03-011.Fest. それは特別ではなく日々の延長線である。

2156年7月23日 金曜日

 今日は最上級生達との別れを惜しむ、新たな門出を祝う、などの名目で学園が主催する卒業祭と呼ばれるパーティが屋内大スタジアムを会場に行われている。

 学内大会の打ち上げと同様に、学園側が準備するのは会場設営、屋台などの手配であり、ホストは生徒会が主導するのは変わらない。


 相変わらずアクティブな学園生達が屋台を出したり、ストリートパフォーマンスをしたりと街中の祭りと大差ないイベントとなっている。

 ドイツの祭りごとでは欠かせない生演奏は元より、肩車ならぬ肩に人を乗せ上下の人員が連携するジャグリングなどサーカス一座と見紛うレベルの技を披露する者がチラホラ。

 ピエロ、と言うよりクラウンが軽口を撒き散らしたり、着ぐるみの徘徊、異様に完成度の高い仮装コスプレや民族衣装などでいろどりを添えたりと、学生が主体となった催し物とは見ただけでは判らない。


 また、学園生が組んだ特設ステージは、5分10分単位でスケジュールが丸1日分ミッチリと埋まっており、珍しいことにヘリヤ現世界最強が舞台の予約を取っている。スケジュール表を見ると、最後のトリだ。

 観客席上部にある中央インフォメーションスクリーンとその両脇のインフォメーションスクリーンには、ステージの様子が表示され、どこからでも良く見える様に配慮されている。更にその脇にはスケジュール表と、今の催し物がどれであるか強調して表示されている。


 今回は、卒業する最上級生を歓待する催しではあるのだが、そこはそれ。お祭りごとが大好きな人種達は歓待を受ける側であっても自ら催しものを率先して行ったりするのだ。だから卒業祭と銘打っても、いつもと何ら変わらないのである。

 しかし、イベントの目的に沿ってのことなのか、今日は教員も参加し、催しごとにアクセントを加えている。

 

 生徒達からミーナ先生と呼ばれるギジェルミーナ・サバテルは、立体マップを持つ戦術教導用の機材を使ったシミュレーション対戦のブースを建てているが中々に盛況の様子。マップ上のデフォルメされた騎士がチョコマカと動く姿に生徒達の視線が知らず集まる。

 彼女は、騎士科の戦術基本や指揮教養や、スポーツ科学科のコーチング理論やスポーツ科学理論等、幅広く教導している。自身も第2世代後半から第3世代前半まで団体戦のチームを率いて活躍したランキング上位の元騎士シュヴァリエだ。


 電子工学科の教員なども、20世紀のゲームセンターを復古したブースを開き、8bitや16bit時代の据え置き型筐体を再現して並べている。今の時代、左右のみ動くジョイスティックやボタン2つのみとシンプルなインターフェイスは新鮮な様で、こちらも人の出入りが激しい。


 壁側だけでなく中央にも店舗が出店しているため、屋内大スタジアムに2本の道が出来ている。それを上から眺める様に、観客席にもカフェなどが出店されていたりとステージ上の催し物をまったりと見る者や、眼下の喧噪を見ながらのんびりしている者など様々である。観客席上部のスクリーンにイベント系の屋台などの様子も映されており、それを眺めるだけでも十分楽しめる。



「へい! らっしゃい!」

「陣さん、ネギマと砂肝、それとカワを2本ずつ塩で。」

「あいよー! ちょいとお待ちー!」


 髪を結い、浴衣を着た艶姿の京姫みやこが焼き鳥屋台で引っかかっている。炭で焼ける脂と醤油の匂いが香ばしい。これがイカ焼きや焼きトウモロコシであったら日本の夏祭りと言った風情であるが、周りを見渡せばカリーヴルストカレー味ソーセージの屋台やFürstフリュストの元祖モーツァルトクーゲルが屋台販売していたりと、どちらかと言えば焼き鳥がイレギュラー系に含まれると直ぐ判るだろう。

 この焼き鳥屋台、日本ヤパーン組の学園生が出しているのだ。騎士シュヴァリエ京姫みやこ小乃花このかだけだが、他の学科に日本人は6名在籍している。この屋台を開いているのは焼き鳥屋陣内の息子で、通称「陣さん」と呼ばれている運営科4年の生徒である。ひょんなことから最近、実家で使っていた炭火焼き器と同製品を手に入れたことによる出店だ。

