第7話 瓦解

「カッ……ハァ」


 汚い喘ぎ声と共にキーネは喉から血を吹き出し倒れ込む。常人であれば失血死は免れない傷。ついにモントが人殺しをする決意を固めたのだと、ナイアは驚いたが違った。ラディはバイクの駆動を一時停止し心配の目を向ける。ナイドは相も変わらずナイアを見つめていたが。


「まだ生きているはずです……『ベージュ色』を持つ人なら、この程度で死にはしないっ!」


 涙を流しながらモントはキーネへと追い討ちを試みる。するとキーネは飛び上がり、骨の腕とブッチャーナイフを素手で受け止めて見せた。足で踏ん張る事を余儀なくされ、モントは右足のブッチャーナイフを元の自らの足に戻した。


「2人は逃げて」

「だそうだ、ラディ?」

「あーもう! これ以上仲間は失いたくなかったのに!」


 ラディは珍しく怒りの声を上げ、嘆きながらエンジンを再起動させていき。その場から走り去ろうとした。ナイアは2つの車輪を投げたはいいものの、【DESTRUCTION】のスピードには追いつけていない。


「やっぱり速い……!」


 ならば自分が、とロックはハンドルを握りしめたがイーサンが制止した。


「待てロック! 今はこいつを……キーネを確実に捕らえる!」

「で、でも今なら【MIDNIGHTER】も銃弾を発射できない状態ですよ! だったら俺だけでもナイドとラディを倒せます!」

「だが追いつけるとは限らない! そしてキーネ……こいつは俺達5人からも逃げられる自信があるらしい……! だから全力で今やるべき事をやれ!!」


 ロックにとってイーサンの言葉は横暴にも聞こえたが、キーネの方を向き直すとそれが正しい事に気づく。キーネの隣に再び現れた【NAKED】がモントに触れようとしていた。咄嗟にダムラントがもう一度刺突をおみまいしてやろうと腕と槍を伸ばしたが、すんでのところで【NAKED】はキーネ本人と同時に飛び退き彼女らは壁に背を預けた。キーネは首を傾けモントへの疑惑を抱く。


(【NAKED】の力は服や鎧越しにも効果を発揮するはずなのに……どうしてモントちゃんには通じないの? 四肢に位置する人形ドールはモントちゃんの身体の一部でもなく、所有物でもない、他の誰かのものということ?)


 黒の力はやはりイレギュラー的存在だった。このコンビニからの脱出は至難の技だが、キーネは諦めず思考する。対して若返ってしまった保安局の2人は歯を食いしばった。


「こんな小さな体じゃ、俺は俺の【INSIDE】を扱うことすらできなさそうだ……ダムラントはどうだ?」

「盾以外にも、鎧や槍が重いっス。いつものような動きはできない──つまり」


 ダムラントは出入口に立つナイアを見つめ、イーサンはロックとモントを視界の中央に入れた。


「頼んだぞガキども……!」

「危ない事はあんまりさせたくなかったんスけどねぇ」


 3人にキーネの確保を任せる選択。彼らも全く戦えないという訳ではないが、下手に動いてしまえば逃がしてしまうどころか返り討ちに合うリスクを考慮してのこと。ロックは1人頷いた。


「分かりました! モント、身体は大丈夫なのか?」

「まだやれます……! 僕はキーネさんを信じていたのに、なのになんでこんな……全部、話してもらいますから!」


 痛みという自らへの試練を課す事によって、レイジとは違い怯えや困惑よりもキーネに対する怒りの方が勝っていた。つい先日、キーネが優しく接し傷を治すだけでなくメールアドレスを交換してくれた事も真実。だからこそモントはキーネを理解できていなかった。こんな能力を持っているのならば、会って早々に殺す事などやろうと思えばできたのではないか、と。


「悪いけど私はそうもいかないの。私には、死んで欲しくない人がいる。だから私は、その人のために動かなきゃならないの」

「それがなんで、詐欺をするっていう選択肢になるんですか!?」

「……ごめんね。言えないの。君達の事も、特にレイジくんのことは本当は殺したくないんだけど……優先順位が、あるから」


 今度こそモントを仕留めようとキーネは走り出した。【NAKED】の能力を回避できるモントは率先して前に出ていく。コンビニ室内で繰り広げられる戦闘は狭苦しいもので緊張感も篭っている。実戦経験はモントの方がやはり重ねているようで、キーネの身体には切り傷が増えていくが瞬時に再生もされていった。【NAKED】の方はロックに攻撃を加えようとしているものの、複数の氷柱による迎撃とナイアが投げる車輪によって上手く近づけていなかった。


