【閑話】女王と剣舞の姫 ~その1~ Vergangenheit.

2136年11月16日 金曜日 朝11:00。

 ドイツ連邦共和国バイエルン州の州都ミュンヘン。ミュンヘン=オスト駅の北東にあるミュンヘン競馬場からすぐ北側に位置する、ミュンヘン=アレーナ屋内競技場。収容数6万8千人の席がすべて埋まり、熱狂の渦が巻き起こっている。

 この競技場、2100年の夏季オリンピックで久々にミュンヘンが会場となったため、約4億ユーロを投じられ21世紀終盤に建設された。近年のネットワーク経由による各種サービスや、eスポーツの開催も視野に入れられ、客席上部には大型のインフォメーションスクリーンを20枚設置するなど最先端技術を投入されており、社会的なインフラが更新される度に機能を拡充している。


 通年、日程固定で11月7日から11月16日までChevalerieシュヴァルリ世界選手権大会が開催される。いずれ競技種目が追加されることを見越して、最大で11月18日まで開催予定であることは昨年に通知がされたが、現在の競技はDuel決闘luttes乱戦Mêlée殲滅戦Drapeauフラッグ戦Quartier本部_général防衛の5種類であるため日程以内でも余裕を持って実施されている。暫くは日程が延長されることはないが、今後どの様な競技が増えていくのかファン達の興味や予想が尽きない。

 先ほどまで、Duel決闘の部、準決勝と3位決定戦が行われたため、観客も場が温まってきたのだろう。次第に歓声が大きくなっている。


 先日、世界最強の騎士シュヴァリエと謳われる【女王】アスラウグは最後の大会であることから、折角なのでと出場していたluttes乱戦で優勝を決めて来た。決勝までの8試合中、7試合が1対7となる試合ではあったが、数の差をものともせず、逆に圧倒して勝利を収める。

 まさかの蹂躙劇に観客も大いに沸き、ネット配信やTVの視聴率にかなり貢献したところだ。


 これから、Duel決闘の決勝が始まる。

 第十回Chevalerieシュヴァルリ世界選手権大会であり、Duel決闘部門では、【女王】アスラウグ・ヴォルスングの十連覇がかかっており、尚且つ引退試合でもあるのだ。観客席は騒然とし、女性ファンの黄色い声が至る所で上がる。

 歓声に手を振りながら笑顔で応えるサービスは、今は未だ生まれていないが実娘じつじょうのヘリヤと姿が重なる。


「さすがに、歓声が凄いものだわ。私が最後だからかしら。それともあのが来るからかしら。」


 ポツリと零れたアスラウグの言葉は、最後の試合を感慨深く迎える者ではなく、これから起こることを待ち望む子供の様に楽し気な抑揚が含まれていた。


 観客のみならずTVや動画配信で視聴しているユーザに至るまで否が応でも盛り上がる。この試合を勝利すれば十連覇の偉業を果たす大一番。しかし、この盛り上がりはそれだけではないのだ。

 そのもう一つの原因が現れた。観客達が更に熱狂の渦に巻き込まれた。


「あら、また凄い歓声ね。全く…。楽しむのは良しとするけど、騒ぎ過ぎは止めて欲しいわね。」


 愛称ルーンこと、【剣舞の姫】アルベルタ・ジーグルーン・ツー・ケーニヒスヴァルト。西側ゲートから現れた、この年若い騎士シュヴァリエは、場内の喧噪に辟易している。


 時は逆戻り、10年前の第一回Chevalerieシュヴァルリ世界選手権大会。

 ほぼ初見の武術同士がぶつかり合い、互いの武術を攻略しながら戦う混迷とした試合状況。

 アスラウグも全勝したのだが、まだ他流、それも異種目とも言える武術との対戦経験が不足していたため、未知の武術から一つ、自国の家伝古武術で戦う相手から一つの計二つ、ポイントを獲られたのだ。

 だが、未知の武術との戦いが不足していたピースを埋め、アスラウグを完成に導いた。

 それ以降は公式、非公式を問わず全ての戦いでポイントを一つも許すことは無くなる。完成した武術は年を経るごとに円熟し、荘厳にして流麗な戦いは世間から「王者ここに在り」と口々に語られる様になった。

