03-005.Kampf. 人の技。

2156年6月25日 金曜日

 6月祭の2日目。露店など販売系の店舗は昨日と変わりがないが、今日はプログラム進行がガラリと変わる。騎士育成を行う学校ならではの騎士シュヴァリエによるイベントがメインに据えられる。会場は屋内大スタジアムと屋内中スタジアムでそれぞれ開催されているのだが、やはり通常とは違った趣向の催し物である。


 屋内中スタジアムでは、Chevalerieシュヴァルリの前身であるユーザー参加型アミューズメント「Épée et magie」から派生した自身の身体を使ったRPGゲーム「Épée et magie RPG」が遊べる様に競技エリア全体にホログラムが構築されている。

 「Épée et magie RPG」とは、Chevalerieシュヴァルリにも使用されている根幹システムである「Système de compétition Chevalerie」、通称SDCをゲーム向けにカスタマイズした物を基本エンジンとし、各ソフトウェアベンダーがエンジンへアプリケーションを上乗せする造りでリリースする。コンピューターのOSとインストールするソフトウェアの関係と似た様なものである。


 今回のゲーム部分は、電子工学科が一般リリースに向け調整中のβ版プログラムを使用している。騎士育成学園ならではの仕様としては、学園で版権を持っている騎士シュヴァリエのアバターデータをNPCデータとして使うことが出来る点が最も大きい。ユーザは今まで購入したアバターデータがそのまま使えるのだ。


 「Épée et magie RPG」は最大6人の編成にてゲームを攻略出来る様に難易度調整されている。一般のスポーツと同様、一緒にプレイするメンバーが必要になるため、人員が不足する場合はAIが実装されたNonPlayerCharacter、つまりNPCで補うこととなる。どのソフトウェアベンダーも会社独自の特徴があるNPCが用意されるのだが、電子工学科がリリースするのは3D格闘ゲームなどでも評価が高い騎士シュヴァリエ本人に近い動きが出来る高性能AIが実装される。

 その上、この学園が今までリリースしたオンライン系のRPGゲームは非常に難易度が高い。レベルやステータスのゴリ押しで進めることが出来ず個人の技量と立ち回りを要求される、所謂死に覚え系のジャンルに類するものだ。騎士シュヴァリエアバターを利用した場合を想定し、その仕様を体感系ゲームに持ってきたのだ。余りの難易度の高さにユーザーフレンドリーではないなどの否定的意見もあるが、業界やゲーマーからは今最も注目を浴びているタイトルの一つである。


 今日は、学園の騎士シュヴァリエ達30名程がNPCの代わりを務める。それも今年卒業をする6年生を筆頭に上級生組で構成しているため、高い技量を間近に見れるチャンスとあって「Épée et magie RPG」のプロチームなども客として参加するなど、かなり盛況である。

 このゲーム、広大なスペースがあればオープンワールド形式で全てのマップがシームレスに繋がったエリア表現が出来るのだが、屋内中スタジアムがMêlée殲滅戦コートを1面用意できる70m×50mの競技エリアを持っていたとしても、如何せんマップの全てを表示することは不可能である。こういった場合はエリアの切り替え場所に到達すればマップが切り替わる方式となる。

 RPGゲームなので敵キャラクターが存在するのだが、切り替わり直後敵キャラクターが配置されているマップだった場合、5秒間は敵がこちらを察知しない仕組みである。道中のショートカットを開閉しながら探索を行い、拠点となるセーフエリアを見つけてボスを探して挑み、勝利すれば次のマップエリアへ切り替わると言うのがゲームの流れである。

 そして、敵キャラクターは初っ端から出て来る雑魚キャラクターと言えども、気を抜けばレベルが高かろうが取り囲まれて嬲り殺されるなど、強くなっても一向に気が抜けないゲームである。

 持ち込み武器もゲームが用意する武器も現実に即した威力や強度となっており、コマンド入力式のRPGゲーム時代によく見る後半にキャラクター共々インフレを起こしたパラメータになる武器はない。あくまで自分の身体を動かしてプレイするからだ。


