01-024.Ankunftsort≒姫騎士×戦乙女 ~ティナその2~

 第1試合。ティナとヘリヤは互いに1本取得でスコアはイーブンとなった。

 ヘリヤが1本取得されるのは、実に2年半ぶりであるため、未だに観客席の賑わいは引くことがない。


 そして、第一試合のリプレイをダイジェストで流していたインフォメーションスクリーンの映像が、現在の試合コート画面に切り替わる。

 第2試合が開始される前準備である。それを見た観客の騒ぎも収まり、試合が開始されるまで固唾を呑んで待っている。

 試合会場は、一瞬にして静寂に包まれた。そこへ解説者のアナウンスが響く。


『会場の皆さん、放送をご覧になっている皆さん、お待ちかねの第2試合です!』

『第1試合では、フロレンティーナ選手の息を付かさぬ攻撃に、防戦一方となったヘリヤ選手! 最後は相討ちによる双方1本となる好試合でした!』

『これから始まる試合はどの様な展開となるのか想像もつきません! 姫騎士と戦乙女の戦い、これより開始です!』


そのアナウンスを引き継ぎ、審判が合図をだす。


『双方、開始線へ』


 ティナとヘリヤは試合コート中央へ相対する。

 姫騎士と戦乙女。

 お互いが騎士シュヴァリエ足るを成すものが全く違う。

 だが、見ている先が違っても騎士シュヴァリエである限りどこかで繋がっている。たとえ一時ひとときしか交わることがなかろうと。



 本当に楽しいことがあった様な笑みをたたえてヘリヤが話しかけてくる。


「あはは、1回戦は良いところが全くなかった。あんなに押されたのは久しぶりだったよ。」

「なにを仰いますやら。こちらの攻撃をしっかりいなしていたじゃありませんか。」

「そっちこそ良く言うよ。全力のあたしから1本取るなんて自慢じゃないが容易く出来ないぞ?」

「あれはオマケで得た様なものです。次はいただきます。」

「ふふふ、そうか。楽しみだ!」


 ティナは、「あれは本気で楽しみにしてます。流れで言わなきゃよかったです。Der Mund ist die Wurzel allen Unglücks. 『口は災いの元』です。」などとボソボソ呟きながら少し後悔している。しかし、この娘、言ったことは必ず成し遂げる底力がある。


『双方、抜剣』


 抜剣の合図でティナの剣とナイフの刀身が生成される。サブ武器デバイスウェポンは変えずに同じナイフを使っていく様だ。

 ヘリヤを見るといつものマーブル状の波紋がある緋色の剣を抜いているが、右胸の下辺りにぶら下がる様にサブ武器デバイスウェポンの鞘をマウントしている。刃渡り40cmは超えている大型ナイフであるため、いつもなら剣帯にぶら下げている。

 目ざとくティナは短剣の位置が違うことを見つける。何かのために、あの位置に変えた理由がある筈だ。ヘリヤは二刀を習得していない。だとすれば、こちらが剣を絡めた際の対応としてナイフへ切り替えると想定出来る。


