00-002.SHSについて

 21世紀後半からVRやARはもとより、MR(複合現実)は一般に浸透し、生活の一部となっていた。

21世紀終盤から22世紀初頭にかけてMR機器メーカ「safetyplant industry」(以降「SPI」と呼称)によって開発された、MR技術から派生した「Solid Hologram System」(以降「SHS」と呼称)は、特定の条件を満たした「Solid Hologram Field」(以降「SHF」と呼称 )と名付けられた環境下にて疑似的な質量を付与したホログラム――「触れることが出来る映像」――を生み出すシステムとしてリリースされた。


 SHSはホログラムを生成するSHFと、ホログラムへの接触判定を実現する物質「Hologram Cell」(以降「HC」と呼称、詳細は後述)を一組として構成される。また、ホログラムの疑似的な質量を身体へ体感させる必要性がある場合は、既存のMR向けに発売されている頭部装備型の簡易VR機(※1)を転用する。

 SHFは、各種波形やイオンの発生と観測、量子データや電子データを送受信する機能を持ったポール(最低3本が必要)(※2)と、制御・演算用の電算機1台が基本構成となる。空間を囲むよう、2つの辺を形作る角毎にポールを設置することで、辺と角を結ぶ内側がエミュレート空間となり、ホログラムが発生可能な環境を構築する。それぞれの辺は、ポール間を可視レーザー光で結び、有効範囲外を視覚的に判別できるようにしている。

SHF環境下では、ポール設置内側で各種波形を計測することで、床にあるイスや野外であれば岩や小石など、実際の物体の配置位置を読み取り、障害物オブジェクトとして当たり判定を制御できる。

また、フィールド内部で障害物が多い場所など、複数の障害物による計測波等の死角が多いエリア(※3)でも、電算機のモニタへエリアのどこが問題点となるか画像表示され、追加のポール設置可能範囲と最良配置位置がカラー表示される。配置位置がユーザを阻害する箇所である場合、設置可能範囲内にて位置を調整する。


 SHFが構築した環境下にて、光波、電子線、マイクロ波等に反応する物質を開発し、物理的な手段を用いたホログラムへの干渉方法が確立された。この物質は、既存の金属系素材と科学薬品による合成から成り立ち、「Hologram Cell」(通称「HC」)と名付けられた。(※4)

HCは、比較的安価で生成が可能であり、粒子状や繊維状など柔軟に加工が可能、更に塗料やプラスチック等へ混入しても効果が損なわれない特徴を持つ(※5)。形状に制約なく成型出来るため、様々な分野での利用が期待された。

 2110年。「触れることが出来る映像」は、医療、軍事、教育現場などの公共事業を中心に活用された。本来、実物が存在しなければ不可能であった訓練の実現や技能の習熟、現実をエミュレートした検証試験の確度向上等、「触れる」ことよる効果は非常に高かった。また、システムが比較的安価で構築できることも好意的に受け入れられた。2115年には、その有用性が認められ確固たる地位を獲得し、各国の公共機関を中心にこぞって導入された。


以降、SPIでは、SHSの持つ汎用性が、様々な分野で幅広く利用出来るものと判断し、まずは一般市場の顧客開拓、そして、仮想現実技術があまり普及していないスポーツ分野への展開を目標とした。(※6)


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[本文注釈]

※1)簡易VR機:小型のアクセサリ型脳波制御装置。頭部へ装備する。脳へ特定の信号を送信し、身体へ状況による負荷を与え、現実であるように錯覚させる。日常で使用する装置のデフォルト機能となったが、主にMRゲームなど、プラスチック製の剣へ本物の重量感を与えたり、身体部位の動作に負荷をかけ、ダメージを表現する等に用いられることが多い。機器は、ヘアピンやイヤリング、カチューシャ等の一般のアクセサリー状のものから、眼鏡、ヘッドセット、ヘルメット等、多岐に渡ったサイズやデザインにて発売されている。基本仕様は国際標準化している。


※2)ポールは傾きに対応した仕様となっており、設置位置に対して垂直である必要はない。また、フォーカス位置を追従可能なカメラが複数個実装されており、高画質な動画を電算機へ保存する機能がデフォルトで設定されている。設定した録画対象を自動トレースする機能もあり、動画制御用端末を増設することで放送局のカメラワークと同等な操作が可能となる。臨場感のある映像をリアルタイムで配信することも可能とした。また、ドローンの映像も管理することが出来るため、表現の幅が広がり、ユーザに好意を持って受け入れられた。


※3)森林など、乱立する樹木が死角となるケース等。


※4)組成式と作成方法は一般公開されていない(情報秘匿のため特許申請は未実施)。一般での利用は、メーカからの提供のみとなる。


※5)成型時に300度前後の高温となる場合、組成が分解する。また、融点が低い金属を母体とし混入した場合も、組成が分解する。


※6)一般的に、ハードルや高跳びのバーなど、競技で使用する機材等は、MR技術が導入されているが、仮想現実技術を主軸に置いた競技は定着していない。


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