 さて、長々とゲームの説明をしたのは、このゲームで事前に騎士シュヴァリエ達がクリア時間までのリアルタイムアタック、要はRTAを実施しているからだ。

 スタジアムの中央大型インフォメーションスクリーンには、RTAの順位とクリアタイムが掲載されている。

 ソロ部門のトップはヘリヤである。彼女の通り道を塞ぐモブ雑魚キャラは全て殲滅され、65分のクリアタイムである。2位と10分以上も引き離す堂々たる表示だ。

 2位にはティナが入っている。対集団の殲滅力はヘリヤより上であるが、彼女はある程度ストーリーを追ったため拾えそうな範囲のイベントなどを回収してたので時間がかかった様である。

 3位以降は更に10分、15分と遅れているが、ベスト5に入るものはそれでも100分以内にクリアしている。繰り返すが、6人制を前提としたゲームをソロでクリアしているのである。

 さすがに初見でRTAの最適タイムを出すのは不可能に近い。参加者の騎士シュヴァリエ達は、全員2、3度程度を周回し、攻略パターンを掴んでからのタイムアタックである。事前のネタバレなどもしていない。

 それでもゲーム実況者やプロチームから見れば信じがたい記録である。


 基本的に、このゲームの難易度であれば、「Épée et magie RPG」のプロチームであろうともギリギリ100分を切れるかどうかの難易度である。それはフルメンバー6人にて実施した場合だ。それを鑑みると、如何に騎士シュヴァリエ達の戦闘力が高いかが伺える。プロチームもNPC替わりのキャラクタに騎士シュヴァリエを幾人か参加してもらい、その戦い方を学ぶなどの良い機会であった様だ。ゲームなので敵キャラクターへの攻撃制限を解除された騎士シュヴァリエがどれだけの戦果を上げるものなのか肌で体感することが出来た。自分達では気付かなかった技術や個としての立ち回りなど、改善点を見つけられたチームなどはかなり満足していた様である。


 2日間に渡り屋内中スタジアムを占拠していた電子工学科は、来るべく新製品の宣伝として成果を上げられホクホクである。


 子供向けにも屋内小スタジアムを1棟使い、ファンシーな背景と敵キャラクター、扱う武器も玩具の様なファンシーさで恐怖感が出ない様配慮された親子で参加が可能な造りとなっている。引率の騎士シュヴァリエも子供の扱いが上手い者やイベントアクターとして能力が高い者がスタッフに選ばれている。


 ティナの弟であるハルは、母ルーンとお供にメイドのエレを引き連れてファンシーな敵キャラクターを次々とポリゴンに変えている。母が玩具の剣、リアルメイドが玩具のナイフで、ハルが打ち漏らしたり気付いていない敵キャラクターを視線を向けることなく倒していく様子に、引率した騎士シュヴァリエも顔を引きつらせていたのが印象的だ。


 ハル達はのイベントを見に来たのと、明日の新製品発表記者会見があるため、三人娘をそのままザルツブルクへ連れて帰る算段である。



 さて、ところ変わって屋内大スタジアムでは、騎士シュヴァリエ達によるChevalerieシュヴァルリ競技に正式登録されていない形態の競技を幅広く取り入れ観客を楽しませている。

 例えばDuel決闘なども変則ルールで2対2やタッグマッチ、競技面の両端に陣地を置き掲げられたフラッゲを先取した方が勝利となる陣取り戦、競技面の対角に高さ3mの櫓を立て攻撃対象外の弓兵を配置し、降り注ぐ矢の中で戦うことを強いられる特殊ルールの集団戦、MR表示で森林オブジェクトなどの障害物だらけの中を勝ち抜くサバイバルルール等、いつもとは一風変わった競技種目に、見る者を大いに沸かせたのである。

 一部の競技は、そのままChevalerieシュヴァルリに組み込んでも良いのでは、と思わせる完成度を誇っていたりと、この催し物は学生主体で作られたお祭りだと言うことを忘れてしまう程であった。


 そして。

 本日のメインイベントが開催される時間となった。

 騎士育成学園であるのにメインイベントがChevalerieシュヴァルリの設備であるSDCの機能も全く使わないリアルな格闘戦と言うのも珍しい。むしろ、技量の高さとエンターテイメント性を実際に見た小乃花このかが強力に推したからこそ、初の試みがメインイベントとして採用されたのである。


