#04-03: 夏の休暇の頃

 あと一ヶ月で二年生になる。学業と訓練以外に、戦闘補助のタスクも増えた。補助といっても、事後処理の方だ。レニーのように戦場に遠隔で帯同するようなタスクは未だ与えられていない。レニーが支援している現場や、作戦指揮中の参謀部第六課を見学したりはしたが、どこも目も回るような忙しさだった。


 戦闘が起きると、ほぼ確実にC級歌姫クワイアが何人か戦死した。戦場ではエディタ・レスコ大尉、或いはクララ・リカ―リ中尉、テレサ・ファルナ中尉が指揮をり、レベッカやイザベラの戦艦はほとんど動くことはなかった。普通に考えれば司令官たちの動きに批判が殺到するところだけど、実際にはなかった。


「戦艦が動けば誰も死なない」


 私の目の前で戦闘ログを分析しながら、アルマが呻く。


「死ななければ入手サンプリングできない」

「ひどい話」


 私もタブレット端末にログを表示させて、端末の上に浮かぶ立体戦闘映像との照合を行っている。何度か画面をスライドさせて、私は手を止める。


歌姫セイレーン損害ゼロの時、ネットは荒れたね」

麻薬中毒者ドーパーのそれさ。麻薬が勝手に降ってくる世界に住んでるんだ、みんな。理性なんてもうどこにもない。ジャーナリスト気取りの奴らも、したり顔で戦術批判だ――誰もことについての、な」


 辛辣なアルマの言葉。はぁ、と私はため息をつく。


「それにしてもこのログファイルの量! こんなの三日でチェックしろだなんて鬼。悪魔。カワセ大佐のばかー!」


 思わず口から出てしまった。私は艦隊各艦の戦闘ログを負っている。アルマは兵站へいたん部の調達ログだ。


「ところでさ、アルマ。こうしてログを読めば読むほど、セイレネスって何? みたいな疑問が湧いてくるんだけど、どう思う?」

「どうって言われてもなぁ。ただ……うーん、シミュレータの機能だけでは説明できないところがあるな」

「物理的な制限がない感じがするんだ。ほら、これ見て」


 映像と共にログが流れていく。C級クワイアの駆逐艦に向けて、亜音速魚雷が一本接近している。それが、不意に消えるのだ。ログにはセイレネスの波長が上がったことだけが記されていて、物理的な迎撃システムは発動していないことがわかる。それは対艦ミサイルも同様だ。CIWS近接防御システムを掻い潜ってきた対艦ミサイルが忽然と消える。映像がバグったのではないかとさえ疑うほど、綺麗に消滅ロストするのだ。それは別に今に始まったことでは泣けれど、それにしたって手品マジックじゃあるまいし。


 そこでアルマがログの別の場所を示した。


「あ、見て、ここ。敵艦がセイレネスの攻撃で沈んでるけど、この波長。今の対艦ミサイルのものとほとんど同じじゃないか?」

「本当だ」


 グラフを重ね合わせて唸る私たち。ほとんどどころか、ピーク部分の周辺は完全に一致している。アルマが難しい表情を見せる。


「つまりこれ、受けた攻撃をそのまま跳ね返したっていうことか?」

「ちょっと待ってよ?」


 私はログを遡る。


「私、この『LC』ってタグが気になってる。ついてる部分とそうじゃない部分があるんだけど」

「LC……出てくるのは戦闘の攻防時。セイレネス発動アトラクト後は必ずLCタグがついてるな。あとは……あれか、ナイアーラトテップ撃沈前後はずっとLCだな」

「あ、ほんとだ。うーん。レニーに訊ければ良いんだけど」

「疲れて帰ってくるレニーには訊きにくいよなぁ」


 レオンの知恵も借りたいところだけど、今は夏季休暇。あと三日は不在の予定――会いたいなぁ。


「あ、マリー。レオナのこと考えただろ」

「えっ、また読まれた?」

「単純に、顔がだらしなかった」

「そそ、そんなはずは」


 私は首を振り、コーヒーをおかわりしようと立ち上がる。アルマは「おかわりいらない」と手を振った。私はキッチンでインスタントコーヒーの粉をカップに放り込みながら言った。


