03-019.神と人の境界は何であるか誰も知らない。 Schrein.

2156年8月11日 水曜日

 渋谷区神宮前。

 現時刻は15:00を少し越えたところ。今はティナが看板キャラクターを務める「Calenberg-Akustik .AG」の輸入代理店へご挨拶に行った帰りである。


 ティナ、京姫みやこ花花ファファがイメージキャラクタとして起用されたヘッドフォン、3つのブランドが7月下旬に発売となったが、日本でもエスターライヒと同様の日程でリリースをした海外オーディオ機器の輸入代理店を専門で行っている会社である。以前からFLORENTINAシリーズなどを輸入販売していた付き合いがあり、この度ティナが来日したことを契機に「Calenberg-Akustik .AG」の代理人としてご挨拶に伺ったのだ。立場としては、ブランドの看板としてではなく、社長令嬢であり、自社の一員としての訪問だ。この手の折衝などもサラリとこなせるため、会社としても任せられる便利な姫騎士さん。

 お土産にはクロイツカムのバウムクーヘン3種を5箱ずつ計15箱を持参。もちろん、ティナが個人で購入したものとは別で用立てしたものである。給湯室でシャイベの切り方などを指南したり、姫騎士さん自らカットしたバウムクーヘンが振舞われたりと社員達からは好評を得ている。さり気に高感度を上げるところは、ファンに接する時と同様にサービスをてんこ盛りする姫騎士イメージ戦略で培った技術であると言えよう。

 記念撮影やポスターへの直筆サインなど大盤振る舞いし、会社のWEBサイト、ブログやSNSなどに画像公開をOKしている。この時代、肖像権などが絡む画像は著作権保護フラグを設定するので、無断使用は出来ない仕組みになっている。


 ちなみに、お土産を15と言う数で用意したのは、「お裾分けは割り切れない奇数が慣わし」である日本文化を学んでいたからである。最後に残った一つは皆で分け合うなどの和の心に倣ったものだ。お裾分けの時は3、4、9の数は避けた方が良い。「刺」「死」「苦」に繋がる言葉になるからである。もっとも、現在では然程さほど気にすることではないだろう。言い伝えなどを信じていた頃に生まれた古い風習であるからして、知らない人の方が多いのではないだろうか。


 一仕事終えた姫騎士さんであるが、徒歩5、6分程にある竹下通りには赴かない。日本は夏休みと言うこともあり、暑い最中でも学生を中心に若い世代が溢れかえっているのは1980年代から変わらない風景だ。しかし、昔は芸能人のショップなどがあったりしたが、今では若向けの流行発信地と言うスタイルが残っている。「若向け」と銘打っているだけあって、所謂ブランド物に比べれば値段もお求め易い価格帯が主流。アクセサリーの小物なども品質よりはデザインと価格なのだ。そう言ったスタイルの街並みなので、参画するブランドも普及帯が多い。若い世代をターゲットにしたショッピングモールはドイツやエスターライヒでも見かけるため、姫騎士さんにとっては日本に来たからと言って態々わざわざ行く必要性がないのだ。赴かないではなく、趣かないのである。強いて言えば、日本の混雑する一種独特の雰囲気を味わう程度だ。


 なので、竹下通りは華麗にスルー。しかし、せっかく原宿に来たので明治神宮にお参りしに寄っていく予定である。

 空調の効いた見かけはバスの装甲車に乗って、明治神宮の駐車場へ。予め来訪の旨を連絡しているため、駐車場もリザーブされている場所へ問題なく停車する。

 プシュッ、と搭乗口が開く音がし、まず出てきたのはクラーラ。そしてティナ、最後にソフィヤの順である。


 ティナは、綿製の前ボタンで留めるノースリーブワンピース。薄いブルーグレーに白のストライプ、腰に絞りが入った膝上20cmのミニ丈。麦わらのキャペリン鍔広帽は変わらず被り、今日はARグラスモニターを掛け、サングラスカラーに偏向している。内側からは通常通りに見える仕組みだがAR機としての機能は働かせていない。つまり変装用に掛けているのだ。後はお出かけ用のカバンにサクスナイフが入っているのはいつもと一緒。

 そして、護衛の二人はサングラスにパンツスーツ姿である。彼女達もティナと同様、ARグラスモニターを偏向させているだけで、AR情報は細胞給電式コンタクトレンズ型モニターを使う。AR情報を表示させる視野角がこちらの方が格段に上だからである。


