【閑話】刮目相看:浙江紅山茶は旋風を結ぶ ~透花その2~
2156年8月5日 木曜日
今日この日は、国営放送や民放、ネット放送局などで『
7月半ば頃に事前告知されていた日程通り、8月14日 土曜日、8月15日 日曜日の2日間で行われるこのイベントは、1日目は4戦、2日目は3戦と、試合数で言えば多くはない。しかし、その全てを
だからこそ、当初は1日1人と試合し、数日のインターバル期間を設けて次の試合をする方向でシュヴァルリ評議会中国支部統括本部と国内武術総連が調整していたのだが、当の
「いっそ、
そんな台詞まで飛び出す始末である。
さすがにそれはストップをかけられ、協議の結果、2日に分けて全7戦を行う方針になったのだった。
それを前提として比較した場合、1日で全てを終えることになろうとも
今年は、全国大会のベスト8入賞者全員が代表選手と補欠になった判り易い構成であったため、
なぜならば、大抵は全国大会の4位入賞者まで代表入りが確定し、それ以外の選手は過去数年の実績を加味して決められるため、ベスト8以外の選手が代表入りすることがあるからだ。そう言った状況で異議申し立てを行えば、選考から漏れたベスト8の選手からも同様に異議が上がることは目に見えており、混乱を招く引き金となったであろう。それを鑑みれば、最良のタイミングであったからこそ舞台が整ったと言う訳だ。
試合の日程や競技場の手配などの段取りは、シュヴァルリ評議会中国支部統括本部と国内武術総連が協力して行った。メインイベントは
この競技場、最新式だけあって陸上競技だけに収まらず、サッカーやラグビー、武術競技や
「おー、観戦チケットは初日で完売したヨ。たくさんの人にワタシの技いっぱい見せられるヨ!」
練習の合間にネットニュースで観戦チケットの売れ行き状況を見て、満足気な
ここは
今も3分1ラウンドを既に4回こなした後の一休み中だ。
「すごいね、30分で完売だなんて何処のアイドルコンサートだよ。ウラヤマシイよ全く。」
「
「ウチの名前で売れたんじゃねーってば。興行も
「
「まぁ、一朝一夕で変わんないだろーけどね。競技人口は意外といるハズなんだけどなー。それより。」
「ん? なにヨ?」
「その自国の武術に誇り持ってる武門によく喧嘩売ったなーってね。」
「もっと大騒動になるハズだったヨ。それで再戦に持ち込む予定だったヨ…。」
武術の流派では兎角、
「ま、いいんじゃない? スムーズに話が決まったんだからさ。」
「おかげで楽は楽だったヨ。そんじゃ、そろそろ再開するヨ。次はムエタイスタイルでロー出すから注意ヨ?」
「へいへーい。ウチの脚は折らんでちょーだいね。いや、マジで。」
一寛ぎ後もまだまだラウンドを
なぜ
それは古武術が持つ弱点を補うためである。
そもそも古武術は、ボクシングなどの近代格闘術に対応する技を持っていない。
特に、中国拳法は
しかし、近代になりボクシングを代表する様な近代格闘術が編み出された。ノーモーションで高速に最短距離を飛来するジャブ、チャンスと見れば即座に刺し込まれる腰が入ったストレートや、特化したパリングにスウェーやダッキングといった防御手段などなど。ボクシングに限らず近代格闘術は、古来から引き継がれてきた武術とは戦法も技術様式も異なってくる。
そう言った新しい技術を取り入れ、研究を重ねなければ古武術は異種格闘技などの実戦で勝つことが難しくなるのだ。一部の古武術が持つ慮外の秘技などは別として、高レベルの近代格闘家達は、古武術が伝えて来た身体運用に等しいものを近代格闘術の中から見出し修得している。つまり、同等の相手と言っても良いだろう。そうなれば、いくら古武術で一撃必殺の技を持っていたとしても、それを出す前に相手の技で畳み込まれてしまう可能性が高くなるのだ。相手はどんどんと新しいものを取り入れて最適化していくのであるから、古くから変わらないものは後れを取ってしまうことが容易に想像できるだろう。
が、それは表の流派に限った話だ。裏社会でも現役で暗躍する裏流派を修めている
だからこそ、
ちなみに、現役の確殺術を修めるティナの流派も同様に新しい技術を常に取り入れている。
2156年8月14日 土曜日
夏真っ盛りの午後、蒼天から
14:00から開始したイベント『
ここまで戦った
なにせ、型通りに技が振るわれないのだ。競技に特化して組まれた技を使う対戦者は肝が冷える思いをさせられることとなった。その反面、観客は武術競技や国内の
ここで、この国の武術競技について説明して置く。
競技としての武術は、一定の動作を演武してその技術水準を評価する演武競技、一定のルールで相手と
今回、それを
そして、本日最後になる第4戦目。
河南省では珍しい詠春拳は広東や香港など、中国南部で盛んな短打接近戦の徒手による武術だ。手技による拳打格闘を主とし、震脚などの踏み込み技が少ないため船舶上でも鍛錬が可能である。八斬刀は両手に刃渡り2、30cmの片刃の剣を両手に持ち、拳の延長で使用される格闘を考慮した一種独特な剣技を持つ。
『双方、開始線へ』
審判の呼び声で二人は試合コートを進む。審判、そして互いに向かって
「
「ええ、久しぶりね。あなたが代表全員倒すって言い出した時にはどうなることかと思ったわ。こんな簡単に実現するとはビックリね。」
「もっと荒れると思ったヨ。まさかワタシの技見たい言われて決まったのは予想外ヨ。」
「フフフ。だけどそのお陰で
「…そうカ。それは良かったヨ。」
「ええ、本当に。」
この国の
『双方、抜剣』
審判の合図で手に持っていた武器デバイスから剣身が生成される。
中国武術で使用する剣は鞘を持ち込まないことが多い。上下動を含めた身体の動きが激しいため、鞘が邪魔になるのだ。
『双方、構え』
一方、
『用意、――始め!』
開始の合図で
対する
「(ここにきて八卦掌持ってること初めて見せたヨ。イイネ!
