#03-02: 私たちは十字架を引き継ぐことを決めた

 あの衝撃的な戦闘は、当然のように猛烈な批判に晒されたのだが、第二艦隊の上部組織である参謀部第六課は沈黙を守り続けた。大炎上するかと思いきや、一週間、二週間とつに連れ、ネットもまた沈黙し、マスメディアも何も語らなくなってしまう。それはレベッカの本意だったのか、否か。ただ、あれ以来、アーシュオンの侵攻が止まったことだけは、喜んでも良かったのかもしれなかった。


 レベッカはもっともっと騒ぎ立てられたかったのではないか……と、私は思っている。話題にされなければ——それこそ大炎上しなければ——あれだけの犠牲をいた意味がない。レベッカの覚悟は、どこか上滑りしたような状態になってしまったように、私は思う。それもこれも巧妙な政府のやり口だとアルマが言っていた。だけど、レニーは何も言わなかった。


 そして西暦二〇九六年、士官学校で初めての年越しを迎えた私たちのもとにもたらされたのは、決して聞きたくなかったニュースだった。


 ヴェーラ・グリエールの死去――。


 この二ヶ月以上、ずっと意識不明だったということはおそらく全国民、いや、全人類が知っていたに違いない。そして皆、心のどこかで復活を願っていた――と、思いたい。そのヴェーラが、元日の午前五時――まさに今、息を引き取ったということだった。


 私とアルマ、そしてレニーはそれぞれの携帯端末モバイルを無言で見ていた。しばらくして、レニーは無言で寝室から出て行った。私はその金茶の髪を追いかける。アルマもベッドから出てきた気配がある。


「レニー?」


 私が呼びかけても、レニーは返事をしてくれない。代わりに、部屋の明かりを点けてくれた。


 レニーはキッチンで黙々とインスタントコーヒーを作った。並んだマグカップは三つあった。私はレニーの隣に並んだけど、何を手伝えるわけでもなく、ただぼんやりと熱いお湯で満たされていくカップを眺めた。


 レニーは私を横目で見る。その褐色の瞳には、今まで見たことのないような鋭い光があった。レニーはどんなに疲れていても、いつも優しい表情をしていた。だけど、今日はまるで別人のようだ。今にも刺し殺されそうな、それほどの威圧感があった。簡単に言うと、とても恐ろしかった。


 私はアルマと自分のカップを持って、いつものソファへと向かう。レニーも後をついてくる。その頃にはアルマは自分の指定席に腰をおろして、携帯端末モバイルを睨みつけていた。携帯端末モバイルの輝きに照らされたその目は、明らかに潤んでいる。


 私はいま、いったいどういう表情をしているのだろう?


 私にはわからない。鏡を見る勇気も湧かない。


 私はソファに腰を下ろし、レニーが座るのを眺めた。焦点が合わせられず、何度か頭を振った。アルマが青いマグカップをとって、口を付ける。いつもなら「熱い」とか「苦い」とか言うところだけど、今日は何も言わなかった。私とレニーも同じように一口だけ、この苦い液体を飲んだ。


 私はぼんやりと黒いカップの中の黒い水面を眺め、息をするのを忘れていたのを思い出しては、また水面を眺めるという作業を繰り返す。ふと視線を上げると、レニーは彫像のように固まっていて、視線は私の右肩あたりに固定されていた。


「ヴェーラは……」


 沈黙を破ったのはアルマだった。


「本当に、死んだのか?」


 その問いの瞬間、レニーの表情がわずかに動いた。その表情がどんなだったかまではわからないけど、とにかくレニーの様子が一瞬だけ揺らいだ。私はカップを置いて、レニーの方に身体を向けた。


「レニー」

「う、うん?」

「ヴェーラって、どんな人だったの?」


 レニーとルームメイトになってから二ヶ月以上が経っていたけど、ヴェーラのことは訊いちゃいけない気がなんとなくしていて、私もアルマも話題に出せずにいた。レニーは私たちより一年先輩だから、ヴェーラが健在だった頃を知っているはずだ。


