【閑話】恋する花傭兵 ~テレージアその4~
2155年12月18日 木曜日
交流会も4日目ともなれば、マクシミリアンの学園生もエゼルバルドの学院生もお互い慣れてきており、気の合う者が集まったり、馬鹿話などで盛り上がったりと、同じクラスの学友達と然程変わらないものである。
若さ故にコミュニケーションも快活で、社会的な
きっかけは、両校のリーダー同士が気の置けない友人同士の様に振舞っていることからである。リーダーが仲良くなれば、その他の者も
その両校が一クラスとなっている中で今一番話題となるのは、テレージアと
彼等は普段、付かず離れずの微妙な距離感であり、見ている者からすればヤキモキさせられる。しかし、時折見つめ合ったり笑顔で会話する
そう。この二人以外は、アシュリーとアーサーが皆を集め、現状の説明と彼等の行く末を見守る方向で協力を要請したのである。そして、今回の件は、この場の者達の胸の内に秘め、決して漏らさない様にと。
明かされた生徒達も、この降って湧いた突発イベントに興味津々であり、面白おかしく眺めているのである。
これだけクラス一丸となっていることに通常であればおかしな雰囲気に疑惑が湧いたりするものだが、二人は全く気付いていない。鈍感系キャラクターだからではなく、前述の様に二人の世界に入っており周りに目が行ってないのだ。物理的に。その目は相手を見つめるためにあるとでも言うのではないだろうか。
アシュリーなどは、二人の醸し出す余りの甘ったるさに、ケッ!とやってらんねーぜ的な一声を発し、唾をペッと床に吐く。
どんな時でも崩れないチンピラ王子の名に恥じない態度に皆も安心することだろう。
その後、アスラウグから拳骨を丁寧に拝領し、聖人君主の様に悟った面持ちで自分が吐いた唾を清掃している
アーサーがポツリと零した「グウィルト侯…」の一言でどれだけ残念感が漂っているかお判りいただけるだろうか。
先日から色々と色濃いイベントがあったため、テレージアと
お互い月曜に初めて会った印象は悪くなく、少なくとも好意を向けられるレベルではあった。
それが、火曜日に一気に距離感が縮まった。主だったことを端的に記せば、テレージアが
更にはテレージアが
1日でこれだけイベントが起これば、女性側からすれば大抵は嫌悪感や悪感情が湧き起こるものである。
しかし、通常時の
起こしてしまったことに対して彼は
テレージアと
そして、水曜日。
午前中は
テレージアは、アーサーから
ならば被害を増やさぬ様に手助けをするべきですわね、と発生しそうになるイベントをテレージアは全て自分が
既にイベントについては身を
そして、イベントが起こりそうな時には間に入るなど、正に乙女のカンと言って良い程の的中率で未然に防ぐのだ。
その結果、ぶつかってスカートの中に顔を突っ込まれたのが1回、よろけて抱き合ってしまったのが2回、胸を揉まれたのが2回、下着の中に指が
ここまでくると余程お人好しで仲の良い友人か、恋人同士でないと許されることはないレベルのイベントが盛りだくさんである。
兎も角、テレージアは、自分が身体を張れば他への被害は未然に防げると使命感に燃えている。彼女はノブレス・オブリージュの精神で育っているため、困っている者に対して必ず手を差し伸べる。
だが、それは本人も気付いていない
「そうですわ! 手を繋いでいれば転ぶこともありませんわ!」
意気揚々と、良いアイデアが閃いたと声高にするテレージア。その発案は、度々ぶつかったり転倒したりする
「え、え? 手を…繋ぐ?」
「その通りですわ。こうして…、ほら! 手を繋いでいれば問題も減るはずですわ!」
ニコニコと繋いだ手を二人の胸の間に持って来るテレージア。急に手を繋がれた
その日は手を繋ぐ二人の姿が交流生達へ大いに話題を提供したのである。
そもそも、何故これ程までに
例えば、彼が注意力散漫であったり、運動神経が芳しくなかったり、間の抜けた性格だったりするのだろうか。
それは否である。
