【閑話】ヘリヤ、日本で忍者の忍法に驚く。 ~ヘリヤその5~
――ヘリヤは。
その
しかし、どう足掻いても自分は凡庸な
ならば、凡庸を極めれば良い。
凡庸を
そして才能に溢れた素晴らしい武術を見せてくれる者達と相並べばよい。
それがヘリヤの目指す道であった。
凡庸であろうとも、只々一つのことを想像だに出来ない修練で積み重ね、遥か高みに届かせた決して折れることの無い尋常ならざる精神力。
その心の在り
だが、それでも積み重ねるだけでは決して辿り着くことはない。
彼女は考えるのだ。
一振り一振りを。
自分が持てるものは数少ない。
だから身体も余すことなく全て使い切り、如何にすれば負けることの無い剣が
その結果、辿り着いた彼女独自の理合。
地力ではなく自力で辿り着き、更なる果てを目指す。
限界を超えて凡庸を極め続ける。それがヘリヤだ。
そして、殆どの者、当の本人さえ気付いていない、ヘリヤをヘリヤたらしめる隠されていたもう一つの才能。
経験を一つのことへ吸収し、己が技に反映する能力。
それが開花し始めていた。
幾度に渡る熟達者との対戦は、ヘリヤの経験に大きな足跡を残した。
それを
今迄、知ることがなかった世界を垣間見たことで、ヘリヤは確実に次のステージに登り始めた。
その経験が全て基本技に溶かし込まれているのである。それは、もはや奥義と呼んで差し支えない程に昇華されていた。
それでも、まだ始まりなのだ。
どこまで高く上り詰めるのかは誰にも判らない。
「双方、開始線へ」
ユディから第二試合の開始が告げられる。
開始線に立つ二人には若干の疲労が見て取れるが、刹那の攻防を繰り広げたことを考えれば逆に随分と体力、気力とも余裕がある様に感じる。
「さっきは見事にやられました。ここまで綺麗に躱されるとは思いませんでした。」
「こちらこそ昨日お教えした痛点を的確に狙われるとは驚きましたよ。予想を裏切る最後の一撃も、とても素晴らしいものでしたよ。」
「ありがとうございます。しかし、攻撃した場所が消えて当たらないなんて今まで経験したこともなかったです。あの剣を弾く技なんて初めて見ました。これが忍法なんですか?」
「前者は忍法ですよ。
「あれは身体操作で実現出来るんですか。人体って不思議だなぁ。」
「人間は面白いもので、身体の動かし方次第で色々なことが出来るんですよ。」
今回の対戦が決まっていなければ、お互いが経験することがなかったであろう技。どちらにとっても得難い時間を過ごしている。
「双方、抜剣」
黄昏色の剣が輝く。白銀の刀が光の尾を引く。
「双方、構え」
ヘリヤは
「用意、――始め!」
お互いが動き始めを牽制する様にその場から動かない。先ほどの試合では最初から一気攻勢に出たヘリヤも様子見をさせられている。
「(…まいった。
見えているのに見えていない。ヘリヤが攻めあぐねている理由だ。
視覚では確かに
「(なんだ? 気配が現れた? …どうなってるんだ、気配が増えたぞ!)」
ここでヘリヤは全く経験のない事態に遭遇する。
ヘリヤから見て
通常ならば少なからず動揺するであろう出来事だが、ヘリヤからは楽しそうな笑みが零れる。見たことも聞いたこともない技を見せられ、心を躍らせているのだ。
ふと、
気配に対して、
ヘリヤの斬撃は虚空を斬る。
確かに
100cmを超えるヴァイキング型片手剣は、
その
そこからの挙動は、後ろ脚を少し前に詰めてから前脚を滑らせることによって身体を一歩深く入り込む位置を取る。左手を離し、何時の間にか右手で柄尻ギリギリに刀を持ち変えて目一杯伸ばしてくる。それでも後数センチ足りない。
ヘリヤは斬り下ろした剣を下方から切り上げることで、今度こそ刀を捉えるための挙動に出る。
だが、
ヘリヤの右肩がダメージペナルティの影響で鈍化する。が、それは何でもないことだとでも言う様に、速度の乗った左手一本での切り上げが
直後に、――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。ヘリヤが2ポイントを奪われたことを示す音だ。
ヘリヤはかなり驚いた。
自分から見て
ヘリヤから見て
右肩をダメージペナルティで上腕まで潰されているため腕の力を全て抜き、そのまま左半身になる様に身体を捻りながら左腕のみで空ぶった憤激を裏刃のまま切り上げる。
案の定、
双方の体勢は追撃に生かせない崩れ方をしたため、お互いが距離を取る運びとなった。
ヘリヤは普段、取ることの少ない構えである
「(第一試合の時みたいだ。
「(あ! そうか、ティナだ! エイルと戦ったときに腕ごと剣の巻きを外したやつと、突きの動きだ。)」
3月に行われた、マクシミリアン国際騎士育成学園春季学内大会。その予選ブロックの決勝戦でエイルと戦ったティナは、剣の持ち手と左腕にダメージペナルティを受け、右腕の動きのみで予想外の戦いをして見せた。その時、剣の
「(なるほど。身体の動かし方次第か。おもしろいなぁ。まだまだ知らないことがたくさんあるなんて。)」
――身体の動かし方次第で色々なことが出来るんですよ――
先程、その言葉を紡いだ
「(さすがに外へ置いた気配の対応は初めての様だ。見事に引っかかってはくれたが、二つ目はあっさり対処されたか。)」