 私の問いかけに、レニーはしばらく沈黙した。


「レニー?」

「ヴェーラ・グリエールは、曇りのない鏡のような人――」

「鏡のような?」

「そう」


 レニーはまた一呼吸置いた。


「私も一年生だったからそこまで多くは関わらなかったのだけど、最初にお会いした時からずっと、その印象は変わらなかったわ」


 どこかぼんやりしたその声音は、およそレニーらしくない。


「私たちのね、姿や想いをそのまま映し出してしまう人だったわ、ヴェーラは。ずっと年下の私が言うのも変だけど、恐ろしく純粋で、恐ろしく傷つきやすい人だった。なのに、絶対にそういうものから逃げない……そんな人」

「あたしたちは、ヴェーラと会話したことがある」


 アルマは静かに言う。、とは、あのライヴでの体験ことだろうか。


「今ならわかる。あれは歌姫セイレーンとしての能力を介した会話だったって。マリーも覚えてるだろ」

「あ、うん。私はあれ以来、一度も誰かの声が聞こえたことはないけど」

「そう……」


 レニーは頷いて、私とアルマを順に見た。


「だったら、ヴェーラもわね。その時に見た、感じた印象が、ヴェーラ・グリエールという人そのもの」

「深淵の奈落みたいな人だった」


 アルマは平坦な声で言う。レニーはしばらく硬直して、やがて何度か頷いた。


「ヴェーラは、全部受け止めてしまう人。全部ね。良いことも、悪いことも、何もかも。人々の仕打ち、戦場、軍の命令オーダー――そういったものが少しずつヴェーラを深淵に近付けてしまったんでしょうね」


 レニーはそう言って、眉間に拳を当てた。


「あの大空襲の後……みたいな気分」


 大空襲――それは、私とアルマも被害に遭った、あの八都市空襲のことだ。超兵器オーパーツであるインスマウスによる、同時多発的空襲。レニーが住んでいたセプテントリオ市もまた、その攻撃で消滅したのだ。当時のレニーは五歳。私たちよりも記憶は鮮明に残っているはずだ。セプテントリオ市は人口百万を超えていたが、生存者は十数名だったという記録もある。


 頭痛をこらえているかのような表情で、レニーは呟いた。


「ヴェーラたちが現れたのはあの少し後だったわね」

「最初は本当に歌を歌うだけの人だったんだよね」


 アルマが言う。そうだ、最初はいわゆるアイドルとしての活動ばかりだったはずだ。私もおぼろげながら覚えている。


「それもね――」


 レニーはコーヒーを飲んだ。


「それも、軍と政府の国内戦略」

「え?」


 私たちは同時に声を出す。レニーは鋭い視線を私に飛ばす。


よ」

「歌……でもあの時はまだ」

「軍も政府も、あの二人のには何らかの麻薬のような依存作用があることを知っていたに違いないの。そうと知っていながら、用意周到に人々の頭の中にを染み込ませた」

「セイレネスを通してもいないのに、そんなことが」

「あの二人はD級歌姫ディーヴァよ。私なんかよりも遥かに力がある歌姫セイレーン。その力は証明済みでしょう?」

「だけど、そんなことしたら……」


 私は言っていて気が付く。


「セイレネスのを人々がここまで渇望するのは……」

「中毒、だからよ。そして彼らが求めるを最も効率よく供給できるのが、戦いの時」

「それじゃ、本当に戦わされている……?」

「そうとも言えるわ、マリー」


 レニーの視線はますます鋭さを増す。


「だからよ、ヴェーラがのは」

「絶望したっていう……こと?」


 私の問いかけには、レニーは沈黙で答えた。


 しばらく経ってから、アルマがギラついた声を出した。


「レベッカを処罰しろ?」

「え?」

「反歌姫連盟――奴らか」


 アルマは私とレニーを見て、テーブルの上に自分の携帯端末モバイルを置いた。なるほど確かに、反歌姫連盟を名乗る連中が「大罪人レベッカの処罰を求む」とかそういう類の声明を発表していた。