『みなさま、お待たせいたしました。これより選手の入場です。』


 場内アナウンスが響き渡り、観客席の騒めきが選手を迎え入れる歓声に変わる。この試合に関しては解説者が付かない。誰も格闘技に精通し解説を行える者がいなかったからだ。中国ヒーナ組である楊式太極拳競技選手のイャォ美羽蘭メイユーランにも声はかかったが、実戦の技に対しては解説不可と辞退している。

 そして、審判役も不要であると出場者から申し入れされている。勝敗や試合の止めどころは彼女達が決めるため、他者の判断に委ねないからだ。どの道、に則した格闘技の審判を出来る者も学園生にはいない。


 屋内大スタジアムの長辺側にある入場口から二人は現れた。

 まるでボディペイントでもした様に身体のラインが丸判りとなる真っ黒な全身スーツは、首元と手首、足首までを覆っている。素肌を現している箇所は、格闘技用のオープンフィンガーグローブを手に嵌めているだけで、素足に素顔のままとなり、防具の類は一切ない。

 観客席上部に設置されている30枚あるインフォメーションスクリーンには二人の姿が様々な角度、遠景、近景などで表示されている。騎士シュヴァリエ装備でない珍しい出で立ちと、彼女達の姿が予想以上に艶めかしかったらしく、観客席の男性からは一際歓声が上がっている。

 二人とも長い髪を結ってあり、ティナは後頭部に纏めるシニヨンで、緑の宝石をあしらった髪止めが簡易VRデバイスである。花花ファファは両側頭部へお団子に纏めた髪止めがこちらも簡易VRデバイスとなっている。今回、簡易VRデバイスは二人の声を拾うマイク代わりに装備しているだけで、ダメージ判定やホログラムとの同期等を行うものではない。


「ねぇね~! ふぁ~ふぁ~!」


 観客席の喧噪に混じって可愛らしい声が聞こえてきた。可愛い弟の声を二人が聞き逃すことはない。

 ティナと花花ファファは振り返ると、エレに抱きかかえられたハルが最前列で手を振っていた。二人は声を掛けてくれたハルに笑顔で手を振り返してから、弟を背にして競技場へ並んで歩いて行く。


Grüß Gottこんにちは、ご来場の皆さま。本日はようこそおいで下さいました。』

『コンニチワヨ! みんな、良く来たヨ!』


 このスタジアムの丁度中心となる場所で、騎士の礼を取るティナと手を振りながらピョンピョンと跳ねる花花ファファ。ある意味いつも通りである。解説者も審判もいないので彼女達が観客席に声を届ける役目も担っている。


『今日のメインイベントは私、【姫騎士】フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルクと、』

『【舞椿まいつばきチェン透花トゥファヨ!』

『この二人で模擬戦を執り行います。』

『マクシミリアンで初のイベントヨ!』

騎士シュヴァリエを育成する学園で、Chevalerieシュヴァルリ競技で扱われない格闘術をメインイベントに据えるなんて随分思い切ったことをしますよね。』

『そうヨ。面白いことスルネ! ワタシの技、タクサン見て貰うヨ!』


 呆れた感のティナと喜色満面の花花ファファが対照的だ。気を取り直してティナが口を開く。


『まずは私達の格好ですね。このスーツ、かなり薄手ですが衝撃吸収素材で出来た軍用のインナーです。』

『薄いケド、かなり衝撃吸うヨ。痣とか出来ないヨ。』

『では、ルールを説明します。と言っても、いつも組手をする時のルールですけどね。まず、中国拳法の相手へ攻撃するけいは全面禁止です。後は拳による顔面への攻撃は寸止めです。』

『実戦形式の散打組手ヨ。アバターの技、実戦だとどう使うか良く判るヨ!』


 観客席がどよめく。格闘技の試合を見たことのある者も、縛りが殆どないそのルールに驚きを持っている。

 花花ファファの拳法はアバターにも実装されており有名であるが、今回は騎士シュヴァリエが使う武術と言うことで、見栄えの良いお遊び要素を前面に押した催し物だと誰もが思っていた。しかし、ルールがけいと顔面への直接攻撃以外、設けておらず、花花ファファが放った「実戦」と言う言葉、そして模擬戦の終了は彼女達の判断で決定するため、実質無制限であること。想定外の内容が観客を驚かせたのである。


