#03-06: 参謀部第六課の会見
イザベラ・ネーミア提督の処女戦では、
私たち
戦闘終結後に戻ってきたレニーはさっきまで寝ていたのだけど、いつの間にか起きてきていた。今はソファに座ってテレビを眺めている。だけど少し眠そうだ。
そして私の太ももの上にはレオンの頭があった。つい三十分ほど前にルームメイトの子に連れられてやってきたのだ。うんざりした顔のその子によると、レオンは「具合が悪いのはマリー成分が足りないからだ」と主張して大変うるさかったらしい。
「もー、おとなしく寝てたら治るのに。風邪でしょ?」
「マリー成分がないと治らない」
そう言うレオンの顔色は悪い。確かに熱もある。私は「はいはい」と言いながら、吸熱パッドでレオンの額を拭く。今の体温は三十八度ちょうどだ。
テレビの中ではいよいよ会見が始まる。記者の一人が手を挙げた。
『今回の作戦は予定通りだったといえますか?』
ハーディ中佐はその質問を無視して、会見席に腰を下ろす。その目は鋭く細められていた。そして空中に半立体スクリーンを展開して、戦闘の状況を時系列に従って説明していく。これはいつもの流れだ。
『ハーディ統括、先程の質問への回答を』
質問した記者が少し苛立った声を発する。ハーディ中佐はまた目を細め、眼鏡の位置を直した。
『貴方の言う予定通りというのは、
その返しを受けて、記者たちがどよめく。ハーディ中佐が事務的な事以外を口にしたのを聞いたのは、初めてかもしれない。
『極めて愚かな問いというのは、国民への挑戦のような言動ですよ』
『それは一記者に過ぎない貴方が、まるで国民の代表でもあるかのような口ぶりですね』
ハーディ中佐の硬質な声が響く。
『ではまず確認させていただきますが、貴方はどなたに選ばれたのですか』
『それは……』
口ごもる記者。テレビの前の私たちはそろって唖然だ。
『答えられないのであれば、以後、そのような発言は慎むように。そもそも、ここにいる者は誰一人として、国民の代表などではありません。貴方は自らの所属する会社のためにその愚かな口を開き、私はその愚かな貴方のために、無意味な会見を開くのです』
「……ハーディ中佐って、こんな人だったっけ?」
アルマが言った。レニーが勢いよく首を振る。もう眠気は吹き飛んだようだ。
「中佐がこんなに喋っているのは見たことがないわ」
「だよね」
私とアルマが同時に頷いた。私の太ももを枕にしているレオンは……具合が悪そうだ。そんな私たちにはお構いなしに、ハーディ中佐は言葉を繋げていく。
『
『参謀部としてはこの巨大な被害はどのように?』
別の記者が控えめな声で尋ねた。ハーディ中佐は眼鏡の位置を直す。レンズがギラリと輝いた。
『手痛い損害であることは認めます。しかし、我が方の戦果については、ご存知の通り。トリーネ・ヴィーケネス中尉の命と引き換えに、我々は敵の恐るべき兵器の性能を知ることができました』
『その兵器は、しかし――』
『現時刻をもって、当該の兵器をナイアーラトテップ
やっぱり。あの音はまぎれもなくインスマウスだった。私もアルマも、そしてレニーも、それについての見解は一致していた。
『イ、インスマウスですか!? ぐ、具体的な対策は!』
記者たちも動揺を隠せない様子だ。私を含め、ヤーグベルテの国民の多くは、「インスマウス」という音にアレルギー的な反応を示すようになっているのだ。
それに対して、ハーディ中佐は全く表情を変えること無く答える。
『
『中佐!』
会見を終わろうとした所で、別の記者が手を挙げた。
『ネーミア提督はヴィーケネス中尉を助けようとしたのでしょうか』
『無論です』
『しかし――』
『私は貴方の望む回答をする必要性を感じません』
バッサリとその記者を切り捨てるハーディ中佐。中佐の声は、
『アーメリング提督はずっと後方にいたように見えましたが、その意図は? もし、艦隊旗艦ウラニアが前に出ていれば――』
『戦場にもしもを持ち込むほどくだらない事はありません』
はたと気付けば、私たち――レオン以外――は、食い入るようにその会見を見つめていた。痺れるほどに痛快な物言いに、私たちはある意味魅了されていたのかもしれない。
『しかし!』
『貴方たちは!』
ハーディ中佐が声を荒げた。中佐のこんな声、初めて聞いた。
『誰がこの国を守っているのか、知らないのですか』
『国防は軍の責務――』
『黙りなさい!』
ハーディ中佐の激高。私たちまで背筋が伸びた。
『レベッカ・アーメリング提督も、ヴェーラ・グリエール提督も! 何の痛みもなしに戦っていたのだとお考えか! その手でいったい何万、何十万と殺させてきたか! 我々、軍が不甲斐なかったことは認めましょう。無力にして無策だったという
全く無表情なのに、ハーディ中佐の声には強烈な怒りが乗っていた。
『ヴェーラ・グリエールが命を絶った原因がどこにあるか。貴方たちは一度でも自省したのか! なればいかような結論を出したのか! それを今、自らの社の代表としてカメラの前で総括できるか! できるのならば、いくらでも私に向かって石を投げるがいい!』
沈黙。
痛いくらいの沈黙が、ひそひそと
『提督方は、新しい時代の戦い方にシフトすることを決めた。作戦参謀長カワセ大佐と共に、アーメリング、ネーミア両提督が決めたことです』
『しかし、多くの人命が――』
『それがなにか?』
ごくり、と、誰かが唾を飲んだ。私かもしれない。別の記者がまた手を挙げた。