「こいつら、どこから湧いてくるんだ」

「いつでもどこでも出てくるけど、実態がつかめない……んだっけ?」


 私が問うと、レニーが答えてくれた。


「彼らはいわばネットで発生する幽霊みたいなものよ。個々に見れば大したものじゃないけど、いつの間にか束ねられて強固な意志として成立するの。連盟とは言うけど、彼らは互いの顔も名前も知らないのよ。彼らのような存在は百年近く前から、つまり、ネットの発生とほぼ同時期からあったと言われているわ」

「でも大きな世論を形成している……」

「そうね。彼ら不定形な意識は、それだけにとなったときに厄介なのよ」


 反歌姫連盟――姿なき悪意。私は唇を噛みながら、彼らのレベッカへの罵詈讒謗ばりざんぼうを睨む。


「あ、でも、これはもしかして、レベッカの狙い通りなんじゃ」

「狙い……?」


 アルマとレニーが同時に聞き返してくる。


「そう」


 私は天井灯を見ながら言った。


「レベッカはあの戦闘がもっと騒ぎになることを狙っていたと思う。だけど、軍も政府も何一つ声明を出さなくて、だから、世論はあっという間に関心を失ってしまったよね?」

「え、ええ。そうね」

「だから、彼ら反歌姫連盟って奴らがぎゃーって騒いでくれることで、再びあの戦闘が議論の的になったりするんじゃ……」

「確かにね」


 レニーは褐色の目を細める。そしてそのままゆっくりと目を閉じてソファに身体を沈み込ませた。


「そう、か。そういうことか」

「ええと、どういうこと?」


 私の問いかけに、レニーは答えない。アルマは沈黙していたが、彼女もまたその答えを求めているようだ。レニーはしばらくじっとしていたが、突然立ち上がった。


「マリー、アルマ」


 そう呼びかける声は、いつもよりも一音半低い。そこには威圧感すらあった。


「これは終わりじゃない」

「ど、どういうこと?」


 私は思わず聞き返している。レニーは眉根を寄せて自分の足元を睨んでいたが、やがて意を決したように言った。


「ディーヴァの時代はまだ続くのよ。あと、数年は」

「数年?」


 意味がわからない。私はアルマをうかがったが、アルマも首を横に振った。レニーは静かに、しかし明瞭に断言した。


「私たちが、ディーヴァの時代を終わらせる」

「お、終わらせる?」

「そう」


 レニーはキッチンへ行くと、二杯目のコーヒーを作り始めた。またもインスタントだ。そして戻ってきて、また自分の指定席に腰を下ろした。


「私たちS級ソリストが、この時代を終わらせるの。D級ディーヴァに依存しすぎているこの時代を、ね。ヴェーラとレベッカの――ディーヴァたちの十字架を引き受けるのよ」


 吐き捨てるようなその言葉に、私もアルマも緊張している。レニーがこんな口調で話をしたことなんて、記憶にない。ヴェーラ死去のショックもあいまって、私たちは語彙を失っている。


「レ、レニー」


 私はようやく声を絞り出す。


「何か、知ってるの?」

「……いいえ」


 そのが答えだった。レニーは私たちが知らない何かを知っている。アルマが幾分鋭利な口調で訊いた。


「年末、レベッカに呼び出されていた日があったよね。特に戦闘もなかったはずだけど」

「ええ」

「あの時に、何かあったんじゃ?」

「……いいえ。何も」


 つまり、イエス。言えない。しかし、何か知っている。レニーは言葉を使わずにそう教えてくれたのだ。だけど、こういう対応をされてしまうと、私たちはそれ以上の追及ができない。つまり、レニーの勝ちだった。


 レニーは形容できないくらいに切なく微笑み、そして再びあの冷たい表情に戻った。


「一刻も早く、私たちはディーヴァの十字架を引き受けなければならないのよ」

「でも……それじゃぁさ」


 アルマが決然とした声を出す。


「先送りにするだけじゃないか? あたしたちがディーヴァに成り代わるだけで、何も変わらないんじゃないか?」

「そうね」


 レニーは頷く。その表情は暗く冷たい。


「私にはそれしかできない。そんな未来しか描けない。でも、アルマ。マリー。もし、あなたたちがもっと良い未来をえがけるんだって言うのならね、私は喜んでその最先いやさきになるわ」