 【女王】の絶対的な強さに、幾人もの騎士シュヴァリエが一太刀浴びせようと鍛錬を積み、果敢に挑むも誰一人届くことは無かった。


 ――そして昨年の第九回Chevalerieシュヴァルリ世界選手権大会。

 ついに【女王】へ、その剣を届かせる者が現れた。

 それは、公式記録も全く存在しない無名の騎士シュヴァリエ

 全国大会の出場が初めてChevalerieシュヴァルリ競技をしたと言う少女。対戦者に1ポイントも許さず一気に世界選手権まで駆け上がった。

 ドイツ式武術の歩法と身体運用を使いながら、たまに顔を出すドイツ式武術にはない剣技。特に舞う様に放つ5連撃は同じパターンが一つもなく、剣速すら自在に操り定石には当て嵌まらない攻撃と、対戦相手へ浴びせられる身体操作による時間感覚の支配など、真面まともに対応出来る騎士シュヴァリエが殆ど存在しなかった。

 美しく剣で舞う姿から【剣舞の姫】と囁かれた二つ名が一気に広まる。しかし、二つ名とは裏腹に、試合を開始すると漏れ出す殺気は観客にも伝わり、大いに畏怖される騎士シュヴァリエとして二つ名と共に人々の記憶に残ることになる。

 その彼女は全盛期のアスラウグへ二太刀浴びせた。それぞれが心臓部分クリティカルを狙う必殺の一撃をアスラウグが自身の腕を身代わりに防がざるを得なかった失点だが、【女王】からポイントを奪える数少ない騎士シュヴァリエが誕生した瞬間でもあった。

 そして、【女王】と呼ばれる騎士シュヴァリエが【剣舞の姫】と戦うまで、全力ではなかったことを世間が知った。それは今までの戦いで全力に至るまでに決着がついていたことを示す。それ程までに【女王】は、他の騎士シュヴァリエと力の差があったのだ。


 一つのターニングポイント。

 この二人が出会ったからこそChevalerieシュヴァルリ競技が単なる試合ではなく、「戦いそのもの」であったのだと人々は強烈に叩き込まれた。この後に続いていく騎士シュヴァリエ達の意識を変える程に。


 だから第十回Chevalerieシュヴァルリ世界選手権大会では観客も期待するのだ。

 また【女王】の本気が見られると。

 また【剣舞の姫】の戦いが見られると。

 引退を決めた【女王】が最後の試合をどう戦うのかを。

 次の世代を担う【剣舞の姫】がどれ程のことを成し遂げるのかを。


『みなさま、お待たせしました。これより第十回Chevalerieシュヴァルリ世界選手権大会Duel決闘の部、決勝戦を開催いたします。』


 アナウンサーの放送で一気に観客席が沸き、アレーナ場内が震える。それ程、今この時を待ち侘びていたのだろう。


『出場選手の紹介です。東側オステン選手は、十連覇にリーチがかかった世界最強の騎士シュヴァリエノォゥズィンノルウェー王国国籍、【女王】アスラウグ・ヴォルスング!』


 観客に笑顔で手を振るアスラウグ。彼女は人々からは敬愛を込めて【女王】と呼ばれるが、親しい者はアズと愛称で呼ぶ。

 ダークブロンドの波をうった金髪を肩甲骨辺りまで伸ばし、ノルド人によく見る肌の白さを持ち、良く映える緑が濃い碧眼を持つ。頭部には金の蔦と純白の羽根を象ったティアラ型簡易VRデバイスとなっており、端正な容姿を引き立てる。

 鎧下扱いの騎士服は純白のワンピース型で裾がフレアーとなっており股下4cmと丈が短く、動きを阻害することはない。肩鎧ポールドロンまで付いた腕鎧と、膝上10cmの脚鎧は共に白銀であり、金糸のモールドが引き立つ。胸までしか覆っていない胸鎧ブレストプレートは、胸や脇など各部品が分かれてしつらえており、胴部分の可動を妨げない造りとなっている。


西側ヴェステン選手は、その世界最強を唯一追い詰めた華麗なる騎士シュヴァリエ、ドイツ共和国連邦国籍、【剣舞の姫】アルベルタ・ジーグルーン・ツー・ケーニヒスヴァルト!』


 場内に軽く礼をし、寡黙に入場したルーン。ストロベリーブロンドが茶系に濃くなった髪をシニヨンで纏めているのは、彼女の動きが激しくなるからだ。肩鎧ポールドロン付きの腕鎧は、太い革ベルトで胸の上部分を通る様に止められており、脚鎧は膝上10cmなのは変わらない。両方とも、艶の無いオリーブ色と暗緑色で、森の奥深くでは迷彩が効きそうだ。彼女は胸鎧ブレストプレートなど着けておらず、鎧と同系色に揃えた厚手のワンピースタイプの服ではあるが、裏打ちされているのであろうか、単なる洋装ではないことが判る。もちろん、股下5cm程度の丈である。