 鬱蒼と生い茂る木々の影を縫いながら参道を歩く一行。気温は他所と比べれば2、3度低い筈であるが、姫騎士さんは不服のようだ。


「…やはり外は暑いです。失敗したかもしれません。」

「姫。ここは都心でもかなり涼しい方ですよ?」

「殿下、AKIBAなどと比べれば、雲泥の差です。木々が多いからでしょうかムワッとした暑さが大分抑えられています。」

「…これで涼しい方なのですか。いやなことを聞きました…。」


 姫騎士さん、滞在中は浅草なんかにも足を延ばすつもりでいた。そちらは地図で調べた限り木陰がなかった。日本の夏、それも都心の夏を直に体験することになるだろう。それを思うと予定をキャンセルして涼しいマリーの拠点でダラダラすることにしても良いかな?、などと考えだしているのである。少しずつ外気に触れて慣れろ、とは言えない都心の夏。これは慣れれば平気になることはない暑さである。


 気を取り直しつつ、てくてくと歩いていくと、二の鳥居が見えてくる。木の素地がそのままで飾り気のない鳥居ではあるが、島木(天辺の笠木を被った横長の梁)には、中央と柱と交差する位置に計3ヵ所菊の御紋がある。そして、高さ12mあるその姿は木造の明神鳥居で最大の大きさだ。ヨーロッパ組にとっては存在自体が珍しいタイプの門であるため、少し見入ってしまう。


「鳥居は神域と俗世の結界と伺ってますが、なるほど、こう見ると確かにそれを感じますね。」

「そうですね、殿下。いくつか険のあった気配を発していた方なども和らいでいる様子を見るに、知らずとも日本人の拠り所の一つとなっているのでしょう。」

「宗教的、ってよりも文化的に寄り添うことで発展した心持ちじゃないかな、って。思いますよ、姫。」

「あー確かに。宗教観が違いますものね。仏教と神道がごちゃ混ぜになっていた時代もあったようですし。」


 意外と色々知識を仕入れてきている姫騎士さん。彼女達だが、最重要な会話以外は、基本的に流暢な日本語を話している。彼女達の声だけ聴いていれば、日本人が会話していると錯覚するレベルだ。


「殿下。明治神宮だったのですか?」

「この国で面白いのは、王や将軍などの偉人も神として崇められるところですか。神や聖人を崇める教会とは似て非なるところが興味深いな、と。」


 明治神宮は、第122代天皇の明治天皇と昭憲皇太后を御祭神としてお祭りしている。皇族は家系を遡れば天孫降臨した瓊々杵命ににぎのみことに遡る。つまり天っ神である。だからこそ、神孫とされる皇室が祭られる場合があるのだ。


 道なりに進むと三の鳥居である南玉垣鳥居が見えてくる。二の鳥居と同様に木造の明神鳥居である。鳥居の向こう側には、南神門が覗き、その遠くに御社殿が垣間見える。明治神宮は、御社殿の構成が一番奥から本殿、内拝殿、外拝殿となる。現在は外拝殿からの参拝となっており、内拝殿も隙間から見え隠れする程度である。今回は一般参拝として赴く旨で調整しているため、内拝殿や祝詞殿、本殿などへの参拝は行わない方針。さすがに、ティナは他宗教の信徒であるため、観光と言う名目で他の神が座する神域に入る無作法は致したくないからだ。


 三の鳥居を潜る前に、その左手前にある南手水舎へ立ち寄る。ティナは右手に柄杓を持ち、左手を清める。そして、柄杓を左手に持ち、右手を清める。柄杓を右手に持ち直し左手に水を溜め、その水で口をすすぐ。その後はまた左手を清め、柄杓を立て、残った水で柄を洗い、柄杓を元に戻す。クラーラとソフィヤも順々に同じ作法を行っている。三人一緒に実施しないのは、護衛として最低一人は周辺に注意を払う必要があるためだ。実のところ、一般客に紛れて数人のWaldmenschenの民が周囲を監視しているのではあるが。

 ティナは、サングラスにスーツのお供を二人連れており、令嬢などがお忍びで観光に来ていると誰しもが判る見た目である。その一行は、サングラスで顔を判断できないが一目で西洋人であろう外見を持っていることから矢鱈やたらと目立つ。更に西洋人と思われる一行が手水舎の作法を淀みなくこなしているのだから、尚のこと目立つというものだ。


「さて。それではお参りに伺いましょうか。」

「はっ、かしこまりました。」

「了解です、姫。安全は確保済です。」


 彼女達は人目はばかることなく変わらずに日本語で会話をしている。日本語で会話可能なスキルがあるので、日本国内に居る内は日本語で通すと決めている妙な拘りである。この拘りは「郷に入りては郷に従え」の諺を学習している姫騎士さんからの発案である。ドイツ語の方が会話内容も漏れにくい良い様に思えるが、安全を確保しながらの行程であるため、気にする必要もなかろうと。しかし、たまたま会話を耳にした現地民は流すにしては無視できない単語が出てきたので思わず二度見していたが。外国人一行が「姫」と言う単語を使うとしたら――と言う具合である。


