04-030.緩やかなひと時とこれから。 Zeit zum Entspannen und in Zukunft.
二一五六年一〇月二二日 金曜日
朝から学園生総出で大会の跡始末が始まった。
屋外屋台設備などは外部からの出店が多いため、業者が入り込んでの撤去作業だ。大会開始前に予め打ち合わせて決定した業者スケジュールの管理や諸々発生する折衝などは運営科に担当が割り振られている。業者トラックの交通整備なども彼等の仕事だ。護衛ではないが、いらぬトラブルが発生した時の防波堤として、騎士科の面々も駆り出されている。
今のところ進捗は若干前倒しとなっており、通年通り午前中にはほぼ片付く見込みだ。
電子工学科などはアバター販売のため自前で本格的な店舗を施設しているが、そこは長年蓄積されたノウハウを持っている彼等。過去の経験が凝縮された組み立て式の店舗も相まって、何と小一時間もすれば完全に形跡すらなくなっていた。
屋外の各所へ臨時設置されていた小型インフォメーションスクリーンの半分はMR表示ではなく物理パネルであり、
噴水広場や共有野外席に設置された中型のインフォメーションスクリーンも物理パネルであるため、電子工学科と力作業要員に騎士科がサポートで入り、いそいそと運び出している。騎士科のメンツも女性たちが数多く参加しているが、筋力よりも身体の使い方を知っているため、運搬は力自慢の男性よりも役に立つのだ。
「はい、一、二、三で持ち上げますよ」
「はーい。ラウデが掛け声やってください!」
「ルーにかかればコンなのチョチョイのチョイです」
「では。一、二、三!」
掛け声と共にラウデ、ハンネ、ルーの三人がフワリと小型インフォメーションスクリーンを持ち上げる。予想以上に軽かったようで、ハンネがビックリ顔だ。
この三人、撤去したインフォメーションスクリーンを校舎内の備品室へ運び込む役目を貰っている。最初はラウデとハンネの二人だったが、もう一人つけてスリーマンセルにしようと話が出た際、人員を決める時にヒョッコリやって来たルーがこれ幸いとチームを組んだのだ。
エッチラオッチラと運ぶ姿はコマコマとした二人を含んでいるからか、お手伝いをしている感を
試合コートや競技場回りの整備は騎士科がメインで受け持っており、端末類を含む試合設備などはスポーツ科学科や人間工学科がメンテナンスの可否を隅々まで確認しに回っている。データを元に修理が必要な箇所は予備と交換し、学園内設備の武器・装備工房へ運び込む。メンテナンスは後日、電子工学科主体で実施、もしくは業者に修理へ出される。
「やっと第一の六面まで終わった。やれやれ、見た目は異常なさそうだけど結構、消耗してたりするんだな」
田植えの
各試合コート自体は管理システムから
良く見るとヴリティカやシルヴィアなど、上位入賞者の姿もチラホラ見えており、仕事に
安全管理面は学園の警備部だけでは手が足りず、カレンベルク財閥の警備部門から派遣された要員が補助し、巡回員を増やしている。だが、警備計画案のたたき台の提出も
イベント
そして、全ての進捗管理とコントロールは生徒会が総括する。学園生が組織する各委員会の窓口へ指示出を出し、報告を受け、問題発生時には即座に解決へ動く。
競技に関しては
この生徒会、日本など一般に知られる生徒会と異なり、学園生側の経営陣なのだ。学園経営サイドから許可された範囲内で、学園の運営を実際に執り仕切っている。
余談だが。
実は姫騎士さん。入学した時より、生徒会から登用のオファーを受けている。未だに勧誘は続くが、
大財閥の令嬢、且つ世界でも顔が効く貴族の出自で、企業の役員どころか他国の政府高官や王家にも顔が効き、面会や会談など難なく
