第13話 炎の行先

 吐血もしたタスクが倒れた先は、先程転倒したモントのそば。息が絶え絶えになり、苦痛に歪んだ表情のタスクを見たモントは思わず駆け寄った。しかしイーサンは容赦をしない。


「タスクさん! き、傷は……」

「触るな! 俺が片付けてやるからどいてろ」


 水の道を伸ばし、【INSIDE】に乗ってやってきたイーサンは辛辣な態度を見せる。辺りの木々は所々に穴が空いたようになっており陽の光は歪に彼らへと届いていた。光を背に浴びているイーサンの顔周辺は暗くなっており、モントの恐怖心は膨らむ。少し離れた場所から見守っていたマイもまた、悪い状況になってしまったと判断し走って来る。


「待ってイーサン! 殺す必要なんて、ないでしょ!?」

「マイ……お前もどけ。この【INSIDE】に破壊されたくなければな」

「どかない!」


 モントとタスクの前に飛び出したマイは両手を広げ立ちはだかった。舌打ちをしたイーサンは続いて頭髪を掻きむしると、本気の敵意が篭った鋭い瞳でマイを睨む。これまでにも数多の犯罪者を始末したイーサンの覚悟はマイにも伝わった。マイは唾を飲み込み、少しだけ身体が震える。


「なら、力ずくでやってやるまでだ」

「っ……!」


 するとイーサンは【INSIDE】から降りた。マイのオレンジ色をしたマフラーを引っ張り、船首へと近づけさせる。マイは必死に踏み留まろうとしたものの、力の差は歴然だった。マフラーが船首に触れた瞬間、マフラーは解けるように破壊されてしまい粉々に。勢いでマイは転んでしまった。うずくまる彼女の横をイーサンが通り、今度はモントを睨んだ。


「モント、お前は犯罪も重ねている……今ここで殺したって、あのガキどもやドイルさんに文句を言われる程度で済むだろうな」


 もちろんこれは本音では無かった。だがモントを脅すためのものであり、本音を判別できるナイアが居ないからこそ使える脅し文句だった。マイと同じようにマフラーを掴まれたモント。歯を食いしばりながらも、彼女はイーサンを睨み返す。今までに見た事のないモントの表情にイーサンは感心した。


「どうやら覚悟は、できてるらしいな」


 イーサンが告げた最終確認にもモントは動じない。再びマフラーを破壊しようとイーサンは引っ張ろうとしたが。モントの背後から伸びた腕が、赤いマフラーを掴んだ。


「お前……」

「させない」


 そう一言だけ、血と共に吐いたのはタスクだった。彼女からして見れば、イーサンの殺意は本物でありモントの命も奪われかねない状況。モントを助けたい、そう思っての行動をタスクはとった。


「タスクさん……どうして」

「ウチも、大切な人だと思っちゃったみたい。モントのことを。たった1週間の付き合いだっていうのに……失いたくないって思うよ。だからほら……モントには手を出さないで」


 既にタスクは瀕死。対抗する力は貧弱なものであったがイーサンの動きも止まった。彼も驚いていた。彼が今まで追い詰めてきた犯罪者達の大半は、自らの命の危険を感じ取ると慌てふためき他人を犠牲にしてでも生き延びようとしていたからだ。しかし今のタスクは自分の命を差し出しているのと同じ。そして彼女をそこまで動かしたモントにも、多大な興味が湧いていた。短い付き合いでも他人の思想を変えられる可能性。イーサンにとってそれは、マイを説得し自身の祖母の命を救えるかもしれない、という可能性を示してもいた。


「そうか、ならモントには手を出さない」


 マフラーから手を離したイーサンは、そう言いつつもモントの肩を手で押して退かせた。尻もちをついたモントは立ち上がる事ができず眺めるだけ。


「最後に何か、言いたい事はあるか?」

「猶予くれるんだ……そうだなぁ」


 地面に膝をついているタスクは、口に着いていた血を袖で拭き取るとモントの方へ顔を向けた。死を目前にし諦めも含んでいたが、だからこそ話せる本音をさらけ出す。


「モントはさ、自分の事を“他人より劣ってる”とか“僕以外の皆の方が生きる価値があるんだ”とか思ってるんだろうけど……そんな事ないってウチは言えるよ。1週間の付き合いだったけど、モントくらいの歳の子供はすぐに死ぬべきじゃないとは断言できるし……だってまだ未来、あるじゃん。染まってしまったウチとは違って」


 自分への呆れ笑いを浮かべたタスク。彼女は人生での最後の会話のつもりで言っていたため、やや震えた声だった。対しモントは考えがまとまらなかった。死んでほしくないという想いだけが大きくなる。


「終わったか?」

「ま、待ってください……やっぱり僕、タスクさんとまだ────」

「もう、いいんだよ」


 その一言でモントは押し黙る。これ以上何をやっても結末は変わらないと。本人達が望んでいる以上自分が干渉する余地はないと。思い知ってしまった。


「一瞬で終わらせる」

「さっきから痛くてたまらないから……お願い」


 向かい合ったイーサンとタスク。弱々しく左手を伸ばしたモントだが届くはずもなく。イーサンは瞼を閉じたタスクを確認すると、左腕を回して抱き寄せた。その先には【INSIDE】の船首があり再びタスクの胸部に触れる。その瞬間、イーサンの腕の中でタスクの身体が大きく跳ねた。身体の内部がぐちゃりと壊れる音が響く。


「タスク……さん」


 モントの右眼からは大粒の涙が零れる。ぐったりとしたタスクをイーサンは支えると、呼吸を確認。すると彼はモントも予想だにしていなかった発言をする。


「…………俺も気が変わった。ほら、爆弾は取り除いてやった。だが色々と他の臓器も壊れてるはずだからすぐに死んでもおかしくないぞ。さっさとレイジの所まで連れて行ってやれ。医者に診てもらいたければ、だな」


