第9話 雲壌懸隔の勢力

 それからも地下室の調査は続いたが、新たな情報は見つからずナイドやラディ、ジャムの私物や生活していた痕跡のみが目につくだけ。部屋の四隅それぞれが彼らのスペースとして分けられていたが、手錠と簡易的な木製の椅子のみが置かれているスペースが1つ。


「ここは、タスクが捕まってたところやろな」

「そうみたいだな。キーネさんのスペースは無さそうだけど、きっと普通の家も持ってるんだろうな。…………だとしたら、MINEのリーダーも他の場所に住んでるってことか」


 ここを寝床にしていたであろうナイド、ラディ、ジャムのベッドはある。表向きは店員を演じていたキーネは他に住居を持っていると推測。そしてなんの痕跡も見当たらないMINEのリーダーがここで生活し続けていたとは考えにくい。


「保安局や警察の人がここを調べれば他にも手がかりは出てくるかもしれませんけど……」

「私達じゃ、もう手詰まりだね」


 ナイドの小銭入れやラディが使っていたと思われるバイクの点検器具。ジャムの綺麗な字で書かれている、殺害した人物の名前が記録されたノートはロォドの名で途絶えていた。

 それぞれの食糧事情も垣間見えておりナイドは雑に即席麺やジャンクフードで済ませていたようでゴミが足元に散らかっていた。ラディは自炊をしていたらしく冷蔵庫やコンロに電子レンジもある。ジャムは外食ばかりだったと見て取れるレシートの束がゴミ箱の中に。

 悪人といえど生きていた証は残されている。今まで戦うことでしか彼らと接する事ができていなかったロックはそう感じた。同時に、何故か遺体すら残っていなかったイアの事も思い出し歯を食いしばる。


 どうして、こいつらの生きていた証は残されていて。

 どうして、イアが遺したものは俺への優しい嘘だけなんだ。


 ロックの中にはやはり憎悪が生まれ始めていた。悪意に飲み込まれてはいけないと頭を左右に振って気持ちを切り替えようとする。ひとまずダムラントへと連絡し、専門家に更なる調査を依頼しようとした瞬間。手に取ったスマートフォンが震え出した。ダムラントからの着信だった。


「ダ、ダムラントさん? どうしたんですか」

「すぐに来て欲しいんスけど、そっちはひと段落ついた感じ?」

「え、はい。いつでもいけます」

「なら良かった。本職達が保安局の本部に戻った途端、マイ様とラヴちゃんに会ったんスけど……何故かキーネを引き渡すように言われた。今は局長と話し合ってるっスけどもうバチバチっス。いつ本気の争いが起きるか分からない」

「……そうですか。今すぐ行きます」


 ダムラントの声はナイア、モント、レイジの3人にも聞こえていた。このタイミングでキーネを奪おうとする行為を見るに。ラヴちゃんはやはりMINEのリーダーである可能性が大きくなる。


「聞いたな3人とも。確かめに行こう」


 味方だと思っていた人物が敵に回るかもしれない。もし真実なのだとしたら、キーネに続いて2回目であり悲しみの連鎖が起きてしまう。



 *



 30分後、レイジの軽トラックに乗り4人は世界政府本部の駐車場には辿り着けた。早急にラヴちゃんの元に向かおうと降り、エントランスへと走り出した瞬間。出入口の自動ドアが破られると同時に何者かが吹き飛ばされ4人の前に転がり込んだ。


「のわっ……なんや!?」


 受け身は取っており大した傷は負っていなかったその人物はラヴちゃん。声を出したレイジをまず視界に入れた彼女は右手に刀剣を握っており【SAMURAI】を使い戦闘を行っていた事は明らか。


「来ましたか。あなた方もわたくしの邪魔をするおつもりで?」

「いやなんの事かさっぱりなんやけども」


 疑ってはいるものの状況を把握できていない今、レイジは困惑するのみに留まる。するとラヴちゃんを吹き飛ばした人物がいるであろうエントランスの方から、聞き覚えのある男と少女の声が。


