03-005.Kampf. 人の技。
2156年6月25日 金曜日
6月祭の2日目。露店など販売系の店舗は昨日と変わりがないが、今日はプログラム進行がガラリと変わる。騎士育成を行う学校ならではの
屋内中スタジアムでは、
「Épée et magie RPG」とは、
今回のゲーム部分は、電子工学科が一般リリースに向け調整中のβ版プログラムを使用している。騎士育成学園ならではの仕様としては、学園で版権を持っている
「Épée et magie RPG」は最大6人の編成にてゲームを攻略出来る様に難易度調整されている。一般のスポーツと同様、一緒にプレイするメンバーが必要になるため、人員が不足する場合はAIが実装されたNonPlayerCharacter、つまりNPCで補うこととなる。どのソフトウェアベンダーも会社独自の特徴があるNPCが用意されるのだが、電子工学科がリリースするのは3D格闘ゲームなどでも評価が高い
その上、この学園が今までリリースしたオンライン系のRPGゲームは非常に難易度が高い。レベルやステータスのゴリ押しで進めることが出来ず個人の技量と立ち回りを要求される、所謂死に覚え系のジャンルに類するものだ。
今日は、学園の
このゲーム、広大なスペースがあればオープンワールド形式で全てのマップがシームレスに繋がったエリア表現が出来るのだが、屋内中スタジアムが
RPGゲームなので敵キャラクターが存在するのだが、切り替わり直後敵キャラクターが配置されているマップだった場合、5秒間は敵がこちらを察知しない仕組みである。道中のショートカットを開閉しながら探索を行い、拠点となるセーフエリアを見つけてボスを探して挑み、勝利すれば次のマップエリアへ切り替わると言うのがゲームの流れである。
そして、敵キャラクターは初っ端から出て来る雑魚キャラクターと言えども、気を抜けばレベルが高かろうが取り囲まれて嬲り殺されるなど、強くなっても一向に気が抜けないゲームである。
持ち込み武器もゲームが用意する武器も現実に即した威力や強度となっており、コマンド入力式のRPGゲーム時代によく見る後半にキャラクター共々インフレを起こしたパラメータになる武器はない。あくまで自分の身体を動かしてプレイするからだ。
さて、長々とゲームの説明をしたのは、このゲームで事前に
スタジアムの中央大型インフォメーションスクリーンには、RTAの順位とクリアタイムが掲載されている。
ソロ部門のトップはヘリヤである。彼女の通り道を塞ぐ
2位にはティナが入っている。対集団の殲滅力はヘリヤより上であるが、彼女はある程度ストーリーを追ったため拾えそうな範囲のイベントなどを回収してたので時間がかかった様である。
3位以降は更に10分、15分と遅れているが、ベスト5に入るものはそれでも100分以内にクリアしている。繰り返すが、6人制を前提としたゲームをソロでクリアしているのである。
さすがに初見でRTAの最適タイムを出すのは不可能に近い。参加者の
それでもゲーム実況者やプロチームから見れば信じがたい記録である。
基本的に、このゲームの難易度であれば、「Épée et magie RPG」のプロチームであろうともギリギリ100分を切れるかどうかの難易度である。それはフルメンバー6人にて実施した場合だ。それを鑑みると、如何に
2日間に渡り屋内中スタジアムを占拠していた電子工学科は、来るべく新製品の宣伝として成果を上げられホクホクである。
子供向けにも屋内小スタジアムを1棟使い、ファンシーな背景と敵キャラクター、扱う武器も玩具の様なファンシーさで恐怖感が出ない様配慮された親子で参加が可能な造りとなっている。引率の
ティナの弟であるハルは、母ルーンとお供にメイドのエレを引き連れてファンシーな敵キャラクターを次々とポリゴンに変えている。母が玩具の剣、リアルメイドが玩具のナイフで、ハルが打ち漏らしたり気付いていない敵キャラクターを視線を向けることなく倒していく様子に、引率した
ハル達は姉達のイベントを見に来たのと、明日の新製品発表記者会見があるため、三人娘をそのままザルツブルクへ連れて帰る算段である。