その姫騎士さんは。野外席のインフォメーションスクリーンを撤去していたルーをとっ捕まえていた。昨晩、アバターショップ撤去後に引き揚げた商品整理の手伝いをお願いしていたのだ。が、店舗撤去作業が始まるところまで居た筈なのに、何時の間にか消えていた。
「ちょっ! 姫姉さま、
「あなた、お手伝いをお願いしたじゃないですか。こんなところでサボって」
解放された首元をサスリサスリしながら、こんなに早く姫姉さまに見つかるとは予想外です、とブチブチ漏らすルー。状況を打破するために、灰色の脳細胞をフル回転しながら言い訳を捻り出そうとしている。冷汗ダラダラであるが。
そこへ一緒にスクリーン運搬をしていたハンネとラウデから援護射撃がなされた。
「フロレンティーナさま、ルーさんはちゃんとお手伝いしてましたよ?」
「ええ。三人でスクリーンを運んでました」
スクリーンの真ん中を持って貰いましたよ、との弁を聞き、ジト目でルーを見るティナ。どう見ても信用してませんと物語っている顔だ。
「ルー。スクリーンは四〇
四〇
「そんなに重かったんですか! ヒョイっと持てたからビックリです!」
ルーより速くハンネが反応した。四〇
「平気ですよ? ルーは持ってるフリなんで落ちたら重いモン持たせたヤツラに責任とらせるです」
無い胸を反らせて自信満々にオサボリを暴露するルー。ティナが重量と破損のキーワードを混ぜたことから、意識をそちらに取られて弁償なんかしません!と意気揚々に自分のスタンスを口からこぼして仕舞ったのだ。言い訳で取り繕う以前の問題だ。誘導の引っ掛かり方がチョロ過ぎる。
「え? ルーさん持ってなかったんですか⁉」
「言われても判りませんでした。むしろ気付かれずに持った振りが出来ることに驚きです」
つまり。三人でスクリーンを持ち上げる最初から持ってる振りをしてたのだ。だからティナの嘘に気付けなかったのだ。
「ルー。このスクリーンは五
全くしょうがないですね、と姫騎士さん。
スヒュースヒューと吹けない口笛を吹きながら視線を明後日に向けるルー。
「四〇
何故か運んだスクリーンの重さが軽かったことにションボリするハンネ。どうやら重いものをヒョイと持ててたのが嬉しかったようだ。まさかルーの釣りにハンネが掛かるとは姫騎士さんも予想外。すかさずフォロー。
「いえいえ、重さを感じなかったと言うことは、ちゃんと身体を使って運んでいたと言うことですよ? さすがテレージアから学んでいるだけはあります」
そうなんですね!と元気一杯で再起動するハンネ。フンスと鼻息荒くヤル気満々。なのだが、今しがたスクリーンの運搬は終わったところだ。
「さて。そちらのスクリーン搬送はお
「はい、テレージアさまと合流して
「おねーさまが
おや、テレージアが
すかさず、ラウデが「それはまだ言ってはいけないお話です。注意してください」とハンネを
「フロレンティーンさま、この件はどうか……」
「あら、ラウデ。私は何も聞いてませんよ?」
それを察せるだけラウデも育ってきた。ありがとうございます、と丁寧なお辞儀を残し、ハンネを引き摺りながら騎馬トレーニング場方面へ去って行った。
おたっしゃで~、と手を振り二人を見送るルー。オサボリして捕まったことは灰色の脳細胞から既に零れ落ちている様子。
「姫姉さま、ルーは小腹がすきましたのです。そろそろオヤツの時間なのです」
キリリとティナに向き直り、欲求ダダ漏れ発言をするルー。時刻は一〇時を回ったところ。ドイツやエスターライヒでは軽食が摂られる時間帯だ。
にこやかに微笑みながら両手でルーの頬を
「ふぃめねーひゃま⁉ ひゃにしゅるんれすか~」
「ホンとに困った
