04-004.見習いと見習い。 Knapp und Taktiker-Lehrling.

2156年9月15日 水曜日

 マクシミリアン国際騎士育成学園の新入生入学日である。

 と言っても入学式など特になく、保護者が同伴する場合でも校舎の入り口までだ。変則型の六年制実科学校であるため、新入生の殆どは国による教育制度の差から入学規定年齢になるまで通常の中等部でなどで教育を受けてより編入してくる形式となる。アジアやイギリス、北欧など、小等部が12歳までの教育制度の場合もあるが、新入生全体で言えば少数派になる。


「姫姉さまー。おはようございますですー。学校行きましょうですー。」


 声を大にしてティナの部屋扉をドンドンと叩くルー。インターフォンや簡易VRデバイスでの連絡ではなく、昭和の香り漂うお誘いだ。


「ちょっと、ルー。通路で騒がしくするのはどうかと思いますよ?」

「ナニ言ってるですか。伝統的なお誘いの儀式ですよ? 文化はこうして伝承されるです!」


 ガチャリ、と部屋から出てきたティナから早速お小言を拝領するが、また適当な言葉を繋げて返すルー。

 どこの伝統か全く判らないのであるが、自分の発言については全く気にせず、フンスッ、と無い胸を張るルー。マクシミリアンの制服姿である。現在流行りであるスカート丈の短い恰好であるが、それが逆に子供っぽさを引きだしている不遇。


 ここヨーロッパでも一昔前の学校ではクラス割りを入り口のパネルなどに貼っており、校舎案内を元に各自教室に向かうのが通常で、日本の様に保護者同伴で入学式を行うなどのイベントがある国は殆どないと言って良い。入学式のみで午後は帰宅、などと言うこともなく初日からフルタイムだ。

 運動会や授業参観などのイベントごとも無いのが普通だが、マクシミリアンはChevalerieシュヴァルリ競技公式下部大会の認可を受けているため、一般公開を行う大会イベントが存在する。また、学生主体で運営やプロモートの実施訓練として六月祭と呼ばれる一般公開イベントが執り行われるのが通常の教育機関とは異なる点だ。


 新入生全員には事前にクラス割りや所属する教室の位置、基礎教科、専門教科などの授業スケジュールの通知が行われている。また、自身で単位を確認しながら参加する授業を選択し、自身の学習スケジュールを作る義務があり、九月六日から十三日までの入学準備期間で実施する様に指定されている。


 この期間は、教師や講師、上級生達なども新入生からの相談を受け付けている。スケジュールの不明点やなかなか決められない場合は指定の連絡先にヘルプを出せば、前述の誰かに直ぐ繋がり、アドバイスを受けることが出来る。特に上級生からのアドバイスは実体験に則っており、非常に参考となるため人気がある。


 また、スケジュール提出が遅延していたり、内容に問題がある場合、直ぐさまその新入生へ連絡が入り、個別相談をするなどのフォロー体制もしっかりしており、取りこぼしは発生しない様に注意が払われている。

 ルーなどは初っ端からティナに泣きついてスケジュールを完成させたのだが。


「では私の教室は三階ですから、ここでお別れですね。アナタを理解するお友達が出来るといいですね。」


 階段室で二階に着いたティナは少し含んだ言葉でルーと別れる。二年生までは二階に教室があるからだ。


「はーい! 友達千人確保しますです! 姫姉さま、お気をつけて―!」


 ブンブンと手を振り送り出すルーに、「それではまたお昼に」と一言添え困った笑みを浮かべて自分の教室へ向かうティナ。怪しいセリフで返して来たルーが何か仕出かさないかとヒヤヒヤしているのだった。


 始業の八時半には、新入生もそれぞれの教室にあるホームスペースに揃っており、最初の授業開始を待っている。

 八割以上が寄宿舎住まいであるが通学生も入学準備期間で、校舎内や各施設棟、競技設備などを事前に確認したり説明を受けたりしているので、今更迷うこともなく。

 気の早い者などは、入学準備期間中に施設棟の使用許可を取り、活動を開始している。

 ルーもその一人だ。もっとも本人は望んでいなかっただろうが。


 余談ではあるが、電子工学科の電算室とプログラム制作室などの開発施設は、夏季休暇を通してフル稼働しており、毎日夜遅くまで灯りが消えることがなかった。流石にその原因を造った姫騎士さんが陣中見舞いしたことだけは記載しておこう。


 入学後、初の授業はレクリエーションだ。ホームスペースで皆がカーペットやソファなどに座り気を楽にしているが、誰もが自信に満ちている。精神的にも自立心が高く、一筋縄ではいかない生徒が揃うのが騎士科である。