「おいダムラント、この状況どう見る」


 コンビニの破られた自動ドアを踏みつけたイーサンが呟く。鎧を脱いだダムラントと共に少し離れた彼は険しい表情でモントを眺めていた。そばには意識を失っているレイジと、車輪での援護をしているナイアもいる。


「確かにモントは強いっス。今までこの目で見た人間の中でも相当に優れている……でも、このままじゃダメだ」

「だろうな。いずれ体力が尽きる。現に少し動きが悪くなってる気もするしな。『頼んだぞ』なんて言ったが……俺はもう一度【INSIDE】を出そう」

「彼らが局長の意を汲み取ってくれると良いんスけどねぇ」


 イーサンの前に【INSIDE】が出現。水の道は出さず、ただボートを置いているだけ。ダムラントがわざとらしく試しているかのような目線をナイアに向けると、彼女の頭はパンク寸前に陥ってしまう。


(ええっ……いきなりなんなの? 命かかってるんだから、素直に言えばいいのに。いや……言ったらキーネさんに気づかれる可能性を考慮してるのかも?)


 キーネはモントに任せ、ナイアはロックと共に【NAKED】の対処に追われていた。だがキーネ本人及び【NAKED】は、身体を再生する力を持っており未だ有効打を与えられていない。このままではイーサンの言う通り体力が尽きたところを突かれやられてしまう。だがイーサンが出現させた【INSIDE】を見てナイアは感じ取る。


「内部から破壊する力なら……?」


 いくら強力な再生能力を持っていたとしても内側から壊していく【INSIDE】を使い、瞬時に身体をバラバラにする事ができれば再生する暇を与えることなく倒せる可能性。けれどもボートの操縦技術を持つイーサンは年齢が1桁ほどの体型になっており、操縦は不可能。


「わかりました……私が、やります!」

「上手く伝わってるかどうかは分からないが、期待してるぞ」


 2つの車輪を手元に戻したナイアは考えついた作戦を実行するため息を整える。見つめた先はモントと戦っているキーネ。


「動きが遅くなってきてるんじゃないの、モントちゃん」

「くっ……ぐぅ」


 キーネの拳を【LIAR】の右腕で受け止めたモントは尚も涙を流している。四肢を失う事による激痛のハンデは絶大で、時間が経つにつれモントの集中力は失われてしまう。既にキーネの方はモントを殺める覚悟は出来ており腹部への蹴りを行おうとした。しかし同時にモントの背後から車輪の回転音が響いてくる。


「いったい何が──」

「避けて! モント!」

「っ……はい!」


 キーネの動きが止まった瞬間、モントは左方向に転がり込んだ。そしてキーネの視界に飛び込んできたのは彼女にとって予想外すぎる連携。ナイアが投げた2つの車輪の上にイーサンの【INSIDE】が乗せられ接近してきていた。大きいボートが細い車輪で動いている光景は奇妙なものであったが、自転車と同じように前後でバランスを取り、狙う先はキーネ。風の力も相まって普段よりもスピードが出ているボートはキーネの腹部に突っ込み、船首が触れると内部から臓器を破壊した。


「そん……っな」


 勢いはそのままに壁にまで辿り着くと直撃し、叩きつけられたキーネは白目を向いて倒れ込んだ。彼女が意識を失った事でロックを襲っていた【NAKED】も動かなくなり、ようやく一同は一息つくことができた。


「俺の【INSIDE】を上手く扱って……でかしたぞナイア!」

「あ、ありがとうございます……」


 近づいてきた子供の姿のイーサンに褒められ、年上のはずなのに年下の外見の人間に笑顔を向けられやや照れている様子。警戒を解いたモントは両腕を伸ばすと黒い煙が現れ左腕が、そして元々無かった右腕は肩の部分だけが元に戻される。【ROCKING,OUT】をカプセルに戻したロックは近づくと心配の声をかけた。


「大丈夫か? 身体も、心も」

「僕は、多分平気です。僕よりも心配すべきなのは多分……レイジさんの方だと思います」

「あ……そうだよな」


 ダムラントの足元で倒れているレイジは未だ目覚めていない。どう声をかけるべきなのか、どう励ましの言葉を贈れば良いのか。ロックは考える事になる。

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