「ふがっ⁉」
フニフニと頬を伸ばされながらスッカリ頭の中からキレイサッパリ忘れてたことがフィードバックしたのだろう。ルーの視線はアッチコッチにさ迷いながら冷汗をダラダラ垂らしている。
キュポンと頬から手を離されプルルンと元に戻ったルーは、すかさず言い訳にもならない主張を
「違うのです姫姉さま。ルーは
「だからと言って、コッソリ逃げるのはいかがなものかと思いますよ?」
「うぐぅ」
ルーからぐうの音が出た。
この娘、ターゲットが現れるまで何時間どころか何日も気配を消して潜伏するのは容易く
「はーい、行きますよー。おサルさんでも出来る作業ですから安心してください」
「そんなら、おサルさんにやらせるのが世界は幸せになるです……」
「ばかなこと言ってないでさっさと動く! はいはい、早く」
「ふわ~い」
姫騎士さんの後をトボトボついていくルーの姿に哀愁が漂う。
結局、作業をするはめになるルー。作業の間もくだらない主張でグチグチと小騒ぎする光景が何度も見られるのだが、その度に姫騎士さんから
時刻は午後を少し回ったところ。
午前中で片付けの終わった学園生達がチラホラと屋内大スタジアムへ脚を向ける。
学内大会開催後の打ち上げパーティー会場に移動しているのだ。
会場設営や料理、給仕の手配などは学園側で受け持つが、ホストは生徒会だ。生徒会は跡片付けの旗振りもしており、タスクがオーバーフローするのではと、訝しんで仕舞うが、別途チームを編成して上手く回している。もはや管理者視点の仕事振りである。
今回、手足となるのはイベント運営委員会。そして、毎度のことながら有志が催し物を企画したりするので実働要員には事欠かない。
「おー。すげえのです。家ん中で
ティナに連れられたルーが屋内大スタジアムに入った瞬間漏らした声だ。
お手伝いの報酬で渡されたバナナの房を小脇に抱え、モッチモッチとバナナを
「マクシミリアンの学園生はお祭り好きが多いですから、こういうイベントでは率先してお店をだしたりするんですよ」
ほら、あそこにストリートパフォーマーもいますよ、と姫騎士さん。
国際色豊かな店舗や露店に加え、路上パフォーマンスも多国籍だ。世界中から人が集まるこの学園ならではである。
屋台街を進みながら、ほえー、と口を開きキョロキョロするルーの手にはバナナが握られ、何とも気の抜けた雰囲気が
「おー、ティナとルー発見ヨ。今日は中華料理入てるネ。オススメヨ!」
「あら、随分とまぁたくさん取って来ましたね。
「
遭遇した
ルーは謎検定名をでっち上げているが、適当な枕詞なのでスルー安定。小脇に抱えたバナナの房を乗せようとして
学園側が用意する料理は毎回変わるのだが、今回はフレンチとイタリアン、そして初の中華枠が設けられた。招致されたのはミュンヘンの三ツ星ホテルに入店している三ツ星中華専門レストラン「
学園は著名なレストランなどに依頼し、特別出張をお願い出来る強力なコネがある。理事長からして影響力が絶大な大貴族の一員であるし、学園の共同出資者であるカレンベルク財閥も手を回すので、かなり融通が効くのだ。カレンベルクの姫であるティナが在学している現在は、そのネームヴァリューも相まって交渉が
「うんうん、理事長に交渉しといてヨカタヨ。ドイツで一流の中華食べられるは至福ヨ~」
「アッチに
「人数多くありませんか? あの区画だけ違うイベントに見えますよ」
遠目で見るとテレージアやマグダレナを始め、普段は余り一緒に行動しない面子などもおり、結構な大所帯。幾つかの丸テーブルを寄せて浮島のようになっていた。
話は言い切ったと、不安定に見える大荷物がありながらスルリスルリと人混みを
「何です?
