03-017.過去と現在が混在する生活。そして未来への指針。 Anleitung .
2156年8月8日 日曜日
サワサワと竹林を揺らす夏の風が涼し気な音を奏でる。涼しげなのは音だけで、盆地に留まった熱気を運んで来るだけなのであるが。その暑さは眉間に皴を寄せているティナの表情から伺える。隣でご機嫌になっている
宇留野邸の裏にある竹林は、
先日、宇留野御神楽流が神事に執り行う技の中に、姫騎士さんが自分の流派で奥義に至る技と同様な技法が隠されていることを指摘した。寝耳に水だった宇留野家では既に失伝された技法であったため、ティナが協力し幾つか技の内容を確かめたところ、やはり宗教的な違いから秘技へ至る組み立て方や手順に違いがある様で「お役にたてませんね」と零し、別の流派からのアプローチは失敗したところである。
そして、その
試し斬りもその辺りを適当に斬ると叱られる。この裏庭から「お山」と呼ばれる、裏山の頂上にある宇留野御神楽流の祭事を行う小さなお
少し、竹林の奥に進み
コーンと木を叩く様な高い音に続けて、ワサワサワサと竹の葉が擦れながら直径15cm、高さ20mに及ぶ
「全く。ほんとに楽しそうですね。」
「え? 何か言った?」
「…いえ、なんでもありませんよ。」
嬉々として
「ふう。取り敢えずこんなものかな。」
仕事をやり終えた感を出す
半ば呆れながらティナは気になっていたことを尋ねる。
「よくもまあ、こんなに斬り倒しましたね。この斬った竹はどうするんですか?」
この暑さの中、後始末は御免であると言わんがばかりの物言いだ。
「竹の間引きは兄さんの仕事なんだ。切る手間が省けたから喜んで回収していくよ。」
「別途、回収班が居るのでしたら問題ありませんね。さすがにこの量を運ぶ気にはなりません。」
この暑さの中、後始末は御免であると言い切った物言いだ。
「どうだ? ティナも試し斬りしてみないか?」
「そうですね。では一つ。」
簡単に話をしているが、実際のところ間引き対象の
しかし、
朝方、
「(意外と楽しいかも…? 空洞を斬る感覚が独特です…。っは! 毒されてる気がします!)」
「さすが、ティナの剣筋は見事だな。やはり、騎士剣で斬る技も持っているんだな。」
「いえいえ、技の応用ですよ。」
短く答えるティナであるが、
今日、もう一つの目的である、「お山」の山頂にティナを案内するのだ。だから二人とも山登りが出来る靴を履いている。特にティナはマウンテンブーツ姿であり、ちょっとやそっとの荒れた場所でも問題なく移動、と言うより戦闘が可能となる機能を優先してチョイスしている。お陰で、苔むしたり、水分が多くなって滑り易い場所も、何ら苦にすることなく進んでいる。
斜面としては結構、勾配がきついのであるが、平坦な道を歩く様に気楽に進む二人。あっという間に高さ100m弱の山頂に辿り着く。
少し平らな場所があり、こじんまりとした
「なかなかの景色だろ?」
用を済ませたのであろう。ティナの隣に
「カプツィーナ
「確かに、向こうは岩肌が露になった山が多かったな。」
ザルツブルクは紀元前より鉱石や岩塩の採掘がされていたためなのか、意外と過去の採掘跡を見ることが出来る。同じく紀元前にはローマ軍がドイツ方面への足掛かりに拠点を幾つも造っていたため、石切場としても機能していた山もある。それでも2千年、3千年前の話であるので、その影響で岩肌が散見される訳ではないのだが。
特に東アルプスが跨ぐエスターライヒでは、
ちなみに、砂や土と言った物質は単独では存在しない。砂は粒子状になった岩石で、土はそれに有機物や気体、液体が混じった混合物である。
眼下に広がる長閑な景色は、日本の原風景ともいえるだろう。山や木立の隙間を縫うように古民家が点在し、小川が流れ、山の傾斜を利用した水田には稲の穂が青く輝く。目に届く範囲にはコンビニや商店街なども目に入らない、一種の隔絶した空間である。風景のアクセントに、宇留野邸から少し離れて白い大型バスの形状を模した要人警護用転輪型装甲戦闘車が鎮座しているのが見える。車両の戦闘能力を考えると物騒な異物であるのだが。
商店やコンビニと言った店舗は、雑木林を抜けたお隣の区画にあるので、意外と近場である。
「静かですね。なんだか時間がゆっくり流れている気がします。」
「ああ、そうだよ。ここは昔の時間が流れてるんだよ。」
だから私の好きな場所なんだ、と
「なら、その内カレンベルクの本家に招待したいですね。景色は違いますが、似た雰囲気を持っている古い集落ですから。」
「それは是非ともお邪魔してみたいな。」
またいつか
2156年8月9日 月曜日
現在、スタジオで番組の収録である。
番組冒頭のゲスト紹介で一言コメントを求められた際、「
司会者にも正しい
故に、現在限りなく頂点に近い
まずは、ホットな話題として、日本の
「せっかく捻じ曲げられていたルールが正されて、本来の
「古い風習を古いまま引き継ぐのは、流派内だけにして欲しいですね。体裁だけを気にする方々は
「30年という長い時間でルールに慣れてしまったから直ぐには変えられないでしょうが、変わらなければ今までと同じですよ?」
そして、日本の全国大会について、海外の
「確かに、日本の
「私が相手をしたらですか? むしろ、他流と戦うことに慣れている海外の
「海外の
「今年の全国大会の試合を幾つか拝見しましたが、その内の半分は世界では通用しないレベルです。」
「上位を占めているのは海外に拠点を置いてる方や留学している方が大半ですよね? そういうことです。」
国内では今まで望んでも、剣術界の支配下にあり自由に出来る環境がなかった云々の話に対しての姫騎士さん。
