02-007.ひさしぶりの我が家と、花花の大会予選です!

2156年4月4日 日曜日

 ティナは、昼前に実家へ到着した。今回の帰省では、CM撮影も考慮して鎧2両を含む、騎士シュヴァリエ装備全てを持ち帰ってきた。さすがに大荷物であったため、ハイヤーを雇っての移動だ。

 学園から直接車に乗り込めば、乗り換えなど時間が必要なくなり予定より1時間程早く着いた。これは、移動時間が半分となったことを示しており、今後の移動方法として候補に挙げるべきかとティナは思案する。


「ねぇね、おかえりー!」

「はーい、ただいまー。ハルは元気でしたか?」

「うん! げんきだったよ!」


 家に着くなり、幼い弟が飛び込んで来た。リビングから帰宅する様子が見えたのだろう。怪我をしない様に柔らかく受け止め、抱き上げて頬に再開のキスをし合う。

 そして、子供特有の柔らかい頬を指でプニプニとつつく。弟はくすぐったいのか、キャッキャッと笑い声を上げながら身体を捩る。

 フワリと、淡いブロンドに輝く弟の髪が鼻をくすぐる。


 天然の金髪は突然変異であり、全体の2%程度しか存在しない。その2%の多くがヨーロッパ圏で生まれるため、比較的見掛けることはあるのだが、人類で最も多い髪の色は黒と栗色である。

 突然変異、所謂アルビノの一種であるが発生の原因は諸説があり、食糧難時代の栄養不足や性淘汰説など、今なお判明はしていない。碧眼なども同様な突然変異である。瞳の色も一番多いのは茶系。(日本人も、よく見ると濃い茶系)

 ヨーロッパ圏の人種でも子供の内は金髪だが、年と共に茶や黒が濃くなることが殆どである。ティナは、幼少の頃はプラチナブロンドであり、成長と共に今のストロベリーブロンドに色が落ち着いた。しかし、どちらの色も希少な2%の部類だ。


 弟との邂逅が一息ついたタイミングを見計らい、執事服に身を固めた壮年の男性が恭しくお辞儀をしながら声をかけて来た。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。」

「ただいま、バルドさん。荷物が多いので運ぶのを手伝ってくださいませんか?」

「これはまた、大荷物でございますね。」


 大型のスーツケースに、武器デバイス用アタッシュケース、コンテナに近い鎧格納用ケースが2つ。どう考えても数人で搬送する量だ。ハイヤーを雇ったのも納得である。

 えっちらおっちらと家の中に荷物を運んでいく。弟はティナの周りを楽しそうにクルクル回りながら付いてくる。

 キャスター付きではあるが嵩張る荷物を運びつつ、いっそ個人事務所を開いてサポーターや移動・運搬なども専属で人を使うか、と真剣に考えるティナ。


「ただいま帰りました。総出のお出迎え、ありがとうございます。」


 玄関口のエントランスでは、両親とメイド二人が待ち構えていた。弟が走り出し、母親に抱き着く。


 背が高く、やわらかい笑みを浮かべる男性はブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の現当主である父、ヴィルフリート・ユストゥス・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク。

 弟をやさしく抱きとめるのは、ティナのストロベリーブロンドを茶系で濃くした髪を持つ母、アルベルタ・ジーグルーン。

 まだ幼く元気一杯にちょこまか動き回る弟は、ミヒャエル・ジークハルト。

 ドイツから一緒にエスターライヒに来たメイドのブリュンヒルト・フリッシュと、アンシェリーク・ハブリエレ・ファン・クレーフェルト。

 そして、執事服を着ているが家宰であるバルドゥイーン・イェルク・ヘンリック・ブルーメ。

 そこにティナが加わり、エスターライヒにおけるブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の面々が揃ったことになる。


「おかえり、ティナ。元気そうで良かったよ。」

「おかえりなさい。身体は大丈夫? 無理してない?」

「ええ、全く問題ないですよ? むしろ調子が良くなったくらいです。」


 両親の言葉は、春季学内大会で奥義を使用したことからの言葉が混じっていた。

 特に母は、奥義Sonne陽の Machtを長時間使ったことに対して、どれだけ身体に負担がかかるのかを知っているため、まだ身体が完成していないティナに悪影響が出ていないか心配であった。

 

