケット情報を入力済のため、直ぐに本編映像が表示される。前試合のダイジェストと解説が流れていることから、次の試合までの準備時間だろう。

 表示されたのは格闘技の試合。日本で行われている立ち技ルール、寝技ルールと試合毎にルールを決めた複数試合が組まれている規模が大きめのイベントだ。


「おー。また日本リーベンの番組ヨ。丸いヒト出るカ?」

「時間的に日本は夜じゃないのか? 結構遅い時間に試合するんだな」

「一応、セミファイナルなので順番が最後の方ですから。全試合二〇戦くらいのイベントだったはずですよ」


 ティナは該当試合開始の通知機能だけをオンにしていたことから、他の試合には興味がない模様。当然、ティナが見るのは個人資産でスポンゾァスポンサーしている武徠ぶらい楢木ならきの試合だ。

 周りの皆も、ティナが誰を見ようとしているか判った物言い。一部からは「丸いヒト」呼びが定着しているが。


「丸いヒト、また試合するですか。今日は体術じゃないです?」


 ルーの物言いから、その一部に彼女も含まれている様子。


 ちょうど二週間前、冬季学内大会第一部が始まる直前である一〇月一〇日土曜日の午前中。ルーがグウィンのチームでMêlée殲滅戦に出場するため、午後から最終調整の招集が掛かったことにブツブツとティナの部屋でくだを巻いていた。その時、ティナが見ていた武徠ぶらいの試合を一緒に眺めていたので、体術のキーワードが出たのだ。


 それはティナが武徠ぶらいのために用意した総合格闘技の試合であった。開幕早々、武徠ぶらいは相手の牽制ジャブに合わせてカウンターを放ったように見せかけ、腕を押さえない腕絡みにてテイクダウン。そこから腕挫うでひしぎ十字固じゅうじがためを獲る動きを見せて、関節技の防御へ導き、空いた頭部に右こぶしでパウンド二発。一発目が調整。そして、身体操作で体重を乗せた二発目は、耳の後ろ方面にある急所へ落とした。

 本来、密着状態では力が入り辛いグラウンドパンチパウンドのはずが、相手を失神KOさせる勝利となった。ルーが思わず「えげつねぇ打撃やりやがったです」と零したのは、スポーツとしての格闘技では習うことがない攻撃だったのだ。


「ふうん、この団体専用のキックルールなのね。しかし良くセミファイナルに捻じ込んだわね」


 いよいよ試合が始まるのだろう。対戦カードが表示され、記載された試合ルールを再確認するようにルーンが呟く。開催団体により、同じ競技でも細かい部分に違いがあったりするのだ。


「先の打撃系と総合の試合で期待値を超えたら、という約束を運営団体としましたから」


 武徠ぶらいのために用意された枠は、結果次第で流れる可能性も在り得た。その枠に有名どころを参加表明させていたが、二週間前となっても対戦相手が確定していない状態であったのは、本来ならばまず無いと言える。格闘技の試合は数カ月前には対戦カードが決まり、試合に向けての調整期間があるからだ。

 そんな横紙破りを押し通させたのは姫騎士さん。勿論、相手がカレンベルク財団とのパイプを期待していたところに付け込んで。例え富と権力があろうとも得ることが不可能と世間で評価されている縁をちらつかせたならば、相手も目の色が変わると言うもの。


「全く。あまり軽々しくカレンベルクの名を使ってはダメよ?」

「そこはわきまえてますて。一応、伸びしろがありそうな団体でしたし、出資金の回収目途はたってますから」


 資金の回収が出来れば何時でも切り捨てられると暗にティナは言っている。故に運営団体とは業務提携もスポンゾァスポンサーでもない立場で融資した。別名義で株を数%押さえたので、比較的短期で資金回収出来る予定だ。不祥事など仕出かされても擁護する気など毛頭ない。元より、運営団体への融資は武徠ぶらいに場を与える手段であって、目的ではないからだ。


 モニターの画面は試合会場に変わる。青コーナーの武徠ぶらいが入場する。

 スモークなどの派手な演出の中、威風堂々とあゆむ姿は仁王像のようだ。


「あら、また少し身体を絞ってますね。立て続けて試合がある中で肉体改造して大丈夫でしょうか」


 入場時の紹介アナウンスで武徠ぶらいパウンド体重を聞いたティナからすれば、急激な身体の変化がどう影響を及ぼすか少し心配ではある。格闘技などは契約体重まで減量し、計量後に体重をベストパフォーマンスの状態に戻して試合に挑むことも多々あるが、武徠ぶらいの場合はスーパーヘビー級であり、体重上限がないため減量は必要ないのだ。


