03-017.過去と現在が混在する生活。そして未来への指針。 Anleitung .

2156年8月8日 日曜日

 サワサワと竹林を揺らす夏の風が涼し気な音を奏でる。涼しげなのは音だけで、盆地に留まった熱気を運んで来るだけなのであるが。その暑さは眉間に皴を寄せているティナの表情から伺える。隣でご機嫌になっている京姫みやこはこの暑さも慣れたもので、それこそ何処吹く風である。


 宇留野邸の裏にある竹林は、孟宗竹もうそうちく淡竹はちくで生い茂っており、春には筍が随分と収穫できる。旬の味覚である孟宗竹もうそうちくは江戸時代に中国から輸入されたものであり、この竹林も元々は淡竹はちくだったものがいつの間にか孟宗竹もうそうちくに浸食されたのだ。一般に出回る筍は孟宗竹もうそうちくが多く、淡竹はちくの筍も非常に美味であるが出回らないのが残念である。


 先日、宇留野御神楽流が神事に執り行う技の中に、姫騎士さんが自分の流派で奥義に至る技と同様な技法が隠されていることを指摘した。寝耳に水だった宇留野家では既に失伝された技法であったため、ティナが協力し幾つか技の内容を確かめたところ、やはり宗教的な違いから秘技へ至る組み立て方や手順に違いがある様で「お役にたてませんね」と零し、別の流派からのアプローチは失敗したところである。


 そして、その鬱憤うっぷんを晴らすかの様に、京姫みやこはエスターライヒからティナが輸送してくれた大身槍おおみやりを手に持ち、裏の竹林で試し斬りをするのだ。実際のところ、鬱憤うっぷん云々などではなく、只単に京姫みやこ大身槍おおみやりの試し斬りをしたいだけなのであるが。

 試し斬りもその辺りを適当に斬ると叱られる。この裏庭から「お山」と呼ばれる、裏山の頂上にある宇留野御神楽流の祭事を行う小さなおやしろにアクセス出来る様になっている。そこまでの道のりは石畳や石の階段など苔むした様子から、かなり古くから使われている参道であることが判る。つまり、その景観を崩すような位置の竹を斬り落とすなどは禁止されているのだ。特に京姫みやこは放っておくと際限なく斬りまくるので。


 少し、竹林の奥に進み孟宗竹もうそうちくが濃く茂る場所が試し斬りを行う場となる。と言うか孟宗竹もうそうちくを間引く対象を京姫みやこが試し斬りさせて貰っているのである。だから斬り方にも指定があり、真横一文字が原則として守らされている。後々、斬り残った竹を間引く際に切断面が斜めであると要らぬ怪我などを負うことがあるからだ。


 コーンと木を叩く様な高い音に続けて、ワサワサワサと竹の葉が擦れながら直径15cm、高さ20mに及ぶ孟宗竹もうそうちくが倒れ込む。いずれも奥側へ倒れ込んでいるのは、京姫みやこ大身槍おおみやりが平三角槍と呼ばれる断面が二等辺三角形であるため、穂が斬り進むごとに斜め上の力がかかるからだ。


「全く。ほんとに楽しそうですね。」

「え? 何か言った?」

「…いえ、なんでもありませんよ。」


 嬉々として大身槍おおみやりを振る京姫みやこは終始笑顔である。やはり槍を与えておけば機嫌が良くなるのだと、再認識する姫騎士さん。しかし、辺りを見回せば斬り倒された竹が随分と転がっているので機嫌が良過ぎるのも困ったものだと嘆息するのである。


「ふう。取り敢えずこんなものかな。」


 仕事をやり終えた感を出す京姫みやこであるが、楽しんでただけだろう、と彼女の様子を見ていれば誰もが同じ意見をあげると思われる。

 半ば呆れながらティナは気になっていたことを尋ねる。


「よくもまあ、こんなに斬り倒しましたね。この斬った竹はどうするんですか?」


 この暑さの中、後始末は御免であると言わんがばかりの物言いだ。


「竹の間引きは兄さんの仕事なんだ。切る手間が省けたから喜んで回収していくよ。」

「別途、回収班が居るのでしたら問題ありませんね。さすがにこの量を運ぶ気にはなりません。」


 この暑さの中、後始末は御免であると言い切った物言いだ。


 孟宗竹もうそうちくは、弾力性が無いので竹籠などの小物作成には向かない。そのため、ご近所の竹穂垣に資材として差し入れをしたり、お茶の先生のお宅へ割り竹の器用に差し入れたり、子供達の夏の工作で使ったりと、そこそこ消費はある。それでも大量消費する訳ではないので余る。だから、欲しい人に譲ったり、燃やして竹炭にしたりとなるべく利用出来るところは利用する方針だ。廃棄するにしても量が量のため、意外と費用が嵩んでしまうからだ。


