第3話 人探し

     🐍


 この島にやってきてすぐの頃、当然おれには住む場所も仕事もなく、一日数千円の安宿を渡り歩いて暮らしていた。

 しかし、手持ちの資金にも限りがあるわけで、おれはこの島での住居を探そうと不動産屋を訪ねたが、どこの店も身元保証人もなく、定職にもついていないおれとの契約を渋った。

 困ったおれは住居を探してもらえないかと思って市役所をたずねた。総合案内で住む場所を探しているというと、とりあえず保護課に行けといわれて、おれは素直にそれに従い保護課の相談窓口へとむかった。

 ところが、保護課の相談員の男は、おれに対して「こん、フリムンが」といい放ちやがった。フリムンというのは、島の言葉で「狂い者」、要するに馬鹿野郎という、まあ、罵り言葉だ。当然、初めて島に来たおれにはそれがそういう意味だということはわからなかったが、後になって知った。

 ところが、そのおれを馬鹿野郎呼ばわりした男は、おれが生活保護の申請をしに来たのではないと知るや、ころっと態度を変えやがった。


「なんじゃあ、移住希望か」


 そういうと男は席に戻ってどこかに電話をかけた。五分ほどたって戻ってきた男は飄々とした様子でいった。


「上の階にある移住促進課が相談にのるから、そっちでいろいろきいたらいい」


 結局、その男が紹介してくれた移住相談員との面談を経て、おれはこの建物の一室を貸りることができ、さらに、市内各地の地域おこしイベントなどの手伝いのアルバイトをさせてもらえることになった。

 東京であらゆるバイトに広く浅く手を染めていたことが功を奏し、おれはいろんな方面から手伝いを依頼される機会が増えはじめた。そこで、おれはこの『ゆいわーく』というなんでも屋を始めたのだ。


     🐍


 これまでに受けた依頼のほとんどは、地域おこしイベントなどの協力の他、高齢者の家の掃除や長期旅行中のペットの世話や畑の管理など、要するに、人手が欲しい時のお助けマンだ。世の中、そんなドラマチックな仕事ばかりが溢れているわけじゃない。


 そんなおれに目の前の男は「娘を探してほしい」などと随分と酔狂な依頼をしてきた。まるで探偵ドラマの主人公にでもなった気分だ。

 おれはいったん気を落ち着けると、もう一度余裕のある素振りしながら(すでにもう手遅れだが)、男にいった。


「娘を探してほしいというのは、言葉通り人探しをしてほしい、そういうことでいいのか?」


 男はこくりとうなずく。


「ちなみに、あなたの名前は?」

土生はぶ吉助きちすけといいます。どうか娘を探し出してもらえないでしょうか」


 男はうやうやしく頭をさげながらいった。


「えっと、まず、その娘というのは土生さんの実の娘さんということで間違いはないんだな?」

「ええ、そうです」

「歳はいくつ?」

「十六歳です」

「あんたと別の場所で生活している娘さんを探すのか、それとも行方不明になっている娘さんを探すのかで意味合いはまったく違ってくる。まずそれをはっきりさせてくれないと、受ける受けないという話にすらならない」


 すこし棘のあるいい方だったかと思ったが、もし後者ならば、おれの出る幕じゃない。

 土生は押し黙って言葉を呑み込んだ。ふたたび目線が泳ぎ、テーブルの上の手が握ったり開いたりを繰り返す。数秒間の空白の後、土生はぼそりと口の中だけで聞こえるほどの小さな声でいった。


「数日前に娘が出ていったきり、家にも帰ってきていません」

「そうか……だったら、おれじゃなくて警察署にいったほうがいい。それも今すぐに」


 会話を打ち切るように、おれは残っていたコーヒーを飲み干した。

 要するに、おれはこの仕事を断ったのだ。しかし、土生はその場を動く気配がない。

 おれは土生から顔をそむけて、そのまま離れた窓の外の光をぼんやりと見つめていう。


「もう一度いうが、警察に任せるべきだ。急がないと、なんらかの事件に巻き込まれる可能性だってある。手遅れになる前に、警察に相談に行ったほうがいい。もし、どうしても警察に行きづらいなら、知り合いを紹介してやるし、おれが一緒に警察にいくをしてやってもいい」

「ダメなんです」


 ぼそりと土生がいった。おれは彼にむき直る。彼はテーブルの上のコーヒーカップを見つめたまま、もう一度「ダメなんです。警察は」と今度ははっきりとおれの耳に届く声でいった。


「そんなことをいっている場合じゃあ」

「もしかしたら、娘は、姫子ヒメコは、犯罪に手を染めているかもしれないんです。だから、警察は……」


 それまでうつむき加減だった土生は、顔をあげてまるで突き通すような目線をおれに送っていた。おれは大きくため息をついた。


「わかった。とりあえず、話だけはきく。だが、その上で警察に任せたほうがいいと判断したら、おれと一緒に警察署にいくんだ。それならはいらない。とりあえず、ここじゃなんだし場所を移そう」


 そういっておれが立ち上がると、土生は「ありがとうございます!」とテーブルに頭がつきそうなほど、深い礼をした。そんなふうにされても、まだ、何一つ始まっちゃいないんだけどな。

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