 これから同じクラスメイトとして共有の時間を過ごすので自己紹介、と言うよりも自分が何者であるか主張的な挨拶を交わすのだ。彼等彼女等の殆どが騎士シュヴァリエに成るべくここにいる。


 その中で異質な者が一名。入学準備期間からメイド姿で徘徊し、公爵令嬢の従者と噂され、尚且つ、姫騎士や鬼姫、鴉揚羽など、名だたる二つ名をもった騎士シュヴァリエ達に鍛錬を受けていたのだ。一体何者なのか噂だけが先行して一人歩きしているくらいだ。


 周りの好奇な視線など華麗に躱し、と言うより見られていること自体がどうでも良いらしく全く気にせずフンフンと鼻歌交じりでマイペースなルー。ある意味で異質とも言えよう。

 皆が気になっているその異質な者に挨拶が回ってきた。


「ルーはルイーセ・ヨランダ・ファン・クレーフェルトと言うです。オランダ国籍です。流派は、FinsternisElysium die Kampfkunst――フィンスターニスエリシゥム格闘術に近代軍事戦闘術を練り込んだメスナイフ二刀流です。」


 少し学園生達がざわつく。騎士シュヴァリエには耳慣れない流派と軍事戦闘術と言う単語から、どの様なものであるか想像出来ないのである。しかし、やはりと言うかルーはそんな騒めきなど全く気にせず言葉を続ける。


「ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家次期当主の護衛兼従者見習いとして、他流との研鑽しに入学しました。なのでルーは騎士シュヴァリエではなくKampf戦闘-Dienstbotenなのです! そこを間違っちゃいけねぇのです!」


 ドヤッ、と無い胸を張るルー。あっ、と言い忘れていたらしく、ひとさし指をキュピーンと立てて付け加える。


「そうでした! ルーは要人警護の技術を修得してるのを忘れない様にして欲しいです。イタズラでも不穏な気配で近づくはダメですよ? 反射で取り押さえて関節極めるか投げるですから。以上!」


 ペコリと良いとこのメイドらしくカーテシーで礼をするルー。

 問題は、周りが唖然としていることだろう。


 物騒な発言もあったが、そもそもパワーワードが多過ぎるのだ。流派に付け加え、騎士シュヴァリエではない、戦闘メイド、大財閥次期当主の護衛、要人警護など、自分達が過ごして来た日常では使うことの無い単語だらけである。ルー本人は随分フランクな言葉使いと態度を取っているのだが、その様な相手にどう接して良いのか頭を悩ませても不思議ではない。それほど軽く紡がれた言葉と内容に乖離があるのだ。


 何とも言えない空気になったところへ、クックック、と押し殺した笑い声が聞こえる。

 心底可笑しそうに笑みをこぼす少年が立ち上がる。


「おもしれえなぁ。実におもしれぇ。ああ、次はオレが挨拶させて貰うわ。」


 金髪をポマードで固め、額の上あたりを盛り上がらせる様な髪型――所謂いわゆるリーゼント――をし、精悍だがヤンチャな雰囲気を纏った顔つきをしている。着崩した制服に、粗雑な身振りだが何処となく品があり、良い所の出自であることが伺える。


「ウェールズから来た、マエルグウィン・グウィネズ・グウィルトだ。オレのことはグウィンと呼んでくれ。」


 ウェールズのグウィルト侯爵家次男。当主を継いだアシュリーの実弟であり、小等部ジュニア時代に攻撃特化のチームを率いてDrapeauフラッグ戦Mêlée殲滅戦で暴れまわった有名人でもある。


「それなりに名が売れてるからオレのことを知っている者も多いと思うが、攻撃に特化したチームを運用するのが得意な戦術家見習いだ。騎士シュヴァリエとしての腕前は中の中程度だから、こん中じゃ下から数えた方が早いくらいだな。」