「丸いヒト、まえ見たとき思たけどズイブン臍下丹田鍛えるしてるネ」

「古い武士の体形。臍下丹田を中心に上下を鍛えるとああなる」

「まるいひとー。ぶしー」


 花花ファファ小乃花このかは、丹田を十二分に鍛錬した際の体形が興味を惹いたようだ。若年層では余り見ない身体つきだ。

 ハルが小乃花このかの言葉を拾って「ぶしーぶしー」とにこやかに繰り返している。単語のいんが気に入ったのだろう。丸いヒト呼びも真似しているので、近い内に姫騎士さんが訂正させるだろう。


「やっぱりあれは臍下丹田を鍛えているのか。前より脂肪が減ったみたいだから下腹の腹圧がすごい判るな」


 自分の言葉を繋ぐように、なで肩なのも肩甲骨をかなり鍛えてるんだろうな、と呟く京姫みやこ


 武徠ぶらいの姿は全身が筋肉質だ。しかし、へそ周辺から下腹がポッコリと出ている。仁王像など、古い仏像、特に闘神の像は軒並み筋肉質なのに下腹が出ていることが多い。真偽は不明だが、モデルとなった昔の武人が丹田を鍛えていた体形だったからではなかろうか。

 その姿に武徠ぶらいが似ているのは、彼自身の基礎となった古流や相撲などの鍛錬で造り上げたのだろう。


 武徠ぶらいが辿り着いたリングサイドにはセコンドが一人きり。画面を見る限り、コーチやトレーナーでもなく、グローブの装着やマウスピースを渡すなど、世話をするためだけの人員だろう。今迄の試合も同様なので既に違和感がない。


 そして格上である赤コーナーの選手が入場する。入場曲や演出に合わせて観客へサービス精神たっぷりで花道を進む。さすが実力、知名度共に知れ渡っている選手なだけあって、会場の声援も相当なものだ。


「ダルコ・ペルコヴィッチなんてよく呼べたヨ。去年のキック統一王者ヨ」

「なんだ、花花ファファは相手選手を知ってるのか?」

「実家帰るすると近所の格闘ジム出稽古遊びいくヨ。そうすると選手の話題とか出るネ」

「あの方、今年のタイトルマッチが流れて次の試合は決まってない状態でしたから、調整に一試合どうかとネゴっておいたんです」


 とは言いつつも、武徠ぶらいの踏み台……もとい、ステップアップとして選んだのが偶々たまたま空いていた高位のファイターだとは、姫騎士さんもかなりスパルタだ。


 リング中央では、向かい合う二人がレフェリーに注意事項を受けているところだ。説明が終わったところで其々それぞれのコーナーに戻り、開始を待つ。

 ゴングと共に再び中央へ両者が進み、少し高く差し出したグローブを軽く合わせる礼の後、互いが距離を取り右構えオーソドックスになる。

 ペルコヴィッチは歴戦のキャリアを感じさせるステップワークで、自身が有利になるポジショニングを常に行っている。先のグローブを合わせた際に相手のリーチを見極めたところはさすがと言えよう。

 対する武徠ぶらいは、抜重と浮心による古武術の歩法で滑るように追従するも、決定打を放つにはこぶし一つ分詰め切れない状況を即座に造られた。


 先手はペルコヴィッチ。右ジャブを連続で二発放つ。攻撃よりも引手ひきてを速くしたジャブは、相手の反応と距離への対処を見定める牽制。武徠ぶらいは左でパーリング振り払い、二発目を右への入り身で回避し、見た目の距離は変わらないが姿勢でこぶし一つ分を僅かに詰める。

 だが、その動きは見切られていたようで、ペルコヴィッチは二発目のジャブを引くと共に再び決定打を貰わない距離へ調整していた。牽制の終わりを見れば、お互いが円を描いたように位置が移動していた。


 そのタイミングに合わせたように武徠ぶらいが仕掛ける。お返しとばかりにペルコヴィッチへ、これまた速度のあるジャブを放つ。ベルコヴィッチは顎元をガードする左のグローブで外側にパーリング振り払いするが、想定より重いパンチだと体感したのだろう。すぐさま八オンスのグローブで受け止めて威力を減退させる方針に切り替えたようで、ガードの位置を調整する。受けてから確実に威力のある反撃を繰り出せる脚のスタンスに変えていたことは、試合後のスロー動画を見ながらの解説で判明するが。


