#04-04: 絶対的な正義となるもの

 参謀部ナンバーの付いた黒いセダンの後部座席には、なぜかレオンが座っていた。里帰りにはまだ早いだろうと思っていた私たちは仰天して硬直する。昼下がりの雨が、私たちの頭と肩をしとしとと濡らしていく。


「マリーは助手席。レオナの隣にいたらぼんやりして話ができないでしょう」


 カワセ大佐が前部ドアを開けて、私の背中を軽く押す。レオンの隣が良かったが、確かに今レオンと一緒にいたら頭の中がハートマークで埋まってしまいかねない。私は幾分冷静さを取り戻した頭で、そそくさと助手席に乗り込んだ。


 アルマも後部、私の後ろの席に乗り込んで、隣に座る私の愛する人に尋ねる。


「どうしてレオナが?」

「ちょうど家族と統合首都こっちに来ていた所で、カワセ大佐から連絡があってさ。親は不満そうな顔してたけど、大佐からの呼び出し命令だって言ったら渋々解放してくれてね」

「文脈的に命令という形のほうが良いかなと思って。別に強制じゃないんだけど」


 運転席に乗り込みつつ、カワセ大佐は微笑んだ。大佐とこうして会話をするのももうだいぶ慣れた気がする。最初の頃はいちいち動転していたものだけど。


「強制で問題ありません。マリーといられるだけで嬉しいです」

「あらあら」


 カワセ大佐はハンドルに手を乗せる。自動的にエンジンが始動し、フロントガラスに数行の起動ログが投影される。一秒半程度で消えるそのログを瞬間的に確認し、「異常なし」と思わず呟いてしまうのは、多分一種の職業病だ。そんな私を見てカワセ大佐がクスクス笑う。


「生真面目ね」

「あれ? 手動運転マニュアル、なんですか?」

「ええ」


 公道に出るや、車はどんどん加速していく。時速八十キロを超えたあたりで、私たちは無言になる。手動運転マニュアルでこんな速度を出すなんて、命知らずもいいところだ。


「怖い?」


 カワセ大佐を伺うと、大佐は涼しい横顔をしていた。慣れているのかもしれない。


手動運転マニュアルといっても、車間距離はキープできるし、対物センサーは生きてるし、故意にぶつけようとか人をこうとかしない限りは事故は起きないわ。万が一意識レベルが下がったら自動的に停止もするしね」

「しかし、自動運転の方が楽なような……?」


 私が後ろへ後ろへ消えていく景色を見ながら尋ねる。


「自動的に目的地に着くから?」

「ええ、そうです。安全性とかがおあいこだとしても、楽な方がいいのでは?」

「そうね、それは一理あるけど。でも私、なのよ」

「でも、一世紀前ならともかく、今は何でもかんでも情報技術で――」

「確かに、現社会のシステムは――セイレネスも含めて99.999パーセントは完璧ね」


 カワセ大佐はハンドルから手を離した。その瞬間に、システムは自動運転オートマに切り替わる。私は少しだけ緊張を緩める。やはり自動運転オートマの方が気持ち的に安心だ。


「じゃぁ、マリーに質問。システムが正しい。自動運転も正しい。人間より遥かに処理能力のあるAIの判断は常に正しい。だとしたら、この社会も正しいことになるわよね。どう思う?」

「この社会が、正しい……?」


 そんなわけない。こんな戦争にまみれた世界が正しいとかありえない。


「そうね」


 カワセ大佐は私の心を読んだかのように相槌を打った。


「戦争が何十年と続いている。これは異常。だけど、正しくないかと言われると、正しいのよ」

「異常だけど正しい?」

「そう」


 カワセ大佐は私を見て頷く。


「だって、戦争を続けないと社会が成立しないのだもの、もはや、ね」

「でも」

「異常と正しさは共存するの。あなたが感じているのは異常性。だけど、戦わないとこの国が危ういことも知っている。だから、戦う道を選んだ。違う?」

「私は戦いたいわけじゃありません」

「そうね、そうでしょう。でも、今あなたに十分な訓練と強力なふねを与えたら。きっとディーヴァたちを助けに行きたいと思うでしょう?」


 う……それは、そうだ。


「でも、戦争がの発露の結果だとは、私は……信じたくないです」

「いい子ね、マリー」


 カワセ大佐は微笑む。


「社会はね、いえ、世界はね、必要としているのよ。歌姫セイレーンの存在を。そのを、ね」

「それは、何のためなんですか?」

「正義のためよ」

「正義の?」

「この社会の異常さを矯正するための道具として、が必要なのよ。そのために戦争が用意され、そのために歌姫セイレーンが生み出された」


 私は思わず後部座席を伺った。レオンはその精悍な顔を一層鋭くし、アルマは眉間に皺を寄せてカワセ大佐を見ていた。


「知っての通り、あなたたちのには陶酔トランス効果があるわ。それを最も効率よく発生させられるのが戦場――命の喪失を伴う舞台ステージ。それ以外の場所でのにも効果は認められているけど、脳波に与える影響は、その百分の一程度。比較にならないものなの」


 それを聞いて、レオンが口を開いた。


「そのために私たちは戦場へ?」

「イエス」

「不公平ではありませんか」

「イエス、不公平ね」

「死ぬ人も、殺す人も、敵も味方も、あまりにも不幸です、それでは」

「イエス、当事者は皆、即ち不幸よ」


 カワセ大佐は少しだけ間を開ける。その横顔からは、感情が掴み取れない。


「イエスとは言うけれど、そうね、レオナ。あなたの言うことはその通り。全くもって正しいわ。ヴェーラだけじゃない、レベッカも、多くの海軍兵士も、アーシュオンの兵士も、改造によって歌姫にされてしまった子たちも。

 あなたたちがもがき苦しむ姿を見て、戦場でのを聞いて、多くの国民、すなわち消費者コンシューマは倒錯的興奮に耽溺たんできする。兵士たち、あるいは被害者たちの不幸を骨の髄までしゃぶりつくし、自分たちはただ数字を見て勝った負けたと酒の肴にする。あなたたちのを得られる事だけを望み、あなたたちのすら利用する。

 ――救いようがないほどの不幸ね」

「それが」


 レオンの声がかすれている。


「そんなのが、社会システムの生み出したなんですか、カワセ大佐。だったら私たちはシステムが作り出した人身御供ひとみごくうにすぎないのではないのですか」

「イエス。そして、イエス」


 レオンの問いかけに対し、カワセ大佐はたったの三語で答えたのだった。

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