 頭部には雛菊の白い花弁が2、3纏められた簡易VRデバイスを髪留めのピンとして使っている。


『双方、開始線へ』


 審判の合図でコートに対峙する二人。騎士の礼をまず審判に、次に互いが礼を交わす。

 アスラウグがこれから戦う相手が友人だとでも言う様に気軽に声を掛ける。大抵の競技ならば、試合直前は闘志を燃やしていることだろう。それも剣を交える真剣勝負であれば猶更なおさらだと思われる。

 が、ここ数年で開始線に対峙した際に騎士シュヴァリエの間で会話が交わされることが定着しつつある。

 騎士シュヴァリエの心情が垣間見れたり、ちょっとしたドラマが展開されることもあり、映像的にもこのワンクッションが試合との雰囲気にギャップを生み出すので見栄えが良い。何より観客に受けが非常に良いのだ。

 Chevalerieシュヴァルリは誰でも参加出来るエンターテイメント性が高い競技と言うことを謳い文句に、騎士シュヴァリエとファンが共にここまで大きく造り上げたと言っても過言ではない。

 故に、対峙した騎士シュヴァリエ同士の会話はマイクパフォーマンスとして受け入れられ、10年を経た今では既に見どころの一つとして成り立っている。


「やっぱり、最後の締め括りはアナタでなくちゃね、ルーン。」

「それは光栄です、と言った方が良いのかしら。むしろ、今まであなたの相手をして来た騎士シュヴァリエを蔑ろにするセリフよ?」

「彼女達も素晴らしい騎士シュヴァリエだったけど、アナタだけは正直、別物よ。一瞬たりとも気を抜けないし、最初から最後まで全力で戦わないと勝てなんだから。」

「あら、無敗の女王は随分評価をして下さるのね。では期待には応えなきゃね。今度こそ斃すわよ、アズ。」

「フフ、期待してるわよ。アナタの技だけはアナタだけのもの。私が身に付けられない特別製ですもの。」


 その言葉にピクリ、とルーンの眉が動く。自分の技は、ドイツ式武術をベースにしており、ほんの一部だけその技術の延長から派生させたと見える様にの武術を仕込んでいる。さすが自分が戦ってみたいと思った騎士シュヴァリエだけはある。こちらの隠している技術だけならず身体運用も見抜かれていた様だ。そして、単純に模倣しようとしても技に適合する身体がなければ壊れることを判っている物言いだ。


「思った通り、あなたは面白いわ、アズ。後、4、5年は付き合わないかしら?」


 4、5年。まだ戦いたい、との本音だが、残念ながらその言葉は聞き届けられることはなかった。


「そうねぇ。それも楽しそうだけど、もう決めちゃったから。」

「そう。聞き流して。単なる私の我儘だから。」


 そして、獲物を狩るわらいを浮かべるルーンから殺気が漏れ出してきた。戦う準備が整っている合図だ。

 対してアスラウグも極寒地に吹く風の如く、触れれば斬れる様な気配を漂わせる。これは、ルーンと戦う時のみ生み出される。

 双方が戦闘態勢に入ったと見て審判が合図をかける。


『双方、抜剣』


 アスラウグは騎士剣両手剣造りのバイキング型片手剣を鞘から引き抜く。シャリン、と抜剣の音が聞こえるが、刀身は鞘から剣を抜きながらホログラムが発生しているため、本来の材質ならば発生する音がエミュレートされているのだ。

 引き抜かれた剣は刀身が90cm強の白銀の剣。刀身は肌理きめの細かいマーブル模様が浮かび、刻みのルーンが彫られている。剣先はどちらかと言えば頂点から緩やかにカーブを描く刃の付け方だ。板金装甲全盛期となる15世紀より前に作成された剣がモデルであり、銘はティルフィング。オリジナルはインドの坩堝ウーツ鋼を素材の純度をいかし、炭素濃度を最適に調整するために鍛造は2回返し、焼きなましと焼き入れの強度仕上げを行ったものだ。この素材、中東で盛んに作成された坩堝鋼とは異なり、希土金属の含有量やインゴット自体に生成された金属の質が全く異なる。柄は25cmはあるだろうか。柄頭ポメルは鋭利な四角捶方になっており、柄頭ポメル殴打ストライクなどの技が競技で使えたならば威力を発揮しそうだ。重量は1.5kg。片手で扱うには少々柄が長く、重量バランスに気を使う必要がある様に思える。だがアスラウグは、それは些事だと言うかの様に軽やかな扱い。まるで当たり前の様に片手で剣を2、3度振るが、剣先は全く同じ軌道を描く。