 一拍を置いて武徠ぶらいの二発目。先程と同じ速度と腕の出し方。

 だからペルコヴィッチも予定通り受ける選択をしたのだ。

 それが試合の明暗を分けた。


「あら」とルーン。

「あ」とティナ。

「うん?」とエレ。

「お」と京姫みやこ

」と花花ファファ

「やりおった」と小乃花このか

「ほえー」とルー。


 彼女達が声を上げたのは、武徠が二発目をとして繰り出す直前だった。


 その声が終わる頃には、ペルコヴィッチがリングに崩れ落ちた。すぐさまレフェリーがカウントを取りに来たが、両腕を高くクロスさせて試合続行不可と判断した。

 ――カンカンカンと試合終了のゴングが鳴り響く。観客が騒然となる中、赤コーナーのセコンドがリングに上がりリングドクターを呼ぶ声を上げていたが、場内の騒音はマイクで拾う声を打ち消すほどだった。


 まさに鮮烈であった。試合開始八秒のKO劇。


 武徠ぶらいの二撃目は、ペルコヴィッチのガードを弾き飛ばし、左顎正面から突き刺さるストレートだった。


「ふむ、短期間にしては上々の仕上がりですね。まぁ、これくらい軽くこなしてもらわないと出資した意味がありませんから」


 誰に聞かせるでもなく、ティナが静かに呟く。


 それと比例するかの如く、モニター内は騒がしい。観客は興奮で大きな声が至る所で上がり、リングサイドにある解説者席からアナウンサーとゲストに呼ばれた元キックボクシング世界王者の解説が放送に流れ、会場全体が予想外の結末に沸いている。

 放送の視聴者はネットでコメントを次々と流し、勝者となった武徠ぶらいには賞賛と誹謗ひぼう中傷の嵐が吹き荒れた。あっと言う間にSNSのトレンドは本試合の関連タグでランクが埋まる声なき騒ぎも併発した。


 格闘技ファンにとって、それほどに衝撃的だったのだ。

 だが、モニターからスピーカー越しに伝わる熱気も冷めやらぬ場内の歓声とは裏腹に、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸のリビングは静かなひと時とでも表せるくらいに普段通りであり、視聴者という一括りにすることを躊躇ためらわれるほど温度差が違っていた。


「まるいひと、はやかったねえ」


 しみじみと呟くハル。その仕草と喋り方は大人達の会話で覚えたのだろう、自然と真似たように出ている。その仕草がルーンのツボに入ったらしくケタケタ笑っている。


「もう、ハルったら」


 ティナが笑いながらハルの頭を撫でる。えへへー、とはにかみながらクネクネするハル。この子は嬉しかったり照れたりすると、こういった仕草をするのだ。

 お姉ちゃん達も思わずプッと吹き出したり、クスクスと笑みが零れたり。なごやかな様子は、ますます試合会場の雰囲気と掛け離れる。


 だから試合、と言うよりは、武徠ぶらいが最後に取った動きに関して軽いノリで会話が交わされ始めた。

 先ほど彼女達全員が声を上げたのは、武徠ぶらいが攻撃する瞬間に体軸と骨の整列や股関節を使うなど、武術――それも古流――の身体操作が見て取れたからだ。それまで歩法こそ古武術的であったが、相手のジャブを捌くなど、身体操作については現代格闘技に準じていたのだ。


「丸いヒト、アノ身体でアノ動きは筋肉依存しないしたネ。最後は一瞬で武術ウーシュのヤバイ打撃切り替えるしたヨ」

「うむ。上中下の丹田を繋いでグローブを弾き飛ばした流れで本命の動きに繋いだ」


 花花ファファ小乃花このかが会話の口火を切った。武徠ぶらいが放った打撃についての所感を口数少なく述べている。


「膝の使い方は鹿島の派生流派かな? 神道で良く見る力の伝達をしてたぞ。それに自分の戦場いくさばへ引き込むのが上手いな」

「股関節回して上半身横に整列させやがったです。肩甲骨一押しでリーチ稼ぐ方法知らんと避けられんズビシです」


 神道系を修める京姫みやこからすれば、膝が袴に隠れていない競技格闘技なら動きからおおよそ同系の系譜が絞れるようだ。そして武徠ぶらいが格闘技の防御術を相手に使わせるよう仕向けた流れ。持てる手札が知られようとも、相手の知識外にあるたぐいだと判っての組み立てだったと見立てた。