 ちなみに、浸透けいと言う言葉。これは和製言語で、実際にけいの技で浸透と付くものはない。ただ日本国内では寸けいなどの外部へ発するけいを浸透けいの呼び名で広く伝わったため、イメージが固着している。このお話でも判り易く伝わるので浸透けいの言葉をしばし使っている。


『じゃ、始めましょうか。』

『そうネ。』


 彼女達が組手をするいつもの軽いのりで言葉を交わし、二人は互いに距離を取り正対する。


 花花ファファは、肩幅に脚を開き、両手をゆっくり肩の高さまで正面にあげ、その両手は肘を曲げ腰だめにゆっくりおろす。いつも組手で始める準備の型、起勢チーシーである。そして、その型に入るまで大きく息を吸い、吐き出すと言ういつもと違う動作が入り、一つ上の高まりを見せていた。

 ティナはトントンと軽く跳ねた後、自護体にはいる。特に構えなどはなく、外からは棒立ちに見えるのだが、全身に満遍なく力が入っている状態だ。しかし、花花ファファの高まりがいつもよりも上がっていることを肌で感じ、1段階身体運用を引き上げる。攻城戦で使った、個別に発生させた関節の回転を一つに纏める技術を体術に組み込む。


『今回は呼吸法も入れるヨ。ティナも一つ上出してイイヨ。』

『そうですね。バランス的にはそのくらいでしょうか。』


 いつもと変わらぬ二人の間には、これから戦うと言う雰囲気は見えない。見る者が見れば、二人に力がみなぎっているのが判るだろうが、それでも双方の戦意を見出すことが難しい。が当たり前の様に何気なく二人は佇んでいるのだ。


 前触れもなく花花ファファが動く。観客も花花ファファがいつ動いたのかも判らず、ほんの一瞬でティナの懐まで飛び込んでいたことに度肝を抜かれる。


 花花ファファは、ティナの軸足の脛へ正面から前蹴りを仕掛ける。

 ティナは、その前蹴りの威力が乗る前に軸足を切り替え、狙われた脚で蹴りを迎撃する。脛で受け止めた花花ファファの足裏を押し出す様に蹴り抜くことで、花花ファファが蹴りを出すために取った姿勢を崩しにかかる。


 しかし、それは読まれていた様で、逆に体重を掛けられ脛を踏み台に、もう片方の脚が下から顎を目掛けて吹き抜ける。ティナは脛を更に押し出し、花花ファファの身体を自分から離すことで下からの蹴りをやり過ごしたのだ。花花ファファは吹き抜けた蹴りの勢いをそのまま使い、後方へ宙返りしてティナと距離を取る。


 花花ファファの着地点に今度はティナが強襲を掛ける。

 タタン、とが音を立て一気に花花ファファへ近づくが、正面から左側面へ音もなくステップする。左脚で踏み込んでいると見せかけるために左足に音を出していたのだ。

 花花ファファの真横から腕を絡め、首を極める動作に入っていたティナだったが、花花ファファは、右肩と右腕を一つに固めて靠撃体当たりで返してきた。無論、そのタイミングでティナの右脚を膝の裏を掬う様に狩っているため更に倒れ易い体勢に崩す。


 簡単に転がされながらティナは、花花ファファの軸足へ下から足を延ばして巻きつけ、狩られた右脚を梃子役に使い、膝を極めにきた。花花ファファは左脚を捻る。纏絲てんしを纏わせた捻りはティナの抑え込みを弾き飛ばし、脚を容易に引き抜く。

 その挙動に追従する様に、ティナが身体全体を伸ばす様に使って下から花花ファファの顎へ向かって蹴りを繰り出す。軽くスウェーで回避したが、ティナの足は自分の頭より高い位置に留まっている。ティナは蹴りの勢いも合わせて逆立ちした格好になっていた。


 そこから花花ファファの肩口に1発、反対側に1発の蹴り下ろしが降ってきた。

 脚が1本の蹴りであれば捕まえるのが容易いが、2本となると片方を掴んだところで急所に蹴りが降ってくるなど、攻防で上を行かれてしまう。ティナの蹴りは片手で1本づつ掴める程容易なものではない。だから両方とも腕を交差して受け凌ぐ。それと同時にティナの頭部を下からち上げる様に蹴りをる。