「どうだ? ティナも試し斬りしてみないか?」

「そうですね。では一つ。」


 簡単に話をしているが、実際のところ間引き対象の孟宗竹もうそうちくは直径15cm以上あり、材質は肉厚で固い。鋸や斧で斬り倒すものであり、少なくとも普通は槍や剣では斬り倒すことが難しい。

 しかし、京姫みやこ事乍ことながら、スコン、スコンと一太刀で斬り飛ばすティナ。二人が積んできた技量の前では然程、問題にならない様だ。

 朝方、京姫みやこから竹を間引くついでに試し斬りをするので一緒に斬ろう、とコンビニに行くレベルで誘われた。物凄く楽しいイベントである様に目をキラキラさせて誘われたので、まぁせっかくなのでと、ご近所で待機しているクラーラにティナの騎士剣を持って来てもらったのだ。


「(意外と楽しいかも…? 空洞を斬る感覚が独特です…。っは! 毒されてる気がします!)」

「さすが、ティナの剣筋は見事だな。やはり、騎士剣で斬る技も持っているんだな。」

「いえいえ、技の応用ですよ。」


 短く答えるティナであるが、Waldmenschenの民の技でも斬る技はある。しかし、まだ見せていないもう一つの技であるとも取れる曖昧な言い回しだ。

 京姫みやことて、態々わざわざ隠しているものを明かして欲しい訳ではないため、話はここまで。


 今日、もう一つの目的である、「お山」の山頂にティナを案内するのだ。だから二人とも山登りが出来る靴を履いている。特にティナはマウンテンブーツ姿であり、ちょっとやそっとの荒れた場所でも問題なく移動、と言うより戦闘が可能となる機能を優先してチョイスしている。お陰で、苔むしたり、水分が多くなって滑り易い場所も、何ら苦にすることなく進んでいる。


 斜面としては結構、勾配がきついのであるが、平坦な道を歩く様に気楽に進む二人。あっという間に高さ100m弱の山頂に辿り着く。

 少し平らな場所があり、こじんまりとしたやしろが立っている。よく手入れがされており、人が定期的に訪れていることが伺える。やしろ自体に木陰をつくる様に周りは雑木林になっている。さすがにこの高さであると、そよぐ空気は地上よりは涼しい。眼下には宇留野家を中心に古民家がポツポツと見える。周りもやはり木々が多く、小川のせせらぎなども、ここからでも聞こえてきそうである。


 京姫みやこを見れば、やしろの前に立膝をついて、大身槍おおみやりを両手で横向きに掲げている。何やら祈りなのか祝詞なのかが聴こえているが、ティナからの位置では何を言っているか判らないし、神との対話であるのならば邪魔をするのは無粋すぎる。結局、周りの景色を見下ろして楽しむティナであった。


「なかなかの景色だろ?」


 用を済ませたのであろう。ティナの隣に京姫みやこがやってきて景色を一緒に見下ろしている。


「カプツィーナベルクと比べて山裾がなだらかなのが新鮮ですね。ザルツブルクの山々は切り立ったものが多いですから。」

「確かに、向こうは岩肌が露になった山が多かったな。」


 ザルツブルクは紀元前より鉱石や岩塩の採掘がされていたためなのか、意外と過去の採掘跡を見ることが出来る。同じく紀元前にはローマ軍がドイツ方面への足掛かりに拠点を幾つも造っていたため、石切場としても機能していた山もある。それでも2千年、3千年前の話であるので、その影響で岩肌が散見される訳ではないのだが。

 特に東アルプスが跨ぐエスターライヒでは、ペニンナップ衝上断層で構成された末端部分にあたる。片麻岩や花崗岩、堆積岩に結晶質岩など、地中部分は岩盤で構成されている。アルプス造山活動により隆起した配下の山々の中心部も岩石であるため、経年による土の堆積や植物が根付いてない部分は岩肌が剥き出しになるのだ。