 ルーは、武徠ぶらいがガードを弾き飛ばした後の動きについて気だるげに呟いた。脚から股関節へ力のベクトルを通し、回転運動で上半身へ連動させ、伸ばした腕と身体を一直線にする構造体への整列。縦拳で更に構造強化し、そこから肩甲骨を進行方向へ移動させるこぶし一つ分の延伸。届かせた一撃をズビシと表現しているのが何とも。


「あの坊や、結構やるじゃないか。こぶし当ててから全体重を流し込むタイミングが随分上手い。ルーに見習って欲しいくらいだ」

「エレ姉。ルーはメスナイフ使いだから知ったこっちゃねえです。こぶしなんて鍛えてねえからそんなのいらんです」

「バカたれ! タイミングの取り方だって言ってんだろーが! 体重移動は攻撃と防御の基本だろうが!」


 まだまだ言葉から意味を読み取る能力が低いルー。相変わらず余計なことを口にしてエレから頭蓋骨の繋ぎ目にゲンコツを貰っている。体重乗せるのは反則です!プッチンするです!プッチンするです!とゴロゴロのたうち回っている。


「しかし、坊やの動き。当たる瞬間にこぶしを握るとは良く判ってんな。問題は攻撃の場所か……奥さま」


 グローブ越しからこぶしの僅かな動きを読み取ったエレが、武徠ぶらいの繰り出した攻撃自体をいぶかしむ。それを確認するようにルーンへ言葉を振る。


「そうね。彼、今回も上手く格闘技スポーツに武術を落とし込んだけど……。あの流れに乗せる当身技。ティナ、あなたの?」


 身体の使い方は違うが、武徠ぶらいが行った一連の動きはWaldヴァルトmenschenメンシェンの体術に似ていた。ティナやルーのように純戦闘職ではなくともWaldmenschenの民なら共通で教えられる、ありふれた基本の一つ。その型が持つ流れから一部分だけ切り出したのでは?、と懐疑的になるレベルだった。特に攻撃箇所などは口伝のみで伝える秘事なれば、猶更なおさらだ。


「いいえ。ただ、夏にお逢いした時、手合わせで少しだけ使いましたから。戦いの様子を後の参考に、と撮影されてましたから、自分の技術と置き換えて落とし込んだのではないかと」


 さすがに体重差がありすぎてしばらく膝を着かせる程度にしか威力は通りませんでしたが、と姫騎士さん。

 自分の娘ながら気に入ったという相手に対して無茶をする、と半ば呆れたルーンから出た言葉は元となった技術が危険なものであると知らしめるものだった。


「全く。いくらなんでもアレを叩きこむなんてやり過ぎじゃない? よくもまぁ、膝を着くだけで済んだわね。よっぽど身体の造りを頑丈に仕上げてたのね」

「それがすごいんですよ。SUMOUの稽古で頭から体当たりしてるところを見たんですが、脚から首まで芯が通ってたんです。あの体軸強度と受け分散は正直、信じがたいくらいでした。それなら頭部への打撃は加減すれば問題なく受け流すと判断したんです」


 予想通り打撃が首より下に分散されたんですよ、と姫騎士さん。実験結果に満足する研究者のような笑みを浮かべているが、状況を知らなければ狂気の沙汰とも取れる会話内容だ。


 「にんじんあまーい」と焼き人参にんじん頬張ほおばりながらご満悦なハルに、「野菜もおいしく食べられるぼんはえらいな」とエレが褒める様子は見ていて微笑ましい。

 しかし、それとは真逆を突っ走る戦闘系母娘の織り成す不穏極まりない会話に若干引き気味のお姉ちゃん達。中でも花花ファファが珍しく百面相をしていた。キョトンとした顔から、まず見ることは無い引きらせた面持おももちになったと思えば、次第に口角を上げたわらい顔へ変わる。まるで獲物を見付けた獣のようだ。


 花花ファファは時たまティナに散打組手の相手をして貰ってる。なのでWaldmenschenの民が使う打撃技の厄介さは、その身で受けて理解している。更に高位歩法で運用を始められると、危険度が別物かと言うほど跳ね上がることも。

 関節単位で発生する筋肉の回転を体幹で一つに纏める特殊な技法。花花ファファ纏絲てんしほど威力はないが、身体の至るところで個別に、しかも同時に運用が可能で、重心の位置すら自在に切り替えられる脅威の身体操作法は唯一無二だろう。