 そのティナは逆立ちの姿勢から、花花ファファに両腕で受けられた脚の反動を利用し、空中前転をして3歩分離れた。


 奇しくも両方の攻防は宙返りで距離を取る結果となった。


 困惑しているのは観客席だろう。二人が急に接近して何かをした。見て判ったのはそれだけだった。インフォメーションモニターから今の交差をスローモーションで流れ、ようやく複数の技のやり取りがあったことが判ったのだ。

 見たことのない技術を目にした観客は大いに沸いた。しかし、まだまだこれからである。今の一交差は、彼女達にとっては只の挨拶である。


『いきなり軸足を潰しに来るのはどうかと思いますが。』

『最初に戦力奪うのは基本ヨ。ティナこそステップもみ込む脚と違う脚で音出してたヨ。欺瞞だらけヨ。』

『それこそ戦略ですよ。確実に仕留めるためには策を労するものでしょう?』

『で、お返しに首狩りに来てそのまま軸足狩ろうとしたヨ。それにアノ逆立ち蹴りは距離取るためにわざと威力殺したネ。』

『それは当然でしょう? 不利な体勢で花花ファファの殺傷圏にいつまでもいられませんから。』


 言葉が終わるや否や、ティナは花花ファファとの間合いを瞬きの時間で詰め寄る。肩から先の関節へ個別に回転をかけ一つに繋ぐ運用で、腰を入れなくとも威力のある手刀を左右連続で打ち入れる。花花ファファ化勁かけいによって円の動きでその威力を相殺し、受け流す。そしてお返しとばかりに纏絲てんしにより身体の重心を変え、通背拳で相手に距離をあやまたせる。通常の攻撃範囲よりも伸びて来る花花ファファしょうをこちらも関節単位の円の動きを複合させて打ち落とす。


 双方が手技脚技を繰り出し、受けては流し、流しては返すを繰り返す。


 途中、太極拳の基本技である跳躍しながら二段蹴りを放つ二起脚や、同じく跳躍しながら放つ回し蹴りの旋風脚が、どの様に技に組み込まれ繋げられるのかが良く判る攻撃なども見られた。これは花花ファファが観客へ向けてサービスしたのだろう。

 

 近接の攻防の最中、花花ファファが腰を落としティナの肘打ちを回避する。その態勢から体幹を移動し、下段の体当たりである七寸靠チーツンカオを仕掛ける。対してティナは迫りくる花花ファファの肩に足裏を置き、その威力を跳躍へ変換する。纏絲てんしにより威力が高まっている体当たりは相当なものだったらしく、ティナはそのまま後方宙返りをしたが着地点が4m近く離れていた。


「(Wiederaufnahme.)」

 ――再開


 ティナは、基底状態に待機させていた奥義であるSonne陽の Machtを励起状態に移行する。

 祝詞による暗示は一気にアドレナリンを分泌し、思考の加速により時間が引き延ばされる。世界の音を取り残していく。

 このタイミングで奥義を使ったのは、そろそろ花花ファファが本気を出してくるからだ。


 一息に4mの距離を縮める。腰から下の関節を個別に回転させ花花ファファの正面から右側面へ急速に移動する。通常ならば消えた様に見える移動にも案の定、花花ファファは円の動きでティナに追従する。

 なにせ花花ファファはヘリヤと3試合にまでもつれ込んだ戦いをした。本気を出したヘリヤの攻撃を掻い潜っていたと言うことは、ゾーン状態や身体のリミッターを外した相手と渡り合えることを示している。

 ティナは身体全体の関節にかけた右の回転を右腕に集約して手刀を繰り出すが、花花ファファ化勁かけいによる円の動きで対応してきた。

 ティナの右手刀を左腕全体で円を描く様に受け流す花花ファファ。剣で言えばバインド鍔迫り合いから巻き越え(相手の下側で受けた接触点を起点としてクルリと相手の剣の上側へ移動する)をする挙動で手刀の威力を分散する。ところが、ティナの腕が花花ファファの腕にスルリと巻き付いてきた。ここでようやくティナの身体運用がどういった仕組みだったのか理解した花花ファファは、なかなか面白いことをするヨ、とほくそ笑んだ。



 ティナは右腕の威力を殺された時点で肩、肘、手首の関節へ個別に今度は左回転をかけ、花花ファファの左腕を絡め捕る。花花ファファの腕内側に入れた手先を脇に届かせれば関節技が極まる。極まる直前、花花ファファの左腕が巨大なシャフトを回転するが如く強烈な左回転が掛けられ、ティナは身体ごと弾き飛ばされた。

