#05-05: 血色の海

 私たちはその足ですぐに艦橋ブリッジに向かう。それと同時に、エディタからの緊急通信が届く――私たちが一瞬早く気付いたということだ。


『提督、敵性存在を検知しました。ナイアーラトテップも複数検出されています』


 艦橋ブリッジ正面にある巨大なスクリーンに、エディタの姿が映されている。この人はいつ寝ているのか。そう思わざるを得ないが、表情には疲労の片鱗もない。


『距離はまだありますが、いかが致しますか』

「現地へ急行して、無警告で殲滅します」

『……大半が新人のこの状況で、殲滅戦ですか?』

「だからといって、敵が容赦してくれるわけでもありません」


 レベッカはもうアーメリング提督の顔だった。容赦のない、鬼もく司令官だ。


「敵に超兵器オーパーツがいるとわかっている以上、通常艦隊をぶつけるわけにもいきません」

『敵戦力、出ました。航空母艦四、その他護衛艦艇八十、ナイアーラトテップ八』

「二個艦隊か」


 レベッカは少し思案した。そして私を見る。私は全身を硬直させる。


「問題ありません。本戦は多くの歌姫セイレーンにとって初陣にあたります。よって、本作戦のタクトは私が振ります。エディタはV級ヴォーカリストを中心に、ナイアーラトテップの殲滅を最優先に」

『了解しました、提督』


 エディタはそう言って敬礼し、通信を切った。


「マリー」

「は、はいっ」

「この戦いはあなたにとって、とても厳しいものになるでしょう」

「それは……」

「全てはあなたのため。おためごかしといわれようが、これから生まれる全ての犠牲は、あなたのためにある」


 レベッカはそう言うと、マントを翻して艦橋ブリッジから出て行った。旗艦ウラニアに戻るのだろう。私もうかうかしてはいられないと、艦内放送の鳴り響く中、コア連結室へと向かう。


 真っ暗な部屋の中で椅子に座り、セイレネスを起動する。手袋の裾を軽く引っ張る。


「ダウェル艦長、聞こえますか?」

『こちら艦橋ブリッジ、感度良好。あと二時間はぼんやりしていても良さそうですよ』

「ありがとう、艦長。でも手足が震えてそれどころじゃなさそう」

『なに、初陣なんてそんなものですよ。ただ、冷静であればあるほど良い。余計なことは考えず、今はただ、アーメリング提督の手足となることだけを考えなさい、シン・ブラック上級少尉』


 緊迫感のないダウェル艦長の声を聞いていると、なんだかおかしくなってくる。世界中で私一人だけが緊張しているような気さえしてくるのだ。


火器管制ファイアコントロールとか、大丈夫ですか?」

『今はこちら側で持っています。システムは良好。不発弾の一発も出やしませんよ。なに、本艦は沈みません。この私がおりますからな』

「……お願いします」


 じりじりとした時間が過ぎていく。一時間が経つ頃には艦隊の全員がコア連結室に乗り込んだ。レオンやエディタの意識も強く感じる。


『アーメリングより全艦。セイレネス発動アトラクト!』


 いよいよ始まった。いや、それにしては少し早い?


『エディタより提督。まだ私たちの射程では――』

『マリーと私の攻撃距離です』


 え?


 ぽかんとする私。敵艦隊まで二百キロはある。こんな距離で何ができるんだろう?


『マリー、今回の舞台ショー主人公ヒロインはあなたです』

「て、提督……?」

『あなたには見えているはずです。艦上で動き回る人の姿さえね」


 見える。見えている。航空母艦で艦載機の整備をしている兵士の顔さえ見えている。どこから見てるのかよくわからないけど、とにかく見えている。この人たちを、これから殺す……の?


 ゾッとした。震えが止まらなくなる。


『マリー、私たちは剣となり、盾となる。その力を持っています。だから、おびすくむことしかできない声の大きな無力な存在たちを守らなければならないのです。そしてそれを完遂かんすいするための行為には、善も悪もないのです』


 私は完全に怖気おじけづいていた。どうあれ、私はこの顔の見える人たちを殺すことになる。初めての殺人を、この手で行うのだと思うと、心が鋭く萎縮してしまう。


『マリー。命令です。敵艦隊に気付かれる前に、航空母艦を二隻沈めなさい。二隻は私が対処します。今から三分以内にやれなければ、味方が死ぬ可能性が上がります』

「こ、航空母艦二隻を三分……!?」

『これが、よ』

「わ、私が、仕留めそこなったら」

『味方が何十人かは死ぬでしょう』


 助けてはもらえない――私は悟る。


 私の失敗は、すなわち、私以外の誰かの死だ。私の同期も死ぬかもしれない。レオンだって無事じゃすまないかもしれない。


 いやだ、そんなの……!


