【閑話】恋する花傭兵 ~テレージアその3~
「やってしまいましたわ!」
ベットの上でゴロゴロ悶絶をしているテレージア。自分のやらかし加減に思わず声を上げて叫んでいる。時折、ぬまー、とか、めへーなどと言語になっていない呻き声を上げながらゴロゴロと往ったり来たりを繰り返す。
羞恥や色々な感情が織り交ざって訳が判らなくなっているのである。
ベットから起き上がり、ルネサンス時代から実家で使われ続けてきたルイ16世風デザインと呼ばれる局面を多用したシンプルなれど豪華さを併せ持つドレッサーの椅子に座り、楕円形の三面鏡を開く。
そこで見る自分の顔は、赤く染まっており、心なしか目が潤んでいた。そして今日のことを思い出しては溜息を吐く。それは呆れて吐いた息とは明らかに異なり、ほんのりと艶のある熱に浮かされた様なものだった。
「はぁ…。本当にわたくしどうしてしまったのかしら…。」
何故この様な状態になったのか。
テレージアは思い起こす。きっかけは今日の3時間目であろう。不注意から殿方の顔面に股間の押し付け、あまつさえ窒息させてしまうところだった。動揺していたとは言え、相手の状態を確認せずに即座に人工呼吸を
何気に家族以外との異性に対する初めての口付けではあったが、人命にはかえられない。前提が違うためテレージア的にはノーカウントである。ここまでは良い。
然るに、その後が問題となる。流れで一緒に行動することになったのだが、こと在るごとに視線が合う様になってしまった。その度に照れ臭さからか顔が熱くなるのを感じていた。相手も目が合うたび顔を赤らめてしまい、それを見ると可愛らしいだけでの思いではなく、見れることに喜ばしさを感じる様になっており、何とも言えない心持ちになる。
一緒に行動して判ったことは、
今まで呆れられることはあれど、暴走中にそんな台詞を言われたことはなかった。
「ありがとうございます、
「え? いや、そんな。」
頬に手を当て少し瞳が潤むテレージアと、漏らした台詞を聞かれてしまい動揺しながら頭を掻く様に後頭部に手を当てる
テレージアも
だから、周りが二人を見てニヤニヤしていたことにも気付かないままであった。
放課後、テレージアは
基本は一撃必殺を元に戦術を組む非常に珍しい戦い方を始めて見た。ホログラム
そして、極めつけのイベントが勃発する。
テレージアが足の親指付け根辺りで発生させた力を剣に乗せる妙技の威力計測。只でさえ1000を超えるアバターの中で最大の膂力と威力を持つテレージアが放つ剣に更なる力を乗せる技である。
計測のため、ホログラム
片手剣の速度で
計測を終え、モーションデータ取得エリアから、部屋の1/3を有している控えのエリアに戻ってくるテレージア。だが、調子に乗ってしまっていたことで疲労が脚に来ていたのだ。カクンと膝が落ち力が抜け、体勢が崩れた。
「あ、あら?」
「危ない!」
すかさず
ここで
つまり、一緒に縺れながら転んでしまったのだ。咄嗟に自分の身体を下にすることで彼女を庇うまでは良かった。しかし、そこはMr.ラッキーマン。面白おかしい結果になるのである。
倒れ込んだ
そして、驚きを隠せない二人の視線は至近距離で交わされている。
鼻の横には相手の鼻が触れており、鼻から漏れる息が顔に当たる。
口で呼吸は出来ない。何せ、相手の口は自分の口を塞いでいるのだから。
それも転ぶ直前まで声を発していたため、口が半開きの状態で合わさっている。お互いの舌先がヌルリと触れ合う感触が得も言われぬ何かを刺激しそうである。
客観的には、男性の上に女性が
二人が見つめ合ったまま動きが止まり、たっぷり30秒は経ったであろうか。
ハッと、テレージアが正気に戻り跳び起きる。
のそりと起き上がる
顔が真っ赤になった二人の間に暫し沈黙が訪れてから
「だ、大丈夫だった?」
「な…な、なな…」
「え?」
「なにをなさいますのーっ!!」
スパーン、と子気味良い音を出したテレージアの平手は、
頬に紅葉の後を残した