 そう言ってタスクをモントのそばに寝かせたイーサンは照れ隠しでそっぽを向く。ようやく彼の不器用な優しさによる行動を理解したモントはお礼を口にした。


「あっ……ありがとうございます! ありがとうございます!」


 絶望が希望に変わり、嬉し涙が漏れだしたモント。オートバイ&サイドカーの人形ドールである【GLORY】を呼び出すと、サイドカーの座席にタスクを載せようと彼女の体を持ち上げようとした。しかしモントの力ではそれは叶わず、見かねたイーサンも動いた。


「仕方ないな……ん?」


 彼の視界奥から走ってくる人影が。ラディとの戦いを終えたであろうラヴちゃんだった。刀剣状態の【SAMURAI】を持ったままで砂埃さえも服には見当たらず、無傷での勝利である事を表す外見だったが。彼女は焦ったような表情を見せていた。眉は下がり口は半開き。それもそのはず、マフラーを破壊されたマイが倒れたまま動いていなかったからだ。


「お嬢様……!」


 安否を確認するため【GLORY】の隣を走り抜けマイの元へ駆け寄ったラヴちゃんはしゃがんで声をかけた。マフラーを壊されただけで外傷は全く無かったというのに、マイがうずくまる理由。振り向いたイーサンとモントもマイの様子が目に入った。


「あ……あぁ、わた、わたしの。記憶……がっ」

「お嬢様、お気を確かに!」

「みんな殺されて、わたしも怪我をして、いっぱい泣いて……いや、いやなのにどうしてこんな記憶が今っ……! 思い出したりなんか!」


 慌て、頭を抱えて叫ぶマイの姿はその場の他全員の動きを止めた。イーサンとモントは唖然とし、ラヴちゃんはマイのマフラーが無くなっている事に気づく。その瞬間。目にも止まらぬ速度でラヴちゃんは刀を振った。


「え……」


 いつの間にかラヴちゃんが目の前まで近づいていた事に、モントは呆気に取られた。そしてラヴちゃんが持つ刀の先端は、イーサンの首へと僅かに刺さっていた。


「な、なにを」


 痛みが遅れてやってきたイーサンは驚いたが指一本動かす事すらできなかった。少量の血が流れると共にラヴちゃんはイーサンを睨む。


「貴方は……許されない事をした。もう二度とお嬢様のあらゆる所有物に触れない、と誓いなさい。もし破ってしまったのならば……その出来の悪い頭をわたくしが、いっそ食べて差し上げましょうか」


 敬語も消え、瞳のハイライトもなくなっていた。彼女からは底知れぬ闇と憎悪が溢れ出ている。それらに呑み込まれたイーサンは息をする事さえ封じられ、顔は青ざめてしまう。だがタスクの容態には一刻の猶予もなく、急ぎたかったモントが場を動かす。


「あのっ……タスクさんは、まだ生きてるんです。タスクさんが死んでしまったら、きっとマイさんも悲しみます。だからその刀を納めて、離れてください……!」

「……そうですか」


 マイを引き合いに出されてしまい、ラヴちゃんは引き下がる他なかった。緑色の粒子となって【SAMURAI】はカプセルに収納されていく。ようやく呼吸を許されたイーサンは過呼吸になる程空気を素早く取り込み吐いた。


「……悪かった。弁償はする」

「いえ。必要ありません。さっさとわたくし達の前から去ってください」


 やはり乱暴な言葉遣いをするラヴちゃん。反論する気も起きなかったイーサンは今度こそタスクを持ち上げ、サイドカーに乗せると自らはオートバイの【GLORY】に乗り込んだ。


「マイの付き人は俺達に消えて欲しいらしい。行くぞ。右腕の無いお前の代わりに、俺が運転してやるから後ろに乗ってけ」

「あ、はい……」


 これ以上ラヴちゃんを刺激してしまってはまずいと判断したイーサンはすぐさまオートバイを発進させた。モントはマイの事が気がかりではあったが、今の自分が優先すべき事はタスクを病院に連れていく事。モントはイーサンの背中を掴むとオートバイは発進した。彼らが去っていく時もマイは錯乱を続けている。


「ラヴちゃん……私、怖いの。突然あの時の記憶が少しだけ蘇って痛いの……! 心が!」


 14年前、かつて謎の武装集団が孤児院を襲ってきた時の記憶。マイは断片的に思い出しただけであり、襲撃は最終的にどのような結末で終わったのかは思い出せていない。縋るようにラヴちゃんに抱きつき、震える腕で彼女の背中を掴む。


「お嬢様……」


 ラヴちゃんは優しく頭を撫でるのみ。ラヴちゃんは襲撃の結末を知っている。彼女からマイに贈れる励ましの言葉は簡単なものしかなかった。


「わたくしは、いつまでもお嬢様のそばに居ます。いつまでも。ずっとずっと……死んでしまうその瞬間まで、愛し合いましょう」


 ラヴちゃんの方からもマイを抱きしめた。気づけばラヴちゃんの両眼からは涙が零れ、両腕の力は強くなる。マイは零れた涙に気づいていない。ラヴちゃんは涙を気づかせまいとマイの顔を自らの胸に押し当て、涙が止まり枯れるまで抱擁は続いた。



 *



 昼下がりの高速道路で黒い高級車が走る。綺麗に磨かれたボディは光が反射し眩しすぎるほど。窓にはカーテンがあり外から車内の様子は見えないが、乗っているのは世界政府総長ドイルだった。運転は部下に任せ、柔らかい座席に背を預けると目を閉じ独り言を。


「私の人形ドールは娘のものと同じ名を冠する【WORLD】……でも、?」

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