第36話 表屋虚のとある暴走 - 2
ばらせば全員殺す。
そう告げて、俺は
ズルっとくずおれた白塗沢が、ヒューヒューゼーゼーと苦しげに呼吸する。
それを無視して、俺は
「いいだろう。まず、あの幽霊をなんとかしろ」
あの少女の幽霊を思い出す。
母親にあいたがっているだけの少女だった。もう、自分が呪っている自覚すらもない少女。その少女を縛り付けるのも忍びない。何より、空の邪魔になるものを放置してはおけない。
俺の視線を受けた潔子は、そのまま流れるような動作で
その視線を受けた八重子が後ずさりをする。
「返して差し上げればいい。表屋さんを呪っているのその子供の想いを、術者に。子供が開放されれば、彼女も安心して逝くでしょうから」
少女の想いを術者に返す。
潔子の申し出に、俺は首をかしげて見せた。というのも、実際それをどうやるのか俺にはわからない。
「約束……潔子、破るの?」
固い声音で潔子を問いただしたのは八重子だ。
約束とはなんのことか、それも俺にはわからないが、その約束が破られることは八重子の顔を青ざめさせるくらいのものらしい。
潔子はと言えばどこ吹く風。素知らぬ顔でツンと顎を突き出して笑っていた。
「ここで表屋さんに殺されたいのでしたら、わたくしは黙っておりますけれど?」
「……」
押し黙る八重子を潔子は鼻で笑ってみせる。
ある意味この場で最も落ち着いているのは潔子だろうか。あるいは唯一沈黙を守る
毒島に目をやれば、やはりどこか興味深そうに状況を見るばかり。危機感を持たない性格らしい。
「表屋さん。お部屋に入れてくださいませんか? まずはその少女に会ってみませんと……。わたくしは霊媒師。少女の霊を送り返してさしあげますわ」
潔子はそう言うと、着物の合わせから鈴のようなものを取り出し、袖を振ってそれをならした。
リーンという澄んだ音が響き渡る。
ほうっと声が漏れた。それほど澄んだ音だったからだ。
しかしそれに耳を傾けられたのは俺だけだったらしい。
当然骨折しているだろう進士と首を締められていた白塗沢は苦しげな声をあげている。
そして八重子は拒絶するように首を左右に強く振った。
「嫌だ。八重子が痛いことになる」
「
「怖くないし!!」
これは、おそらく軽くあしらわれている。というか、誘導されているというべきか。年齢差が如実に現れているようにも思える。
正直八重子という少女のオツムの弱さが、すこし哀れにすら思える状況だ。
結局八重子が渋々頷くのは時間の問題だった。そしてそれを見届けた潔子が、「では、お部屋に連れて行ってくださいませ」と勝ち誇るのも当然の流れのように思えた。
潔子は淑やかな仕草で俺に近寄ってくる。
一瞬警戒を忘れる俺だが、俺とき横の間に、すっと入り込む人物がいた。
「部屋に上げてもらおうって? ずるい! 勝手に話進めて仲良くなろうっていうつもりなんでしょーけど。空くんを殺すのはアタシなんだけど?」
意味不明なことを言っている毒島だ。本当に空気を読めない性格らしい。
それに潔子と八重子が「そんなつもりじゃない」と同時に答える。
なんだこの茶番は。
「なんでもいい。はやくしろ」
焦れてそう言えば、潔子は再びころころと笑って見せた。
これだから女は……。すぐ話をそらす。
大体殺すと言っているやつの前でよくもニコニコと笑っていられるものだ。それは、このオトギリ荘の住人だからなのか……。
どうでもいいが。
「待ってください。そうするとボクは? 検体は?」
足元でうめいたのは白塗沢だ。
先程まで首を締められていたというのに、いい度胸だ。
「なんの検体にするつもりだったか知らないが、俺の体だ。誰がお前などに」
言えば、明らかにがっくりという様子で肩を落とす。
「せっかくよい検体を手に入れられなさそうでしたのに」
「不憫だな」
「あなたが死んでくれれば、ボクは二重人格者の死体を手に入れられたのに」
とつぶやくので、その背中を思いっきり踏みつける。
カエルが潰れたような声を上げて地面にべしゃりとはりついた男の背中を何度か踏みしめて、「黙れ」と一言おどせば白塗沢は口を両手でおおって黙った。
「二重人格……」
と毒島がつぶやく。
睨みつけると、なんてことはないという顔をしているものだから、毒気が抜ける。
いや、むしろ、難問を解き終わって清々しい想いをしているかのような表情で「やっぱそうなんだー」と毒島は言った。
「黙ってろといっただろう、毒島」
俺はため息を吐き出す。
毒島一笑に関しては、俺がバラしたような物だ。
あのときは、こんなふうにバラされることがあるとは予想していなかった。彼女にほのめかした理由は……。
いや、おそらくはなんとなくだ。
特に理由はない、はず。
「一笑だってば、空くんみたく同じように呼んでよぉ」
と毒島、あらため一笑が言う。
はいはい。と軽くあしらう。
「一応申しておきますが、人格など死んだ肉体には残りませんことよ、白塗沢さん」
「死体愛好家としてはどっちでもイインデスけどね」
こいつ……死体愛好家だったのか。
思った以上の変態具合に、俺は思わず引き気味になって、背にのせていた足をどけた。
ちょっと気持ち悪かった。
「では、もう一度……あなたの部屋に連れて行ってくださいますか?表屋さん。いいえ、虚さん」
潔子の笑顔も俺にしてみれば不気味で、俺はなんとも言い難い奇妙な感覚を覚えながら、頷いた。
ここの住人たち、やはり変だろう。
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