そして、彼は防御で知られた剣術を真っ向から打ち破るために単身渡英し、敵陣のど真ん中に身を投じたのだ。もし闇討ちなどあろうとも歯牙にかけず、戦い尽くす胆力を持ち合わせている。シャイに見える部分も、自国の女子達と風習も考え方も違うため、余りに気安くスルリと入り込んでくるスタンスに慣れていないためである。
では何故か。
それは、彼が尋常でない集中力と胆力を
戦い以外の場であれば、彼の脳は身体を守るために能力を落とす。それが筋力への伝達であったり、視力の低下だったりと
だが、一たび
だからこそ身体にセーフティーが出来上がったのだろう。
彼の戦いを何度も見たことがある者は、彼が、文字通り全身全霊で戦っていることを知っている。狂気にも似た剣術を奮う精神力は常に維持し続けることが叶わないのだろう。
そのために普段は全身の力が抜けている状態であるとエゼルバルドの
だから普段の彼がやってしまうエロスなイベントなどは戦う姿と比べれば非常に可愛く感じてしまうのだ。
セーフティ。彼の場合は、回復力や成長力を上回る身体と精神の酷使を脳が危険とみなし、強制的に能力を絞ったのだ。
生きるために維持する必要がある筋力と回復させる筋力を個別に割り振りつつ能力も抑えているため、通常の感覚で身体を動かせば転んだり、よろけたりしてしまうのだ。
そして視力も集中させ過ぎない様、時に焦点が合い辛くなったり片目のみ休息したりと、立体感がおかしく見えたりするのだ。
むろん、彼自身でどこの筋肉を休ませるなどのコントロールが効くものではない。脳が身体から上がってくる情報で振り分けているからだ。
普通は、身体が勝手に休養や回復をすることはない。原因はやはり野太刀自顕流と言うより、それを扱う薩摩人である
とかく
実際、死の淵を彷徨い再び戻って来た過去がある。戦いを控えろと医者から言われるも「け
それからである。戦いや修練の時は問題ないが、それ以外、つまり剣を振らない日常では、どういう訳か身体が上手く動かず感覚がずれ、思考なども遅速したりと異常が出始めたのだ。
しかし、いざ戦うとなれば元に戻る。実力が落ちるわけではなく、身体に満ちる力が格段と増えており、強くなっていくことを実感出来た。
だから、多少の不便に目を瞑ることにしたのだ。もっとも、コントロールなど効かないものであるため、どうしようもないのだが。
只々一途に剣を奮った先を見たいがために己の全てを捧げる。それが
ランツクネヒトであるために、全身全霊で己を貫き通すテレージアとどこか似ている。
だからこそ、引き合うのだろう。
――午後。模擬戦の時間である。
先日の模擬戦で当たっていない相手との組み合わせが先に行われる。
テレージアと
互いの剣に興味を覚えた二人は、
交流会の生徒達も、この対戦をある意味楽しみにしていた。お互いが大型の剣で相手を叩き斬るが如く強力な一撃を奮う者同士であると共に、急激に仲良くなった男女でもある。
更にはテレージアの履いていないところも男子からの注目を浴びている。中には「お世話になっています」とお辞儀しながら座り込み、目線を腰の高さに合わせる者もいた。もちろん、彼の細胞給電式コンタクト型モニターの録画機能は最高画質モードである。
生徒達の予想に相反して、触れれば切れてしまう様な張り詰めた空気が漂い始めた。
お互いが嗤っている。それは獣が獲物を仕留める時の嗤いである。
異様とも言える雰囲気に、審判役の生徒も思わずゴクリと唾を呑み込む。
いつしか誰しも声を潜め、静寂が訪れた。
『用意、――始め!』
妙に響いた審判役の声が聞こえた瞬間、二人は飛び出し互いに大上段から剣を振り下ろす。
パンッと、何かが破裂した様な大きな音が響き、少し遅れてヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が鳴り響く。
長い間、宙を回転しながら落ちて来る銀の刀身は、ホログラムなれどヒュンヒュンと音が聞こえる様に見ている者は感じていた。
『あーはっはっはっ!