さて、ところ変わって屋内大スタジアムでは、
例えば
一部の競技は、そのまま
そして。
本日のメインイベントが開催される時間となった。
騎士育成学園であるのにメインイベントが
『みなさま、お待たせいたしました。これより選手の入場です。』
場内アナウンスが響き渡り、観客席の騒めきが選手を迎え入れる歓声に変わる。この試合に関しては解説者が付かない。誰も格闘技に精通し解説を行える者がいなかったからだ。
そして、審判役も不要であると出場者から申し入れされている。勝敗や試合の止めどころは彼女達が決めるため、他者の判断に委ねないからだ。どの道、実戦に則した格闘技の審判を出来る者も学園生にはいない。
屋内大スタジアムの長辺側にある入場口から二人は現れた。
まるでボディペイントでもした様に身体のラインが丸判りとなる真っ黒な全身スーツは、首元と手首、足首までを覆っている。素肌を現している箇所は、格闘技用のオープンフィンガーグローブを手に嵌めているだけで、素足に素顔のままとなり、防具の類は一切ない。
観客席上部に設置されている30枚あるインフォメーションスクリーンには二人の姿が様々な角度、遠景、近景などで表示されている。
二人とも長い髪を結ってあり、ティナは後頭部に纏めるシニヨンで、緑の宝石をあしらった髪止めが簡易VRデバイスである。
「ねぇね~! ふぁ~ふぁ~!」
観客席の喧噪に混じって可愛らしい声が聞こえてきた。可愛い弟の声を二人が聞き逃すことはない。
ティナと
『
『コンニチワヨ! みんな、良く来たヨ!』
このスタジアムの丁度中心となる場所で、騎士の礼を取るティナと手を振りながらピョンピョンと跳ねる
『今日のメインイベントは私、【姫騎士】フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルクと、』
『【
『この二人で模擬戦を執り行います。』
『マクシミリアンで初のイベントヨ!』
『
『そうヨ。面白いことスルネ! ワタシの技、タクサン見て貰うヨ!』
呆れた感のティナと喜色満面の
『まずは私達の格好ですね。このスーツ、かなり薄手ですが衝撃吸収素材で出来た軍用のインナーです。』
『薄いケド、かなり衝撃吸うヨ。痣とか出来ないヨ。』
『では、ルールを説明します。と言っても、いつも組手をする時のルールですけどね。まず、中国拳法の相手へ攻撃する
『実戦形式の
観客席がどよめく。格闘技の試合を見たことのある者も、縛りが殆どないそのルールに驚きを持っている。
ちなみに、浸透
『じゃ、始めましょうか。』
『そうネ。』
彼女達が組手をするいつもの軽いのりで言葉を交わし、二人は互いに距離を取り正対する。
ティナはトントンと軽く跳ねた後、自護体にはいる。特に構えなどはなく、外からは棒立ちに見えるのだが、全身に満遍なく力が入っている状態だ。しかし、
『今回は呼吸法も入れるヨ。ティナも一つ上出してイイヨ。』
『そうですね。バランス的にはそのくらいでしょうか。』
いつもと変わらぬ二人の間には、これから戦うと言う雰囲気は見えない。見る者が見れば、二人に力が
前触れもなく
ティナは、その前蹴りの威力が乗る前に軸足を切り替え、狙われた脚で蹴りを迎撃する。脛で受け止めた
しかし、それは読まれていた様で、逆に体重を掛けられ脛を踏み台に、もう片方の脚が下から顎を目掛けて吹き抜ける。ティナは脛を更に押し出し、
タタン、と左足が音を立て一気に
簡単に転がされながらティナは、
その挙動に追従する様に、ティナが身体全体を伸ばす様に使って下から
そこから
脚が1本の蹴りであれば捕まえるのが容易いが、2本となると片方を掴んだところで急所に蹴りが降ってくるなど、攻防で上を行かれてしまう。ティナの蹴りは片手で1本づつ掴める程容易なものではない。だから両方とも腕を交差して受け凌ぐ。それと同時にティナの頭部を下から
そのティナは逆立ちの姿勢から、
奇しくも両方の攻防は宙返りで距離を取る結果となった。