 そこへ先ほど、エレが呟いた「攻撃箇所」と「こぶしの握り方」が加わった。前者と後者も花花ファファは良く知るところだ。

 首を支点にがく関節が固定され、尚且つあごは砕かず威力を直接脳内から頸椎付近の急所へ叩き込める急所。当てる瞬間の角度と刺し込みが僅かでも違えば単なる打撃となる、文字通り針を通すレベルが必要となる箇所。

 まず公開されないたぐいのもの。エレが――うっかりだろうが――漏らした言葉は、花花ファファ自身の流派以外に秘匿している武術もやはり在ったのだと確信させた。まさか秘事にまつわることを会話中に聞くとは思いもよらなかったから花花ファファはキョトンとしたのだ。


 ついでに言えば、打撃の瞬間に握るこぶしは、威力を身体の中に通す効果がある。この技法は武術を学んでいるならば使い方は異なるとしても一般技能と言える。

 兎も角、前者の急所と組み合わされば如何なペルコヴィッチでも、顎から急所に直接ダメージを通されたので失神しても仕方ないだろう。

 脳を揺らす、とは良く言うが、実際は激し動きの中にあれば脳は揺れている。ではボクサーのパンチでKOなどが起こる状況とはどんなものか。打撃により首が急速に振れたり、顎に入ったダメージが、くだんの箇所へ瞬間的に負荷を掛けたことで脳が持つ防衛機能で身体がシャットダウンして崩れるのだ。いずれも梃子の原理やグローブの重さと面による範囲ダメージなどによる間接的な急所への威力到達で起こる。

 ところが武徠ぶらいの放った打撃は、威力を直接耳の後ろ近辺にある急所へそのまま届けたのだ。一般で見ることが出来るKO劇などが可愛く思えるレベルのダメージ。グローブがなければ点で威力が突き刺ささり、救急病院に辿り着くまで持つか時間の勝負、と言った危険な打撃だのだ。

 二週間前の総合格闘技試合を見てルーが呟いた「えげつねぇ打撃」は、武徠ぶらいがその急所を直接攻撃したからだ。


 それらをって武徠ぶらいの攻撃をティナがしたと置き換えれば、ほぼ即死レベルで人を壊すことに特化した技術へ変貌するのだと良く判る。そして、ティナが加減したとはいえ、を受けて膝を着く程度なのが異常だと。それが花花ファファの顔を引きらせたのだ。

 幸いなことに。その異常は、ティナを介して直ぐ側に在る。だから花花ファファわらうのだ。手を伸ばせば掴める所に居るのだから。


「イイネ! 丸いヒト、異常な頑丈は脅威ヨ。完全に仕留めるは点勁てんけい使うしなきゃダメ違うカ?」


 陽気な花花ファファの言葉は、自分が対峙した場合へと完全に思考がシフトしている。


「いや、何で花花ファファが彼をたおす流れになってるんだ?」

京姫ジンヂェン、アレめずらしいタイプヨ。普通会えるしない未知の相手ネ。チョチョイと散打組手したくなる当然ヨ」

「とうぜんよー」


 何時もと違い、京姫みやこのツッコミへ楽しそうな笑みでボケ方向へ走ることなく応える花花ファファ。遊び相手を見つけた子供のように。

 花花ファファ声音こわねが楽し気だったので、ハルがにこやかに語尾を真似ているのはご愛敬。


 それを尻目に話の発端である姫騎士さんは、あーそちら戦う方面から目をつけましたか、と、花花ファファがメンドイことを言いだしそうな気配を感じ取る。どこかで話の流れを変えたいところ。


黒将灘こくしょうなだの息子は力士と同じ身体造りをしてる模様。ならばタフさは武術家の範疇を超える。そして姿に反して

「私なら力士との立ち会いはまず避けるな。関取のぶちかましは一を超えるらしい。貰えば如何な名人だってただじゃ済まないだろう」


 同じ話題で話は続く。

 小乃花このか京姫みやこは、相撲取りの持つ破壊力を良く知るが上での武術的見解だ。

 相撲は正面から差し合う特化した格闘術だ。歴史も古く、遡れば神代から続く武術の一つである。いにしえに祖があるからに、体術を持つ流派と共通点が見え隠れする。用法と効果は全く異なるとしても。