 ルーンが剣を引き抜く。剣、と言って良いのだろうか。その形状は刀身が60cmはあると思われるほんのり内側へ「く」の字に湾曲しており、分厚く剣幅も広く造られた片刃の山刀やまがたなである。柄も20cm程の湾曲した木製のグリップで、顎がない代わりに刀身の根本辺りに指を通す穴や、柄の形状が握り易い様に形を整えられている。鈍色にびいろに重く光る刀身は坩堝るつぼ鋼と見られるマーブル模様が入っており、一目で頑強で重量があると想像出来る形状だ。実際、2.2kgと大きさの割に重いのは生活でも使用するレベルであり、鉈、もしくは手斧の用途がある様に思われる。持ち込みも杜撰だ。鞘と言うより適当にあつらえたカバー状の入れ物から山刀やまがたなを一気に引き抜き、は試合コートの外に放り投げられた。その代わりと言っては何だが、彼女の右腰には豪奢な鞘に納められた刀身30cmを超えるサクスナイフが剣帯に吊るされており、その柄とヒルトも鞘同様に凝った装飾が施され、如何にも説話などがありそうな雰囲気を漂わせている。


『双方、構え』


 アスラウグは左半身になり右脚を引き、腰元に剣の柄を構え切っ先を相手の胸元に向ける型、Pflugを構えた。立ち姿から言えば、日本刀術で言うところの正眼中段の構えに相当するものだろうか。

 本来この型は相手の頭部に切っ先を向けるのだが、Chevalerieシュヴァルリが広まってからは、胸元を狙う様に変更されている。ドイツ式武術に限らず競技で反則となる部位を狙う型は、軒並み攻撃先を変更して用いられる。実戦ではあるが競技でもある特殊な立ち位置のChevalerieシュヴァルリだからこそだろう。一部の技などは競技に適用する様に特化し始めたものまである。


 一方、ルーンは、やや左半身になり、山刀やまがたなを持った右腕を自然と垂らす様に腰の位置で柄を持ち、刀身は水平に構えた。ファルシオンで用いられるEberの構えとなっている。力みも何もなく、全身に満遍なく力を行き届かせる自護体でもない。しかし、隙がある訳でもない。むしろ彼女が漏らす殺気から相手をたおす技が繰り出される構えであることが容易に予想させられる。


『用意、――始め!』


 審判の合図で、まず動いたのはアスラウグだった。

 ジリジリと左に動きつつ距離を詰めていく。その動きにルーンは、正中線を合わせる様に位置取りを微調整するだけだ。

 その僅かな動きでアスラウグはルーンの技量を噛みしめる。昨年戦った時よりも確実に所作が精錬されているのを見て取った。


「(この娘がドイツ式の剣術に偽装してるのは、流派の制約で表立たない様にしてるのかしら? その状態で私を追い詰められる力量が驚きよね。)」

「(…最後だものね。私も本来の技を使わせて貰うわ。)」


 アスラウグの動きが変わる。

 今迄、復古したドイツ式武術の使い手と世間からも認識されていたが、違う顔を見せた。

 歩法は地表ギリギリで脚を滑らす様な独特な動き。これまでと比べて速度が倍近くなっている。

 Pflugの構えも変形していく。腰に引き付けていた柄は前に移動し、殺傷圏を外に広げる。その恩恵は相手の攻撃に対してより早い位置で対応出来ることと、牽制の位置が遠くまで伸びることだ。

 更に彼女本来の技法であれば、ここから技を自由に変えることが出来、あらゆる攻撃方法、防御方法が取れる最良の距離である。

 それは、誰にも見せたことのなかったヴォルスング一族の家伝である奥義に移行したことを意味する。


「(まだこの先があったなんて。さすが世界最強、か。来てよかったわ、ホントに。)」


 ルーンがChevalerieシュヴァルリ競技に出場した理由。

 競技だが実戦さながらの戦いを出来る特性があるため、ここに実戦、つまり殺し合いの鍛錬を積みに来た。彼女は自分の修める流派で麒麟児と呼ばれ、一族の歴史でも類を見ない強さを誇る。それは真面まともに鍛錬の相手が出来る者がいなくなってしまったことに繋がる。故に、世界最強の騎士シュヴァリエが相手ならば死力を尽くした戦いを経験出来ると踏んで全国大会にエントリーし、予定通り世界選手権大会でアスラウグと戦ったのが去年の話である。