 ちなみに、火を使う屋台には吸煙機が搭載されるので、会場が煙まみれになることはない。


「へー、Yakitoriの屋台ですか。この辺りには在りませんから珍しいですね。」

日本リーベンの串焼き小さいヨ。」


 京姫みやこから焼き鳥――ドイツでもYakitoriと言われる――を分けて貰っている彼女達の姿もいつもと違う。

 ティナは公爵家のティアラと胸元がガッツリ空いてスリットが深く入った白いマーメイドドレス。身体のラインが良く判る造りのため下着を着用しないタイプであるが、これでもフォーマル。

 花花ファファが絹の光沢をもつ青く丈が長い旗袍チャイナドレス姿なのだが、彼女自慢の脚線美が良く見える様に服の両脇がゴッソリ布地が無い。男性向け歓楽街の従業員が着ていそうだ。


 着ぐるみやら仮装コスプレが居る自体で判ると思うが、このパーティは私服OKだ。むしろ制服を着ている者の方が仮装コスプレしている様に見える。

 中国ヒーナ組の旗袍チャイナドレスと漢服(スカートと上衣のツーピース)、日本ヤパーン組の浴衣姿と、各国の民族を現す衣装を纏っている者の数が多い。ベリーダンサー(ラクス・シャルキー)やインドダンサーが纏う水着の様な衣装は民族衣装とはちょっと違うだろう言われそうだが、そもそも仮装コスプレしている者も多いため些細なレベルになっている。


 民族衣装と言えば、攻城戦で防衛側の射手を務めたララ・リーリーが銀細工や翡翠、瑪瑙のアクセサリーをふんだんに纏っている姿はホピ族の末裔であることが伺える。何より、ホピ族の未婚女性の髪形「Squash blossom」と呼ばれる頭の両脇に華が咲いた様に髪を結っているのが特徴的だ。その彼女は、いつもの様に豪快な量の肉が刺さったバーベキュー串の屋台を出している。


 ストリートパフォーマーに紛れてテレージアが人形繰りをしているのが見える。彼女の従騎士エクスワイヤ二人がバンドネオンとマンドリンで伴奏をしていた。


「あら、テレージアはとうとう人形遣いだと明かしたようですね。」

「ん? あれが前に言ってたマリオネットの話か。」

あれ! 何かスゴイ器用ヨ! Duel決闘ヨ!」


 一人で操ることが出来るマリオネットは通常、人形1体に付き繰り板2枚の構成となる。テレージアのマリオネットは繰り板が1枚なのだが、5つの指環で複雑な操作が出来る様カスタマイズしたものを使い、片手で1体ずつ、計2体を同時に操作しているのだ。そして、騎士シュヴァリエ姿のマリオネットが迫真の演技でDuel決闘を再現している。


「いや、あれは見事だな。プロと言っても差し支えないぞ。」

「お金取れるヨ~。商売出来るヨ~。」

「ですよね。ザルツブルクのマリオネット劇場に演目が上がっても良いレベルです。」


 彼女の周りに集まっている観客の数を見ればその腕前の程が判るだろう。と、同時に「あのテレージアが!」と言う意外性も、観客を驚かせている一因であろう。

 人形のコミカルな動きに笑いを誘い、リアルな剣技が感嘆を呼ぶ。皆、暫く見入ってしまう程だ。


、そろそろワタシの舞台ヨ。着替えなきゃヨ! 行ってくるヨ!」


 やはり花花ファファは今回も舞台に立つ様だ。そそくさと人混みの隙間を縫ってあっと言う間に消えていった。


「あら、声を掛ける間もなく行ってしまいましたね。」

「随分慌ててたな。ん? スケジュールだとまだ30分以上時間がありそうだぞ? 」


 ステージの演目が表示されているスクリーンを見た京姫みやこが首を傾げている。

 その疑問は花花ファファの演目で理由が判った。


 白塗りの派手なメイクに時間がかかったのだろう。黄色い上下の衣服で棍を回す花花ファファ。いつもの演武と異なり京劇の西遊記から大鬧天宮の一部を抜粋して来た様だ。

 どちらかと言えば曲芸に近い技術が必要になるのだが、棍の先に剣の鍔を引っ掛けてクルクル回したり、棍を縦横無尽に回転させるなど、通常では見たことがない技の数々を披露していた。オーバーリアクションが基本なのだが、見せ場の戦闘シーンは劇の殺陣たてではなく、競技レベルの殺陣たてであったため、場も随分と盛り上げていた。