 南神門を潜ると広い境内広場があり、その奥に二本の楠が植えられている。樹齢300年を超えた楠は夫婦楠と呼ばれており、同じ程の育ち具合は如何にも夫婦の名が相応しく思える。神宮建設時、或いは改築時の際に移植されたものだろう。今では神樹の一つとして注連縄しめなわが張られており、お参り先の一つとなっている。

 夫婦楠の間から望む様に、拝殿が鎮座する。桁行正面五間、梁間四間、総檜素木造の入母屋造で屋根は銅板葺。夏場の暑い時期だと言うのに一般参拝客の数は中々に多い。ティナ達と同様に海外からの観光客もチラホラと見受けられる。


「古式の木造建築物も美麗なものですね。石造りと違って全体に柔らかな温かさを感じます。」

「なかなかに詩人ですね、殿下。」

「建築番組のコメントみたいですよ、姫。」

「まさかのツッコミに驚きました!」


 軽いコントのノリが台詞だけなら微笑ましいが、黒スーツの護衛と護衛対象の会話なので見た目的には十分ミスマッチである。

 関係ないが、ソフィヤは日本勤務なので建物ビフォーアフター的な番組を割りと見ている。


 外拝殿のど真ん中を陣取る姫騎士さん一行。目の前には賽銭箱が鎮座している。カバンから小銭入れを出し、五円玉を握りしめる姫騎士さん。

 チャリン、と賽銭箱に景気よく投げ入れる。通常の神社であれば神へ来訪を告げる鈴を鳴らすのであるが、ここは神宮であり、本殿に神が御座おわすためなのか、鈴がない。

 賽銭を投げ、姿勢を正すティナ。そのまま深くゆっくりとお辞儀を2回する。そして胸の位置で手を合わせ、合わせた左手を少し前に出る様にずらしてからパン、パン、と柏手かしわでを2回打つ。

 手を合わせたまま、目を瞑り拝礼を行う。


「(お初にお目にかかります。エスターライヒから参りましたフロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルクと申します。)」

「(他の神のしもべでございますが、当家の縁者が日の本にて滞在しておりますこと、御赦しいただきたく御心におすがり致します。)」

「(互いが良き隣人であります様、誠心誠意励む所存に御座います。矮小なる我が身が綴るつたなき言祝ぎとなりますが、御身にお届きますれば幸いに御座います。)」


 目を開き、結びのお辞儀を深くゆっくりと行う。そして、一歩後ずさってからクルリと背を向き外拝殿を辞する。

 ここでも参拝の作法を華麗にこなした姫騎士さんであるが、グラサン変装中なので姫騎士さんの評価は上がらないことを後から気付き、渋い顔をする打算まみれのティナであるが、神前では真摯なので大目に見て欲しいところ。

 それよりも、拝礼が真面な内容だったことの方が驚きである。いつもの酷い内容の嘆願が無かったのは信奉する神が違うことからの遠慮だろうと思われるが、真意は姫騎士さんのみぞ知る。


 神社の参拝は、本来、神へご機嫌窺い、無事に過ごせたことへの感謝など、神前での報告を行うのが主目的だ。祈願などで「〇〇しますように」と願うことはあるが、あくまでも神に叶えてもらうと言う願望ではないことに注意して欲しい。目標のため誠心誠意を持って取り組むから見ていて欲しい、と言うのが祈願であり、年始参りなどは、祈願したことに対する報告と感謝、新たな1年での目標を祈願するものである。例えば、宝くじで1等当てて下さいとか、彼女が欲しいですなどの他力本願は祈願とは言わないのだ。


 その後、ティナ達は明治神宮を日本の古式に則った建築物として十分に堪能し、明治神宮を囲む代々木公園をプラリと一巡りしてから岐路に着いた。その途中の車内では、ティナがグッタリ気味で空調の噴出孔に顔を当てて涼むと言う、とてもお嬢様には見えない様子を惜しげもなく晒しているのだった。



「マリー姉さま。やはり外は暑いです。」

「なんだ、表に出たんだ。外出たくないって言ってたのに。」

「伺った先のご近所に歴史的建築物があるんですもの。行かなきゃ損です。でも表に出て少し後悔しましたが。」

「表参道だったっけ? んじゃ、明治神宮に行ったんだ。んでもさ、明日は浅草行くって言ってたじゃん。…あっついぞ~?」

「ヤメテください! 折れそうです! 干物になったらどうしてくれるんですか!」


 観光に命懸けな雰囲気を出す姫騎士さん。

 しかし、どう聞いても笑い話にしかならない。


「日本の夏は殺意マシマシです。」


 殺意剥き出しの自然現象があったら人類滅びます。

 変なフラグ建てるのヤメテください、姫騎士さん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る