 そして、今年も再び巡り合った――


 固唾を飲んで試合を見守っていた観客が一番驚いたことだろう。

 思考の隙間を縫ったかの様にそれは起こった。


 ――強襲。


 キヒャン、と後を引く甲高い音が響く。

 円を描きながら左に回り込むアスラウグと、それに呼応して点の回転で追従するルーン。

 それが呼吸の読み合いも、攻撃の予備動作も見せずに、飛び込んでから再び距離を取って対峙していた。


 一瞬で一間ひとまを詰めた二人。

 アスラウグの間合いは、迎撃や攻撃を有利に――いやさ全てを自分が支配する空間である。相手の牙を全てを打ち砕き、こちらの牙を届かせる。戦闘に於いて何者をも絡め捕る絶対的な支配領域。


 傍目から見ても何処を攻めようが対処されるだろう領域が構築されているのはルーンも判っていた。だが、当たり前だとでも言う様に躊躇いなど微塵も無くみ込む。

 自身の攻撃範囲は相手より半歩短い。より深く入り込まなければ懐まで届かない。ならば、最速のみ込み自体を囮に使い、Waldmenschenの民の関節単位で筋肉の回転から力を生み出す歩法を織り込み、刹那の減速・・

 アスラウグの圏内に入り込んだ瞬間に、ノーモーションから繰り出された高速の斬り上げが目の前を吹き抜ける。時間差もなく吹き抜けた剣が超高速で斬り下ろされた時、既にルーンは半歩分を稼ぎ、飛来する剣を迎撃と攻撃をする用意は出来ていた。

 まばたきする時間程度の隙を造るため、肩甲骨と腕全体の回転による相乗効果で生まれた力を剣に伝え、剣の分厚い峰を振り上げながらアスラウグの攻撃を外側へ弾き飛ばす。その挙動で山刀やまがたなの刃は、アスラウグを完全に捉えた。

 だが、ルーンの攻撃が成されることはなかった。

 アスラウグは攻撃を瞬間には距離を取っていた。この先の展開を読まれ、最も単純で効果のある方法を取られたのだ。

 正に変幻自在。

 これを攻略するには骨が折れると、ルーンはわらいながら思う。


 アスラウグは自身の圏内であれば、相手のあらゆるを認識出来、且つ最適な技をノータイムで繰り出すことが出来る。特定範囲内では絶対的な強さを生み出す「竜殺しの法」と呼ばれるヴォルスング家が代々伝えて来た秘技である。それは技や型などではなく理合そのものであり、どの様な剣技や歩法を使おうが、その理合を正しく用いれば等しく効果を得られる。

 彼女の研ぎ澄まされた知覚と常識を逸脱した技能が加われば、まず破られることは無い必殺技となる。おおやけでも初めて見せた秘技中の秘技である。

 それが、初見であるなど関係なくルーンは踏み込んでくるどころか、攻撃をことごとく防御し、更には彼女が得意とする5連撃を放つ態勢が整っていた。

 だからこそ、退避を選ばざるを得なかった。

 全力を出せる相手。

 あの場に留まっていたら獲られていただろう、と。アスラウグからもわらいが漏れていた。

 

 お互いが生半なまなかの技量ではないことを判り切っている。だからこそ最初から切り札を使うのだ。



 最初の一合いちごう以降、完全に拮抗する。

 アスラウグの支配領域など関係ないと言うかの如く、平然とみ込み攻防が出来る騎士シュヴァリエ

 近づき離れ、また近づくを繰り返す。

 互いに防御と攻撃、攻撃と防御が繋がらずに攻めあぐねる。

 何度も繰り返す剣戟は、どちらも如何に相手を仕留められるのか組み立てを確かめている様に振るわれる。

 このまま決着を付けられるのだろうかと誰もが思った時に、突然、均衡が崩れた。


 ルーンが何時の間にかサクスナイフを左手で握っていた。呼吸をする様に自然と抜刀されたそれは、攻撃の意志すら見えなかった。だからアスラウグの知覚が僅かに遅れてしまった。