 二人は日本人だからこそ、自身の流派と比較した私見が述べられるのだ。


「試しに至近距離から仕掛けて来た肩だけの体当たりを踏み台代わりに受けてみましたが、衝撃を逃しても数飛ばされました。花花ファファの体当たり、確かカオですか。あの接触からジワリと抗えない重さがかるのとは違って、瞬間的に自重じじゅうを掛けてきました」


 あえて話の流れに乗ったティナ。約一名、ワクワクが止まらない中華娘娘ニャンニャンへ情報を出しつつ、話を別方向へ向けるタイミングをはかりつつ。花花ファファ武徠ぶらいとの組手を要求したらメンドウなので。


「ようやりおる。力士は瞬間的破壊力に限ればの最高峰と言える。試しで受けるとは脳に虫でも湧いたか」

「いきなり小乃花このかにディスられました! ……まぁ、武徠ぶらいさんに力の引き出し方を気付いて貰う必要な儀式でもありましたから」


 小乃花このかから、気は確かか?と問われた姫騎士さんである。

 しかしてそれは、ティナが武徠ぶらいと正面から手合わせしたことを皆が知っていたからこそ極端な部分にツッコミが入るのだ。


「うーん、瞬間で威力出すは八極拳の頂肘ディンヂョウ近いカ? でも練るしないで出すは骨で動くしたカ?」

「股関節の使い方は現代戦闘術ぽかったです。パクリやがったです?」

「あのなぁ、ルー。お前の使う戦闘術は元々古流を組み合わせて発展させたもんだぞ? 似た動きがあんのは当然だろ。そもそもオマエ、その教えも受けてるだろーが!」


 クワン、と綺麗な打撃音が響く。


「おー、骨使たゲンコで良い音出すは見事ヨ」


 花花ファファの骨と言う単語へ無意識に口を開いたルーであったが、また考えなしに浮かんだ言葉だけを垂れ流したのでエレからゲンコツ再び。その惚れ惚れするゲンコツに花花ファファが思わず賞賛。ルーはと言えば、股関節回すのはイカンです!重さ乗ってる!重さ乗ってる!とゴロゴロ小騒ぎしている。


 ひょろりと会話に参戦したルーのおかげ(?)で流れがコントに傾いたので、このタイミングで話題を別に持っていけそうだと姫騎士さん。

 しかし。初動が遅れて仕舞った。現実とは上手くいかないものである。


「で。ティナは丸いヒトと散打組手するしてヨ」


 絶妙のタイミングで花花ファファが直接ティナに問いただして会話を引き戻した。それも、前後の会話から推察し、ティナと武徠ぶらいの組手は特殊なものだったと確信して言葉を紡いでいる。


「はあ、全く。花花ファファに迂闊なことは言えませんね。単語の切れ端からそこまで辿り着くとは思いませんでした」


 花花ファファが試合の感想を述べた内容から何となく気付かれたとティナはさっしたが、よもや会話の断片から武徠ぶらいの引き出しを増やしたことまで読まれたのは驚きだった。けむに巻くつもりの相手が、防煙対策バッチリだった件。


「とりあえず今回で成果が出始めた感あり、ぐらいですか。あれから二カ月しか経ってませんから、まだまだですよ?」


 夏、ティナが武徠ぶらいの力量を測る目的で始めた素手での手合わせ。幾つかの遣り取りで武徠ぶらいの弱点を本人に認識させた姫騎士さんは、ノリノリで叩きのめした。


 ティナに出会うまで、武徠ぶらいは強い相手を求めて様々な格闘者と戦った。身に付けた技術が多岐に渡ることから、異種格闘技の概念がない競技すら、相手の土俵で戦えたのが問題だった。幾つも同じ状況が続けば身体が覚えて仕舞う。積み重ねは癖となり、技術の出し方が枠に閉じ込めらたことを気付けなかった。それは武徠ぶらいが掲げる理想をさまたげる弱点となった。ある意味、ルーと同じで型に嵌まった状態だったのだ。


 だからティナはやって見せた。覚えた技は如何様いかようにも組み合わせることが出来ると。

 それを理解させ、身体に染み込むように覚えさせた。

 そして武徠ぶらいが技術を上手く引き出せるまで只管ひたすらやらせた。動けなくなるまで。


「丸いヒト、冬来るか? なら実家帰るしないヨ」


 とうとう花花ファファが避けたかったメンドクサイことを言いだした。


「いえいえ、どんだけ組手したいんですか。彼、これから各方面へ喧嘩売るのに忙しくなりますから」

「え~」


 如何にも不服ですと露骨な不満顔で不機嫌な声を上げる花花ファファ。冬期休暇で年末年始の帰省を秤にかければ、組手の方が優先度は高い様子。事実、花花ファファは、そう育てられている。