心底、楽しいことがあった様に大笑いする
「
「ああ、ごめん。ちょっと母国後が出てしまったよ。まさか武器を狙って来るとは思わなかったよ。見事な技だった。完敗だ。」
「ありがとうございます。貴方を倒すにはこれしか思い付きませんでしたから。失敗していたらわたくしが負けていましたわ。」
一瞬の交差劇。
もちろん、彼女の秘技である足の親指付け根から発生させる力を剣にのせた。今回は、威力ではなく速度へ乗せ、剣速を途中から加速させたのだ。それは相手の剣速を凌駕する。
いくら
野太刀が受けた圧倒的な威力に、金属の破壊される音が聞いたこともない高く、くぐもった反響が合わさる音となった。
後から放たれた切り下ろしが、先に振られた剣を追い越し、急制動させるなど、尋常の技ではない。
真っ向から勝負を受けられ、且つ自分が予想も出来ない強さを見せつけられた。行きつく先は遥か遠くあることを教えられたからこそ、
戦いを終わって見つめる二人の視線はいつもの熱い眼差しではない。笑みを含んだ相手を讃える視線である。
「さあ、お次の方にコートをお譲りしましょう。」
そう言って、
「え? あ、うん。そうだね。」
断る術もない
つまり、二本のリボンでギリギリ大事なところだけを隠したテレージアの下腹部に目が釘付けとなっているのだが。自分の下腹部を注視して動き出さない
「
「あ! ごめん! また見ちゃってたよ…。」
「これは騎士装備ですから見られる前提ですよ? お気になるなら後程ごゆっくりお見せしますわ?」
「ア、ハイ。あとで是非にお願いします。」
「もう、こんな時だけハッキリ応えるんですから。」
ハートマークが飛んでいる様な甘ったるい声音が聴こえ、ラブラブ度が上がったんじゃね?とアシュリーはまたケッと唾を吐きそうになったが、今度はティッシュで受け止めた。アスラウグの拳骨は喰らいたくないのだろう。それよりもティッシュで受ける位ならやらねば良いのに。絵面はすごく間抜けであった。
一瞬で決した彼等二人の試合に、アーサーは呟く様に声を漏らした。
「…彼女、とんでもないね。正直、ウチの学院でもベスト5には入れる力量だよ。」
「だから初見でポイントを取ったお前はすげえって言ったんだ。アイツはバカ正直だから相手の得意な勝負に付き合うんだよ。」
「で、それを打ち破るのか。確かに僕の技も真っ向から打ち崩されたな。」
「あれを綺麗に捌くのはヘリヤ以外で言やあ、エイルかフロレンティーナくらいじゃないか?」
そこには
「【壊滅の戦乙女】に【慈悲の救済】、それと【姫騎士】か。」
「三人共綺麗に流してたぜ。ヘリヤなんかは真っ向から力勝負で打ち破ってるからな。」
「人材の宝庫だね、マクシミリアンは。」
「だな。伊達に世界中から人が集まってねぇ。」
「しかし【姫騎士】の
「あー、そんなんじゃねーぞ。フロレンティーナは王道派騎士スタイルと呼ばれててな。精密さと完成された技量を持ってんだ。面白いようにスルリと流すぞ。」
「あれ? でもマクシミリアンの冬季学内大会の動画では見なかったような…。」
「今年の犠牲者だったんだよ…。初戦へリヤ。もう何も言ってやるな。」
「理解した。交通事故だな。」
「ああ。」
二人の視線は遠くを見つめ何かを悟ったかの雰囲気を醸し出した。雰囲気だけだが。
「そういやアーサー。昨日三人娘と写真撮っていたよな。」
「三人娘? 彼女達、そう呼ばれているのか。」
三人娘。ティナ、
先日の模擬戦の最中、授業間の移動時間で、交流会の試合を少しだけ覗いた三人娘をアーサーが目ざとく見つけ、自己紹介とアドレスなどを渡していたのだ。
そのアーサーだが、姫様