 でも、航空母艦って何人乗ってるんだっけ。千人? 二千人? それを二隻? 私、何千人も殺すの? いまから? そんなこと――。


『マリー。これは、艦隊司令官からの命令です。何の呵責かしゃくも要らない。あなたには命令に従う以外の一切の選択肢はありません。


 初撃用意――。


 私は慌ただしく流れるシステムログを追いかける。


「ダウェル艦長、FCS火器管制を回してください」

『イエス・マム。ファイアコントロール、ユー・ハヴ』

「ア、アイ・ハヴ」


 敵機が動き始めていた。気付かれたのかもしれない。敵の翼下には小型の亜音速魚雷と思しきものが見える。こちらに航空戦力がいないとわかっているから、彼らは対空ミサイルを装備しない――。つまり、やっぱり気付かれてるということだ。


 その時、輪形陣の中央にいた四隻の空母のうち、二隻が内側から破裂した。何の前触れもなく、膨れ上がって爆発したのだ。発艦直前の攻撃機を巻き込み、大爆発を起こしている。きのこ雲さえ生まれていた。


『アーメリングより、全C級歌姫クワイア。全火器管制をアキレウスに同期! マリー!』


 レベッカから鋭い叱咤が飛んでくる。私は目を閉じ意識を集中する。システムが脳内に幾つかの提案を行ってくる。


「グングニル……?」


 最有力候補として提案されているのが、モジュール・グングニルだった。どんなものなのかを調べている暇はない。ただ、グングニルは何かの武器の名前だったはず。やるしかない。


「モジュール・グングニル、待機スタンバイ。トリガーコードA7同期シンクロ中艦艇、一斉射撃フューシレイド!」


 こんなの届くはずがない。


 私の意識は空中にある。何百という主砲弾が空中を駆けている。放物線の頂上に到達した弾頭が次々とオーロラグリーンの輝きを放って消えていく。システムログに意識を向ける。スタンバイ状態にあったモジュール・グングニルが発動していた。


 次の瞬間、私の意識はアーシュオンの航空母艦の真上に移動している。何が起きているのかさっぱりわからない。だけど、発艦を始めている攻撃機は、間違いなくアーシュオンのそれだった。


 その空母の中央に巨大な穴が開く。クジラのように海水を噴き上げる。爆炎が上がり始める。その衝撃をまともに受けて、露天駐機されていた攻撃機が玩具おもちゃのように落ちていく。海面でぜる機体もあった。その度に、海に落ちてもがいていた人たちが跡形もなく消えていく。


 傾斜を始めた甲板で悲鳴が上がる。絶叫が響く。私の目の前で人が焼ける。砕ける。死んでいく。誰も彼もなく、一様に恐怖に目を見開いている。私は目をらせない。足をつかまれたかのように意識を引き離せない。


『マリー。もう一隻。相当数の敵機が発艦しているわ』


 レベッカのこごえたはがねのような声に、私は我に返る。


『落ち着いて、マリー。暴走しかけている』

「落ち着いてなんて……」


 いられない! 頭の中がぐちゃぐちゃだ。心が潰れそうだ。手足の感覚なんてない。この目を抉り出し鼓膜を打ち破りたい。なのにできない。迫ってくる人の顔。見知らぬ人の顔。みんなが私を呪っている。次々と私の首を絞めていく。


 その時――。


『マリーっ!』

「レ、レオン!?」


 その声に私はやっとで正気に――少なくとも少しはマシになる。


「レオン、私、私、どうしたら」

『マリーが狂ったって、私はマリーを愛し続ける。私たちはいつまでも一緒だ!』

『レオナ!』


 そこにエディタの鋭い声が飛ぶ。無駄な通信をするなと、怒られると思った。


『……は、ほどほどにな』

『了解、のろけます』


 レオンはそう言う。そのおどけた言葉がレオンなりの気遣いだということはわかる。レオンにだって余裕なんてないはずだ。なのに――。


 そうだ、だから私は守らなきゃならないんだ。


「ありがとうございます、レスコ中佐」

『私は艦隊の士気を考えたまでだ。もう一隻、任せるぞ、マリオン』


 わかりました。


 私は頷いて、再び意識を集中する。


 ――タワー・オブ・バベル。


 次に提案サポーズされてきたのはこれ一つ。他に選択肢は見当たらない。私は意を決する。敵の攻撃機はもう二十近くが発艦している。


「セ、セイレネス、再起動リブート。モジュール・タワー・オブ・バベル、起動プリペレイション!」


 海と空がオーロラグリーンに塗り上げられていく。私の意識はアキレウスの艦橋ブリッジの直上に移動していた。私たちの海域は、いまやっとで夜明けだ。彩雲さいうんがオーロラの色でえぐり取られていた。高さ何千メートル――いや或いはもっと――にも及ぶ輝きの塔が、空をいている。私がやっているとはとても思えない。けど――。


 私の集中力が限界まで高まる。頭が痛い。耳鳴りがする。目が熱い。


崩壊せよブレイク・ダウン!」


 光の塔が倒れる。味方艦が巻き込まれたが、被害はない。海が荒れる様子もない。ただ、光の道が南東へと――敵艦隊の方へと伸びただけだ。


 その光は、敵の艦隊をまっすぐに刺し貫いた。残った航空母艦だけではなく、護衛の駆逐艦たちも多数巻き込んだ。爆発さえ起きない。消滅ロストだ。空母ですら数秒と持たずに、影となって消えていった。


 私はこの数分で数千人の命を奪った。


 殺したのだ、この手で。


 私の意識は暗いコア連結室に戻っている。手が震えている。白い手袋がやけに目を刺した。歯を食いしばっていた。そして多分、泣いている。


 外では対空戦闘が続いている。私も参加しようとした。けど、システムに弾かれて、どうしてもログインできない。システムは明確に「アクセス拒否」を打ち出していた。こんなの、今まで見たことがない。


 何隻かが亜音速魚雷の犠牲になったという通信が――そしてが聞こえてきた。私は何もできないままだ。


「レオン、無事でいて……!」


 全員の無事を祈れるほど、私のキャパは大きくは、なかった。

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