 この辺りはアシュリーと兄弟であることが良く判る。自分の強さはどうでも良く、チームとして強いかどうか、チームを勝たせることが全てと言う指揮官タイプである。

 そのグウィンがルーに視線を向けて口を開く。


「お前、ルイーセだったか。ルーで良いのか? モノは相談だが在学中の六年間、オレのモノにならないか?」


 この場にいた全員が何を言っているんだと、目つきで訴えている。


「ナニ言ってやがります? 堂々とナンパですか? 頭湧いてるですか? 頸動脈さばきますよ?」


 胡乱うろんな目つきでグウィンを見返すルー。


「随分不穏だな⁉ ナンパじゃねーよ、アニキじゃあるまいし。純粋にスカウトだ。新しく造るチームに入んねーか? 是非欲しい人材だ。」

「ルーはぼっちゃま専属ですから、よそんでメイドはしないですよ?」

「メイドが欲しいんじゃねぇよ! お前、隠密とか斥候とか得意だろ。喋る時以外、全く音がしてねーからな。」

「おー、さすが古くから続く貴族です。良く見てやがります。でもルーは競技に興味ナイですよ? 姫姉さま達のシゴキで日々忙しいですしヒマはねーです。」

「フルタイム参加しろとは言わねえさ。たまに手伝うくらいで構わねえ。何しろ手駒を一から揃えてる段階だからな。実働は当分先だ。」


 ルーは、フムフムと一瞬考えを巡らせるような仕草をした後、少し素っ気なく答える。


「ふーん。まぁ、考えといてやるです。」

「ああ。前向きに検討してくれや。」


 ――グウィルト家の次男がチームメンバーを集めている。

 面白い情報を聞けた面々はこれからグウィンがどの様なチームを編成するのか興味津々だ。だからと言って誰も自分から売り込みはしない。グウィルト兄弟は自分のチームを造る時、人材を自ら探すことで有名な話だからだ。必要ならば年単位を掛けて。

 だから、如何に技量が優れていようが彼等の眼鏡にかなわなければ、売り込みに行ったところで袖にされるのだ。

 その代わりと言っては何だが、即席でチームを編成する場合はその限りではない。あくまで自分が率いるチームのメンバーは、と但し書きが付くのである。


 グウィンがクラスメイトを端から端までゆっくりと見回す。全員の顔を記憶するかの様に。

 少しの間を置き、再び言葉を紡ぎ出す。


「これからオレ達は二年間、嫌でも顔を突き合わせることになる。仲良しこよしとは言わねぇが、願わくば互いに研鑽できる関係になれることを望む。どうせなら面白おかしく過ごしてぇからな。オレからは以上だ。今後、よろしく頼む。」


 ヒョイと軽く手を上げ言葉を締めくくったグウィン。だが、その目は周囲の反応をさり気なく拾っているのである。自分にプラスになる人材かどうか、今後の付き合い方などの判断材料を集めているのだ。その辺りは、さすが貴族家の御曹司と言えるだろう。


 基本、この学園では騎士科だけ二クラスあり、二年ごとにクラス替えが行われる。在籍している騎士シュヴァリエが国際色豊かなため、国ごとの文化や風習に触れ、幅広く知見を得るためだ。

 それは、そのまま騎士シュヴァリエとして在り方の違いに置き換えられる。生徒達に、交流から何を得られるのかを自ら考え、体験することで何を掴めるのかを気付かせる意味合いも含んでいるのである。


 騎士科に入るものは基本的に我が強い。世界各国から騎士シュヴァリエとして己を確立するため単身、国を超えて身を投じる度胸とやり遂げようとする精神力を持っている。性格が内気で大人しく見えようとも、本質にはそう言った気概を持っているのだ。


 そして、蓋を開ければ個性的な面子が揃っているクラスであった。


 小等部ジュニアで大会を荒らしまくった各国の有名どころが複数名。

 メディアで時たま見かける騎士シュヴァリエの顔もチラホラ見える。


 特にウクライナから来たシャシュカコサックサーベル使いのコサック騎兵、UAEアラブから来た二刀流イスラーム武術家兼ベリー・ダンサーラクス・シャルキー、フィンランドのHakkaフィンランドpeliitta騎兵など、学園ではまずお目にかかることが出来ない手合いも入学していた。


 しかし。


 口が悪く言葉足らずだが不敵なグウィン。

 得体が知れず謎の上から目線であるルー。


 インパクトの強すぎる二人がいることで、他に目立つ存在の印象を薄めた感は否めない。



「何で次はいきなり物理とかヤルですか。初日なんだからもっとスローペースな教科をやりやがれです。」


 思ったことを口に出すルーは、ある意味正直者だ。思わず漏れた心の声が全てを物語っている。

 口から出す言葉に虚偽と真意を混ぜる会話術を目下、姫騎士さんから仕込まれている最中。言葉による駆け引きが出来る様になるのは何時の事やら、だが。


 今は一限目のレクリエーションが終わった休息時間。

 ドイツでは十時前後に間食を摂る習慣があるため、休み時間にフルーツやサンドウィッチなどの軽食を摂る生徒の姿が結構な数いたりする。こう言った風習が無い国から来た生徒は目をパチクリさせているが。


 ルーもドイツの風習には慣れたもので、いそいそとオヤツバッグを取り出す。中身は厚手のヘーゼルナッツクッキーでラズベリージャムを挟んだ、甘さとカロリーを増強した腹に溜まりそうなセットを三つ。それと、花花ファファが水筒に淹れてくれた普洱プーアル茶をカップにトクトクと注ぎながらブツブツとこぼす。


「オヤツの時間が短すぎるです。もっと長くねえと食後の腹休みが出来ねえです。」


 などと、シャクシャクとクッキーを齧りながら口はばからず文句を垂れ流すのだった。


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