「与えられた環境を理由にせず、自分で気付き、考え、動かなければ意味がありません。場がないのでしたら自分で作るか、外へ飛び出せば良いでしょう?」
「それが叶わずとも国内で一生懸命足掻いていた方々は結果を残しているでしょうに。」
「ファンや観客は、技を競う競技を見に来る訳ではないんです。
「
「手本通りの綺麗な技は、まず通用しません。だから流派内だけで研鑽を積んでいる内は、世界で勝つことはまず難しいでしょう。」
「知らない武術と対峙した際、どう戦うのかを研鑽する必要があるんです。」
ここで姫騎士さんから鬼姫さんにキラーパスが飛んで来る。
「そう言えば、地区決勝戦で
「あれは
剣術界のトップに君臨していた加納
「あの技を打ち破りたかったから1本捨てて挑んだんだけどなぁ。」
非常に残念だ、と零す
最後の締め括りとして、
「
「自分のために
威風堂々と最後までバッサリぶった斬りまくる姫騎士さんにレギュラーコメンテーターもタジタジであった。
予定にはなかったが、流れで
カメラ位置も下がり、第2スタジオ内に大きくスペースを取って
彼女達で、SDCを運用可能になる様に最後の設定と調整を行う。この辺りの手際はさすが騎士科に身を置くものだ。
設定は武器破損なしで1試合3分間、1本勝負の
審判を出来るものはこの場にいないため、判定は全てSDCの通知で、開始のアラームも発する様に設定している。
ピッ、ピッ、ピッ、ポーンと電子音が鳴り響く。
ティナがあまり取ることのない、日本で言うところの八相の型である
ティナがスルスルと中世式の歩法で左側――
その瞬間には
尚も斜め歩きの歩法で
キン、と短い金属音と共に槍の穂が再び頭上に流された瞬間に、
そこから見たティナは、
「よくもまあ、これを避けられましたね。」
「王道派騎士スタイルだと思ったら、あの回転する様な歩法と同じ移動だった。それが新しく産み出した姫騎士スタイルか。」
「(
「そうですよ? 姫騎士スタイル、なかなかおもしろいでしょう?」
「また厄介な技法を身に着けたな。見慣れた技を全く違う在り
「お蔭様で大分、技法がこなれてきましたから。ここらで本格運用開始しようかと思いまして。」
「その相手に選ばれたのは光栄だけど、このタイミングで出すとはなぁ。」
呆れ顔の
まるで立ち話をしているかの様にほのぼのと見えてるが、
キン、と再び金属の音がして、見ていた者は初めて
「(全く厄介ですね。初動が認識出来ませんでした。)」
ティナは
その
移動の間に、上半身を左に捩じり、左手は脇差の鞘を掴んで鯉口を切る。右手を柄にかけ、そのまま身体の捻りを戻して横一文字に抜刀する。
しかし、その刃は空を斬った。
ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響く。
「あの位置から避けられるか…。」
「ちょっと際どかったですけどね。もう少し剣先が伸びていれば回避できませんでしたよ?」
「良く言うよ。避けられなかったら剣で防いだろう?」
「まぁ、そうですけどね。」
完全に虚を突いた抜刀術。
しかし、ティナは刀が触れる目前に、身体がぶれる速度のバックステップを半歩行った。刀が通り過ぎたと同時にバックステップの反動を利用し、同じ速度で一歩進む。槍の
スタジオが拍手と歓声に溢れる。実際問題、世界でも高位の
後日、番組が放送され様々な反響を呼んだ。姫騎士のバッサリと斬る言動に賛否両論はあったが、日本の
番組の最後に放映されたティナと
2156年8月10日 火曜日
午後のお茶
門扉の前には出迎えの白いバスが停車しており、護衛のクラーラがティナの荷物を格納するため降車してきている。
宇留野家の面々は、家族全員でお見送りである。誰も
「みなさん、お世話になりました。もし、ザルツブルクへお越しになられる際はおっしゃって下さい。観光案内くらいは出来ますから。」
「こちらこそ宇留野御神楽流が世話になった。感謝してもしきれないよ、ティナちゃん。ありがとう。」
「ティナちゃんまた来てね。おばさんいつでも待ってるわ。気を付けて帰ってね。」
「ティナちゃんそれじゃね。楽しかったわ。ザルツブルクに言ったら絶対連絡するから!」
「ウィースッ! ティナちゃんまったねー! 流派に宿題もらっちってアゲみざわマシマシってよっ!」
「ティナの新しい技と戦えて楽しかったよ。それじゃあまた。学園で会おう。」
またお会いしましょう、お元気で、と手を振り門扉前に停車したバスに向かっていくティナ。その隣に立っていたクラーラが宇留野家一同へ深々と礼をし、ティナの荷物を持って消えていく。
宇留野家で迎え入れた珍客は、こうして次なる地へ旅立って行った。
――東京近郊。
要人警護用転輪型装甲戦闘車が東京へ向けて爆走中。只今、県境で交通規制完了まで時間調整のため、路肩に停車中。
「姫、それは?」
「ソフィヤさん、気になります? これは
ティナは、
割り竹をして器にしたり、節のところで輪切りにしてコップにしたりと色々出来るらしい。特に弟がそう言った天然素材を使ったものを喜ぶのでお土産とするのだ。
ちょっとネットで何が作れるのか検索中の姫騎士さん。
「素麺の器が出来るのですか! これは涼し気です! 作ってみる価値がありそうですね。」
割り竹に氷と一緒に盛られた素麺が清涼感を伴い、いかにも美味しそうに見える画像がヒットしている。
「素麺は食べたことありませんけどね。」
食べたことないのかよ。
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