「おかえりなさいまし、お嬢様。」

「お嬢、おかえりー。」

「ヒルドさんもエレさんも、お元気そうでなによりです。」

「お嬢様、装備ケースは道場にしまって宜しいですか?」

「そうですね。それでお願いします、バルドさん。」

「かしこまりました。ヒルド、エレ、手伝ってください。」

「はーい。じゃ私、これ!」

「エレ、真っ先に一番小さいものを選ばないでくださいまし。」


 バルドとメイド二人で、騎士シュヴァリエ装備品が入ったケースが運ばれていった。

 ティナもスーツケースを自室へ置きにいく。弟が楽しそうに後を着いてくるのを微笑ましく思いながら階段を一緒に登っていった。


 ティナたち家族は、エスターライヒの国籍を取得しているが、あくまで本籍はドイツである。

 そして、父親は、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク本家の当主、つまり一族の代表である。貴族制がなくなり一般階級でこそあるが、世襲を許可された名誉称号を持ち、カレンベルク地方の大地主であり、一族によるコンツェルンの総帥でもある。

 実際、当主の仕事は書類決済など事務仕事も含めると膨大な量となり、個人でこなすことはまず不可能である。そこで、貴族時代から代々数百年に渡り家宰を務めて来た公爵家の寄子よりこであったブルーメ元男爵家が引き続き取り仕切り、業務を回しているのである。執事や秘書ではなく、今でもなのである。

 また、貴族時代からの縁故などで来賓を招かざるを得ない事態が度々発生する。権力者との付き合いは未だに続いているのであった。そのため、最低限でも専属メイドが必要になる。彼女達二人も一族に長く仕える家系であり、ハウスキーパーからオールワークスまで全てこなせる様、教育されている。その中でも要人警護の才能があり高い戦闘力を持ち合わせているエレを警護担当として充てている。

 会社の社長だから執事やメイドがいる訳ではなく、業務に必要不可欠な人材なのである。



 食後にリビングで寛ぎながら紅茶を共に、お土産で買ってきたバウムクーヘンを賞味する。薄めにスライスしたので風味が引き立つ。

 両親は、送っておいたビールを片手に寛ぎの時間である。瓶ビールを手酌でもクリーミーな泡を立てられる拘りの注ぎ方を披露していた。グラスの半分まで一気に注ぎ、泡が落ち着いたところで泡の中心にゆっくり少しずつ注いでいくと口当たりの良い泡が出来る。最初の一気に注ぐ加減が程好くないと失敗するが。


「ねぇね、おいしいー。」

「ふふふ、そうですか。よかったですねー、ハル。」


 ニコニコとそう言いながら、弟の頬っぺたに付いたケーキ屑を取ってやり、ポロポロと零れているケーキの欠片を片付ける。

 幼児の食事は基本的に、パサパサと崩れるような食べ物などは、細かい食べかすが散乱するのが普通だ。幼いが故にそこまで気を配れないのだ。クッキー、ビスケット、スナック菓子等は、顕著に顕れる。

 だからと言って、目くじらを立てて叱ってはいけない。少しずつ自分で覚える様に導くのが大人の役割である。


「ふーん、UMAMIか。それほど違うものなのかい?」

「そうですよ、おとうさま。あれは驚きました。水から違うと全く別な風合いになります。」


 ここ暫く、ティナは日本食を食べる機会が多かったため、出汁の可能性について話していたのだ。


「うちでも美味しく作れるかしら。」

「軟水を使うことが重要かと思われます。それと、おかあさまでは無理だと思いますが。」


 母、愛称ルーンは、野外で食事を作るのが得意だ。森の中で竈を作り、狩った獲物を焼いたり、焚火に栗を放り込んで焼いたりなど。実に野性味に溢れており、探検家や中世時代、移動中の食事風景はこうだったのだな、と誰しも思いを馳せてしまう程。その演出は意図したものではないのだ。まぁ、大雑把で適当料理と言うのが正解。


「娘が酷いことを言うわ。遅い反抗期かしら?」

「なにを仰るやら。塩胡椒、時たまその辺のハーブをすり込むくらいの味付けで、後は直火焼きでしょう? UMAMIもへったくれもありませんよ。」

「まぁ、そう言ってやるな。キャンプの時は大活躍だったじゃないか。」

「取れたてのForelleトラウトの塩焼きは美味しかったですが、基本、焼く、蒸すですから…。」


 確かに、遠くの産地から加工してきた食材よりも、取れたてを食べる方が美味い。その姿勢は日本食の根本にある素材の持つ美味しさを楽しむ心の様だ。だがこれは。旬のものを旬の内にもっとも美味く食すため、素材の味を生かす様に料理法が発展してきた日本食とは、似て非なるものである。