笑みを零す
ここまでの試合で
三才歩、反三才歩を切り替えることで、
剣の柄を両手で持ち、飛び込みながら
その時点で捉えられていた剣はフリーになり、斜め後ろに剣先をもった中国単剣は、身体の移動に追従しながら
右腕を使用不能にされた
一瞬、相討ちかと思われたが、
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が2連続でなり、その後に、――ブーと、合わせて1本となった時の通知音が響く。
『
観客の歓声でスタジアムが降れる。さすがに7万人も入場者が入っていると声援だけでも壮観である。まぁ、純粋なファンだけではなく、アンチも声を上げているのは時たま耳に入る。今までになかった実戦に則した技を両方の選手が使ったのだ。
これまでになかった展開に、若干の不安と期待、そして古き良き時代を頑なに守るための拒絶。色々な思いが織り交ざった状態に陥る観客も少なからずいた。その場で競技について討論を開始した者などもおり、白熱し過ぎであわや乱闘騒ぎになる寸前、係員に連行されると言うハプニングもあったりと、一部に混乱を
競技コントロール機材の登録エリア脇には待機場所として休息スペースが設けられている。そこで
「イイネ、イイネ! タノシイヨ! これなら次は出してもイイネ!」
反対側の登録エリアの休息スペースでは、
「なるほど。型は型として、それをどう使えるかが戦うための最低限に必要なことか。競技の技に対するカウンターは全て捨てるべきね。競技の技で布石を置こうとして身に染みたわ。彼女、今まで一体どれだけの技を出せてなかったのかしら。」
試合のインターバルである1分が経過した。二人は再びコートで向かい合う。
「さっきは見事にやられたわ。まだまだ色々と持ってそうだけど、こっちにも色々あることを見せてあげるわ。」
「イイネ! それ最高ヨ! ワタシももっと魅せるヨ! お楽しみヨ!」
「それはこっちもよ。まさか競技で本気の技を出せるとは思わなかったもの。」
「そうヨ! みんな誤解してるヨ! もっと自由でいいんだヨ!」
クスリ、と笑みを零す
『用意、――始め!』
審判の声が響く。
だが、もう片方、右手の八斬刀が
「(オモシロイヨ!
虚をつく様な
そして、後ろから
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響く。
『
『試合終了。双方開始線へ』
『東側
『西側
『よって勝者は、
審判の宣言は、今日の戦いが全て終わったことを告げる。観客も大騒ぎである。尋常でない
「とんでもないわね、
「それ見抜くのもスゴイヨ? 気付かれない様にしてたヨ。
「あー、
「そうヨ。あの時、両脚の
それは、関節や筋肉個別に回転を掛け、体幹で制御する姫騎士が
「楽しかったわよ。秘義を一つ出したけどそれを簡単に上回られちゃったわ。」
「オモシロイ技だったヨ。猿猴歩法に
「あなたこそ、防御の技を攻撃の技に繋げる捨て技にするなんて発想が面白いわ。とんでもない瞬歩が見れたのも価値ある試合だったわ。」
「
「そうね。少なくとも理解した者はここにいるわ。次はもっと面白くしてあげるから。」
「イイネ! もっとみんなで盛り上がりたいネ!」
――世界選手権大会で会いましょう――
そう言い残し、
観客を騒がせるだけ騒がせたイベントの第1日目が終了する。まだ日暮れまでには時間があり、斜陽が生まれようとしている頃合いである。
そして
中々に密度が濃い内容だったのではなかろうか。今まで強いと言われていた
海外の
それではイカンと、陽気な娘が目の前で実際に魅せたのだ。「本当で戦う技」。つまり実戦で戦う思考を持つことが如何に大事であり、また必要であると知らしめたのである。
鼻歌交じりでビュッフェを楽しむ呑気者がこの風を巻き起こした張本人だ。
一輪の【舞椿】が引き起こした風は何処まで行くのだろうか。
きっと世界にも届くであろうと人々は夢見るのだ。
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