『双方、構え』


 ヘリヤは、左脚を前に出し軽く膝を曲げ、左半身になりながら肩の高さで剣を引き持つSchlüsselの構えを取る。

 ティナの構えもまた変化した。脚の歩法は同じだが、剣の持ち方が違う。右手は胸の高さに剣先を真っすぐ立て、左手のナイフは剣の前に十字となる様に置いている。


「(また、新しい技を魅せてくれるのか。期待してるぞ!)」


 ヘリヤは、次々と見知らぬ技を繰り出すティナの底知れなさを評価している。

 一体、どれ程の技を隠しおおせていたのか。

 垣間見る技の練度は、今まで見せていた王道派騎士スタイルよりも遥かに高い。

 自分と戦うには、その隠していた技を出さざるを得ないと判断してくれたことを嬉しく思う。

 ヘリヤの強さは、そのためだけに在るのだから。



 ティナは、試合冒頭から短期決戦を仕掛ける。

 いや、精神力、体力とも短時間しか持たないため仕掛けざるを得ない。もって後30秒。

 祝詞を紡ぎ、基底状態の奥義を励起する。


「(初っ端から飛ばしていきますよ!)」

「(Wiederaufnahme.)」

 ――再開



『用意、――始め!』


 第1試合を再現するかの様にティナが高速に飛び出す。ヘリヤのに向かって。

 まず、Schlüsselの構えを崩すため、左半身になっているヘリヤの左肩から左膝までにかけて弧を描く様に垂直に一閃する。

 ヘリヤは、剣でバインド鍔迫り合いし、ティナの左側へ攻撃の導線を外しながら受け流す。

 その挙動で左前腕が斜め横に降りてきたところを左手のナイフで刺突するが、ヘリヤが左脚を後ろに引き、たいを右半身に変えながらナイフを回避する。

 そこへ右手の剣を反時計回りに巻きながら、ヘリヤの右手にたわめ切りを仕掛ける。

 ヘリヤは、巻かれながら剣を跳ね上げる様に持ち上げ、攻撃の導線を外す。

 同時に剣を持ち上げてあらわになったヘリヤの右手へ下からナイフを摺り上げる様に切りつける。

 それをヘリヤは、剣身の鍔元をずらして受け流す。

 カキン、と固いものが打ち付けられる音がする。

 ナイフを防御するため、バインド鍔迫り合いの圧力が減った瞬間に、剣を滑らせ右上腕へ刺突を放つ。

 ヘリヤは、身体がぶれるのではないかと言える程の迅速さで、後方に飛び退いて距離を取った。


「(今の5連撃はかなり厳しかったな。あれを受けきれるのは数名いるかどうか、かな。)」

「(左右の剣が別々に踊るなんて、鮮やかな技だなぁ。始めて見る技ばかりだ。)」


 ヘリヤは、今の一交差でティナの技に感嘆する。初めて見る技と西洋剣術の融合も見て取れ、とても新鮮に映る。

 彼女は、戦いの中で夢をみる。もっと、この夢を見ていたいと願う。


 5連撃を受けるヘリヤの動作は腰の回転を使った激しいもので、エイル同様、スカートがプロペラの様に広がったりする。

 今日は薄緑の下着だが、ティーバックではない様だ。

 形の良い臀部の下半分を覆う下着は、ピッチリと肌に密着している。

 尻肉に少し食い込んでいるのだが、左右で食い込む位置が違うため、ムッチリ感が際立つ。



 ティナの継承している、フィンスターニスエリシゥム鏖殺おうさつ術の5連撃は、本来、斬撃や突きなどを織り込み高速で打ち込む技である。それを二刀に組み替えて実行した。

 ほんの数秒の攻防だったが、左右からの時差式同時攻撃を全て受けきられた。


「(むぅ。やはり、速い斬撃程度では、数を増やしても対応されますね。ただ、どんな状況でも精密さは崩れない、と。)」

「(ならば、こちらの心臓部分クリティカルを狙ってもらいますか。)」


 ティナはヘリヤと離れた場所のまま、剣とナイフで十字となる構えを再びとる。


「(そんでもって、Schatten Macht, Geliehen.)」

 ――陰の力、借用



 ヘリヤの真正面に向かって再びティナが高速に飛び出す。

 しかし、剣を振る素振りは見せない。


「ああ、ティナは5連突きをやった時の身体運用使ってるな。これならどうくる?」


 ヘリヤは小さく呟きながら左脚を踏み込み、ティナのがら空きの心臓部分クリティカルに繋がった攻撃の導線へに神速の突きを放った。

 その瞬間、剣に重量物が当たった様な衝撃が走り、左に弾かれた。いや、ティナの剣が添えられ、抑え込まれている。そして、引きずられる様に大きくたいを崩される。


「(とと、凄い力で持ってかれるな。)」


 ティナは、そのままヘリヤの剣を押し込み引きずる様に、時計回りで身体ごと回転しながら剣を横回転で胴を薙ぐ軌跡を描かせる。まるで高速の独楽こまやいばが付いた様だった。花花ファファが見せた横回転の連撃に似ている。

 独楽こまが1回転終わる一瞬の内に、ヘリヤはティナを迎撃する態勢になっている。次の回転が始まる前に攻撃を通す。

 まず、遠心力を増し加速した横薙ぎを一瞬のバックステップでやり過ごし、戻りぎわ心臓部分クリティカルへ突きを放つ。

 その神速を謳われる突きは、ティナの左手のナイフで受けられ加締められた。そのまま剣は頭上より高い位置に持ち上げられる。

 元より1回転で終わりだとでも言う様に、正確に受けの体勢を取られていた。つまり、罠であった。

 

「(っ!! 剣が全く動かせない! 只のパリング受け流し用ダガーじゃないのか!?)」


 一瞬の猶予もなく、やり過ごしたティナの剣が高速で戻ってきた。

 ヘリヤは、瞬時に反応し、左手で大型ナイフを引き抜き迎撃態勢を取る。

 が、ティナの剣は攻撃箇所には襲ってこなかった。


 ――バキン


 強引に力で何かをへし折った鈍い音が聞こえ、マーブルの波紋が入った緋色の剣が尖端から半分程、宙に舞い、照明に照らされ煌めく。


 今回、ティナが持ち込んだナイフは、特化したソードブレイカーである。武器デバイスの元となったオリジナルが作成された中世当時、ただでさえ貴重だった坩堝るつぼ鋼をふんだんに使い、剣を折ることだけに最適化した頑強な造りをしている。所々にある鋭利なかどや強力な梃子となる握りの構造で、通常の騎士剣ならば片手で破壊することが出来る。