 ちなみに、砂や土と言った物質は単独では存在しない。砂は粒子状になった岩石で、土はそれに有機物や気体、液体が混じった混合物である。


 眼下に広がる長閑な景色は、日本の原風景ともいえるだろう。山や木立の隙間を縫うように古民家が点在し、小川が流れ、山の傾斜を利用した水田には稲の穂が青く輝く。目に届く範囲にはコンビニや商店街なども目に入らない、一種の隔絶した空間である。風景のアクセントに、宇留野邸から少し離れて白い大型バスの形状を模した要人警護用転輪型装甲戦闘車が鎮座しているのが見える。車両の戦闘能力を考えると物騒な異物であるのだが。

 商店やコンビニと言った店舗は、雑木林を抜けたお隣の区画にあるので、意外と近場である。京姫みやこの住む区画は、古くから芸事を教えている家元が多く住んでおり、景観が変わることを良しとしなかった経緯があるため、今では文化保護地区に指定されている。


「静かですね。なんだか時間がゆっくり流れている気がします。」

「ああ、そうだよ。ここは昔の時間が流れてるんだよ。」


 だから私の好きな場所なんだ、と京姫みやこは言う。


「なら、その内カレンベルクの本家に招待したいですね。景色は違いますが、似た雰囲気を持っている古い集落ですから。」

「それは是非ともお邪魔してみたいな。」


 またいつかみんなで、と。




2156年8月9日 月曜日

 現在、スタジオで番組の収録である。騎士シュヴァリエの特集と言うことでゲストとして招かれた京姫みやこと、その伝手で参加したティナ。さすがに今日は、騎士シュヴァリエとして戦う前の心構えで入場していないため、見た目で呼ばれたゲストの様にも見えるのだが、発する言葉は辛辣である。特にティナが。


 番組冒頭のゲスト紹介で一言コメントを求められた際、「Chevalerieシュヴァルリ競技を理解していただくために、結構当たりが強い発言をいたしますよ」と前置きしていたが、その言葉通りに姫騎士さん大暴れであった。

 司会者にも正しいChevalerieシュヴァルリ普及を今回の番組で勢い付けたい旨の打診が、国際シュヴァルリ評議会本部と日本政府からされている。Chevalerieシュヴァルリ競技は社会現象や経済にも広く影響するからである。

 故に、現在限りなく頂点に近い騎士シュヴァリエが発する忌憚のない意見は貴重なものとなる。日本の騎士シュヴァリエ達が変われるかどうかの通過儀礼になるだろうと。


 まずは、ホットな話題として、日本のChevalerieシュヴァルリ競技が本来の姿を取り戻したことについて意見が錯綜した時の姫騎士さんの台詞を一部抜粋する。


「せっかく捻じ曲げられていたルールが正されて、本来のChevalerieシュヴァルリ競技が出来る様になったのに、それを学ばないのは愚の骨頂です。」

「古い風習を古いまま引き継ぐのは、流派内だけにして欲しいですね。体裁だけを気にする方々はChevalerieシュヴァルリ競技には向きませんので。」

「30年という長い時間でルールに慣れてしまったから直ぐには変えられないでしょうが、変わらなければ今までと同じですよ?」


 そして、日本の全国大会について、海外の騎士シュヴァリエの立場からコメントを求められた姫騎士さんの台詞。


「確かに、日本の騎士シュヴァリエが試合で見せる技は美しいですよね。それだけですが。」

「私が相手をしたらですか? むしろ、他流と戦うことに慣れている海外の騎士シュヴァリエ達からすれば単なる鴨ですよ?」

「海外の騎士シュヴァリエは、相手の技を出させずに如何に有利に戦うかを研鑽しています。」

「今年の全国大会の試合を幾つか拝見しましたが、その内の半分は世界では通用しないレベルです。」

「上位を占めているのは海外に拠点を置いてる方や留学している方が大半ですよね? そういうことです。」


 国内では今まで望んでも、剣術界の支配下にあり自由に出来る環境がなかった云々の話に対しての姫騎士さん。


「与えられた環境を理由にせず、自分で気付き、考え、動かなければ意味がありません。場がないのでしたら自分で作るか、外へ飛び出せば良いでしょう?」

「それが叶わずとも国内で一生懸命足掻いていた方々は結果を残しているでしょうに。」


 Chevalerieシュヴァルリとは一体どの様な競技であるかの問いに答える姫騎士さん。


「ファンや観客は、技を競う競技を見に来る訳ではないんです。騎士シュヴァリエが鍛えた技で真剣勝負をするさまを見に来るんです。」

Chevalerieシュヴァルリ競技とは、ホログラムの武器とHCホログラムセルの装備に攻撃可否を判定する仕組みを使うことがルールですが、実態は異種格闘技となんら変わりません。」

