#03-04: 西風に。

 大講堂からの帰り道、レニーは用事があるということで、そのままどこかへ行ってしまった。アルマとレオン、そして私は何となく部屋に戻る。440Hzで開く扉は、やっぱり442Hzで開ききる。閉じる時も同じだ。


「もー、さすがに嫉妬する!」


 アルマは私がレオンと密着して座っているのを見て、コーヒーを作りに行ってしまった。私はその背中に声をかける。


「アルマ、まだ私のこと好き?」

「あったりまえだろ」

「なんで?」

「かわいいから」

「え?」

「か、わ、い、い、か、ら!」


 アルマはそう言って振り返り、思い切り舌を出した。レオンが小さく吹き出している。私は携帯端末モバイルの画面をオフにしたまま、それをもぞもぞともてあそぶ。


「かわいいって、そんなことないし……」

「マリーはかわいいよ」

「レオンってば」


 このイケメン! 私は携帯端末モバイルをソファの端に放り投げ、レオンの肩に頭を乗せた。


「あーっ、またいちゃついてる! ほら、コーヒー! 超苦いからな!」


 アルマが私とレオンのマグカップを持ってくる。そして次に自分のを持ってきて、例の指定席に腰を下ろす。ブツブツ言いながら自分の携帯端末モバイルで何事かを検索して、不満げに鼻息を吐いた。


「やっぱり。なにもないなぁ」

「なに、が?」

「イザベラ・ネーミア提督についての情報。公式発表は一時間前に出てるんだけど、どこのソーシャルメディアにもマスコミ関係にも、アンチなコメントの一つもない」

「どういうこと?」


 私が訊くと、アルマは「つまりな」と解説してくれる。


「全部、参謀部のAIによって対処されているんだ。コンマ一秒も残ってないだろうし、あらゆるキャッシュからも消されているだろうね」

「ん、でも、アルマ。ここに書き込みはあるよ」


 レオンが自分の携帯端末モバイルをいじりつつ言った。アルマはその情報を見て目を細める。


なんじゃないかな。参謀部と情報部と保安部との間の、自作自演削除大会みたいなものさ、今のソーシャルメディアの情報なんて」

「もともとネットの情報は信用していないけどね、私は」


 レオンは関心なさげに携帯端末モバイルを制服の胸ポケットにしまった。


「何を信じたら良いのやらってこと?」


 私が言うと、アルマは少し考えてから、私を見て言った。


「冬が来たというのならば――」


 あ、どこかで聞いたな、それ。ヴェーラとかレベッカがよく言っていたフレーズだっけ。と、思っているうちに、レオンが後を続けていた。


「春がそう遠くにいるだなんてことが、あるだろうか」

「え、えっと、シェリーだっけ?」


 面目躍如! と思って確認したら、レオンとアルマが同時に「イエス」と頷いた。良かった、これで間違えていたら逃げ出すところだ。レオンが私の頭をポンポンとやりながら情報を補う。


「西風に寄せるオード、の最後の方だね」


 そうそれ! 冬来たりなば、春遠からじ――ヴェーラたちはそのフレーズをしばしば使っていた。


 私たちはコーヒーを飲みつつ、互いを牽制し合う。やがて観念したのは……私だ。


「イザベラ・ネーミア提督のこと、二人はどう思う?」

「内面が見えない人」


 アルマが即答した。即答しつつ、いつものリズムゲームを開始する。気分転換のつもりだろう。そして器用に空中に浮き始めた立体図形をポンポンっとはじいていく。


「全ての感情をあの仮面サレットの内側に隠している。そんな感じ。黄昏たそがれ時みたいな人、かな」

かれの時って、ずいぶん詩的ポエティックな表現するね」

「その解釈のほうが詩的じゃん、マリー」


 アルマはそう言いながらも、三色の髪をゆらゆらと動かしつつ、ものすごい勢いてスコアを重ねていく。その器用さたるや、人間離れも甚だしい。レオンも「すご」とか呟いている。


「なぁ、マリー、レオナ。あたしたちはどうなっちゃうのかな。いまやレベッカも変わってしまった気がする」

「うん」


 私は頷く。あのレベッカは表情も変わってしまった。いつでも緩やかな微笑を描いているような人だったのに、年が明けてからは、極限まで研ぎ澄まされた刀のような鋭利な横顔プロファイルに変わってしまった。


 無理からぬことと、私たちは思っていた。だって、十数年を共にした親友に先立たれたのだから。だけど――。


「レオナ、あのさ、頼みがある」

「お姫様のレンタル?」

「そ」


 短く応えながら、アルマは私の隣に移動してきた。レオンとアルマに挟まれる私。アルマは私にぎゅーっと抱きついてきて、大きく息を吸った。


「はーっ、マリー成分補充!」

「なんか恥ずかしい……」

「さっきのイザベラ・ネーミア提督の話。あれを思い出したら不安になって」


 ――諸君らは、、死ぬのだ!