眉根を寄せた渋い顔をするルー。
「
「それ、どこの修羅です? 戦闘士よりヤヴェじゃねーですか」
これでも
「世界は広いでしょう? 世の中には知らない技術が溢れるほどあるんですよ」
「ルーは絶望したです。もう楽隠居してのほほんと暮らしていくのです」
「またしょうもないことを言って。さぁ、お料理を取りにいってみんなと合流しましょう。ビュッフェは無料ですけど一度に食べきる量だけ取るのがマナーですからね?」
「大盛りマシマシが防がれやがったです! タダ飯ならいくらでも入るですのに……」
バナナをモッチモッチと頬張りながら、誠に遺憾であると謝罪会見に立つ政治家のような妙な真面目顔をするルー。放って置いたら取り皿にタワーが出来る勢いだったのだろう。姫騎士さんは長い付き合いから、妹分に釘を刺さないといけないケースを良く知っている。
ブツブツ言いながらバナナの房を頭に乗せ、両手に持ったトレーには溢れるほど取り皿を乗せたルーの姿は大道芸のそれだ。
「ヴリティカとシルヴィアが一緒なんてめずらしいですね。そこにクラウの組み合わせとは……何か起こる前兆かもしれません」
浮島には、ルーの教導メンバーに加え、ヴリティカとシルヴィア、そしてクラウディアが席を囲んでいた。今来たティナとルーを含めると一二名になり、大会前なら警戒されるメンツが揃った団体さんだ。
「何でアヤシイ方向を刺し込んでくんのよ。あなた、昔から適当な時は本当に言葉も投げっぱなしにするわよね」
「……ソンナコトナイデスヨ」
到着早々、ネタっぽい台詞を
「三人は試合コート整備で一緒だったからその流れだよ」
と、
「皿がすげえ数になってやがるです。ルーが持ってきたの置くですからとっとと詰めやがらないとバナナ投下するです」
ハイハイと、テーブルの上にスペースが造られていく。尊大な態度の最年少は、ここでも甘やかされているのだ。そろそろ増長しそうだが、その辺はティナが上手くコントロールしているのをルー本人は気付いてない。
ちなみにルーの性格上、バナナ投下はネタではなくホントにやるから困ったものだ。
「北京ダック、初めて食べタけど、皮がパリパリしテ不思議ね」
ヴリティカがに北京ダックの皮と薬味の葱と胡瓜、甜面醤を
「この北京ダック、皮が広東式近いけど、身は北京式ヨ。厨房に北京ダック造る専門の火考鴨師いたからホンモノの味ヨ」
北京ダックは、火考鴨師が鴨の選別から捌いて仕出すまで、実に五四工程を経て造られる。本場と言えば北京式で、こちらは皮だけでなく肉も相当旨い。広東式はより皮がパリパリとした食感が特徴だ。肉の味も加えると好みが別れる料理である。
熱した油を掛けて皮だけ出すナンチャッテ調理法の店もあるので、これを北京ダックと呼ぶと軋轢を生むので注意。
「イタリア料理と銘打たれてますが、北部と南部料理が一緒に食せるのは不思議ですね」
シルヴィアは
彼女の地元であるミラノは北部にあたり、バターやチーズなどの乳製品をたっぷり使った料理が多い。水田も多いためリゾットなども良く食される。対してナポリなどの南部料理は、トマトやオリーブオイルが主軸だ。ピッツァやパスタなどもトマトやオリーブオイルが欠かせないだろう。シルヴィアのチョイスは日本で言えば、きりたんぽとゴーヤーチャンプルーを並べているようなものだ。
「シルヴィアさん、今年はナポリが世界選手権ですよね。おうちには帰るんですか?」
ハンネがふと疑問に思ったのだろう。思った段階で口にだしていたが。
「いえ。実家に立ち寄る時間はありませんね。距離だけで言うなら、ここからナポリは実家の二倍ほど遠いところですから」
「ほえー。そうなんですね」
遠いというキーワードで地球半周分を想像していそうなハンネである。
「このフレンチ、テリーヌとムニエルにコンフェとシチューはいいけど、ピカタがイタリア料理と被ってるわ。被ってるのよ」
ピカタはイタリア発祥のピッカータで小麦をまぶした肉を揚げ焼きするものだ。コトレッタ・アラ・ミラネーゼと系譜は同じだ。
「うーん、ランプ肉の低温ステーキを試しに持って来ましたが、周りを見ると没個性ですね」
