#08-03: レイズ・ザ・カーテン
いわば年末――私たちは海軍の査問会に呼び出され、先の戦いのあまりの不甲斐なさについて四方八方から糾弾された。そのどれもが、疲労しきった私とアルマには厳しく、そして同時に本当にくだらないものだった。ヴェーラやレベッカもこんな連中の相手をさせられていたのか――そう思うと胸が痛くなる。怒りも湧いてくる。
「反乱軍の殲滅の見込みは」
「参謀部にご確認ください。戦争は個人でするものではありません」
そう言ったのは、アルマだった。毅然と顔を上げて、顔も見えない将校たちに意見している。
「戦っているのは君たち
「国防と娯楽を両立――つまり、パンとサーカスを国民に与えるために、私たち個人に終わりのない戦争を続けさせている。そういう理解でよろしいですか」
そう言ったのは、私だ。私の意志とは全く無関係に口が動いている気がする。
「君たちに頼らざるを得ないのだ。
「私たちも将兵に無駄死にしろとは言いません。言いたくありません。ですから、
「口を慎め、シン・ブラック」
「そうおっしゃる権利があなた方にありますか」
私の言葉に空気が凍る。隣のアルマと顔を見合わせる。アルマはしかし、驚いた様子もなく、静かに二度頷いた。私も頷き返す。私はつとめて静かなトーンを維持する。
「あなた方は手を抜いたんです。私たち
「無策ではない! レスコやヨーツセンら、
「なぜ限られた者しか戦わなくて良い体制になってしまったのか。私はそれを訊いています。あなたたちがこうしてのんびり査問会などを開き、参謀部、情報部、保安部で足を引っ張り合っていられるような、享楽的な体制を作ったのか。私はそれを訊いています。血を流し、死に続けるのは私たち第一、第二艦隊ばかり。あまつさえ、断末魔すら悦楽の素材として搾取される現実があります。そんな体制を、誰が作ったのですか。いったいどなたが望んだのですか」
私の言葉に、誰も言い返さない。私は黙る。もう語ることはない。
アルマが息を吸う。
「ネーミア提督の艦隊は、あたしたちが対処します。厳しいものとなるでしょうし、当然、ネーミア提督は手加減などをして下さるような方ではありません。ゆめゆめ忘れないことです。あたしたちが壊滅した折には、ヤーグベルテは
誰かが机を叩き、椅子を蹴って立ち上がった。
その時だ。
「やめたまえ」
バリトンが響く。部屋の扉が開き、がっしりした体格の壮年の男性が――。
「だ、大統領閣下……!?」
この場に居合わせた者たちは例外なく驚いた。もちろん私もだ。
エドヴァルド・マサリク大統領は悠然と査問会の会場を突っ切り、私たちのところへやって来て手を差し出した。勢いで握手してしまう私とアルマだ。
「ご苦労だったね、シン・ブラック君、アントネスク君」
大統領はそう言うと、私たちを指弾していた将校たちに向き直った。
「ここは民主国家だ、諸君。ゆえに言論の自由は保障されるべきだ。君たちも、そして
「しかし大統領閣下。これは我々の組織の問題で――」
「現実を見たまえ。自分たちが招いたこの惨状をよく見たまえ」
将校の威圧をものともしない。大統領の大きな背中に、私とアルマは安堵する。私たちはいつの間にか手を繋いでいる。
「我々はこの十数年、国家の安全をヴェーラ・グリエール、レベッカ・アーメリング、および、イザベラ・ネーミアによって保障させてきた。その現実を否定できる者はいるだろうか? この子たち
大統領の朗々たるバリトンに、迷いは一つもない。
「我々はありとあらゆる意味で、
為政者による強烈な一喝に、場の空気が更に凍る。
「私はこの少女たちにありとあらゆる権限を与え、そしてこの状況を打破することを願う」
「しかしながら! 議会を通してもいないでしょう、大統領閣下! それでは
「黙りたまえ! これは亡国の危機である!」
「大統領!」
紛糾し始める将校たち。しかし、マサリク大統領の背中は揺らがない。
「
その若い命を我らがために使ってくれと言うのに、何故諸君らは頭を下げようとしないのか! なぜ守られるのが当然と、事ここに至ってなおも思えるのか。
私は言おう。諸君らは愚かな人間であると! イザベラ・ネーミアという怒りの女神を生み出してしまった一因であると! 無論、ヤーグベルテ国民もまた、その責を負うべきであると、私はここに明言する!」
私もアルマも、その演説を前にして圧倒されていた。互いに顔を見合わせはしたものの、何を言えば良いのかわからないし、何かを喋れる空気でもなかった。
「大統領命令として、軍にはイザベラ・ネーミア艦隊の撃破を命ずる。その一方で、私は、一人の人間として、ヤーグベルテの人間として、この若き
大統領は私たちを振り返り、深々と頭を下げた。
私たちは唖然としてしまって、ただじっと大統領を見つめるだけだ。大統領は動かない。私たちも動けない。将校たちはどよめいている。
アルマと私はほとんど同時に敬礼した。それ以外、何ができただろう?
大統領はやっとで顔を上げて、また、将校たちの方へと身体を向ける。
「私たちは、この不幸な
そう言い放ち、大統領は私たちを引き連れて会場を後にした。
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