 相手は一生に一度しか出会えないかもしれない。ならば、その時こそ、何を置いても手合わせするべきであると。

 このまま武徠ぶらいの訪問時期を問い詰められそうだと察したティナは、ここぞとばかりに花花ファファが先日話を付けた新しいに全部被ってもらう方向へ誘導する策に出る。


「そもそも、ヴリティカと組手をするって昨日お話決めてたじゃないですか。軍用インナーいるからヴリティカのサイズ発注してヨ!とか嬉々として私に話振ってましたよね?」


 二日前の午前中、準々決勝であるトーナメントCグループ本選第三回戦は花花ファファとヴィリティカの戦いだった。両者共、初公開となる技術のオンパレードで、電子工学科のアバターチームが悲鳴を上げていたのは触れないで置く。

 今回、ヴリティカは武器にジャマダハルを持ち込んだ。だからだろうか、パタを扱うマルダニ・ケルマラーター民族の武術ではなく、カラリカラリパヤット武術を中心に組み立てて来た。武器の扱いは全て体術に結びつけられるものだが、そこにこそ花花ファファは驚かされた。異常に練度が高い身体操作を見せつけられたからだ。

 それが体術だけでも自分やティナと遜色なく戦えるレベルにあると判ったのだ。ならば散打組手の機会をみすみす逃す手はないと、花花ファファは意気揚々にヴリティカを誘ったのが先日の学内大会打ち上げで食卓を共にした時。


「模造武器も用意しようかとなって、ハンネからラタン製の競技武器を造るメーカーを教わってたよな」


 話を快諾したヴリティカは、ついでにと花花ファファに一つ提案したのだ。その件をティナの話へ補填するように京姫みやこが続けたのだが内容は怪しい。この場に居る面々も巻き込まれる確率が高いのだ。

 何せその提案ときたら、ホログラムではなく物理的な模造武器による手合わせのお誘いだったのだ。ヴリティカいわく、お互い先日の試合より面白い戦いが出来るだろうと。実のところ両者とも、ホログラム武器だからこそちあった際に欲しい情報が拾えず、読み切れない直面に歯がゆい思いをしたのだ。本来は、それだけ精密さと微細さが要求される相手同士だったのだ。


 話の流れで出た模造武器の単語を聞いたハンネが元気に挙手した。安全なラタン武器ならアーマードバトル競技用の武器専門店を知ってますよ、と。ラタンではあるが、剣先を丸め、剣身けんみふちが刃にならない厚みと丸みを持たせた造りだ。更に衝撃吸収ゴムで覆っているため安全面も向上している。渾身の一撃でもまれに痣が出来るかも程度と言うのだから驚きだ。武器は量産品以外もオーダーメイド可能で、その場合は約一、二週間と納期も早め。もっとも競技団体やクラブチームなどが消耗品入れ替えで大量発注する時期は納期が遅れるのは仕方ないとして。

 それは良い、と花花ファファとヴリティカがノリノリになったのはさて置き。


「た~のしみヨ~! ヴリティカ世界大会行く前にエロスーツ入手できる理想ヨ」

「さすがに昨日今日では手に入りませんて。仮に間に合ったとして、花花ファファとヴリティカもナポリ入りの日程が近いですよね? そんな直前に組手をするのは如何なものかと」


 二人の技術が高度なだけに怪我まではしないだろうが、世界選手権大会直前にやることではない。お互い精神疲労は蓄積するだろうから考慮すべきでは?と姫騎士さんからの忠告だ。ちなみにエロスーツ呼びはウルスラが流行はやらせた。


「そうカ? その程度で試合負けるはナイヨ。ヴリティカどんな状態でも戦うする身体造ってるヨ」


 問題ないのに何故聞く?と花花ファファ

 花花ファファが言う身体の造り方と精神性は、戦場で生き抜ける者が持つものだ。つまるところ、ヴリティカもで常在戦場を日常に思惟しいているのだろう。実際に剣を交えたからこそ、花花ファファは自分と匂いを嗅ぎ取っている。


「うむ。アレは危急時でも先陣を切る技術体系に仕上げてる」


 花花ファファの言葉を小乃花このかが後押しする。やはり小乃花このかMêlée殲滅戦を通してヴリティカから同類が持つ独特の気配を感じていた。彼女も此方こちら側であると。