「やっと来てくれたんスね。さぁ、一緒にラヴちゃんを取り押さえよう」

「み、みんな! お願い……ラヴちゃんの味方をして!」


 待ちくたびれたように呆れ笑顔を向けてくるダムラント。そして彼に並ぶ形で立っているが手錠をかけられているマイもいた。更に背後には3人の男女も立っている。1人は男で警察官と見て取れた。残りの2人は片方が白い道着を着ているピンク髪を垂れさせる武闘派の女で、もう片方は先日もエントランスで受付をしていたスーツの茶髪女だった。彼女とダムラントの2人が【KINGDOM】の【KNIGHT MODE】の鎧を装備している。


「本職の知り合いの中には、君達の他にも信頼出来る仲間は当然いるんで……呼んできた。いくらラヴちゃんでも、この人数には勝てないっスよね?」

「……お嬢様を返しなさい。さもなければ、全員を喰らう」


 またしても敬語が抜けるラヴちゃん。マイが人質に取られているようなもので全力を出せていない様子。


「先に刀を抜いたのはそっちっスよね?」

「あなたが手錠を取り出したのが見えたもので」


 何がきっかけでこのような争いが起こってしまったのか。ロック達には知る由もない。しかしロックの足は自然と歩き出しラヴちゃんの前に立った。


「なんで本職の方を向く?」

「……昨日、一緒に風呂に入った時。話し合いを考えたイーサン局長に協力するって言ったじゃないですか!?」

「聞こえてたかぁ……」

「なのにこれじゃあ、女の子を人質にとった上に……よってたかって女性を襲ってるだけですよ! こんなのが話し合いなわけが無い!」

「聞いてたっスよねぇ“自分に出来る事なら協力”っていう本職の言葉を。今、イーサン局長はキーネと話し合いをしている。その話し合いの邪魔をされたくないから……こうしてるんスよ」


 嘘自体は言っていなかった。ダムラントの心意気はロックにも十分すぎるほどに伝わる。100%の話し合いは有り得ないという判断の元、ダムラントはイーサンのために自分のやれる事をやっているのだと。

 そしてラヴちゃんがMINEのリーダーである可能性も捨てきれない。今ここでダムラントに協力すれば全てが終わるかもしれない可能性もあったが。ロックの背後に立つ仲間達も歩き始め並び立った。


「俺もロックと同意見や! 女性に対してこんな仕打ちするってのは……ちと許せへんので」

「僕はイーサン局長とキーネさんに会って話がしたい、ので」

「私もこの状況、ダムラントさんの味方にはなれません! せめてマイちゃんを解放してあげてくださいよ」


 レイジ、モント、ナイアが各々の意見を述べる。自ら障害を増やしてしまった事にダムラントは苛立ち頭を掻きむしると、吐き捨てるようにして言った。


「君達は本当に優しいね」

「っ……!」

「なら本職は君達も敵とみなす。ロックとナイアなら知っているだろうけど……【KINGDOM・BISHOP MODE】を使おう」


 ダムラントは花のような杖を握る。つい先日ナイド相手にも使用した種子を発射する能力。着弾後しばらくすると植物が成長し激痛と不快感を与えるこれを構えたダムラントからは本気の敵意が見えた。間を与えずに2つ種が放たれロックへと向かっていく。すかさず応戦しようとカプセルを取り出したロックだったが、彼の右を全速力で人が通り過ぎた。


「え……?」


 ナイアやモント、ましてや戦う力を持たないレイジでもない事は明白だった。何故なら見えた色は『赤色』だったから。その人物は種を足で切り裂くと振り向きロックに顔を見せた。


「切磋琢磨……してるね。ウチも混ぜてくれない?」


 肘まで伸びている滑らかな赤髪。眼は垂れ気味であるが瞳は輝き、黒い上着を着ているその女性。タスクだった。

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