何となく肉類をチョイスしたティナは、いまいち面白みがなかった食材に残念な目を向ける。三ツ星レストランのシェフが造っているのだから味、盛り付けとも一流なのだが、評価のベクトルを変えるのはどうかと。
テーブルの隅っこを見ると、
「そろそろ日本の水を輸入しなければ」
「はいはい、もう発注は掛けてますよ」
ポツリと零した
相変わらずカオスな状況。自由人達を好きにさせた結果がこれだ。
やれやれと、姫騎士さんも飲み食いへ戻ることにした。
その途端。
――バンと大きな音が聞こえる。この音は
「この音……。バイソン撃ちの大弓じゃないですか? ララ・リーリーが狩りでもしてるんですか」
「テレージアじゃないか? さっきララ・リーリーの店へ串焼き買いに行ったからな」
「ララ・リーリーの大弓引けたら串焼き二割引きするらしい」
「串焼きを仕入れてまいりましたわ!」
「そちらに空いたお皿を重ねてください」
串焼きの入った油紙袋を抱えたテレージアとラウデが帰って来た。五、六本はありそうだが、串焼き一本のサイズが大きいので二袋なのだ。料理が無くなった空き皿へ未使用の取り皿を重ね、牛、豚、鳥とヴィーガン向けの野菜串が並ぶ。
「本数が並ぶとすごい量よね」
「春にヘリヤはコンだけ一人で食べてたヨ」
一本合計二〇〇
「テレージアは大弓チャレンジしてきたんですよね? しかしまあ、良くアレを引けましたね」
「わたくしの身体操作法と相性がよろしかったんですわ! さすがに連射は出来ませんでしたけど」
ララ・リーリーの弓射術はお見事でしてよ、とテレージアが結んだ。
そもそも大弓チャレンジは、
モッチモッチと食べることに集中し、大人しかったルーが食休みのバナナに手を伸ばしたところで何かを思い出したのだろう。ティナに顔を向けて話始める。
「姫姉さま。こないだ
「ルー。逃走禁止です。逃げだしたら宿題たくさんだしますからね?」
ガーンと音が聞こえるほど絶望の表情を披露するルー。なんで?と目が訴えている。
「もう、そんな顔して。アバターデータ提供は学園の
「またルーのことなのにルーに決定権がないのです……」
ルーのアバター化要望がたくさん届いた結果ですよ、と姫騎士さんに言われ、無い胸を反らし自慢げに自画自賛しだしたルー……は放っておかれたが。
「みなさんもアバター更新の依頼は届きましたか? ウルスラの怨念が籠ったメール」
ティナの元にはウルスラから長文のメールが届いていた。
つい先日まで姫騎士さん専用の武術プログラム作成で不夜城と化した電子工学科アバターチームもデータを見て悲鳴を上げたのは仕方なかろう。
その上、ルーや
更に、追い打ちが掛かる。
「やっぱりみなさんにもメールは届いてましたか」
ティナが聞いてみたところ、届いたメールの内容は人によって変わっていたようだ。アバター更新日程調整と恨み言付きの二種類に分かれていたのが闇を感じる。
「世界選手権参加組は、大会が終わってからのスケジュールになりそうだな」
「妥当じゃないカしら。開催地が近場と言っテも出身国によって合流日程は違ウもの」
世界選手権大会の開催日は毎年不変で一一月七日から一一月一八日の二週間だ。実質あと二週間後なので、アスリートにとってはスケジュールがタイトだ。が、
「私は
クラウディアは
「私は秋休みの三十日から
ヴリティカも同じ理由で
「私は二日のナポリ行きチケットを取りました」
イタリア代表のシルヴィアは、大会四日前と随分余裕だ。開催地が南部と言えど出身国であるため、他国の
「わたくし達は一日に現地入りしますわ」
"わたくし達"の中には
「あれ? ドリルは大会代表じゃナイはずだたネ?」
「
それを聞いた姫騎士さん。午前中、ハンネが漏らしたテレージアが
イベントやエキシビジョンマッチなどのイレギュラー要件がポロリと零れたことを皮切りに、世界選手権の試合以外で嫌な予感がよぎる姫騎士さん。アスラウグが母ルーンと月に何度か手合わせしていることを思い浮かべ冷汗が一滴流れる。さすがにマサカそれはないと、無理やり納得しておいた。精神衛生上非常に宜しくないので。