「手本通りの綺麗な技は、まず通用しません。だから流派内だけで研鑽を積んでいる内は、世界で勝つことはまず難しいでしょう。」

「知らない武術と対峙した際、どう戦うのかを研鑽する必要があるんです。」


 ここで姫騎士さんから鬼姫さんにキラーパスが飛んで来る。


「そう言えば、地区決勝戦で京姫みやこはお手本通りと思われる技を使ってましたね。」

「あれは朧霞おぼろかすみを使ってくれないかな、と思って相手が好きそうな組み立てをして様子を見てたんだ。」


 剣術界のトップに君臨していた加納それがしが使う秘中の技、朧霞おぼろかすみ。今では不正操作をしたインチキ技であることは広く知れ渡っている。


「あの技を打ち破りたかったから1本捨てて挑んだんだけどなぁ。」


 非常に残念だ、と零す京姫みやこも大概である。


 最後の締め括りとして、騎士シュヴァリエとは何であるのか聞かれた姫騎士さん。


騎士シュヴァリエとは、成りたい自分に成ることが本質です。」

「自分のために騎士シュヴァリエとして貫き通す理由がなければ大成しません。」


 威風堂々と最後までバッサリぶった斬りまくる姫騎士さんにレギュラーコメンテーターもタジタジであった。


 予定にはなかったが、流れで騎士シュヴァリエの戦いを見せることになった。ある意味これはChevalerieシュヴァルリ普及のためのサービスであり、その様な話が出た場合は受けるのはやぶさかではないと、ティナと京姫みやこは予め心構えをしていたことだ。


 カメラ位置も下がり、第2スタジオ内に大きくスペースを取ってChevalerieシュヴァルリの設備であるSDCを設置していくスタッフ達。丁度、設置が終わってシステムの起動シーケンスから運用シーケンスへ切り替わったところで、騎士装備を纏い再び入場するティナと京姫みやこ。リハーサルの時と同様、その気配は研ぎ澄まされた空気を生み、辺りを呑み込んだ。

 京姫みやこはいつもの装備と大身槍おおみやり、ティナは姫騎士Mithril聖銀Rüstung甲冑ヴァージョンと銘打った白銀なれど青く輝く特殊調合のミスリスカラーで塗装をした3両目の鎧姿。スタジオのライトで青く輝く姿が一種幻想的でもある。

 彼女達で、SDCを運用可能になる様に最後の設定と調整を行う。この辺りの手際はさすが騎士科に身を置くものだ。


 設定は武器破損なしで1試合3分間、1本勝負のluttes乱戦ルール。

 審判を出来るものはこの場にいないため、判定は全てSDCの通知で、開始のアラームも発する様に設定している。


 ピッ、ピッ、ピッ、ポーンと電子音が鳴り響く。


 ティナがあまり取ることのない、日本で言うところの八相の型であるVom Tag屋根の構え、京姫みやこは右半身に変化させた中段である地の型を構える。

 ティナがスルスルと中世式の歩法で左側――京姫みやこからは右側だが――に音もなく一瞬ですり寄る。

 その瞬間には京姫みやこ初動が判らない突きがティナを捕えるが、剣を上段から打ち据えてバインド鍔迫り合いさせ、そのまま槍の穂が巻き上げられた。

 尚も斜め歩きの歩法で京姫みやこの側面に移動するティナに対して、左脚を前に出しながら身体をティナに正対しつつ巻き上げられた槍をそのまま頭上まで流し、そこから弧を描いて振り抜く。