「レニー、なんか……変だよ」


 アルマがぼそっと言った。レニーはマグカップを両手で抱えて頷いた。


「そうよ、変よ」


 ほとんど口をつけられていないレニーのカップが、テーブルの上にコトリと置かれた。レニーは立ち上がり、寝室へと向かってしまう。そして寝室に入る直前に、私たちを振り返る。


「こんなの、変にならずには、いられないもの……!」

「レニー……」


 私は呆然とその名を呼ぶ。バタンとレトロな音を立てて、久しぶりに、寝室とリビングを隔てるドアが閉じられた。


 思えばこの時すでに、レニーは知っていたのだ――歌姫計画セイレネス・シーケンスの次の段階ステージを。


「レニー、大丈夫かな」

「あたしたちだって大丈夫じゃないだろ」


 アルマは腕を組んで目を閉じていた。そしてそのまま無表情に言った。


「レオナに電話でもしてやったら?」

「えっ……?」

「あたしに遠慮するな」

「そうじゃなくて」


 私は少し慌てて手を振った。レオンは今は帰省中だ。だから、生まれ育った家で、この衝撃を味わっているだろう。


 あ、そうか。レオンは一人だ。家族がいても、この話題ができる人はそばにいない……に違いない。


「や、やっぱりその、電話して、いい?」

「良いって言ってるだろ」


 アルマは少し怒ったように言うと、また目を閉じた。


 私は携帯端末モバイルを取って、キッチンに移動する。そしてレオンを呼び出した。


『マリー……』

「レオン、大丈夫?」

『思った以上に大ダメージ』

「うん」


 レオンの呼吸音がほんのわずかに聞こえる。それは私をたまらなく安心させる。


『マリーこそ、大丈夫かい?』

「ちっとも」

『だろうね』


 落ち着いたアルト。胸の内側に染み渡っていく低音。すごく会いたい。そうだ。もう四日も会ってない。


「あのね、レオン」

『会いたいね』

「うん……」


 レオンに先を越されてしまう。こういうところが本当にずるい。


『マリー。こんな時に不謹慎かもしれない。けど、私には君が必要らしい』

「今すぐにでも飛んでいきたいくらい」

『私もだよ。今すぐにでも戻りたいけど――』


 レオンの声は少し震えていた。私の方も、言葉が出ないくらいに喉が震えていた。


「レオン」

『レオナだ』

「……レオナ」

『やっぱりやめ。今はレオンでいい』

「うん、ありがと」


 それから私たちは、ぼそぼそといくらかの会話をした。他愛もない内容だったと思うけど、よく覚えてない。ただ、レオンの声を聞いていたい。ずっと聞いていたい。その一心だった。レオンの表情や仕草を思い出すだけで胸がいっぱいになってしまって、だから、何も吐き出せなくなってしまう。


「レオン、今でも私を好き?」

『もちろん。今すぐ抱きしめてキスしたい』

「……してもいいよ」

『ほんとう?』

「うん」


 私は頷いてから、「ちがうなぁ」と首を振った。


「私、レオンに……キス、して欲しい」

『……その言葉、後悔しない?』

「しない」


 間髪入れず、私はそう言っていた。携帯端末モバイルの向こう側でレオンが小さく笑ったのが聞こえた。


『キスだけで済む?』


 レオンのその言葉を聞いて、ちょっとだけ気持ちが軽くなる。キスの先を少しだけ想像してしまったりもしたけど、その妄想は首を振って追い出した。


「続きは大人になってから」

『それっていつ?』

「卒業したら」

『……それまで我慢できるかなぁ』


 レオンの声が、嬉しい。いつからかは判然わからないけど、私は泣いていたみたいで。それに気付いたらどうしようもなく胸が痛くなって。いろんなものが一気に溢れ出してしまって。しゃべれないくらいに嗚咽していた。レオンは黙っていてくれた。何も言わず、でも、「ここにいるよ」と呼吸だけ繰り返して。