「そのミュンヘンにある、懐石料理屋?だったか。その内、家族で出かけるのもいいな。」

「私は、ローセンハイムのお蕎麦屋さんが気になるわ。この辺りは日本食のお店はないのよね。」

「おでかけするの? ハルもいく! きがえてくる?」

「はいはい、あわてないあわてない。おでかけは今日じゃありませんよ?」

「あしたー?」

「ざんねーん。あと何回か寝たらですね。良い子にしてたら早くお出かけできますよ。」

「うん。ハル、よいこにしてる!」


 えっへん、と胸を張る弟に顔をほころばせながら、やさしく頭を撫でる。弟は嬉しそうにキャッキャと笑いながら首をすくめ、首を預ける。

 それに引き換え、父親の顔は神妙だ。


「おいおい、ティナ。私はこれでも忙しいんだぞ? いつになるか約束はしかねるんだが。」

「そのくらい家長として何とかする気概を見せて下さい。小さいころに家族との思い出をたくさん作ってあげることこそ然るべしです。」

「ルーン。ティナがもっともな意見を叩きつけてくるんだが。」

「その点に関しては、ティナに賛成です。ヴィルは少し働きすぎるきらいがありますから。」


 女性陣に「仕事が忙しい」の台詞は、いつの時代でも通用しないのだ。女性陣は忙しいことは判っているのだ。なのに、それを改善もしくは努力する態度も言葉すらださないことが問題なのだ。

 男性陣は「家族のために働いてる」と良く言うが、誰かに対しての「~のため」と言う行動は、その誰がしかに責任を預けている様なものである。

 極端な例を挙げれば、戦いなどがあり「君のために戦う」などと気障きざったらしいセリフを恋人に吐く青年。戦いに勝利するも結局亡くなってしまう。悲しみに暮れる恋人。ドラマなら悲恋としてエンドロールが流れていることだろう。が、しかし。宜しくない。「君のために戦って死んだ」のである。戦う理由も死んだ理由も恋人に押し付けている。お判りいただけたであろうか。

 なので、忙しくてなかなか早く家に帰れない夫君は日頃から台詞を用意しておこう。自分も頑張って何とかしようとしてることを匂わせつつ、キーワードに「謝罪」と「自分の不甲斐なさ」を入れて全面降伏しなければ戦争になる。少し尻に敷かれるくらいで丁度上手くいくのだ。


 これこそ閑話休題と書かねばならない。


 今、リビングにある大画面モニターで中国ヒーナ全国大会予選で行われた試合の動画を見ている。予選だけでも相当数の試合が行われており、ネット放送局に動画がアップされるまでかなり待たされた。そこから該当の動画を見つけるだけでも一苦労である。

 早朝の2時頃、花花ファファよりメールが届いた。時差が7時間あることを忘れていた様だ。メールの内容は、彼女が出場した河南省地区の予選で、全国大会出場枠4名に入ることが出来たのだ。


中国ヒーナの試合は独特ですね。みな、ジェットコースターの様な速度と展開になっています。」

「ふむ。やはり花花ファファの技術は頭一つ抜けています。速度に正確さ、それと読みが秀逸です。」


 準々決勝まで、格上相手にヒヤッとする場面もあったが、花花ファファは順調に勝ち進んでいた。ここまで来たら4位確定のため、全国大会への出場権を獲得している。


「ああ、この方、昨年の世界選手権大会で、初戦にヘリヤを引いた犠牲者ですね。この方の戦法は、花花ファファと相性最悪です。」


 その試合は準決勝で、花花ファファが惜しくも負けてしまった。傍目から見ても相手は、相当の武を持っていると判る。そして攻撃の全てを虚で構成しているため、全ての技が欺瞞であり、攻撃が非常に読みにくい。だが、花花ファファは3試合目まで食い下がり拮抗していた。しかし、後一歩が届かなかった。この相手は、その後も勝利したことで、河南省地区の予選1位を通過した。

