#05-03: 優しい毒
私とアルマは進行方向に向いて座り、イザベラとレベッカは私たちに向かい合って座った。運転席にはタガート曹長、助手席にはジョンソン曹長がいた。二人は見るからに強そうな、大柄の男性下士官だった。車が発進するのと同時に、「あっ」と私は思い出す。
「ジョンソンさんとタガートさんって、伝説の警護官じゃないですか!」
「伝説とは大袈裟な!」
助手席のジョンソンさんが振り返りながら右手を振る。レベッカが「伝説でしょう?」と口を挟んだ。
「二人は士官学校時代からずーっと私たちを守ってくれてるの。海ならともかく、陸上だと私たちは無力だから。ああ、そう、海上任務にもついてきてくれるのだけど」
「私も名目上は三年ってことだけどね」
「イズー……」
「この子たちは知ってるだろ。だいぶ前にマリアから伝えてもらってるじゃん」
「そ、そうだったわね」
レベッカは座席の肘当てに手を置きつつ、大きく息を吐く。それを眺めやりながらイザベラがポンと手を打った。
「ああ、そうそう! わたしたちはね、きみたちのことは大抵何だって知っているよ。セルフィッシュ・スタンド回収事件の時にアルマが何をしていたかとか、ね」
「えっ……」
絶句するアルマ。私も息を飲む。
「ああ、ちがうちがう。責めてるわけじゃないよ。あの本は実に良いものだからね。サムの力作だ」
「私たちの監修もこーっそり入ってたりね」
そういうレベッカは幾分誇らしげだった。その時、ジョンソンさんが自分の
「そうだ、これ聞きたかったんですが」
「ああ、それか」
イザベラが「ふぅ」と息を吐いた。レベッカが頷きつつ説明した。
「見ての通り。ジョンソンさんとタガートさんの警護対象が、私たちからこの子たちになるよってこと。それが不服な場合は、士官学校の教官になることっていう話」
「うーん」
運転席と助手席の二人はしばらく唸っていたが、やがて笑い始めた。
「次に乗る
「戦艦よりはちっちゃいかなー」
イザベラが言う。戦艦より小さい? ってことは戦艦じゃない?
「あとは、そうですね。お嬢さんたちは、提督方よりもまだずっとおとなしそうだ。もうおっさんな俺たちにはちょうどいいですね」
「ジョンソンさん、ちょっと待って。それどういう意味?」
イザベラの子どもじみた抗議に、私は小さく吹き出してしまう。タガートさんが豪快に笑いながら言う。
「もうありとあらゆるお
「え、ちょっとタガートさん。それブラックジョーク?」
イザベラが速攻で切り返すが、タガートさんはハンドルから左手を上げる。
「私の左手は、ヴェーラっていう名前のかわいいかわいい
そうだ。タガートさんは、ヴェーラを助けるために単身燃える家に突入した英雄だ。公式にはヴェーラは死んだことになっているから、結果としては誰にも
「というわけでさ、二人のことを本当によろしく頼むよ、ジョンソンさん、タガートさん」
「なんか
「あは、ごめん、ジョンソンさん」
イザベラは小さく笑う。ジョンソンさんが両手を打った。
「あ、でもそうだ。給与明細に、お二人の愚痴聞き料っていうのがあるのですが、それは担当変わってももらえるんですか?」
「愚痴聞き料!?」
レベッカが真顔になる。いやいや、これはジョークだろうと、思わず心の声で突っ込む私。なるほど、イザベラのおもちゃになるわけだ。
「わたしはともかく、ベッキーの愚痴聞き料は高そうだね」
「ちょっ――」
「それが全然割に合わなくて」
ジョンソンさんとタガートさんが笑っている。
「もう、嫌いです。ふたりとも!」
レベッカは腕を組んで窓の方を向いてしまった。
私とアルマは、どうしたら良いのかわからないこの空間に翻弄されている。しばらくして、アルマが
「あの、質問しても良いですか?」
「なんだい、アルマ」
「マリア・カワセ大佐のことなんですけど」
「ああ、それね」
イザベラはレベッカと顔を見合わせ、頷き合う。
「マリアはね、
「お、親玉?」
私たちの声がハモる。イザベラは「イエス」と短く肯定する。
「推測なんだけどね、わたしたちにとっても。彼女との付き合いももう十年くらいなんだけど、彼女は何でも知っている。そして、どこにもいない」
「どこにもいない?」
「そう。物理実体はあるけど、彼女はネットのどこにもいないのさ」
「それ、ハーディ中佐も……」
口を挟む私。ハーディ中佐の名前を出した瞬間、イザベラの口元の表情が一瞬固くなったのを私は見逃さなかった。彼女にはハーディ中佐というキーワードは禁句だったようだ。
――我々が必死に戦っているのを、
かつてそのハーディ中佐が言った言葉だ。その「眺めている者」にはカワセ大佐も入るのだと。
「それが、本当だとしたら――」
私の言葉に首を振るイザベラ。
「わたしたちは、マリアを恨んだりはしない」
「私には、その、カワセ大佐によって全て仕組まれているって、そう解釈できるのですが」
「そうかもしれないよ、マリー」
イザベラは肩を竦める。
「私たちをより完全にするために、彼女は送り込まれてきた。それは事実だと思う。でもね、たとえ本当にそうであったとしても、わたしたちはマリアのためなら何だってするだろう」
「その結果、多くの犠牲が出るとしても?」
私は多分、渋い顔をしたのだろう。イザベラは軽く顎に手をやってから、その栗色の髪の先端を弄んだ。
「あのね、マリー。この世界は善悪二元論で語れるほどに単純なものじゃないんだ。仮にわたしたちの全ての
イザベラの言葉。頷くレベッカ。イザベラはゆっくりと息を吸い、ゆっくりと付け加えた。
「わたしたちは、マリアのことを愛している……と言っても良いのだろう」
私は思わず身を乗り出す。釈然としなかった。
「では、このままで……現状維持で構わないとおっしゃるのですか?」
「いや」
それは違う、とイザベラは首を振る。
「マリアによってね、わたしたちは守られているんだ。彼女と、その背後にいる途轍もなく巨大な力によって、わたしたちは守られている。敵も味方もない、ありとあらゆる悪意の
「その通りね、イズー」
私はアルマの横顔を見る。アルマの表情は暗く厳しい。私は無礼を承知で、意を決して言った。
「毒をもって毒を制する――ように聞こえました」
「ははは!」
イザベラは乾いた声を立てて笑う。
「毒か。それなら、マリアは優しい毒さ」
「優しい毒……?」
「そうさ。忘れるなよ、ふたりとも。今はきみたちもまた、その甘くて柔らかい毒に守られている。でもそうだなぁ。きみたちはいずれ、その毒をも制するようになるかもしれないね」
「
「ははっ!」
イザベラはまた小さく笑う。
「わたしたちはね、きみたちには本当に期待しているんだよ」
「それは――」
それきり、言葉が出てこなくなった。なぜなら私を見ていたイザベラの視線が――
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