 の相手では致命的な遅延になる。

 その時、アスラウグが放っていたのは、相手の山刀やまがたなを切っ先だけ触れて巻き上げるための螺旋を纏わせた斬り払い。

 それは、後ろ脚を内に回しながら踏み締めて生まれた力を腰の回転に乗せ、肩から腕へ通すことで力の出難い剣先に自重を移動させ、少しの接触でも相手の武器を弾き飛ばすことが出来る威力を持たせた。山刀やまがたなの右下から左上方向に僅か30cm程だけの距離を動かし、払いの動作後も剣の螺旋を止めずに心臓部分クリティカルへ刺突を届ける攻防一体の技。


 ルーンの山刀やまがたなは、肩甲骨を反時計回りに腕ごと廻し、アスラウグの螺旋と同じ方向の回転で追従する。その結果、アスラウグは山刀やまがたなの下から巻き上げる挙動をかされ、力が弱まる剣先の後ろまで山刀やまがたなに入り込まれる。その位置から剣の螺旋が外側へ回る挙動を後押しされて余剰な力が加わり、動きの連動を切り離された。

 そこから山刀やまがたなはアスラウグの剣をスライドしながら左上方向、ルーンから見て身体の右外側に剣の中央部分をバインド鍔迫り合いさせたまま押さえ込む。


 アスラウグがその間、剣の挙動に気を裂けなかったのは、知覚が遅れたサクスナイフの存在だ。

 そのお陰で、防御の選択肢を潰された。

 剣を左側に持ち上げられたことで右半身に上方向の捻りをさせられる。

 ルーンは山刀やまがたなを押さえる挙動でアスラウグの正中線を取る。

 心臓部分クリティカル目指して正確なサクスナイフの刺突が飛来する。

 これが全て同時に行われていたのだ。

 防ぎつつ攻撃をされた。ならば、こちらは受けつつ攻撃をする。


「!?」


 苦い思いをさせられたのはルーンだった。

 アスラウグの両腕を剣と共に斜めに逸らせて押さえ付けたのは、身体の自由を奪い防御の選択肢を全て潰すためであった。打ち合いの中で5連撃を臭わせ、山刀やまがたなに意識を向けさせたのも全てサクスナイフの刺突を切り札とし、この体勢へ誘導する布石であった。


 ――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音の後に、ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響き渡る。


『ヴォルスング選手 1本。第一試合終了。待機線へ』


 アレーナの観客席から場内を揺らす歓声が響き渡る。

 インフォメーションスクリーンには、アスラウグが1本、ルーンが1ポイントを取得したことが表示されている。


 ――右腕


 サクスナイフの行く手を遮ったのは、アスラウグの利き腕だった。

 アスラウグは剣を支える腕を捨てて来た。片腕、しかも柄頭ポメル側で持っている状態の剣ではルーンの山刀やまがたなの押さえに耐えきれる筈もなく。

 当然の如く、剣同士の拮抗は崩れる。

 押し切られ体勢を左前に崩したアスラウグへ、剣を押し弾いた山刀やまがたなが攻撃態勢に入る瞬間。

 アスラウグは身体の不安定さすら利用した。左の肩甲骨を反時計回りに動かし、剣を山刀やまがたなの下に回し込む。後ろ脚となっていた左脚の膝を抜き、倒れ込む勢いを加速させて左腕の到達距離を伸ばし、対角の位置にあるルーンの心臓部分クリティカルへ斜めに刺突を届かせた。


「(あそこから巻き返される、か。倒れ込む体勢も利用するなんてウチの流派みたいだわ。)」


 結果として第一試合を獲られたが、ルーンが渇望したギリギリの戦いに笑みが浮かぶ。次はどの手を使おうか、どう対応してくるのか。修練相手では試せずに練り続けてきた技を惜しみなく出せる相手。

 その存在が同じ時代に居てくれたことを彼女は感謝するのだ。


「(やっぱりとんでもないだわ。奥義を軽く凌いでくるなんて。さてと。次は何を出してくるのかしら?)」


 アスラウグは、この戦いを楽しむ。唯一人、全力を出した自分と対等に戦える相手。彼女と巡り会えたことは非常に喜ばしいことだった。



 インフォメーションスクリーンに先程の試合がリプレイされている。場内向けの解説者が雄弁に物語る。

 観客席は様々な会話が交わされ、盛り上がりが下火になることはなく騒々しいままだ。


 【女王】と【剣舞の姫】。

 二人の戦いは、どんな騎士シュヴァリエの試合でも見ることが出来ないもの。

 それを観客は知っているのだ。

 だからこそ、【女王】が引退する今大会を見逃せないと盛り上がるのだ。


 当人達は、外野の盛り上がりなど素知らぬ風であるが。


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