 ただ、ヘリヤの剣も坩堝るつぼ鋼であり、非常に強度が高い鍛造物であるため、片手で破壊することは難しい。そこで、ティナはヘリヤの剣が加締められている個所に自分の剣を高速で打ち付け、ソードブレイカーが持つ梃子の力を後押しした。

 吹き抜けた剣が戻ってくる挙動となるため、ヘリヤはナイフで防御をしようと反応するだろう。

 更に剣を折った後、ソードブレイカーで再びヘリヤの剣を固定し、完全に無防備にすることで安全に攻撃が行える。

 その計略の結果は上々だったと言えるだろう。


 ティナは、剣が折れて出来た隙間からヘリヤの剣を外に押しのける様に心臓部分クリティカルへ剣を突き込んだ。

 その時ティナは、ヘリヤの挙動に信じられないものを見た。

 あれは、まさか――


 カカン、と甲高い金属を打ち付ける音がする。


 ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音が場内の隅々まで響き渡った。



 ティナは、奥義の終了を開始する。正直、これ以上は維持出来ないからである。

 終了の祝詞を紡ぎ、暗示を解いていく。


「(Schatten Macht, Rückgabe.)」

 ――陰の力、返却


「(Kündigung Verfahren.)」

 ――終了準備


「(psychische Kraft,Befreiung.)」

 ――精神力解放


「(Schließe die Macht und die Psyche.)」

 ――力、および精神閉塞


「(Ende. alles klar.)」

 ――終了、OK


「ふぅ~~、疲れました。明日は筋肉痛ですね、きっと。」


 アドレナリンの大量分泌が終わり正常な時間の世界に戻ると、一気に疲労感が襲ってきた。

 正直、今すぐフカフカのベットで横になりたいのだが、まだ騎士シュヴァリエとしてやることは残っている。



『し、試合終了! 双方開始線へ』


 審判が動揺している。いや、審判だけじゃなく、解説者席も観客も、メディアの特派員も観戦していた騎士シュヴァリエ達も全て動揺もしくは唖然としている。

 その理由が今、告げられる。


東側オステン フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手 2本』


 ティナは、世界ランキング1位の騎士シュヴァリエの武器を破壊し、2本取得と言う快挙を成し遂げた。


 だが、そこまでだった。


 それすらも上回られた。


西側ヴェステン ヘリヤ・ロズブローク選手 さ、3本』


『よって勝者は、ヘリヤ・ロズブローク選手』


 審判が勝者を告げた瞬間、場内が揺れる程の歓声が上がった。

 3本取得しての勝利は史上初である。尚且つ、相手は2本取得している。これはヘリヤが瞬間的に2本取得したことに他ならない。本当の意味で刹那の攻防が展開されたのだ。



 突如、高らかに笑い声が上がる。


「あはははははは、はははは!」


 ヘリヤが腹を抑えて笑い出していた。笑い過ぎて涙が零れている。


「あはははあはは、っはっはっ、はぁはぁはぁっ」

「全く、なんて凄いんだ! 剣を折られるなんて! 本当に、本当に全て体験したことがない戦いだった!」

「こんな楽しいことは初めてだ! ありがとう、ティナ!」

「いえ、この場合、私から優勝おめでとうございます、と言うのが先ではないかと。」

「なんだ、随分テンションが低いな! ありがとう! でも勝ちより、この試合が出来たことがうれしいよ!」

「良い餞別になりましたか?」

「もちろん! 最高だ!」



 ティナの剣がヘリヤの心臓部分クリティカルを貫く瞬間、ヘリヤは左手に持つナイフをティナの心臓部分クリティカルへ狙い、固定した。

 その瞬間、左腕とナイフが高速にぶれた。

 この時点でティナは敗者となったことを悟った。


 以前、エイル戦でティナが使った、身体能力のリミッターを外し神速の刺突を5連射する技。

 その原理をヘリヤが模倣した。初めて使うだろう技のため、2連射ではあったが正確に心臓部分クリティカルを2回貫いた。


 最後は、心底驚かされてしまった。

 だが、今回は予定通りにヘリヤのが出来た。

 布石は打った。

 それは、相対あいたいした時に効いてくる。



 試合終了後、入賞式、閉会式と続き、なんだかんだと解放されたのは19時を過ぎたころだった。

 メディアの依頼でインタビューが開催されたため、姫騎士Kampf格闘panzerung装甲バージョンの周知と売り込みも出来て仕上げは上々だ。

 TV局だけではなく、世界規模でネット配信をしている放送局も参加していたので、きっと広く一般で認知されるだろうと、ホクホク顔のティナ。


「(最初は、1ポイントくらい取れれば良いと思っていましたが、意外と戦えました。しかし、奥義全開でないと手も足も出ないのが何とも言えません。)」


「(はっ! それよりKampf格闘panzerung装甲を着るときの方向性を決めないと! コレ専用!みたいに付加価値を考えないといけません! 最重要案件です!)」



 あと一歩で世界ランキング1位に勝利するかも知れなかったのに。

 やっぱりティナはティナであった。


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