 花花ファファ纏絲てんしによる内けいが一段階上げられていた。その力は容易にティナの拘束を打ち破り、姿勢を崩すまでに及ぶ。

 ティナが瞬時に態勢を整えた時には、花花ファファしょうがティナの脇腹に添えられ、ダンッと震脚の音が聞こえた。



 ビリリと床が振動する音が聞こえる。この競技場は体育館などと同じ様に床面がフロート構造になっており、ある程度衝撃を吸収する仕組みになっている。

 それが震えた。



 花花ファファはティナから飛び跳ねて距離を取る。その表情には驚きが含まれている。


『とんでもないヨ。そんなこと出来る武術家なんて聞いたコトないヨ。』

『そうですか? さすがに威力は殺しきれませんでしたが以前、花花ファファが教えてくれたけいを参考にしたんですよ?』

『ソレ普通違うヨ。打撃の威力を身体通して床に流すなんて出来ないヨ。』


 花花ファファは外部に発動するけいは使用しないルールのため、身体の内部に働かせている纏絲てんしと震脚から高威力の打撃をゼロ距離で放った。

 それをティナが、脚から腰、身体に回転の威力を練り上げるけいの逆を行ったのだ。受けた打撃を身体に伝わせ、足裏から大地へ届かせる。森の民が使う回転を伴う身体運用とけいの理論を参考に、力の発生が行えるものならば逆もまた然り、とぶっつけ本番で実行したのだった。


『で、どうヨ? まだ出来るヨ?』

『判ってるでしょう? 私がもう動けないこと。この模擬戦は私の完敗です。』

『そかー。まだヤレるとか言い出したらどうしようかと思たヨ。もう一段上げなきゃいけなかたヨ。』


 ホッと一息吐く花花ファファ。その顔は安堵が含まれている。対してティナは、まだ上があるのか、と思わず顔が渋くなる。

 ティナは気を取り直して、この催し物が終わったことを観客へ伝える。


『ご覧頂いた皆さま、いかがでしたでしょうか。この模擬戦は花花ファファの勝利で終了です。』

『みんな、見てくれたヨ? たまには格闘もイイものヨ!』


 想像以上の試合内容に観客も歓声が一入ひとしおである。非常に珍しい騎士シュヴァリエ同士の格闘戦であるが、武闘家同士の戦いでも見ることが出来ない実戦であったからだ。

 拍手喝采の渦に包まれてメインイベントは終了した。


 今年の6月祭は、色々と新たな試みが随所に見ることが出来、後年にも語り継がれる程の成功を収めたのだった。



「う~ん、身体の節々が痛いです。」

「あの別々に回転するは器用だたヨ。オモシロイけど負荷かけすぎはダメヨ。」

「いえいえ、花花ファファが一段階上げたから付き合わざるを得なかった結果じゃないですか。」

「ああ、だからいつもより技が高度だったのか。二人ともまだまだ底が知れんな。」

「ねぇねもふぁーふぁもすごかった!」

「あら、そうですか? ありがとう、ハル~」

「すごかったカ? ハルもすごくなれるヨ~」


 ティナと花花ファファに撫でられキャッキャと喜ぶ幼い弟。

 今、三人娘はティナの母ルーン達と共に車中の人となっている。明日の新製品記者会見のためにティナの実家でお泊りするためである。


「そう言えば、衝撃吸収スーツ姿のアバター要請が来てましたね。花花ファファはどうします?」

「ん? 好的おっけーだしたヨ?」

「あらら、早いですね。それでは私もOKしておきましょうか。」


 今回のイベント終了直後に、格闘戦で使った身体にピッチリムッチリするボディスーツ姿のアバターを出したい旨が電子工学科から来ていた。いつもならティナも即OKを出すが花花ファファと二人に要請が来ていたので一応意見を聞くつもりであったのだ。ファンなら格闘戦の再現をしたくなるのだろうと想定して。


 花花ファファが既にOKを出しているなら是非もなく。

 自分のアバター種類が増えるのでホクホクのティナであった。


 しかし。

 模擬戦でアバターに実装した格闘術以外の技を使っていた。

 つまり、再度格闘データのモーションを撮る羽目になるのだが、それは後のお話。


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