 その言葉は何を暗示しているのだろう。私は思い返して小さく震える。


「マリーはいい匂いするなぁ」

「も、もういいでしょ?」

「だめ。もっと」


 アルマは私の首筋の匂いを嗅いでいる。猛烈かつ強烈に、恥ずかしい。私はレオンを頼ろうとしたが、レオンはレオンで、私の頭を抱きしめて離してくれない。レニーでもいてくれたらそっと引き剥がしてくれるんだろうけど、目下のところ、増援は見込めない。


「もう、好きにしてよ」

「やった!」


 私の言葉を真に受けるアルマ。胸まで揉まれかけたが、さすがにそれは直前で阻止した。最近はレオンに遠慮してなのか、スキンシップの頻度が少しばかり低下していたから、相当に欲求不満がたまっていたらしい。


「もー! あ、アルマっ、だめ、だめ、くすぐったい!」


 太ももをさすられて、私は悶える。逃げようにも逃げられないのに、そんなことされたら……その、ほんと困る。私に頭をべしべしと叩かれながらも、アルマはなんだか嬉しそうな顔をしている。この子――変態かもしれない。アルマは私の胸に顔をうずめながらモゴモゴと言う。


「レオナぁ。ここまでしても怒らない?」

「正直複雑だけど」


 レオン、怒って! おねがい、怒って!


「まぁ、いいか」


 ええっ!?


 動揺を隠せない私。アルマはますます強く私の胸に顔を押し付けてくる。


「あああああああ! めっちゃしあわせぇ!」

「こ、この、なんていうの、この、あれ! アルマのあれ!」


 語彙力喪失の私だ。アルマはますます強く私の胸で深呼吸するし、レオンはなんか笑っているし。私はアルマを何度も引き剥がそうとしたが、まるで岩に貼り付いたフジツボのように取れる気配がない。


「レオン、助けて……」

「キスしてくれたら考える」

「するっ。キスするーっ」


 私はレオンに顔を向けたが、突如起き上がったアルマによって阻止される。狙い通りである。アルマはイチャつくのは許してくれるが、キスだけは――たとえ頬にでも――絶対に目の前ではさせてくれない。


「ヴェーラとレベッカもこんなだったのかなぁ」


 私たちのキスを食い止めたアルマが自席に戻りながら言った。レオンがやや勝ち誇った表情をしながら応える。


「どうかなぁ。そういえば、メラルティン大佐もほとんど同居してたって話だよね」

空の女帝エアリアル・エンプレス?」

「そうそう」


 私の問いを肯定するレオン。


「あの赤い戦闘機で有名な超エースパイロット」

「エウロス飛行隊の隊長だっけ」


 確認するまでもなく知っているのだけど。「空を守らせたら世界一」とも呼ばれる空の女帝エアリアル・エンプレス、カティ・メラルティン大佐。ヴェーラとレベッカとは、士官学校の同期だったっていうことは周知の事実。海軍養成科と空軍養成科の違いはあったけど、在学中から交友関係があったとか。


「エウロス飛行隊……か」


 私はレオンを見る。キスしたいなと思いながら。レオンは「後でね」と口の動きだけで伝えてくる。ちょっとだけ不満な私だけど、まぁ、しょうがない。


「ねぇ、レオン。メラルティン大佐っていうと、すごい怖い人ってイメージしかないんだけど、どうなのかな?」

「艦隊に配属されたら、世話になる日も来るよ、マリー」

「航空戦力、か。役に立つのかな?」

「敵の超兵器オーパーツにロイガーとかナイトゴーントとかが混入していたら、航空戦力の支援なしにはなかなか戦えない」


 ロイガーとナイトゴーント――どちらもアーシュオンの戦闘機の呼称だ。通常の戦闘機では撃墜はおろか、傷すらつけられないという正体不明の戦闘機。私たちの町を消し飛ばしたインスマウスの随伴ずいはん機として登場して以来、常にヤーグベルテを脅かし続けている存在だ。そのロイガーとナイトゴーントを撃墜に至らしめたのは、カティ・メラルティン大佐しかいない。増してメラルティン大佐はそれを複数回成し遂げている。……という事情もあって基本的にはロイガーやナイトゴーントの相手は歌姫セイレーンの仕事だった。


 レオンは顎に手をやりながら頷きつつ、言った。


「私たちがロイガーどもを心置きなく相手するためには、やっぱり強い戦闘機は欠かせないんだよ、マリー」

「そ、そうかぁ」


 私はまだまだ勉強が必要なようだ。私の頭を撫でるレオン。


「ま、あのお三方がどういう関係であったにしても、人として愛し合ってたのは事実だろうね」


 レオンがきれいにまとめた。

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