「でもさ、次期艦隊司令官とか先輩方にも言われるようになってきたけど、私たちって別にD級ディーヴァじゃないわけじゃない?」

「そうかな」


 アルマが意外な反応をした。ソファの方に戻ろうとした私の足が止まる。


「どういう意味?」

「引っかかる」


 そう言いながら、アルマはタブレット端末の情報をいったんクリアして、別のデータ――セイレネス・シミュレータの設定チューニングファイルを開いた。そして別のものをもう一つ。


「これは?」

「セイレーンEMイーエム-AZエイズィに搭載されているセイレネスの現在の数値」


 アルマが二つのファイルに指で印をつけていく。私は画面の上に浮かび上がって表示されているそれらのデータを見て息を飲む。


「……ほとんど同じじゃない」

「大事なところは見えないけど、周辺情報だけだとこの一致率。それどころか、一部のメソッドの戻り値とその処理係数は」

「嘘だ。イザベラのものより大きい」

「嘘じゃない」


 アルマはいくつかの数字をマークする。そして入力値と出力値を丸で囲む。私はマグカップを持ったままフリーズ中。その中でなんとかして声を出す。


「で、でもこれ、シミュレータの話じゃない? それにこのメソッドは直接戦闘に関与しないし……艦体セルフコントロールの部分だよね」

「でもこのペースでチューニングが続いたら、あたしたちが三年になる頃にはセイレーンEMイーエム-AZエイズィを超えるとんでもないものができちゃう。あたしたちに扱いきれるとは思えないなぁ。戦艦のキャパすら超えちゃうしね」

「まさか」


 あの超巨大戦艦を超える出力? いやいや、ないでしょう。私は肩を竦める。そしてついでにコーヒーを飲み、ソファに座る。


S級歌姫ソリストの定義文書を確認してみたんだけど、どう考えても、ほら、見てよ。レニーのチューニングと比較しても、この差だよ?」

「うっわ……」


 思わず変な声が出る。同一入力値なのに、出力値がレニーの七割増しだ。イザベラやレベッカの推定値――アルマの作ったプログラムで弾き出した――にはまだ遠く及ばないけど、それでも。


 その時、アルマの携帯端末モバイルに着信があった。


「げ、カワセ大佐だ」

「げ、じゃないでしょ」


 私はアルマの隣に並ぶ。アルマが通信を開くと、テーブルの上にカワセ大佐の上半身が現れた。柔らかな表情を浮かべてくれてはいるのだけど、与えられた宿題の量を思い起こすと、私たちは無表情にならざるを得ない。


 そんな私たちを見て、カワセ大佐は少し笑う。


『勉強は進んでいる?』

「予定通りには」


 アルマがぶすっとした声で言う。カワセ大佐はまた小さく笑った。


『どうせ休暇中なのだから十分時間はあるでしょう。それに得られるものも多いでしょう? そのために、二人には佐官以上の情報アクセス権を与えているわ』

「そうなのですか」

『セイレーンEMイーエム-AZエイズィのログとか、誰でも見ることができると思っている? あなたたちがつい今しがたアクセスしたことも知っているわよ』


 そうだろうなとは思ったけど、真正面からそう言われると何故か悪いことをした気になる。アルマはその三色の頭をポリポリと掻いてから言った。


「大佐、あの、あたしたちのシミュレータのIO入出力値、このログおかしくないですか?」

『いいえ。全て私の指示通りです』

「しかし、このままいくと、S級ソリスト用のシステム許容量キャパシティを超えます。シミュレーション用の数値というにしても、あまりに――」


 アルマがぶつぶつと言っている。カワセ大佐は「ふむ」と顎に手をやった。


『レニーと共に、あなたたちが艦隊を率いることになるのは、参謀部第六課にて決定事項です。大統領の事前承認も得ています』

「レベ……アーメリング提督やネーミア提督は……?」

『そうね』


 カワセ大佐はいったん答えを保留する。


『二人はもう十分に役割を果たしたと、私は考えています』

「それは参謀部第六課の意志ですか?」


 アルマが切り込む。私はさっきからオロオロしているだけだ。


 カワセ大佐は寂しげに微笑む。


『今から少し私と出かけない? あ、もし、何か用事があるなら――』

「大丈夫です」


 前のめりに答えたのは私だ。この甚大な量の課題を、合法的に棚上げできる理由ができる。今のままだと気分転換どころかお風呂もままならない。だからこの提案は願ったり叶ったりだった。


 一方、そんな私に対して幾分冷静なアルマが尋ねる。


「大佐、その、どちらへ?」

『お墓参り。こんな天気だけど、ね』


 なんか物騒な気配がする――。

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