「ティナはいつから現地入りするんだ? 明日は取り敢えずザルツブルクに行く日でいいんだよな?」
「ええ。明日、実家に帰る予定は変わりません。ハルも楽しみにしてますし。朝八時集合も何時と同じです」
予定を聞いて来た
まだ
「ナポリ行きの話ですよね。私は四日に移動です。来週末までイベント目白押しですし」
「私の記憶では、世界選手権まで
シルヴィアは大小関わらず、参加可能な
「いえ、来週三〇日の土曜日、バイエルン州主催のアーマードバトル大会が開催するんで、特別招待枠でテレージアと一緒に参加するんですよ。ハンネの伝手ですね」
「へえ、ある意味太極の競技を選んだのがおもしろいわ。おもしろいのよ」
マグダレナも、
中世騎士達の練習法を元に発生したアーマーバトルは、金属鎧を
海外のアーマードバトルでは、軍人なども参加していたりするので、試合中の殺気がもの凄いことになったりもする。
目下、回避特化の
それを聞かされたメンツは、この娘は何だかんだで自由過ぎるな、と呆れさせたのだが。
「さて。この面子が再び揃うのは世界選手権ですかね。ヘリヤを待てせていることですし。待たせたぶん、何を見せてくれるのか期待してますよ、きっと」
あー、と世界選手権
宿題の難易度は高いが、考え工夫し、用意する。それ自体が答えであるのだ。
世界中の強豪が集まる世界選手権大会。プロアマ問わず
今年の世界大会は、一波乱あると有識者や評論家からも下馬評が上がっている。
それもその筈。マクシミリアン恒例の冬季学内大会で展開された
世間は世界選手権大会の始まりを心待ちにしている。
お気に入りの
――人々が見た夢の跡。打ち上げ後の宿舎にて。
「
「ルー、ぬいぐるみは置いてきなさいな」
早くも旅行の持ち物を厳選していたルーは、口を尖らせ、横暴ですー、と文句タラタラ。世界選手権大会には、便宜上ティナのお付き見習いであるルーも同行する。そして、ルーがコマコマと集めているエビのぬいぐるみは調理名の名付けがされている。食いしん坊ここにあり。
「坊ちゃまと遊ぶオモチャも忘れちゃならんのです」
「あら? ハルも
「うゆ? 奥さまと坊ちゃまとエレ姉がいくですよ? エレ姉が
何で知らない?、と頭に疑問符を浮かべているルー。
ルーの言葉に、本格的な公的訪問じゃないですか、と冷汗をたらす姫騎士さん。
本来、他国へカレンベルク財閥当主であるブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の者が赴くことは、非常に難しい問題を抱えている。訪問先の国が細心の注意と警備体制を万全に整える必要がある国賓扱いの一族なのだ。
当主一族ともなると、政府のみならず、多大な人員と金銭が動くため、気軽に他国へ訪問など出来ない。ティナが夏に日本入りする際も、現地との調整に四半期まるまる掛けているのだ。例外は安全面を確保済である一族の本拠地であるニーダーザクセン州、ミュンヘンとローゼンハイム、そしてエスターライヒの主要都市。
しかし何故、今回母が
だからこそ判断に苦しむのだが、ティナにも知らせないように
「……ものすごく嫌な予感がします。思わず頭を抱えたくなるような」
「ほえ? 姫姉さまバナナ喰うですか? なんとかミンでオツムに栄養がビシバシぐるぐるするってルーは聞いたです」
ぐぬぬ、と唸りそうな姫騎士さんとは対照的に、拍子抜けするルーの平常運転さで明後日方向に話が噛み合わないが何時ものこと。
ルーが小脇に抱えたバナナの房は、ティナに差し出した一本を残すのみになっていた。
食べ過ぎ感はあるが、日常的に高位歩法を使用するルーは燃費が非常に悪いのだ。
「あら、ずいぶんとおいしいですね。プレミアムバナナだったかもしれませんね」
貰ったバナナを丁寧に食する姫騎士さん。
シュガースポットが程よく出て、
予想外のおいしさに全てを棚に置き、ミンダナオ島を思い浮かべるのであった。
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