02-017.のんびりと、やってきました旧市街です!
2156年4月16日 金曜日
午前中は、鍛錬に充てること4日目。
そこから目を横に向ければ、
などと、道場の風景を見守るかの様にぼーっと見つめるティナの目はお疲れモード全開である。
先ほどまで
久々に全力を出して判ったことは、
ティナは取り留めもなく湧く下らない方向に偏りつつある考えを
「
「はーい! お茶するヨ! 喉乾いたヨ!」
「ハルものむー!」
「私達にもお茶を分けてくれないかしら?」
「あら、おかあさま。そちらも休憩ですか?」
「
「ん? ああ、いただこうか。随分と深みのある色合いだな。」
「かあさま、はいこれー。」
「あら、ありがとう。スポーツドリンクかしら? おいしそうねー、ハル。」
「あまいよー。」
「そうそう、ヒルドが
「あまいごはんだー!」
そろそろ10:00を過ぎる。ドイツ・エスターライヒでは間食の時間だ。休息を入れるのに丁度良い。ハルはご飯が甘くても問題ないらしい。むしろ、それこそ子供の味覚である。
間食を摂って一寛ぎ。レッドカラントジャムや生クリーム、ベリーなどの果物も盛られたカロリー高めの甘い食事であったが、主に女性と子供が多いため文句など出よう筈もない。更に言えば、一般人より遥かに運動量が多い彼女達からすれば、これでもカロリーが足りないくらいである。どの道、軽く食べただけなので、あっという間にエネルギーに変換されるだろう。
一寛ぎ後は小一時間程、鍛錬の続きを
昼過ぎ、三人娘は旧市街へ観光に向かうことになっていたが、「ハルもいきたい」と言い出し、即座に
母としては、友人同士のお付き合いにお邪魔してはいけないと喉元まで出かけた。しかし、息子が彼女達に初対面から懐き、家族の様に接している様子を見て来たので、言い聞かせるのが果たして正しいのか疑問が残った結果、口を塞ぐこととした。
子供と一緒に観光する場合、子供に合わせて行動範囲を狭くしたり、面倒を見ながらとなるので通常より時間をかける必要が出る。彼女達は全く気にしていない様だが、親としてそれを強いるのは
ハルは、初日に
母ルーンと娘ティナ、
子供の時だけ誰しもが持っていた、言葉にできない独特の感覚。彼女達との邂逅にそれが働いたと思われる。その様な事情、大人は誰も気付くことはなかったが。
ティナは、全く気にせず昼食を予約していたレストランへ幼児1名追加の連絡を終えたところである。メニューにない一品を追加オーダーもしていた。
「ティナ、本当にいいの? ハルを連れてって。迷惑にならないかしら?」
「ええ。ハルにとってはちょっと距離を歩くことになりますが大丈夫でしょう。疲れたら抱っこかおんぶしますし。」
「平気ヨ、
「それに、体力自慢が三人もいますから。ハルを背負うことくらいなんでもありません。」
「ハル、いいこにしてるよ?」
娘達がそう言うのであれば停める理由もなく、手早くハルを送り出す準備をする。
ハルは、お出かけ服に着替え、お気に入りのカバンを肩から掛けて意気揚々である。いってきます、と母やメイドに笑顔で手を振り元気いっぱいでお出かけだ。
先日、カプツィーナ
ティナと手を繋いだハルは、
「ウン、不思議ヨ。落ち着いた賑わいヨ。」
「そうだな。下町の様な雑多な感じがない。統一感があるな。それにのんびりした雰囲気だ。」
「くまー♪ くまー♪」
二人に手を繋いでもらっているハルは、ご機嫌になって音程が外れた歌を披露中。
ティナはと言えば、観光客にファンがおり、求められてサインをしているところだ。愛想良く握手やツーショットなどのサービスもする平常運転である。
いつもと違うのは、
ある程度、名が知れてくるとファンからサインを頼まれることは多くなる。彼女達もそれなりに数を
「ふぁーふぁ、みゃーみゃ、おしごとおわったー?」
「お仕事? ああ、ファンサービスのことか。もう終わったよ。」