『一期生はまだ新米ではないですか。にもかかわらず――』
『彼女らは軍人です。戦う以上、死もあるでしょう』
『しかし、以前は……』
『新しい時代の戦い方、と、申し上げましたが?』
ハーディ中佐はまた眼鏡を直す。記者が言い募る。
『一期生の
『その発言は訂正、あるいは取り消していただきたい』
ハーディ中佐は丁寧に圧力をかけた。記者は黙りこくる。
『それが御社の意志ということでよろしいですね。貴方は会社の代表でしょう』
『それは……』
『違うというのならば退出してください。自社の看板も背負えぬ方のために、私たちの貴重な時間を使う義理はありません』
私たちは顔を見合わせた。私はレニーに訊いた。
「ハーディ中佐、どうしたのかな」
「ネーミア提督か……あるいはカワセ大佐と何かあったのかしら……」
カワセ大佐は参謀部と第一・第二艦隊をつなぐ実務役だ。階級はハーディ中佐より一つ上だったが、立場上はハーディ中佐の指揮下だ。どういう理屈でそうなっているかは知らない。
アルマが空のマグカップを
「中佐、軍を辞める、とか?」
「それはないと思う」
レニーは首を振る。
「中佐は、よほどのことがない限り投げ出さないわ。あの逃がし屋、ルフェーブル大佐の右腕だった人だもの」
ルフェーブル大佐――今は少将か――は暗殺されたんだっけ……。その事件は、何となく記憶にある。
テレビの中では会見が続いている。ふと下を見ると、レオンもまたテレビを凝視していた。
『この広いヤーグベルテの領海をたったの二人の
今年になって一期生が参戦したことにより、たとえばナイアーラトテップ
『ということは、今は我慢の時期と……?』
『イエス』
短い肯定。
それは犠牲を
自らの死を覚悟せよ! 友との死別を覚悟せよ! ――ネーミア提督が就任演説で言い放った言葉だ。
私の心の中ではいくつもの「正しいこと」がぶつかりあって渦を巻いている。
そこでまた一人の記者が手を挙げた。
『アエネアス社のディケンズって言います。お見知りおきを、中佐』
『存じております、ディケンズ記者。何でしょう』
『一つ疑問なんですがね。第七艦隊を除く、いわば通常艦隊の連中って何してるんですか』
『それは各艦隊の主幹に問い合わせてください』
『それもそうっすね。で、もう一つ』
『もう時間です。他の記者も――』
『お仕着せメディアの
変な人が出てきた! 私は少し興奮する。こんな変な記者は見たことがない。
『で、ええと、イザベラ・ネーミア提督のデビュー戦。参謀部としてはどの程度評価してるんです?』
その問いに、ハーディ中佐は目を細める。何を考えているかはよくわからないが、不愉快ではなかったらしい。
『先程も申し上げたとおり、被害は小さくありませんが、戦果はそれを遥かに上回りました。戦略地図的には順調に推移、万事想定の範囲内です。現時点、アーシュオンの新兵器を踏まえても、未だ国防に関しては圧倒的優位にあると言って良いでしょう。つまり、トリーネ・ヴィーケネス中尉の戦死は、戦局には――』
『直ちに影響はない、ですか』
『イエス』
短い肯定に被せるようにして、ディケンズ記者は言う。
『トリーネの断末魔が早くも市場に出回っていることは?』
『保安部と情報部が動いています。セイレネスに関するありとあらゆる音源は、軍公式ルート以外での流通は認めていません』
『昨年に採取された断末魔も、公式に流通するということで?』
『――それは私の管轄ではありません』
一瞬だけ、ハーディ中佐の表情が曇ったように見えた。
断末魔――。
それは私たち
画面の中からハーディ中佐が消えていた。会見が終わったのだ。
アルマは黙ってテレビを消すと、
アルマの手元から流れてきたのは――。
「セルフィッシュ・スタンド、か」
テーブルに置かれた
「これってゲーム……じゃないの?」
レニーが半分閉じた目をこすりながら訊いた。アルマは幾分得意げに胸を張った。
「クリア特典。難易度・神で全曲フルコンボを決めたら、ダウンロードできるようになった」
「へぇ……」
私も、すっかり起き上がったレオンも、それを凝視する。レオンが興奮気味に言う。
「……ん? 待てよ? これ、プライベート映像かなんかじゃないか?」
「っぽいんだよ。見て、最初ちらっとカワセ大佐が映るだろ。それからほら、角度によってほら、レベッカが見えるだろ。で――」
「あっ、この赤毛の人って」
燃えるような赤毛に、純白と言っていいほど白い肌の女性がいる。ネットニュースや雑誌で何回も見たことがある精悍な顔だ。
「
全員の声が揃う。だけど、その女帝の表情は、びっくりするくらい柔らかい。私はまじまじとその映像を見ながら、もちろん歌も聴きながら、疑問を口にする。
「この映像って、公式なの?」
「わかんないけど、ダウンロード回数からして、今の所クリアしたのはあたし一人らしい。アプリ自体も軍が作ったものだし、だから多分許可は得てるんじゃないかな。というより、許可なしにこんな、おっそろしいものを配信できるはずがない」
それもそうだ。
私は納得した。ヴェーラ・グリエール提督にレベッカ・アーメリング提督、第一・第二艦隊の作戦参謀長マリア・カワセ大佐、最強の
――そうこうしている間にヴェーラの歌が終わってしまった。
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