第8話 執着心による詐欺

「おいレイジ大丈夫か?」


 レイジの元に駆け寄り体を揺らすロック。キーネへと歩くダムラントとはすれ違いになっており、後始末は保安局の2人が率先して行っていた。ダムラントは気絶したキーネを無力化するために彼女のカプセルを回収し手錠もかける。すると幼くなった2人の身体は段々と元に戻っていった。


「体が伸びていく感覚……ちょっと気持ち悪いっスね」

「それでも戻らないよりかはマシだ」


 声が低くなり身長も伸びる。子供の体ではなくなった事でキーネを連れていく腕力と体格を取り戻したイーサンはキーネを背負った。彼はキーネの体温を布越しに感じ、病に倒れた祖母の事を思い出してもいた。詐欺を行っていた犯罪者と家族を重ねるのは罪悪感も伴っていたが、気持ちで抑えられるものではなかった。勝手にイーサン自身の体がそうさせている。


「あらいざらい吐いてもらうからな」


 しかし容赦はしないつもりでもあった。行き過ぎた尋問をしてでもグループの真相を暴いてみせると心に誓う。続いて、最後に祖母と会った時の会話が脳裏に過ぎった。病室のベッドに弱々しく横たわり、もう10年程は外出もできていない祖母の姿も。


『こんな老いぼれにいつまでも、執着していちゃあ……お仕事にも集中できないでしょう』

『そんな事ないよおばあちゃん。おばあちゃんのおかげで、俺はやっていけてるんだから』

『……そうかい。なら死ぬまで孫の活躍、見続けるしかないねぇ』


 イーサンは目線を下にする。あの時、祖母は何を思っていたのだろうかと考えた。


(もう、半ば諦めているようにも見えた。でも俺に期待していない訳じゃないはずだ。ならば俺に出来る事は……悪を打ち倒しながら、マイの説得を試みる。死なせるもんか。孫の活躍聞かせながら元気にさせてやるからな……おばあちゃん)


 キーネを背負いながら決意を固め駐車場を歩いていた。後ろからその様子を見ていたダムラントは何も言わず。ロック達の方に声をかけた。


「本職達は本部に戻ってキーネから話を聞くんで……君達は冷蔵庫の奥にあるっていう地下室を調べていて欲しいっス。何か重要そうなもの、例えばリーダーへの手がかりなんかがあったら電話を」


 そう言うと背を向けイーサンに着いて行った。ロック達にとって大人がいなくなるのは心細さもあったが、分担を判断したダムラントを信じ従う事となる。すると直後にレイジが唸り声を上げた。


「うぐ……キーネ、さん」

「レイジ! どこか痛むところはないか!?」

「あ……ありゃ? いやめちゃくちゃ痛むわけじゃないんやけど……もう色々と終わった感じか?」

「あぁ……俺達はキーネさんを倒して、今からイーサン局長達が事情聴取をするみたいだ」


 それを聞いたレイジは苦笑いを浮かべる。自らの非力さに嘆いたのか、ため息と共に俯いた。そんな彼を見てモントは何か励ましの言葉を送りたい様子だが近づく事さえできていない。


(何も思いつかない……僕はレイジさんを、励ましたいって思ってるのに)


 深呼吸をした後に足を踏み出したモント。心より先に体を動かすと決めたようでただ近づいただけだった。


「イーサン局長元に戻っちゃったけど、若返った時の見た目だけなら結構好きな感じの男の子だったなぁ……」


 キーネを背負うイーサンを見てナイアが言葉を零した。何やら残念そうな表情をしており、他の3人はナイアの好みのタイプは幼い少年なのではないかと勘ぐってしまう。



 *



 ダムラントからの指示、地下室の調査。先程もレイジが入っていた冷蔵庫の中にあるもので、室内奥の床に人ひとりが通れるサイズの扉があった。ペットボトルや缶が入っているダンボールが倒れておりナイドとラディも慌ただしくこの扉から出てきた事が伺える。4人の中でもいち早く向かったのはやはりロック。


「まさか罠とか仕掛けられてないよな」


 恐る恐る扉を開けたが何のトラップも存在せず、下への螺旋階段が伸びていた。好奇心に誘われるようにロックは足を踏み入れ地下室へと入っていく。埃の溜まった薄暗く狭い部屋。照明は壁にかけられた安っぽいライトのみ。危険はないと判断したロックは声を上げた。


「とりあえず大丈夫そうだ! 来てもいいぞ!」


 ナイドの【MIDNIGHTER】の能力によって出力された顔写真や生年月日、職業や住所といった個人情報がまとめられた紙がコンクリートの壁にセロテープで雑に固定されている。中には床に落ち、踏まれてぐちゃぐちゃのものも。

 次にこの部屋に入ってきたのはナイアで、続いてモントとレイジがほぼ同時に階段を降りてくる。


「ここで兄さんは、何を考えてたんだろう……」


 ナイアは錆び付いたパイプ椅子に座り、ナイドが見ていた景色を体感する。様々な人物の個人情報が晒されている紙を見つめても浮かんでくるのは悲しみのみに留まる。

 国内でも有名な暴力団組織の幹部。裏社会で暗躍する麻薬密売人。汚職を働いていた政治家。彼らは始末されたと見なされ、顔写真には赤いバツ印が付けられている。


「……なんだか悪人の個人情報が多い気がします。僕のも、ありましたし。バツ印はありませんけど」

「他の犯罪者を始末してたって事なんか? いやそれでも……許される訳じゃないやろ」


 未だMINEのリーダーや、その思想は明かされていない。なぜ詐欺グループを作り一般人を騙しながら他の犯罪者を消しているのか。


「ナイド達はここを捨てた……何か新しいものが見つかるかは分からないけど、ひとまず探し尽くすぞ」


 壁にナイフで突き立てられていた自らの顔写真を見てロックは言った。ナイドが刺したであろうナイフを引き抜き床に落とすと写真も落ちていく。すると写真によって隠れていて見えなかったメッセージが。壁に油性ペンで書かれた、ナイドからロックへの怨念。


 今は金よりも君に執着している 君の大切なものを全て奪ってから殺してやるからな


 後半の文字は汚かった。


「ナイド……俺は本当にお前を、許せないかもしれない」

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