困惑しているのは観客席だろう。二人が急に接近して何かをした。見て判ったのはそれだけだった。インフォメーションモニターから今の交差をスローモーションで流れ、
見たことのない技術を目にした観客は大いに沸いた。しかし、まだまだこれからである。今の一交差は、彼女達にとっては只の挨拶である。
『いきなり軸足を潰しに来るのはどうかと思いますが。』
『最初に戦力奪うのは基本ヨ。ティナこそステップも
『それこそ戦略ですよ。確実に仕留めるためには策を労するものでしょう?』
『で、お返しに首狩りに来てそのまま軸足狩ろうとしたヨ。それにアノ逆立ち蹴りは距離取るために
『それは当然でしょう? 不利な体勢で
言葉が終わるや否や、ティナは
双方が手技脚技を繰り出し、受けては流し、流しては返すを繰り返す。
途中、太極拳の基本技である跳躍しながら二段蹴りを放つ二起脚や、同じく跳躍しながら放つ回し蹴りの旋風脚が、どの様に技に組み込まれ繋げられるのかが良く判る攻撃なども見られた。これは
近接の攻防の最中、
「(Wiederaufnahme.)」
――再開
ティナは、基底状態に待機させていた奥義である
祝詞による暗示は一気にアドレナリンを分泌し、思考の加速により時間が引き延ばされる。世界の音を取り残していく。
このタイミングで奥義を使ったのは、そろそろ
一息に4mの距離を縮める。腰から下の関節を個別に回転させ
なにせ
ティナは身体全体の関節にかけた右の回転を右腕に集約して手刀を繰り出すが、
ティナの右手刀を左腕全体で円を描く様に受け流す
ティナは右腕の威力を殺された時点で肩、肘、手首の関節へ個別に今度は左回転をかけ、
ティナが瞬時に態勢を整えた時には、
ビリリと床が振動する音が聞こえる。この競技場は体育館などと同じ様に床面がフロート構造になっており、ある程度衝撃を吸収する仕組みになっている。
それが震えた。
『とんでもないヨ。そんなこと出来る武術家なんて聞いたコトないヨ。』
『そうですか? さすがに威力は殺しきれませんでしたが以前、
『ソレ普通違うヨ。打撃の威力を身体通して床に流すなんて出来ないヨ。』
それをティナが、脚から腰、身体に回転の威力を練り上げる
『で、どうヨ? まだ出来るヨ?』
『判ってるでしょう? 私がもう動けないこと。この模擬戦は私の完敗です。』
『そかー。まだヤレるとか言い出したらどうしようかと思たヨ。もう一段上げなきゃいけなかたヨ。』
ホッと一息吐く
ティナは気を取り直して、この催し物が終わったことを観客へ伝える。
『ご覧頂いた皆さま、いかがでしたでしょうか。この模擬戦は
『みんな、見てくれたヨ? たまには格闘もイイものヨ!』
想像以上の試合内容に観客も歓声が
拍手喝采の渦に包まれてメインイベントは終了した。
今年の6月祭は、色々と新たな試みが随所に見ることが出来、後年にも語り継がれる程の成功を収めたのだった。
「う~ん、身体の節々が痛いです。」
「あの別々に回転するは器用だたヨ。オモシロイけど負荷かけすぎはダメヨ。」
「いえいえ、
「ああ、だからいつもより技が高度だったのか。二人ともまだまだ底が知れんな。」
「ねぇねもふぁーふぁもすごかった!」
「あら、そうですか? ありがとう、ハル~」
「すごかったカ? ハルもすごくなれるヨ~」
ティナと
今、三人娘はティナの母ルーン達と共に車中の人となっている。明日の新製品記者会見のためにティナの実家でお泊りするためである。
「そう言えば、衝撃吸収スーツ姿のアバター要請が来てましたね。
「ん?
「あらら、早いですね。それでは私もOKしておきましょうか。」
今回のイベント終了直後に、格闘戦で使った身体にピッチリムッチリするボディスーツ姿のアバターを出したい旨が電子工学科から来ていた。いつもならティナも即OKを出すが
自分のアバター種類が増えるのでホクホクのティナであった。
しかし。
模擬戦でアバターに実装した格闘術以外の技を使っていた。
つまり、再度格闘データのモーションを撮る羽目になるのだが、それは後のお話。
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