「あー、フロレンティーナか。ぜってー靡かない難攻不落な上、優位に立たせてくれないタイプだな。」
「キミの言葉だと重みが違うね。」
「ああ。経験者は語る――だ。」
「グウィルト侯…。」
などなど、この様な馬鹿話が気楽に出来る位お互いの生徒同士は親しくなっているのである。その結果、相互の持つ技術や知識が行き交うこととなり、思想や観念などの違いも受け入れ合う柔軟さが拡がりを見せた。その結果から見れば、交流会はまずまずの成果を上げることが出来たと言えよう。
そして、昨日、今日と、夜の時間に
二人っきりの男女が野外で星を見ながら音楽を奏で盛り上がらない方がおかしいと、何事もなく戻ってきた二人を生徒達は捕まえる。
生徒たちは、ともすれば朝帰りにもあるんじゃないか?と二人は臭わせておいて普通に寄宿舎へ戻ってきたのだ。これはさすがにツッコム必要アリと。
2155年12月19日金曜日
交流会は本日が最終日である。
エゼルバルドの学院生達は今晩まで宿舎に泊まり、明日の午後、ミュンヘンから中距離旅客機で高高度ロケットモーター飛行による1時間半ほど空の旅へ。
名残惜しくはあるが、今日一日を悔いがなき様、過ごすことを決意している面持ちをした生徒の姿もチラホラと見て取れる。しかし、
そして、学生達が注目する一組のカップルもどき。彼等は今日と言う日をどの様な心持で送っているのかが気になるところでもある。
「あれ? 意外と普通だ。」
誰かがポツリと零した言葉に、
彼等の言う通り、テレージアも
こうして何事もなく一日は過ぎる。
翌日の昼前には、宿舎エリアの入り口に送迎バスが迎えに来ており、別れを惜しみつつエゼルバルドの学院生達を見送った。
両校の生徒達も少し複雑である。
テレージアも
特に愛の言葉を囁いたり、抱き合いながら再会を誓うなど、ドラマチックな展開を期待していたところ、拍子抜けである。
とは言え、どうなったのか聞きだすのも今は無粋であるため、皆口を
「会おうと思えば、いつでも会うことは出来るだろう?」
後日、結局どうなったのか遠まわしに聞いた男子生徒に対する
確かに、今回の交流で仲良くなった者達は、今度また会う約束をしている者もいる。それと同じノリで答えられたのだ。
交流会へ参加した生徒達は、その回答にモヤモヤするも二人の件は胸に秘める約束であるため、それ以上聞くことを控えた。
――とある日の夜。
月明りと共にブルースハープの音色が響く。少し高めのD♭調の
「これでお別れは寂しいですわ。」
「…また合わないか? 今度は二人だけで…。」
テレージアは満面の笑みを零しながら溢れる思いを込めて応える。
「ええ! よろこんで!」
これ以上は野暮になるため彼等の会話を記すのは控えよう。
月明りの元、二人だけの約束が交わされた。
その約束は、遠くない日に果たされることだけは付け加えておく。
****************
【今回はあとがき付き】
実は「その1」でテレージアが
ぶっちゃけると、それ以降の話は、蛇足に近い。
既に、ミュンヘンでティナがテレージアと
ただ、以前閑話的にテレージアを主人公に据えた話を2本ほど書いたのだがボツにした。
彼女のキャラクターが立ち過ぎて、勝手に動いてくれるのは良いのだが、他の登場人物を全て喰ってしまいかねない事態になったので書いたファイル自体も破棄した。残しとくと使いたくなるので。
そう言った経緯があり、慰霊の意味を込めての蛇足である。
今回はお話の中心になる二人以外の視点をメインに構成している。
暴走特急テレージアへの対策は走らせないことにある。
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