「ご、ごめん。切ったほうが、いいよね」


 かろうじて言葉を絞り出す。レオンは「いいや」と否定する。


『マリーの声を聞いてると、私は落ち着ける。今、私には君の声が必要なんだよ』

「でも、こんな、泣いてばかり……」

『私の分も泣いてるんだよ、マリーは。ありがとう』

「レオン、そんな、また、ずるい……!」


 レオンは私を枯れ果てさせようとでも言うのだろうか。レオンの言葉や息遣いを聞く度に私はどんどん泣かされてしまう。そう思えば思うほど、私の涙は溢れてきてしまう。どうしてここにレオンがいないんだろう。どうして今抱きしめてもらえないんだろう。そう思えば思うほど、嗚咽だけが漏れていく。


「ごめっ……わた、私……なにもっ……いえな……」

『マリー』


 低音アルトが音もなく心に染み込んでいく。開いた傷口を塞いでいく。


『私は今、自分の無力さに泣きそうだ』

「レオン……?」

『君に話してあげられる話題もない。抱きしめてあげることもできない。代わりに泣いてあげることもできない』

「そんなこと――」

『この前、私、マリーの前で泣いたよね』

「うん……」

『人前で泣いたのって、物心ついてから、多分初めてだった』

「そ、そうなの……?」

『うち、厳しくてさ。泣くなんてもってのほか、みたいなところがあって』

「そんな――」

『ああ、うちのことはいいんだ。そうじゃなくて、ただ、振り返れば少し嬉しかった』


 どういうことだろう……。私は何度も目をこする。きっとひどい顔をしているに違いない。音声通話にしておいてよかったと思う。


『他人の前で泣ける自分がいたことが、ちょっとだけ嬉しかった。それに、マリーには……あんな顔見せても恥ずかしくないと思った』

「レオン……」

『でもね、マリー。こっちに帰ってきて一人の時間が増えて、それで、私は思ったんだ。もっと、もっと、マリーの支えになりたいって』

「えっと――」

『泣いてるマリーを抱きしめる私。その方が絵的に美しいだろ? 私が泣いたって絵にならないさ』


 レオンの静かな言葉を受け容れて、それから、私は首を振った。


「レオンも泣いて……良いと思う」

『私は――』

「私は苦しい時とか哀しい時とか、そりゃ、だ、抱きしめて欲しいし! だけど、泣くほど哀しい時は、一緒に泣いて欲しい……よ?」

『……それって、絵になる?』

「泣くのを我慢して欲しくないんだ。私の前だけでもいいから、その――」

『わかったよ。でも、さ。案外泣き虫かもしれないよ、私』

「抱きしめてあげる」


 気付けば私の涙は止まっていた。レオンのおかげだ。


『お姫様に抱きしめてもらえるなら、いくらでも泣けるかもね』

「お姫様は恥ずかしいよ」

『……ふふふっ、はははっ!』

「え? どうしたの?」

『なぜかな。涙が出てきた。ははっ、不思議な気持ちだなぁ』


 レオンの声は震えている。横隔膜を強引に押さえつけて、それでなんとか平静を保っているかのように聞こえた。


『きっとこれ、ヴェーラの事で泣いてるんじゃないんだ』

「えと……?」

『今、君がここにいなくて、寂しくて、泣いてる。ははははっ』

「レオン、もう! 私、また泣きそう」


 寂しい。レオンがここにいない。レオンに触れられない。


 私、愛情に飢えてるのかもしれない。レオンに飢えているのかもしれない。


「どうしてくれるの、レオン。私も寂しくて死んじゃいそうになってる」

『マリー』

「う、うん?」

『――愛してる』


 その言葉に私の頭は真っ白になった。……のに、私の口は勝手に動いていた。


「私も愛してる」


 と。

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