一緒にアバター更新に来ていたアーサーは、声を押し殺して笑っており、床をドンドンと叩いている。同席しているパーシヴァルとパトリシアも、今回は随分と派手だったなぁ、などと慣れた様子である。
モーションデータ取得室を見下ろす様に併設されたデータ室ではウルスラが、ウケル的~、などと大笑いしていた。
――これが今日一日に起こった出来事である。
「いくら動揺していたとは言え、わたくしの失態ですわ…。」
「お助け頂いたお礼も申し上げずに平手打ちなど、余りにも無礼なことをしでかしましたわ!」
「明日は
ドレッサーの前でぐぬぬ、と呻き声を上げながら悔いるテレージア。論点が手を伸ばしてくれた者に対する不義理な振舞に対する謝罪と後悔。
「お許しいただけますかしら…。」
もし謝罪を受け入れて貰えなかったらと考えると何故だか不安になるテレージア。
ふと、鏡の中の自分を見ると、唇の端が少し切れていたのを見つけた。
「あら? いつの間に切ってしまったのかしら?」
唇を指でなぞりながら訝しむも、原因は一つしかない。それに思い当たり、たちまち顔を真っ赤にするテレージア。
「はわわー!! わ、わたくし、殿方と、殿方とーっ!!」
今時、珍しい種類の叫び声を上げ再び悶絶するテレージア。
一人部屋寄宿舎の一室が騒がしいまま夜が
明けて翌日、12月17日 水曜日。
「
朝一で
相手が日本人であるため、その作法に則り、腰を垂直に曲げて頭を下げている。
「いや、頭を上げてくれないか? テレージア。あれはオレの方が悪かったんだから怒られて当然だよ。」
「いえ、せっかくのご好意を無にしてしまいましたわ。罰されるのはわたくしの方ですわ。」
「兎も角、謝罪は受け入れるよ。だからもう頭を下げないでくれよ。」
そう言われて頭を上げるテレージア。その表情には安堵が見て取れた。
「謝罪を受け入れていただき、感謝いたしますわ。」
「こちらこそゴメン。その…色々と触ったり、アレしたり…。」
その一言で、真っ赤になるテレージア。釣られて昨日のことを思い出し赤くなる
見つめ合う視線は変わらないのだが、照れた態度がどこかギクシャクとする二人。
「い、いえ。お気になさることではありませんわ…。」
「や、そ、そう言って貰えるとたすかるよ…。」
コントの様な定格路線を往く二人の様子を遠目で見ていたアシュリーとアーサー。
もちろん、アーサーは昨日の話題をアシュリーに伝えた。面白情報の提供と言う意味はあるが、彼らの行く末を見守る方針で協力を得るためだ。
同胞の恋愛沙汰に発展しそうな状況に介入するつもりはないが、周りから余分な茶々を入れられて白紙に戻るのは頂けない。
彼等が彼等だけで決めることに意義がある。その結果が芳しくなかったとしても。
「なるほどね。そんな面白イベントがあったのか。その結果がアレか?」
「ああ、彼の全裸馬乗り事件に匹敵するアクシデントだったよ。」
「なんだその魅惑的なキーワードは。俺が替わりてぇ。」
「グウィルト侯…。」
アーサーの目が残念な人を見る目に変わった。
「ところで、テレージアが剣を振るところを見たんだけど、彼女、凄まじいね。」
「あー、アバター更新一緒だったか。あいつは、あの大剣に合う様に身体造ってっからな。」
「パーシバル。同じ大剣使いとしてはどう見る?」
「アーサー、私はハイランダーよ? 大剣の使い方が違うわ。それでもアレを片手剣の様に振るのは未だに信じられないけど。」
「なんだ、おまえさんハイランダーだったのか。じゃあクレイモア辺りか? 確かに騎乗向きの大剣とは違わあな。」
「いえ、そんなレベルじゃない。多分、あの大剣の技法は彼女しか使えないと思う。」
しかしテレージアは、その重さをまるで無いかの如く扱うべく、膂力、体力、スタミナなどを中心に身体能力を最適化している。片手剣を振るかの如く、軽やかに大剣を揮う。それはランツクネヒトであった先祖が残した戦功により立身出世を果たした秘技が伝わっているのであろう。なにより彼女の
「僕としては一度手合わせをお願いしたいところだね。」
「今日の午後は模擬戦じゃねーか。立候補すりゃすんなり通ると思うぞ?」