「この子、私がファンサービス中は仕事だと思っておとなしくしてるんですよ? いつの間にやらそう覚えたらしくって。」
「ハルは、お仕事をじゃましない良い子ヨ~。良い子はタクサン撫でるヨ~。」
「ここがモーツァルトの家ですよ。」
リンツァー
ティナも有名どころとして案内しただけで、特に中へ入る予定もなく外観のみの閲覧だ。彼女達も、へーとか、ほーとかの感想しか出て来ない様で、特に興味はなさそうである。
ザルツァッハ川にかかるシュターツ橋の手前から、ザルツブルク大聖堂のドーム天井と、その向こうにホーエンザルツブルク要塞が目に映る。今日の観光コースに入れているが今は後回し。とりあえず橋を渡り、右折して直ぐにあるハーゲナウアーフラッツ通りを突きあたると、黄色の外壁が目立つ6階建ての
「あれがモーツァルトの生家です。確か3階に住んでいたとか。」
案内人であるティナがこの程度の見識なので、興味の有無はお察しだろう。更に、モーツァルトの生家は平日なれど観光客が大勢、写真などを撮っていたりと混雑している様子のため、遠巻きから眺めているだけである。二人も文句は何も言わない。歴史的人物が住んでいた建造物を見た!で需要が果たされているのである。彼女達は音楽を嗜めど音楽家ではなく、特定の音楽家に傾倒している訳でもないのだから。
ティナも名所のひとつとして案内はしたが、実のところ、レストランの予約時間までの調整の意味合いが強い。モーツァルトファンはティナへジト目を向けて良いレベルの理由だ。
目的のレストランは、ザルツブルク大聖堂を含むドームクォーターと呼ばれる宮殿や教会などが壁続きで建築されている四角状の区域に含まれている。普段ならこの辺りも観光客で賑わうのだが、
モーツァルトの生家前のデトライド
シュティフツケラー・ザンクト・ペーター(St. Peter Stiftskulinarium)は、西暦803年に歴史の記録に初めて登場した際には、ヨーロッパ最古のレストランと記述されている。ドイツ語圏では最も古い修道院である聖ペーター僧院教会に併設、と言うより連続した建築施設にあるレストランであり、バロック調の豪華な部屋や、最も古い部分は西側メンヒス
元々は、修道院施設から創業した店舗であるため、入り口は華美な装飾は施されておらず控えめである。
ティナがこの店をチョイスしたのは、折角のザルツブルク来訪にインパクトを与えて記憶に残る様にと計画した結果だ。確かに、世間一般で見かける様な店舗ではない。もちろん、外観ではなく、である。
「
ウェイトレスに通され、西側エリアの屋外ラウンジへ案内された。少し珍しいところが良かろうと、岩壁となっているエリアに4人席をリザーブして置いたのだ。
このエリア、屋外と言いつつ屋内とさして変わらない。バロック様式の建物の一部に組み込まれているが、屋外にも出入口を設けてある岩窟の中である。
平日だが、昼時であるため客足は多く、観光客以外にも地元民と思われる人々が昼のひと時を楽しんでいる。
予約主が有名どころの
壁際にはオブジェとして、古めかしく作られた篝火台に薪がくべられている。もちろん、火がつけられていないが。そして何カ所かに規則正しく薪が積み上げられている。各テーブルや要所要所に配置された燭台には、大きな蝋燭型照明の炎が揺れており、間接照明として柔らかな明かりを作り出している。少し昔までは、本物の蝋燭を使っていたそうだ。
「この部屋は岩山を掘って作られているんだな。冷たい岩肌が温かく感じるのはそのためかな。」
そう言いながら毛皮の敷物が敷いてある椅子に深く座り直して
「まるで隠れ家みたいでしょう? こっそり、と言うわけにはいきませんが。」
「秘密基地ヨ! 修行
「修行
「昔の
「ひみつきちー。」
