#02-02: 第二艦隊による蹂躙
思わず息が止まる私たち。アルマは
「また戦闘……か」
もうさっきまでのアルマの顔じゃなかった。鋭い視線で中継映像を睨んでいる。アーシュオンとの戦闘に関するニュースはもはや
でも、私は少し安心した。安心してしまった。薄情だなって、我ながら思う。「ヴェーラが死んだ」という
「みんなして……!」
アルマが三色の髪の毛を掻き回してイライラとした口調で言った。彼女の
アルマがもやもやを隠そうともせずに言う。
「第五艦隊が、第二艦隊に戦場を明け渡したな」
「また
「いつものナイアーラトテップだろうな」
「今はレベ……アーメリング提督しかいないのに」
「仕方ないさ。ナイアーラトテップ一隻のために一個艦隊を生贄に差し出すわけにもいかないだろ」
「でも、ほら、この一ヶ月で十二回だよ、アーメリング提督が迎撃に出たのは」
「第一・第二混成艦隊と言っても、提督は一人だからな」
そう。艦隊司令官であるレベッカは一人だ。その疲労心労は想像を絶するだろう。だけど、人々は――私たちも含めて――信じていた。レベッカがいる限り負けることはないと。圧勝に決まってると。
レベッカだって、エディタたち四天王だって消耗して摩耗していく。そんなことは当然わかっているはずなのに、誰もが見て見ないふりをする。そんなだから――。
「マリーの考えてることはわかるよ」
アルマはマグカップを持ち上げながら言う。アルマは恐ろしく洞察力が高くて、私の考えていることは大抵見抜かれてしまう。
「ヴェーラがあんなことをしたのも、きっと人々に目を覚ましてほしかったからだろうね。だけど――」
「誰も目覚めなかった」
「あたしたちを含めて、な」
その鋭い指摘に私は唇を噛む。逃げられないのだ。
「この世界がさ」
アルマは立ち上がる。そして私の隣に腰をおろした。
「あと三年で良い方向に変わるなんて思えない」
「うん」
三年後には、私たちも戦場にいることだろう。最前線で、人を殺すのだろう。国防の
戦闘の中継は続く。第二艦隊が出たら、大抵一撃で片が付く。レベッカ、あるいはエディタやトリーネたちによるセイレネスでの一撃で。それは敵艦隊の
アルマは私の肩に手を回してくる。振り払おうとは思わなかった。アルマは囁く。
「この音、か」
「始まるね」
いわば、
映像が輝いた。唸るような低音が響いたかと思うと、そこにレベッカの鋭い声が乗った。
『全艦、セイレネス
表示されている現地時間は真昼の頃。青く
『エディタ、
『
約五十隻の戦闘艦がレベッカの戦艦を中心に、エディタとトリーネの重巡洋艦を先頭に立てた輪形陣でアーシュオンの艦隊に突っ込んでいく。その先にあるのは、疑いようもない圧勝だ。
エディタの鋭い指示が続く。
『トリーネ、クララ、テレサ! 各自、分艦隊を率いてナイアーラトテップを粉砕しろ。アーメリング提督、自分は通常艦隊を
『
レベッカの短い応答には、およそ温度がない。だけど、見てる私たちの温度は上がる。これからエディタたちは大量殺戮を行うのだ。だから、せめて、私はそれを見届けなくちゃならない――義務感みたいなものかもしれない。でも。
「マリー。ヴェーラは、この現実を変えたかったんだ」
断定口調のアルマ。私は黙って頷く。戦闘は続く。
「戦争を
「エンタメ、か」
「そう、エンタメ。あの日、あたしたちが震えさせられたのは……ヴェーラの中にあったのは、虚無だった。このくだらない……だらだら続く戦争と、その最前線に立ち続けなきゃならないことに、ヴェーラは絶望していたんじゃないかな」
「ヤーグベルテの全国民の命を背負わされてるんだもんね」
レベッカも、また――。
ヴェーラが動けない今、ヤーグベルテの十億人の命はレベッカにかかっていると言っても良い。その重責たるやいかばかりか――私には未だ想像すらできない。私がそれを
私の視界の隅っこで、アルマは立ち上がる。
「でもさ、ヴェーラとレベッカは、たったの二人で何年も戦い続けてきたんだ」
「うん……」
「ヤーグベルテの人たちは、あたしたちも含めて、ヴェーラ・グリエールっていう一人の人間に、夢を見過ぎていたのかもしれないね、マリー」
「夢?」
私が問い返すと、アルマは私を見下ろして頷いた。
「そうだよ、マリー。私たちは、ヴェーラのことを、一方的に与えてくれる人だって。無条件に敵から守ってくれる人なんだって。そんなふうに信じてた。そんな都合の良い夢を、見てた」
アルマの言葉は正しい。私は黙って聞くしかない。アルマは
「あたしたちはヴェーラのことを何も知らない。知ってるふりをしているだけで、あたしたちはヴェーラのことなんて、何も知ってない」
「だけど、それなのに、私たちはヴェーラとレベッカに憧れた」
「否定できない。あたしも本当に、二人になりたいとさえ思ったよ」
私は何も言えない。
アルマの
レベッカの声が鋭く響く。
『エディタ、
『
歌姫養成科一期生は、実戦に出てまだ一ヶ月。しかし、もはや熟練の将帥もかくやと言わんばかりの奮闘を見せている。レベッカとエディタたち四天王の張り巡らせているセイレネスの力で敵弾はほぼ無効化させていたし、対するこちらの弾は必中だ。まったくもって一方的だった。アルマは低い声で言う。
「こういうのを見て、あたしたちは
「そして変容した意識の下で、ワガママに叫ぶ、か」
「
「詩的、か」
私は苦いコーヒーを一口飲み、首を振る。
「ねぇ、アルマ」
私は立ち上がってアルマと向き合った。アルマは少しだけ顎を上げて私を正視する。
「ヴェーラは、私たちを恨んでいると思う?」
「まさか!」
アルマは首を振る。
「人を恨めるような人が、自死なんて
「そう、か……」
――かもしれない。
私は救われたような気分になる。根拠もなく、勝手に。
そんな私の眼下では、戦闘が終わっていた。戦闘時間はたったの三十分少々。うんざりするほどのスピード感。そしてそのたったの三十分で、
寝室で、朝六時の目覚ましが作動した。あの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます