#05-02: ディーヴァとの対面
それから約一年。私たちはあれよあれよという間に士官学校を卒業する日を迎えてしまった。そんなわけで今、私たちは卒業式後の立食パーティの会場にいる。会場にはレニーと
そうそう。あの日以来、レニーとアルマは見ていて恥ずかしくなるほど仲睦まじく過ごしていた。しかも、アルマは私とレオンのキスは許してくれなかったくせに、自分はレニーとしばしばキスしたりなんだり……。でも、私は私でレオンと非常によろしくやっていたので、お互い様なのかもしれない。
よろしくないといえば、アーシュオンの動きだった。レニーの願いも虚しく、アーシュオンは実にいろいろな手段で攻撃を仕掛けてきた。
ぶちぶちと考えながらケーキをつまんでいると、会場の温度が一気に上がった。私の隣にいたレオンが「おでましだ」と言って、私の手を引いて部屋の中央へと移動した。人だかりが入口の方から私たちの方へと移動してくる。その人の山の中にはレニーとアルマも加わっていた。そして二人は仲良く手を繋いでいた。
「マリオン・シン・ブラック上級少尉」
人の海を割って姿を表したのは、
「ああ、いい、いい。要らないよ、そんなの」
イザベラは右手を振った。私たちは顔を見合わせて右手を下ろす。
「第一に、きみたちは私の艦隊じゃないしね。だよね、ベッキー」
「そうね。二人は第二艦隊」
レベッカは眼鏡の位置を直しながら頷いた。私の背中はもう汗まみれだ。今の私は、軍人ではなくて、ディーヴァの単なる一ファンになっている。イザベラはもうヴェーラとは何もかも違ってしまっていたけど、それでも私にはとても大切な人だった。レベッカも言わずもがなだ。
「イズー、未来の司令官たちにアイスティーでもあげてよ」
「はいはい、かしこまり」
レベッカに促されたイザベラは、慌てて駆けつけてきた給仕係からグラスを二つ奪い取って私とアルマにひょいと差し出した。私たちは勢いに飲まれてそれを受け取る。この一年、私たちはレニーと同様に前線支援に従事していたから、二人の司令官の冷徹な顔をよく知っている。だからそれだけに、この流れには正直あっけに取られた。
イザベラは
「戦闘ではいつも世話になってるから、あまり新鮮味はないなぁ。わたしたちからは顔も表情も感情も丸見えだしね」
「この子たちからは見えてないのよ」
レベッカが素早く突っ込んだ。イザベラは「あ、そうか」と首を振る。
なんだろう、この軽さ。私はレオン、そしてアルマを見る。よかった、二人とも、私と同じ顔だ。イザベラの隣に移動したレニーだけは、下を向いて笑っている。
「わたしの艦隊の指揮はもっぱらレニーが
「ちょっと、イズー。あなた、コア連結室にも入ってないの?」
「だって暗いし?」
「子どもじゃないんだから!」
レベッカは「鬼も
「まったく、何かあったらどうするつもり?」
「何かある時には、わたしはいつだってセイレネスにいるだろう?」
「……それは、ええ、そうね」
レベッカは不満げに眉根を寄せた。反論できなかったことが不満だったのか、「うむむ」と腕を組んでみせた。イザベラは「ふふん」と鼻で笑うと、給仕係に向かって人差し指を立ててみせた。文字通り飛んできた給仕係からグラスを受け取り、イザベラは満足げに言った。
「さすがわかってるね。ウィスキーだ」
「この子たちの前で酔っ払わないでよ?」
「ベッキーじゃないんだから。ベッキーこそ間違って変なもの飲むなよ? 何かとさぁ、大変なんだから」
「のっ、飲まないわよっ! アルコールは飲みませんよぉだ!」
「ああ、そうそう! ところでさ、レニーとアルマの話はいつも聞いてるんだけど、きみとレオノールはもう三年付き合ってるって本当?」
前のめりになって訊いてくるイザベラに、私たちは
「いいねぇ、
「え、わ、私は別にそんな関心ないし……!」
「ベッキーはわたしのことが大好きだもんね」
「好きは好きでも、私のはそういう意味じゃないわよ。私たちはどっちかっていうと相棒でしょ」
「いいね、
イザベラはグラスを煽る。ウィスキーを一気飲みとか、大丈夫だろうか。
「ネーミア提督は、その」
「
「レオナ、です」
「そうか、レオナか。でも、マリーからはレオンと呼ばれてるという情報があるのだけど」
「その呼び方は、愛する人にしか許してません」
「あ、そっか」
イザベラは「ごめんごめん」と言いながら二杯目のウィスキーを飲んでいる。いつの間に手にしたのだろう?
「ちょっと、イズー。二杯はダメでしょ!」
「いいじゃん、色ついてるだけの水だよ、水」
そう言いながら、イザベラは
「ハロー、マリア」
マリアってことは、カワセ大佐?
「パーティ中なんだ。うん、そう。でさ、アレの件、もういいよね、伝えても」
「え、イズー、それって。まだ機密でしょ、ダメよ」
「マリアが良いって言えば良いんだよ。で、マリア、どうなの?」
しばらくの沈黙。ここには百人以上の
「オーケー! さすがマリア。話がわかるね! うん、今から」
「やれやれだわ」
レベッカは肩を竦めて、眼鏡のレンズを拭きながら言った。
「アルマ、マリー。パーティを抜け出すことになると思う。主役なのにね」
「あ、それは良いんですけど、一体何についてのお話なんですか?」
私はまだ二人の戦闘時との雰囲気の
「あなたたちの
「完成、しているんですか? 私たちの艦」
「ついさっき、全システム実装完了の連絡が来たのよ」
レベッカがイザベラを伺いながら言う。イザベラは頷いて「また後で」と通話を終了していた。
「というわけだから、ベッキー。ジョンソンさんに連絡して」
「なんで私が――」
「タガートさんでもいいよ?」
「そうじゃなくって!」
……とか言いつつ、レベッカは自分の
「ベッキーはね、いつだってわたしにはノーって言うんだ。それが自分の
「それはあなたがいっつも暴走するからでしょ」
「それは主客転倒だよ、ベッキー。きみがノーと言うってわかっているから、わたしは全力で暴走するのさ」
「まったく……」
レベッカは眼鏡のブリッジに指を当てて目を閉じる。
「あなたはいつもそうやって! 私に心配ばっかりかけて!」
「ごめんごめん。ベッキーには苦労かけっぱなしだから、そろそろ結婚しようか?」
「けっ、けっ……けっこん!?」
「だめ?」
「な、なに言ってるのよ、あなた」
「だめかな」
「……べ、べつに――」
「残念! 冗談!」
「なっ!?」
「でも本気!」
「えっ!?」
イザベラがレベッカを
「提督方は普段はいつもこうだ」
その声に思わず緊張する私。エディタ・レスコ中佐がいつの間にか私の隣に立っていた。おそらく、
「そうなんですか……」
「結婚云々は、確か去年もやってたな」
「ネタなんですかね?」
レオンが訊いている。すごい勇気だな、レオン。私はガチガチで声が出ないよ?
「他にもいろんなバリエーションがある。大抵はイザベラがレベッカを翻弄するんだが」
「……でしょうね」
あの鬼も
「あ、ジョンソンさんたちが車回してきてくれたわよ」
レベッカが
「レニー、あと、レオナ、この場を任せる」
「了解です」
レニーはにこやかにそう言って、私たちに小さく手を振った。レオンは少し不服そうだったが、さすがの彼女も意見することはできなかったようだ。
「一応最高軍事機密だからね、特別だぞ」
そのままイザベラに肩を組まれて連行される私たちである。
「イズー、ちょっと! 二人が困ってるじゃない」
「じゃぁ、きみにはマリーをあげよう」
「そっ、そういう意味じゃないし!」
二人は車に乗り込むまで、延々とこんなやり取りを続けたのだった。
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