 キン、と短い金属音と共に槍の穂が再び頭上に流された瞬間に、京姫みやこは右脚に力を入れて左に跳躍しながらクルリと振り返り着地する。

 そこから見たティナは、京姫みやこの背後を強襲する位置であった。


「よくもまあ、これを避けられましたね。」

「王道派騎士スタイルだと思ったら、あの回転する様な歩法と同じ移動だった。それが新しく産み出した姫騎士スタイルか。」

「(Gutナイスです、京姫みやこ! 宣伝乙!)」

「そうですよ? 姫騎士スタイル、なかなかおもしろいでしょう?」

「また厄介な技法を身に着けたな。見慣れた技を全く違う在りようにするなんて普通は出来ないぞ。」

「お蔭様で大分、技法がこなれてきましたから。ここらで本格運用開始しようかと思いまして。」

「その相手に選ばれたのは光栄だけど、このタイミングで出すとはなぁ。」


 呆れ顔の京姫みやこであるが、姫騎士さんは時と場合を選ばないのである。思い立ったが使い時の精神だ。


 まるで立ち話をしているかの様にほのぼのと見えてるが、京姫みやこから槍が突き出されていた。

 キン、と再び金属の音がして、見ていた者は初めて京姫みやこが攻撃したのだと認識する。


「(全く厄介ですね。初動が認識出来ませんでした。)」


 ティナは京姫みやこから放たれた刺突を剣で巻いてち上げた。初動が判らなくとも刃が見えていれば対応出来るのは京姫みやこと同様である。

 その京姫みやこは、ち上げられた槍から手を離し、しゃがみ込む様にティナの懐に滑り込む。

 移動の間に、上半身を左に捩じり、左手は脇差の鞘を掴んで鯉口を切る。右手を柄にかけ、そのまま身体の捻りを戻して横一文字に抜刀する。


 しかし、その刃は空を斬った。


 ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が響く。


「あの位置から避けられるか…。」

「ちょっと際どかったですけどね。もう少し剣先が伸びていれば回避できませんでしたよ?」

「良く言うよ。避けられなかったら剣で防いだろう?」

「まぁ、そうですけどね。」


 完全に虚を突いた抜刀術。

 しかし、ティナは刀が触れる目前に、身体がぶれる速度のバックステップを半歩行った。刀が通り過ぎたと同時にバックステップの反動を利用し、同じ速度で一歩進む。槍のち上げで振り上げた剣を振り下ろしながら、京姫みやこ心臓部分クリティカルへ攻撃の導線を繋げる位置に固定する。後は刺突を放って終了である。


 スタジオが拍手と歓声に溢れる。実際問題、世界でも高位の騎士シュヴァリエ同士による戦いを間近で見られたのだ。しかも、二人ともヘリヤ現世界最強が再び戦いたいと思う騎士シュヴァリエである。普通だったら興行でお金が取れるレベルなのだ。


 後日、番組が放送され様々な反響を呼んだ。姫騎士のバッサリと斬る言動に賛否両論はあったが、日本のChevalerieシュヴァルリ界に一石を投じることになった。

 番組の最後に放映されたティナと京姫みやこの戦いが、世界で戦うことの意識を高める良い起爆剤になったのは別の話。




2156年8月10日 火曜日

 午後のお茶どきを過ぎてティナが宇留野家をお暇する時間となった。

 門扉の前には出迎えの白いバスが停車しており、護衛のクラーラがティナの荷物を格納するため降車してきている。

 宇留野家の面々は、家族全員でお見送りである。誰もも名残惜しい心持ちであるが、だからこそ笑顔で見送るのである。


「みなさん、お世話になりました。もし、ザルツブルクへお越しになられる際はおっしゃって下さい。観光案内くらいは出来ますから。」

「こちらこそ宇留野御神楽流が世話になった。感謝してもしきれないよ、ティナちゃん。ありがとう。」

「ティナちゃんまた来てね。おばさんいつでも待ってるわ。気を付けて帰ってね。」

「ティナちゃんそれじゃね。楽しかったわ。ザルツブルクに言ったら絶対連絡するから!」

「ウィースッ! ティナちゃんまったねー! 流派に宿題もらっちってアゲみざわマシマシってよっ!」

「ティナの新しい技と戦えて楽しかったよ。それじゃあまた。学園で会おう。」


 またお会いしましょう、お元気で、と手を振り門扉前に停車したバスに向かっていくティナ。その隣に立っていたクラーラが宇留野家一同へ深々と礼をし、ティナの荷物を持って消えていく。

 宇留野家で迎え入れた珍客は、こうして次なる地へ旅立って行った。



 ――東京近郊。

 要人警護用転輪型装甲戦闘車が東京へ向けて爆走中。只今、県境で交通規制完了まで時間調整のため、路肩に停車中。


「姫、それは?」

「ソフィヤさん、気になります? これは京姫みやこの所から頂いた竹です。」


 ティナは、孟宗竹もうそうちくを50cmくらいに切り分けて数本貰ってきている。節から竹穂が出ているものもある。

 割り竹をして器にしたり、節のところで輪切りにしてコップにしたりと色々出来るらしい。特に弟がそう言った天然素材を使ったものを喜ぶのでお土産とするのだ。

 ちょっとネットで何が作れるのか検索中の姫騎士さん。


「素麺の器が出来るのですか! これは涼し気です! 作ってみる価値がありそうですね。」


 割り竹に氷と一緒に盛られた素麺が清涼感を伴い、いかにも美味しそうに見える画像がヒットしている。


「素麺は食べたことありませんけどね。」


 食べたことないのかよ。


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