「京劇をするとは思わなかったな。生では始めて見るよ。」

「言葉では知っていましたがサーカス劇の様でしたね。花花ファファも何気に出来ることが多いですね。」


 その色々と出来ることの多い中華娘娘ムスメは手にバーベキュー串を持って帰ってきた。

 ララ・リーリーの屋台に立ち寄って豚串を手に入れた様だが、相変わらず肉の量が多い。


「使ったカロリーはすぐ補給ヨ。遅れるとダメヨ。」

「戻って来て第一声がそれか。」

「そうですよ。水分補充の方が先だと思いますよ?」

「ティナも何言ってるんだ。」


 天然娘にツッコミをする姫騎士もボケ担当の様子。ツッコミは京姫みやこで安定と言う図式である。

 ワイワイと騒がしい三人娘だが、ステージから聞き逃せないアナウンスが聞こえて来る。聞き慣れたウルスラの声ではあるが、その内容が問題だ。


『それじゃ、みんな~。5代目総受け君と6代目総受け君がクラッシュ的瞬間のお披露目だよ~。中央スクリーンに注目~。』


 思わずギュルンと音がする程の勢いでスクリーンに振り返るティナ。まさかの不意打ち。公開対象でないと思って安心していた映像がやって来たのだ。


 そこに流れる映像は、総受け君が破壊されるまでの記録。探検隊が驚愕の何かを発見する様な真面目にふざけたナレーションが良いアクセントになっている。画面効果や書き文字、アップや止めが頻繁に使われており、B級番組のノリで所々にチープ感を出すなど無駄に技術が高いのがティナのかんに触る様で、注意深く聞いていれば小さくチッと舌打ちしているのが判っただろう。


『――我々はとうとうその瞬間を目にすることになった。そこには驚くべき事実が!!』


 などとナレーションが入り、花花ファファが5代目総受け君の鳩尾みぞおち辺りへ軽く手を当てている瞬間である。「それじゃ、やるヨー」と映像の中の花花ファファが軽く言った後、自立する様にボーンが組み込まれ、簡易だが騎士シュヴァリエの動きが再現出来る5代目総受け君が力なく崩れ落ちる。

 上半身が意味もなくバタバタ動き、右腕を空に向けて上げたところでピタリと止まる。その腕もクタリと力なく肘関節が逆方向に倒れ込み以降はピクリとも動かない。「制御信号ロスト!」「機能停止してます!ありえない!」などなど、映像から聞こえてくるアバター担当達の声は明らかに焦りと驚愕であった。

 アバター担当が総受け君の状態を確かめるためボディを持ち上げようとしたところ、ボディの大部分を構成する衝撃吸収材がボロボロと剥げ落ちていく様子に信じられない表情で固まっていたり、ナレーションが担当達の心境を代返するかの様な抑揚をつけた語り口が良い味を出している。


「アノ時、みんな大慌てで面白かたヨ!」


 その原因を作った犯人は呑気に笑っているのであるが。


 総受け君は衝撃吸収材のボディを持つため、トラックに撥ね飛ばされても壊れることはない強度を持っている。実際、強度実験でトラックが跳ね飛ばした後、コントローラーで何ら問題なく起立させることが出来ており、破損個所も見当たらない検証結果が映像で刺し込まれていた。それと比較することで花花ファファの異常さ具合が際立つ映像造り。


 その後に、点勁てんけいが発動された際に衝撃が螺旋を描いて広がっていく様子など、中々に興味深い計測データが表示され、いつの間にか増えた視聴者が固唾を呑んでスクリーンから得た情報を頭の中で整理している。自分で許容できるレベルを超えて整理が付かないものも含めて、彼等彼女らは、6月祭の格闘戦で姫騎士がけいは禁止と言った理由が良く判った瞬間であった。


 次の映像は、その姫騎士がKampf格闘panzerung装甲を纏い、立ち技から派生する関節技を6代目総受け君に仕掛けているところである。


 それを見たティナは、笑顔であるが額に青筋が出ていそうである。無言で静かなのが返って近付き難い雰囲気を醸し出している。


『彼女は肘を極めたら肘を折り、首を極めたら首を折る。まるで関節は折るのが当たり前と言う様に一切の躊躇がない。そして、それは折るだけではなかった――』


 6代目総受け君、――番組の中では6号と呼ばれている――から出された腕を絡め捕り、逆関節をかけて簡単にゴキンと折った低い音が流れる。6号の掌底攻撃を流れる様に手首を掴み、彼のてのひらをそのまま関節の反対側へ折る。

 場面が替わり、スライディングの様に滑り込んだティナが下から、脛から膝まで捕まえ、まず梃子の原理で膝を砕き、そのまま相手が倒れ込む勢いを利用し脛の側面に膝を押し当てて折る。そして、骨盤を突起が付いた肘で打ち壊し、辛うじて立ち上がった6号の首元に両足で飛びつき、6号が倒れて行く最中に頭を掴みながら膝の硬い突起部分を顔面に当て、彼が地面に到着した時にはその破壊力を全て受け止めて顔面が陥没。更に頭部に格納された制御機器が圧迫されてブバッと飛び出る衝撃映像。