ハルはお気に入りのカバンから、ひっつきパンダ3体をいそいそとテーブルに並べ、更に卵型玩具を取り出し変形させると笹を持った大熊猫が現れた。礼儀正しく1列に並んだパンダファミリーが爆誕する。
「ハルったら、パンダさん連れて来てたのですね。お料理が来たらしまわなくてはダメですよ?」
「はーい!」
「へー、卵が変形するのか。笹までもって芸が細かいな。」
ちょうど、雲間から陽が出た様で、屋外ラウンジの外側へと通じる入り口から光が射しこむ。
ラウンジ内の間接照明と明度が全く違うのだが違和感がなく溶け込む。
明るくなった入り口に目を配り、
「外繋がってるなのに暖房効いてるヨ。ウチとは大違いヨ…。ウラヤマシイヨ。」
口を尖らせ不満と羨望が見て取れる表情をする
そして、ラウンジ内をクルリと見渡し、ふむふむと頷く。
「この岩壁、秘密基地チガたヨ。城壁の一部ヨ。ココで守られると城攻めのルートひとつ消えるヨ。」
たまに穿ったことを言う
メンヒス
その様な防衛構造を持っているためか、ホーエンザルツブルク要塞は過去一度も占領されたことはなく、中世当時そのままの状態が保持されていた稀有な文化遺産なのである。
平日の13:00を回っているためブランチは修了しており、別途昼向けのコースメニューを相談済みだ。
温かい料理として、牛フィレ肉の
主食はパンではなく、北海道産の
スープはミルクとバター、シナモンとクローブで香り付けし、少量のコアントローで香りを引き立たせたブラントヴァインスッペ。幼児にも飲めるようにアルコール分を飛ばす配慮がされている。
更にハル向けとしてソーセジと
彼はソーセージ好きだが、人口ケーシングで作られたものを食べると眉根をハの字に曲げてしまう。口にした触感でウィンナー、フランクフルト、ボローニャを判別できる本物志向である。ちなみに、順に羊腸、豚腸、牛腸で作られたソーセージの正式名称であり、ソーセージの太さによる名称ではない。
そして、デザート。一般の店舗では販売されておらず、レストランやカフェでしか食すことが出来ないザルツブルガーノッケルン。ザルツブルク3つの山を象ったスフレで、ご当地メニューである。今回はレッドベリーのソースで頂く。
全体的にザルツブルクの郷土料理をメインにした構成でメニューを組んでもらったのだ。
おいしいね!と満面の笑顔を向けるハルの口元は、粉砂糖で白いヒゲが出来ている。両脇に座った
「うん、ヤッパリ
「感想がそこに集約されますか。
「私は北海道と言う名称に驚いた。まさかザルツブルクで日本産のパスタが食べられるとは思わなかった。同じパスタでもここまで上品な味になるんだな。」
「ウィンナーおいしかった! おやまがふかふかしてた!」
さすが、老舗のレストランであり、皆の満足度は高い様だ。
ザルツブルク大司教の統治時代に北のローマと言わしめた宮廷文化により発展した贅を凝らした食文化は当時の最先端を走っており、様々なところから弟子入りに来る料理人が絶えなかった歴史がある。
その文化を脈々と受け継ぎ、今の時代に合わせて洗練した品々はどれもレベルが高い。もっとも、食文化の違いで産まれ出でた国籍により好みが明確に分かれてしまうのは仕方がない。
腹がくちくなり、おしゃべりをしながらまったりと時間を過ごしている。
その間、ハルは彼女達の膝の上を行ったり来たりして抱きかかえられている。
休暇が終わればティナだけでなく、
聞き分けのよい子ではあるが、幼い子供だ。ニコニコとしていても、やっぱり皆がいなくなると寂しいのだ。
だから、今日のお出かけは一緒に行きたいと、滅多にない我儘を言い出した。
そして、ハルは目一杯甘えている。二人の間に席を陣取ったのも、その表れであろう。
お姉ちゃん達は、そんな弟の気持ちを汲み取ってか、気の済むまで甘やかすのだった。
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