 そして、花花ファファは3位決定戦で勝利した。


「この間の学内大会でも思ったけど、随分と洗練された身体運用を使うよね、あなたのお友達は。」

「ええ。彼女は、自分の技が美しいと知らしめるために騎士シュヴァリエになったくらいですから。」

「私達の技とは正反対よね。鏖殺おうさつ術は殺伐とし過ぎているもの。」

「まぁ、それもアリだとは思っていますが。先日、アバターデータを撮りに行ったときも驚かれましたよ。」

「普通は驚くでしょうね。あら、ハルは静かだと思ったら寝ちゃってるわ。ヴィル、お願いね。」

「はいはい、部屋に運んで来るよ。」


 父は、寝落ちしている弟を抱きかかえ寝室へ向かっていった。抱きかかえた途端、無意識に寝やすいようにしがみ付く幼児の挙動は可愛らしくも面白いものである。

 その姿を見送った後、母と娘の目が合った。


「予選1位の、上がってくるわね。」

「ええ、来ますね。」


 そう、世界選手権大会に、である。


「あなたと、当たるとしたらどう?」

「むしろ私との相性は抜群です。虚しかない技など、何をしたいのか手に取る様に判り易い上に組し易い。相手の策に付き合ったとしても問題になりません。あの方、多分、他の武術との戦いにあまり慣れてませんしね。」


 虚実、欺瞞を使い分け、更に今まで幾つもの技術を隠しおおせて来たティナからすれば、実のない虚など足枷を嵌めて戦っている様なものである。あの戦法は、高速な技の応酬が常であるため先読みの能力が鍛えられた花花ファファなど、同系列の武術家に特化していると言える。虚実や策略を主軸に戦う者や、全く様式の異なる武術などには通用し難いだろう。且つ相手が高位の武術者となれば、まず対応されてしまう。


「あれは、ヘリヤはもちろん、エデルトルートやエイルにも効きませんね。相手の技に如何様でも反応できますから。あ、戦い方は違いますがマグダレナにも効かないですね。」

「確かに同じ系列の武術をターゲットにしている技ね。それにしても、この国のほとんどのは、他の大会でも見たことがないわね。」

「どうなんでしょう。Chevalerieシュヴァルリを取り入れながら、その実、自分たちの武術を競うのみで需要を満たしてしまったんじゃないでしょうか。」

「そんな騎士シュヴァリエ達、いえこの場合、武闘家とでも言いましょうか。その武闘家達の戦いで完結している雰囲気をたまに見ます。外の世界には強い相手や思いもよらない戦い辛い相手などたくさんいるのに。」

「ああ、そんな感じね。同じ系列の武術で人数が多くなると外へ出る必要もなくなる、ってね。」


 例えばである。伝統を重んじる大国や武術などは、国内需要で事足りてしまうのである。なにせ、流派の武術を使う者の大多数が国内に存在し、その中で1番を決めるならば外の大会に出る必要性を問われることになる。そして、その様な地域は排他的とまではいかないが、国外の武術が入ってくることは非常に少ない。

 だが、Chevalerieシュヴァルリは剣戟競技ではあるが、ある意味、異種格闘技に近い。剣を使うだけで、全く異なる武術同士がぶつかり合うからだ。だからこそ世界で戦うには他の武術を知る必要がある。

 中国ヒーナの全国大会予選準決勝では、花花ファファが相性の悪い相手でも善戦した。むしろ、もう少し時間があれば対応が追い付き、勝敗が変わっていただろうことが伺えた。それは、彼女が先見の明でヨーロッパに留学し、世界中の様々な武術と戦ってきた経験があればこそ花開いたものであった。


「ともかく、花花ファファが予選を通ったのはおめでたいですが、月曜から本選らしいので大会の進行が駆け足し過ぎです。」

「2週間通しで予選から本選までこなすなんて、移動時間とか疲労とか度外視ですか!」


 他国では、予選から決勝までは、大抵1週間程度の余裕がある。先の移動や、疲労などの回復、装備のメンテナンスも必要になることもあるだろう。

 それらを無視していることに、Chevalerieシュヴァルリの大会をこなすのを優先して、騎士シュヴァリエが軽んじられてるのでは?と、ティナは憤りを感じて猛っているのである。

 個人的な感情なので、他国の事情は全く考慮していない。

 まぁ、普通はそんなもんだろう。


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