『ティナの打撃は殆どロスなく相手に打ち込んでる的。威力減退少ないから、ある意味計算は楽なんだけどさ~。』

『7代目を用意しといてヨカッタ的なー。というか何故関節を折るかなー。』

『え? 関節は極めたら折るのが当たり前じゃないですか。でなければ意味がありません。』


 そんな会話シーンまで挟んできた。ナレーションが驚愕を伝わる様、半分煽り気味に力強い口調になっている。何か物語の核心に触れた!みたいなノリで。


「いや、総受け君を壊したのは聞いてたが、実際に壊れていく様子は壮絶の一言だな。」

「イロんな壊し方あて、オモシロイヨ~!」


 京姫みやこが積み木を崩した程度の物言いなのは慣れであろう。花花ファファの台詞は既に別の目的になっているのはご愛敬。


『総受け君7代目はまだ無事的~。でも余命がどのくらいかは誰も判らない~。せめて私が卒業するまでは生き延びて欲しいよね~。』


 拍子抜けするウルスラの台詞で締め括られたが、映像が終わり周りの視線が痛いティナ。


「ふい~。余計なことを仕出かしてくれましたね、ウルスラ。ウッサウサ仮面マスクの名を広める時が来ました!」


 単なる八つ当たりである。


「何言ってるんだ、ティナ。これでも飲んで少し落ち着け。」


 京姫みやこからレモネードを渡されストローでズズズと吸い込むティナ。いつもと違い、音を立てるのを気にしないくらい内心は猛っているのだろう。


「はぁ~。取り敢えず落ち着きました。このレモネードなかなか美味しいですね。」

「良く炭酸を一気飲み出来るな。」

「ゲップ注意ヨ。ホラ、最後の舞台始まるヨ。ヘリヤの舞台ヨ。」

「ああ、もう最後なのか。意外とあっと言う間に過ぎたな。」

「最後にウルスラが燃料投下しましたけどね。」


 特設ステージは周りと比べて目立つ様に一段、と言っても1m程の高さを確保している。

 そこへ、ヘリヤが登場した。

 その姿を見たとたん、生徒達も驚きの声や疑問などを囁き合ったりとにわかに騒がしくなる。

 ヘリヤは、騎士シュヴァリエ装備で舞台に登場したからだ。

 そして、彼女だけではなかった。


 一緒に登場したのは、騎士科の講師であるアスラウグ。親子の入場である。

 しかし、アスラウグは騎士シュヴァリエ装備。

 つまり、ここには【永世女王】として登場していると言うことだ。

 予想外の出来事に、ステージは否応なく注目を集めている。

 舞台中央に立ったヘリヤが周りを見回したあと、楽しそうに口を開く。


『やあ。みんな楽しんでるみたいだな。あたしも卒業だから何か残せないかなーって、ちょっと我儘を言ってこの枠を取って貰ったんだ。』

『親子で騎士シュヴァリエ装備だけど試合をする訳じゃないんで、期待したのならすまん。』

『あたしの新しい技を披露しようと思ってね。その相手役に【永世女王】にお出まし頂いたんだ。』


 クスリと笑いアスラウグに視線を送るヘリヤ。


『私は、技を受けるだけよ? どんな技かも聞いてないから、これが初見で受ける技なの。あなた達に今日のヘリヤが記憶に残るといいわね。』

『そういうこと。初めて出すと言うか、つい先日完成した技だ。特に、世界選手権へ出る騎士シュヴァリエは良く見ておいてくれ。出来ればあたしと戦う時、対応策も練って来てくれると嬉しい。』


 騎士シュヴァリエ達は、気が付くとステージ前に集まっていた。騎士科以外の生徒が気を利かせて場所を譲ってくれているのだ。

 三人娘もステージのすぐ側までやって来た。周りには、今年の世界選手権大会に出場を決めた者達も居り、ヘリヤを見つめる目は真剣そのものである。

 それもその筈。基本技以外が苦手でフェイントすらしないヘリヤが新技を完成させ、それを披露すると言ったのだ。ならばこそ、それを見逃すとなれば騎士シュヴァリエの名折れであろう。


 ティナは、隣の京姫みやこが気を満たしているのを感じる。どうやらゾーン状態に入った様だ。花花ファファとティナはいつもと変わらないが。


『さて、準備は整ったかな。かあさん、いいかい?』

『ええ、いつでもいいわよ。』


 ヘリヤは剣を振る右腕が見え易い様に観客側から見て左に陣取る。そこでOchs雄牛の型を変形させ、片手で持った柄を肩口付近に置き、剣先を相手に向ける。右脚を前に出しているのも本来の型とは異なる。