「随分アバウトなんだな…。そういうアシュリーは彼女とは剣を交えたことがあるのかい?」
「あー。コテパンにのされた。オレは
簡単に負けを認めたアシュリーの言葉にアーサーは驚く。
彼は世界でも上位に位置する
「あん? 個の戦力を正確に把握するのも指揮官の務めだぜ? オレも一つの駒だからな。例外はねーよ。」
自分自身さえ、戦略の駒として冷静に分析する。アーサーは、そこに名指揮官と謳われるアシュリーの姿を垣間見たのだった。
――午後。
4時間目と5時間目は講義ではなく、学校同士の
エゼルバルドの学院生にとって、やはり注目はテレージアとウルスラだろう。
競技場や屋内大スタジアムであれば、40人を20組分の
最初の試合はマクシミリアン側はウルスラ、エゼルバルド側はパーシバルであった。
ウルスラを見たエゼルバルドの学院生からは、
パーシバルはクレイモアを扱うハイランダーである。イングランドで主流のイギリス式武術の防御を基本に置くものとは異なり、速度と連撃を主流とした攻撃に特化した技術を使う。しかし、イングランドに住まう彼等の一族もイギリス式武術の影響があり、守りも硬くあるのだ。彼女の両手剣は、1m程の幅が広い刀身を持ち、長い柄が取り回しをし易くし素早い動きを可能とする。大剣のカテゴリーには入るが、
結果としてはウルスラの1本勝ちである。交流会なので惜しげもなくサーカス連射を披露し、側転中からの射撃、剣で防御させてからの
そして、アーサーは希望通りテレージアと剣を交えた。実際、ホスト・ホステス側が来客の意志を優遇する形を取っているのでリクエストを受ける側なのであり、エゼルバルド側の学院生の要望はほぼ通るのだ。
アーサーが持つ光り輝く白刃の騎士剣は幅広で、物語にある騎士の様であり、その実力も群を抜いて高い。イギリス式武術特有の防御の高さも相まって、素晴らしい立ち回りを見せるのであるが、テレージアの質量攻撃には成す術もなかった。
「いやはや、とんでもないね彼女は。全く以って惨敗だよ。」
「そんなことはねーだろ。アレと初見で戦ってポイント取れるなんざ、大したもんだぜ?」
「他の
「まぁ、アレでも学内大会じゃベスト32だかんな。」
「…彼女より上がそんなにいるのか。嫌なことを聞いたな…。」
アシュリーとアーサーは戦術談議に花が咲く。交流会のリーダー同士、果てはペンドラゴンと呼ばれる者同士で馬が合うのだろう。そしてテレージアの肌色の多さについてはお互いが饒舌に語り合っていた。まぁ若い男子ならば仕方のない事だろう。
得てしてリーダー同士が気が合う場合、大抵の交流会は上手く行くものなのだ。
「お!
「
次は
「なんだ、【一撃必殺】ってすげえ二つ名だな。
「見てればその二つ名の意味がわかるよ。あれは構えじゃなく蜻蛉と言う攻撃姿勢らしいよ。」
「…なるほどな。高威力の打ち下ろしを連撃するのか。ありゃ、受けた側は最初の一撃で行動不能になるわな。正に【一撃必殺】だな。」
「面白いだろう? 彼の流派は防御の型がないそうだよ。」
「超攻撃特化か…。なんでまた防御特化のイギリス式剣術が主流の国に留学したんだか。」
「そこも面白くてね。防御に優れた剣術を切り崩せる様になるためだって言ってたよ。」
「そりゃいいな! 見た目に反して中身は獅子か! さすがサムライの国!」
蜻蛉と呼ばれる腰を落とした八相の構えは、防御を考慮したものではなく、あくまで攻撃姿勢である。その技には防御の概念すらなく、
「…すごいですわ。
自身の対戦相手交代タイミングで丁度、
本日の授業時間は、ほぼ終了である。それに、ホステスとしてエゼルバルドの学院生からひっきりなしで対戦の申し込みを受けているので、彼の戦いをもっと観戦したいなどと、自分の我儘を通すのは役目を放棄する様なものである。
だが、翌日にも模擬戦の時間は取られており、今日の組み合わせで戦っていない
「明日の模擬戦で対戦するのが楽しみですわ…。」
うっとりと頬を染めて
それは
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