「(恐ろしいな。先を見る目が非常に良い。こちらの身体がどう動くかも見られていたな。さしずめ今の構えはこちらを見定めるため、と言ったところか。)」
「(さて。それならば、もう一つ試させて貰うか。)」
「(すごいな! 今度は気配三つか。いったいどうやってるんだろう?)」
再び
ヘリヤの制空域に
研ぎ澄ませた精神は知覚を拡大し、微細な気配の動きを追う。目は全体視で
賭けの様な戦法だが、ヘリヤは新しい試みが出来ることに喜びを感じている。手探りで一つ一つ知ることが出来れば、より深くその武術を楽しめることに繋がる。
――少し話を外れる。
ドイツ式武術は武器や体術などの総合技術だが、その中で
そもそも騎士が両手剣のみならず、ポールウェポンなどの両手武器を扱う様に推移したのは、
その時代に、ヘリヤが行っている広範囲に渡る全体視を使う様な戦い方があったかは定かではない。そこまで細かな記録も見つけるのは中々に難しい。
近年では武器のホログラム化による恩恵で、剣技の理合など実戦による技術体系が
攻撃の挙動を捉える目と瞬時に対応する能力。そして、何より勝ち負け関係なく試合に対する武術の研究を絶やさない向上心。数多な
――閑話休題――
ヘリヤの視覚に映る
ただ、実像込みで三つの気配が同時に攻撃の体勢になっているが、実像と攻撃する気配はずらしてくるのだろうことは直感する。そこを見極めなければ、先程の様に
ヘリヤが掴もうとしているのは気配の微細な揺れだ。実像である本体と言えど、気配だけで攻撃をすることは不可能だ。ならば、分散させている気配が実像と繋がる一点が現れるだろう、と。
その時が来る。
力みもなく、そこに切っ先があるのが自然だと思える程に滑らかな刀の中段突き。速度の乗った攻撃は、まだ刀では届かない距離から放たれている。ヘリヤから向かって
しっかり見定めたタイミングでヘリヤが動き始める。後ろ脚の爪先を踏み込みながら内側に回し、上方に反発力と回転力を生み出す。腰を軽く捻り生み出した力を背から肩へ通す。それが下段から剣を振り上げる力を後押しし、まるでコマ落としの様な速度で中段の位置に固定する。そして迎撃と攻撃を一つの突きで行った。
「(!? これは避けられんな。)」
5連撃を遥かに超える速度を持った神速の突き。
腕ごと刀が弾かれた強烈な威力。
同時に自分の
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が息を潜めた競技館に鳴り響いた。
「試合終了。双方開始線へ」
「
「ヘリヤ・ロズブローク選手 2本」
「よって勝者は、ヘリヤ・ロズブローク選手」
一拍を置いて、観客で来ていた練習生や来客達から歓声が上がる。その声は驚愕であり、感嘆であり、畏怖、もしくは畏敬である。
通常の
「いやぁ、見事にやられました。私の奥義も最高峰の
「いえいえ、通じてたじゃないですか。だからあたしも賭けに出ざるを得なかったんですから。」
「最後のアレは賭けですか。てっきり待ちの奥義技だと思ってましたよ。」
「お恥ずかしながら、実はぶっつけ本番です。防御と攻撃を同時に出来ないと
ヘリヤは
螺旋を描きながらの刺突。その異常な速度は
基本に則った平凡な突き。ヘリヤは、それを身体運用で別物に仕立て上げた。
「それよりも! あの気配が幾つも生まれたのは忍法ですか!?」
興奮気味でヘリヤが食い付いたのは、攻撃の
「ええ、そうですよ。当流派で伝わる
「すごかったです! 気配が二つも三つも増えるなんて初めてですよ!」
「へー、そんな方法で気配を増やすんですか。あれ? 奥義ですよね? そこまで話して大丈夫ですか?」
「構いませんよ。真似ようとして出来る
「20年ですか! やっぱり忍法の修行は厳しいんだなぁ。」
「ははは、それなりに特殊な技ですからね。そうそう、忍法と言えばもう一つ術を使っていたんですよ。」
「第一試合で見た
「そう、別にもう一つ。
本来は高位の兵法者と対峙した時に一手先に行動して逃走に使う術です、と
「ヘリヤさんも、動画で見た時より随分と気配を抑えることが上手くなってましたね。対戦して
「ああ、あれは中国で氣功の
「ほう、内側へ向ける、ですか。私達の隠形とは違うアプローチですね。」
「せっかく教えて貰ったのに上手く出来なくて苦労しました。だけど、次の移動でスーツケースに服を仕舞うときに思いついたんです。服みたいに折りたためば片付くなって。」
「折りたたむ、ですか?」
「そうです、そうです。少しずつですけど出来る様になりました。そしたら
何事もイメージは大切であるが、気配を折りたたむと言う発想で実現させたのもヘリヤが元から気配察知に長けていたからだろう。何せ、後ろからの攻撃を察知し、振り向かずに対処出来る
「なるほど。それで
「ギリギリでしたよ。氣功の
そう言って笑うヘリヤは
だから一試合ごとに強くなっていくのだと
既に自分が見せた肩の可動を使った刀身の移動方法は、昔から馴染んでいた技であるかの如く、ごく自然に使っていた。
彼女の中に溶け込んだ様々な経験が、どの様に花開くのか楽しみでもある。
その思いから言葉が零れた。
「ヘリヤさんは、何処まで
一瞬、キョトンとしたヘリヤだったが、破顔一笑で答えた。
「もちろん!
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