03-010.Produktion. 行動が現実へ影響する事象。
2156年7月12日 月曜日
白を基調とした半袖の夏服が夏の日差しを浴びて身体のシルエットを浮かび上がらせる。放課後となった15:00過ぎの現時刻でも太陽は強い光を降り注ぎ濃い影を生み落とす。
この時刻、ローゼンハイム郡にあるマクシミリアン国際騎士育成学園では、授業が終わり学園生達の帰宅風景が伺える。とは言っても、彼等彼女等は鍛錬や研究、アルバイトなどのために移動し、純粋に遊びに興じるのは今日を休息日に充てている生徒くらいである。
ティナは今日、アバターデータ更新のため電子工学科を訪ねる約束をしていたのだ。現在、彼等の学科が保有するアバターデータ調整ルームへ向かう最中である。
校舎西側にある施設棟へ向かう渡り廊下でふと立ち止まるティナ。見上げれば日はまだまだ高く、手で
「まさかウルスラからお小言メールが来るとは思いませんでした。相当ストレスが溜まっているみたいですね。」
そのストレスの元である姫騎士は、昨日夜分に届いた長文メールを悪びれもせず
先日、攻城戦のモーションデータを補完するために実演する日程を決めた際、世界選手権大会まではアバターデータを大幅に更新する様な案件は出さない、などと
そこへ来て、先日のエスターライヒ世界選手権選手選考大会にて、王道派騎士スタイルを元にした姫騎士スタイル(仮称)を披露したのだ。更にアバターチームの仕事を増やした。
3D格闘ゲーム
今の電子工学科は6月祭で公開した、「Épée et magie RPG」向け体感ゲームの
アバター更新を後回しにすれば良いではないかと思われるだろうが、優先順位的にはこちらの方が高いのだ。20年の歴史を誇る3D格闘ゲーム
目を離した隙にどんどん仕事を増やしていく
アバターデータ調整ルームの奥、ウルスラのいるモーションデータ取得室は、プログラムチームが死屍累々としている開発ブースを通り抜けた先にある。
誰かさんに仕事を猛烈に増やされたプログラムチームのジト目を
「ウルスラー、いますかー。打ち合わせにきましたよー。あら、随分
「のんきか~。こっちはスケジュール調整が大変的。もーホントに大変。」
テーブルの上にはA2サイズで印刷されたスケジュール線表が広げられ、色とりどりのペンでコメントが大量に書き入れられている。余りに細かい遣り繰りが必要となったため、ARやMR表示では追い付かなくなったのだ。書き込まれたメモ以外にもポストイットやノートの切れ端まで貼り付けられて所狭しとスケジュール調整をした形跡が見られる。
完全に他人事で、大変ですね~、と覗き込んでいる姫騎士さん。
「おやおや~? 私の名前でカテゴリが造られてますね~。」
「ティナのアバターはタスクを別にしないと管理出来ない的。だからコレ以上は増やさないで~。」
そう言いながら力なく笑ったウルスラの様子が彼等の状況を良く表している。
卓上の線表には、ティナの名前でカテゴリが設けられ、アバターのモーションデータ関連だけで項目が9つ、プログラム開発系の項目が7つ、仕上げやデバッグも項目が別に分けられており、販売系のタスクは別途と記入されて別のスケジュールにリンクされている様だ。
「タスクが随分多いですね。それも期間がタイトです。」
「ダレかさんがバカスカ新しい技を出すから的? プログラム作るのに詳細な身体可動データがまず欲しい的~。」
「ああ、
「そう、それ~。あとで着てみて~。センサーの位置調整する的だから~。」
昨年、
実際、このスーツを作成したことにより、同じ技を使う
今回は、モーション的には既存のデータと誤差レベルの違いなのに計測されたダメージデータが全く違う身体運用をティナがやらかしたため、より詳細な身体可動データを取得する必要があるのだ。
「おお、廉価スーツより肌触りも良いですね。着心地も中々です。」
「それ、お金かかってる的だからねー。ウッサウサ増量中だよ~。」
「いえ、ウサギのお頭付き敷物を突き出されても困るのですがって、その白いの
「これ新作的な~? 狩場にいたから狩ってきた~。この辺で白いの珍しいよね~。」
「
ドイツのウサギは「
ちなみに、ヨーロッパの食卓に上がるウサギは
「食感は意外と固かった的~。」
「ああ、野生の
「季節的に早かった的? 燻製にして残業組に振舞ったよ~。残業組に~。」
ここでティナが意図的に避けていた話題が舞い降りた。
ウルスラからのメールでフル稼働中のアバターチームに更なる労働を強いる原因となっているティナは、その件については触れることなく終わらせるつもりだったのだが。
と言う具合に、プロジェクトで責任分界点を分ける部署の様に、自分は関係ないですよ?、と高みの見物を決め込んでいたのだった。
「はぁ~。そんなあからさまに言わなくても。私は
「責める訳じゃないけどさー。暫くは新技無い的って言った矢先にコレだからねー。」
「
「えーと、『何しろ私も初めて使う技法でしたので』的な?」
「……。」
「『何しろ私も初めて使う技法でし「判りました! 私が悪かったですから!」ので』あら、そう?」
当然、エスターライヒ世界選手権選手選考大会で試合中の台詞はマイクパフォーマンスとして動画にキッチリ音声が乗せられているので、不用意な発言は控えた方が良いと言う教訓である。
「で、ドイツ流的に見せかけた技の正体はー?」
「根っ子は攻城戦の身体運用と変わりませんよ…。」
「んー、じゃ、6月祭の格闘的なのはー?」
「それも同じです。
「ふむふむ。じゃあさ。アバターに実装済みの格闘術でも同じことが出来る的?」