 アスラウグは、右脚を前に出し、剣先を斜め下に向ける構えAlber愚者の型を取る。この型はイタリア式では防御力に秀でているとして頻繁に使われる。ドイツ式と比べて、剣の柄を身体に寄せているのが特徴である。

 共に騎士剣両手剣仕立てのヴァイキングソードである。ヘリヤの黄金色に輝く剣とアスラウグの白銀の剣が照明に当たり光が揺らめく。


『じゃ、いくよ。』


 その一言を放った瞬間、ヘリヤの気配が膨大に膨れ上がる。

 そこから右腕がブレた。

 キキキン、と強い力で金属をこすり合わせた音が響き、ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が鳴り響く。


『久しぶりに防ぎきれなかったわ。1年半振りかしら? 1本獲られたのは。』

『やっぱり、あたしはまだ届いてないか。1つしか当てられなかったよ。』


 辺りは静まり返っている。観客となった騎士シュヴァリエ達は誰も驚愕で言葉を発することも忘れている様だ。むしろ、何が起こったのか見えなかった者の方が多数だろう。


 ティナは驚きの余り、取り落としてしまったジュースのカップを拾う。まさかアレをやられるとは、と内心思いながら残念顔で母親と会話するヘリヤへ視線を向けた。


「あれはムリヨ。身体の反応より速いネ。見えててもけれナイヨ。」

「確かに。1つか2つ捌ければ良い方だ。」


 花花ファファは元から、京姫みやこもゾーン状態に入ったおかげで、ヘリヤの技が見えていた様子。ティナも当然の如く見えている。何せ自分が関係する技だ。


「(まさか5連突きと5連撃を合体させてくるとは思いませんでした。と言うか、アレを平然と捌きますか、アズ先生。)」


 ヘリヤが使った技は、ティナが奥義を使って必殺技にまで昇華した刹那の5連突きからヒントを得た技だろう。学内大会決勝で一度は模倣されたのだ。利き手とは逆の手で。

 そして、ティナは同じ個所へ突きを行うが、ヘリヤは5箇所全て違う部位に突きを放ったのだ。それは森の民が使う剣技の奧伝である5連撃の突き版である。

 その片鱗はホーエンザルツブルク要塞攻城戦イベントで顕れていた。ヘリヤはゲルトルーデ、カルラ、クリスティアーネの三人を相手に戦った時、彼女達を神速の3で同時にほうむっている。


 中央スクリーンには、今の技がスローで再生され、場内は阿鼻叫喚の坩堝るつぼに叩き込まれている。

 どう対処すれば良いのか早速論議を始めている者もいれば、絶望感漂う者もいる。


『みんな、見てくれたか? あたしが残せるものなんて、このくらいしかないからな。』

『6年間、世話になった。みんな、ありがとう。』

『あたしはよ。みんなが来るのを。』


 そう言って舞台から消えていくヘリヤ。その後からアスラウグが皆に手を一振りして去っていく。


「ティナはを何とか出来るのか?」

「厳しいですね。奥義の重ね掛けで何とか追いつけるかどうか。ただ、さすがのヘリヤもあれは連発出来ないでしょう。」

「そうネ。あれだけ気を膨らませたら暫くはガス欠ヨ。」

「私は技を出される時はほぼ決められるな。槍の懐に入られたら手の出しようがない。」

「技を出させないのが一番ですね。それか射程外に逃れる、ですか。」

「技出す前、気を溜める隙が一瞬あるネ。その隙に逃げるが勝ちヨ。」

「その一瞬でどこまで逃げられるか、だな。最早、正面から打ち崩すのが現実的ではない技だしな。」


 最後の最後にヘリヤが特大の爆弾を投下し、卒業祭は終了した。

 現世界最強の彼女は待っている。

 その言葉を騎士シュヴァリエとして受け止めるのならば向かわないと言う選択はないだろう。

 そこに辿り着けるかどうかなどは関係なく、目に見える頂きを示されたのならば。



「ヘリヤのおかげで総受け君破壊案件が霞んでくれました。」

「どうなることかとヒヤヒヤしましたが、実に良いタイミングでした。」

「MVPのヘリヤには後でザルツブルク銘菓詰め合わせを送りましょう!」


 ヘリヤの置き土産に騒然とする騎士シュヴァリエ達とは全く異なり、ティナはやっぱりいつものティナであった。


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