「カレーのヒトです? 脚一本獲ったのにシルヴィア姉さんクラスの連撃しやがったです。森ん中コソコソしないと狩りきれんです」


 ふいと思い出したかのようにルーが会話に参加。二度と正面からは仕掛けんのです、とモニョモニョ小声で漏らしているので、相当脅威だったのだろう。しかし、森林戦なら隠密機動で削れば勝てると言い切れるところはWaldヴァルトmenschenメンシェン戦闘士暗殺職であればこそ、だ。


「確かにあの身体操作は脅威だな。二年前は浸食と回避を同時にやられて、あっと言う間に大身槍おおみやりの内側に入られた」


 そして、京姫みやこが話を引き継ぐ。

 京姫みやこは学園に入学早々、冬季学内大会Duel決闘の部に参加し、一年生ながら本選に進んだ。その時にヴリティカと対戦し、ポイントこそ奪えはしたが力量の差を見せつけられ敗退したのだ。


グル導師・アヤンに最高の弟子と言わせるだけはあるよな、あの嬢ちゃん。近接で、あんな滑らかに細かい重心移動を使い分けるとは随分上達したな。チャクラとか言うやつの機能か?」


 エレも話に加わる。先日のMêlée殲滅戦Duel決闘が出ていた試合放送をルーン、ハルと共に見ていたのだ。そこからヴリティカの身体操作は練度が高くなったと以前を知る言葉が出た。

 その差分を直ぐに判断できるのは、エレが全てではないが過去の学内大会もチェックしているからだ。良い人材が居たならば、カレンベルク財団で適合しそうな部署へ勧誘することもあるので。

 何せ、学園に入学する騎士シュヴァリエの大半は幼い頃から武術にいそしみ、より高みを目指すため己に厳しくあることなど当たり前のようにこなす。その精神性が高潔な人物像を造り上げる基礎と成り得ればこそ。

 だから、目ぼしい騎士シュヴァリエはリストアップされ、色々とコッソリ調査済なのだ。


「そうですよね」


 と、相槌を打つ姫騎士さん。エレまで話に乗ってくれて助かったと。

 いつも適当なことを口にするルーが今回は上手いことヴリティカの話を膨らませるに一役買ったのは僥倖だったとティナは一安心。心の声でNettナイス!と叫んでいたが、涼やかな微笑み顔は崩さない。


「チャクラは六つ、七つでしたか? 正中線上にあるのは。あんな丹田の使い方が出来るのはおもしろいですよね」


 流れがヴリティカの話題に摺り替わったので。ついでにダメ押ししようと一言を添えた姫騎士さん。


 ――だがしかし。


「イイネ! ヴリティカが丹田使うのヤリカタと丸いヒトの臍下丹田使うが比べる出来るヨ!」


 その一言で花花ファファが話題を戻して来るとは姫騎士さんも頭が痛い事態だ。


「いえいえ、彼は忙しくなりますし、学業もありますから当分は無理ですて」

「ナニ言うヨ。来ない断言しないは、チョト待てば来るパターンネ。さっき自然ぽくハナシ逸らしたの気付かない思たカ?」

「……」


 姫騎士さん、ちょっと迂闊だったと後悔。サラサラと表情が抜け落ちる。

 そもそも、胡乱な言葉選びをすれば黒であるとさっして仕舞う相手に不用意過ぎた。さすがにティナも友人には嘘を混ぜた話し方はしないので、濁した結果がこれだ。


 結局、この後は問い詰められて白状することに。


「ほ~。正式契約しに春来るカ。ちょと先だけど散打組手予約するヨ!」

「はぁ~、仕方ないですね。本人が組手を断ったら無理強いしないで下さいよ?」

「わかてる、わかてるヨ」


 信用度が怪しい返事をするご機嫌になった花花ファファとは裏腹にティナはグッタリ気味だ。

 その様子に、全くしょうがないな、と京姫みやこは苦笑。

 小乃花このかとルーは我関せずと最後のブローツェン小型パンを奪い合う攻防中だ。

 ハルはエレからデザートのアプフェルリンゴのシュトゥルーデル層巻きパイを食べさせて貰っている。

 ルーンが娘にジト目を向けている。その眼差しは腑抜けた会話術をするな、と雄弁に語っている。後でお説教コースだろう。


 今日の姫騎士さん。

 午前中の不審者対策が逆に助長させていた失策といい。

 キレのなかった一日だった。


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