「ええ。もちろん。」
「そーかー。なら武術プログラムは1本でいけそう的な? おねーさん安心したよ~。」
場合によっては複数の武術プログラムを造らなければならない可能性があっただけに、ウルスラの表情が安堵に染まる。しかし、最悪のケースを回避しただけであって結局のところ楽になることはあり得ないのだが。
「とりあえず、明日から戦闘の再現でデータ撮り的なスケジュールでお願いねー。」
「それは良いのですが…。スケジュールが年度終業の前日までなのは変わりなく?」
「変わんないねー。そのくらいかかる的な。むしろ糊代が入れらんなかった的。」
通常、スケジュールと言うものは想定外の事態や関連する他のスケジュール遅延を考慮して、ある程度のゆとりを
「そだねー、今日も少しデータ撮ろう的な? 根っ子が同じなら基本的な動きをまずはプログラムチームに渡したいからねー。」
「今日は打ち合わせだけの筈だったのですが…。いいえ、何でもありません。」
ウルスラのジト目に押し黙るティナ。一応、やらかしている自覚はあったようだ。
フィンスターニスエリシゥム
モーションデータ取得室の隣に併設されたデータ室で、複数のモニターへ次々と表示されるモーション画像とセンサーが取得して合成された力の流れや各種数値を見ながら叫ぶウルスラ。
「なにこれ! ムチャクチャ的~! 関節ごとで力が生まれてる! この重心が極端に変わるのがキモチ悪っ!」
「ちょっと、ウルスラ! 気持ち悪いはあんまりです! と言うか、力の動きを可視化したことありませんから気になりますね。」
結局、この日は2時間程、基本動作のデータ撮りをして終了。
実際に可視化されたデータを見つつ、「へー、こんな動きになるんですね」と何とも呑気な姫騎士さん。
その「こんな動き」が記録された一次分析をかけたデータをウルスラから貰ったプログラムチームが悲鳴を上げることになるのだが。
これ、常人の動きに当て嵌められない――と。
その結果、3D格闘ゲーム
後日の話ではあるが、彼等は通常では在り得ない数値を叩き出す姫騎士の技が日々蓄積される超イレギュラーなモーションデータにウンザリしながら開発は困難に見舞われる。そして夏季休暇に帰省しない電子工学科の生徒達は巻き込まれ学園内を根城にする羽目になるのだった。
そう。姫騎士さんの武術プログラム、当初予定の何倍もの難易度だったのだ。だからスケジュールを夏季休暇にずれ込ます必要が出たのだった。
その甲斐あって、10月の第2週に始まる冬季学内大会までに間に合わせたことは十分に称賛され、かなり高い評価を受けることとなった。
彼等がデスマーチ気味に造り上げたプログラムは、単なるパッチとして配布されるものではなく、姫騎士専用のフィンスターニスエリシゥム格闘術プログラムとして別販売となった。電子工学科が持つ門外不出のブラックボックスのデータも一部流用しなければ実現できなかった類を見ない武術プログラムは、後世でも最高傑作の一つと長く評価されるのである。まぁ、このプログラムを適用される者が新入生として入学してくるのだが、それは別のお話。
それよりも今回の開発に携わった学生達には、学科の単位を多く補填されたことで報われた様だ。
そして、激動の期間を乗り切った彼らは近い未来に起こるだろうことを予測ではなく理解した。
あの姫騎士、世界選手権大会で絶対やらかす、と。
時間は現在に戻る。
「そうそう、ウルスラ。王道派騎士スタイルを元にした技ですが、「姫騎士スタイル」のカテゴリーにして売り込めませんかね?」
「んー、専用技みたいって言うか、ティナにしか使えない的だからその方がいっかな。青く光る鎧は名前決まったー?」
「前の系列から、姫騎士
「お? 予想外にシンプル。同系列的で揃えるカンジかー。あの青く光るヤツも格闘パーツあるんでしょ? それは夏明けてからだねー。」
「さすがに今回に混ぜてくれと言う程鬼ではないですよ?」
「あはは、既に一部から仕事を増やす悪魔って呼ばれてる的だけどねー。」
「……。」
物凄い渋い顔を晒すティナ。自業自得なので反論すら出来ないのも仕方がないのだが。
「ともかく、売りは「姫騎士スタイル」を前面に持っていきたいですね。」
「それウリにするんだー。アバターはエロタイツとミスリル鎧で2つに、ティナ専用プロフラムで製品は都合3つかな。旧アバターデータとも組み合わせたセット販売がメインねー。」
「エロタイツって…。気にしない様にはしてましたが言葉に出されるとアレな感じですね。まぁ、元がインナーなので仕方ありませんが。」
10月の冬季学内大会では
ちなみに、ティナが夏季休暇で日本に赴く際、現地で販売するスペースと日程が確保されていることから姫騎士さんの店頭販売用アバターを2種類2000ずつの計4000個を現地で3日間売り捌く予定である。
「ところで、ゲーム上は武術プログラムをどうやって切り替えるんですか?」
「んー? 最初から選択式にする的な? ゲージ貯めるやらの途中分岐にすると破綻するからねー。」
「じゃあ、既存のモードとは別にキャラクターが増える感じですね。」
「そうそう。だから選択出来るキャラクターの数はティナが1番多いことになる的~。」
1000を超えるアバターの中で、何かに特化しているタイプはユーザの目に止まり易い。それがゲームや
だから意図せずアバターが数の利を得ることとなった姫騎士さんはこう思うのだ。
しめしめ、と。
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