第8話 一刀両断・オーバークラッシュ

「それに、この人形ドールは精密性が低いみたいですね? もし高いのならばすぐさま操作して僕の手から取り戻せるはず……まぁ、そもそも手で持って動かしてる時点で推測はできましたけど」


 重量のあるブッチャーナイフを両手で支え、先端を床に着けると更に挑発を繰り出したモント。これだけでも床にはヒビが入っていた。

 精密性の高い人形ドールは持ち主の意思で自由自在に動かせる。イアの【LIAR】やキーネの【NAKED】もその例で、持ち主が干渉しなくとも意思による命令を下せば操作が可能。【JUMP COMMUNICATION】は精密性が極端に低く、動かせる箇所すらなかった。


「おぉ、なんだかモントが頼もしい……!」


 ナイアは黒いニーソックスに付着した埃を払う。凛々しい表情のモントに驚き尊敬の感情すら持ち合わせていた。


「これでも裏社会で活動していた人間なんです。褒められるのは嬉しいですけど……油断もしちゃいけません」

「その通りだなぁ!?」


 食い気味にジャムが叫んだ。得物を半分失ったにも関わらず笑顔を作り、残ったブッチャーナイフを両手で握る。モントとは比べものにならない筋力で持ち上げ、まるで剣道で見かける中段の構え。喉元をかっ切らんとするナイフの角度。右足を1歩前に出し、へその下に重心を保っている。


「一流二刀流剣士が一本の刀を奪い取られても……一流一刀流剣士になるだけなんだ!」


 紫色の前髪が少し被った瞳は鋭く、揺るぎない殺意を2人に向けた。対してナイアとモントは完全な殺意を有しておらず、やはり出せる実力には差が生まれてしまう。


「僕が所属していた暴力団を、ナイドさんとのたった2人のコンビで簡単に殲滅したんですから……。傷を負う事、覚悟していてください」

「そっ、そうだよね……わかった」


 ナイアは恐る恐る車輪を回転させ始める。中距離攻撃をこなせるナイアが本来有利な立ち位置だったが、本物の人殺しを前に怖気付いてもいた。ナイドの時は家族という事もあり今回は別の意味での恐怖。


「じりじり、ジリジリ攻めていくからな」


 これも剣道で見る距離の詰め方。両足でのスピーディーな踏み込みは、次の行動を予測させてくれない。


「さあて、どっちから切り伏せてやろうか」



 *



 一方その頃。ロォドとラディはS字カーブで接戦を繰り広げていた。ロックは相変わらず追いつけていないが、それでもスタート直後よりも距離は縮まっている。

 氷と雷の応酬はレースにも影響が出ており、2人は互いに対応するために速度を落とさねばならないが、ロックは全力で追いかける事が出来る。


「【DESTRUCTION】の能力っ!」

「またか……!」


 ロォドが追い抜く度、【DESTRUCTION】の“対象の速度に追い付く”能力が発動され加速、横並びに。時速400km近いスピードにもラディは対応し難なく運転を続行している。

 決して突き放せない後続車。プレッシャーは半端なものではなく、ロォドの額にも汗が垂れ始めた。


「でもさっすが白バイ! 標的を追うための走行能力はスゴいね」


 対してラディは笑みを崩さない。レースの経験量が段違いという事もあるが、その態度はロォドを焦らせる。


「もうすぐでS字カーブを抜ける……ロックは?」


 1人ではラディ相手に勝利は掴めないと判断したロォドは後ろを確認。ロックはかなり近づいており、慣れないカーブを必死に走っていた。もう一度妨害すれば十分追いつける距離だったため、ロォドは【OVER LOADING】から氷を溢れさせる。


「もうすぐだ……もうすぐで」

「お〜ロックも近づいてきた。これなら楽しいレースになりそうだね!」


 しかし未だに笑ったままのラディ。たった1周のみで終結するレースではあるが、だからこそ中身が濃厚になるものだと彼は考える。ロック達はナイドの居場所を知るために戦っているが、ラディはレースそのものを楽しむためという理由が大半を占めていた。

 そのため、ラディにとっての理由・目的こそが今の状況。テンションも上がり最高潮。


「ロックゥゥ!! ロォドさぁん!!」

「レイジ!?」


 S字カーブを抜けた途端、彼らの視界にレイジが入った。短めのストレート、その先にはカーブの外側が高くなっているコーナー『バンク』が待ち構えている。更にその先にある最終ストレート、そこにレイジが立っていた。


「【GLORY】や! 3人でやればきっと勝てる!」

「……なるほど。なんでもあり、なんだよな?」


 氷と共に挑発じみた発言をロォドはぶつけた。ラディは雷で防御すると、正面を見据えたまま言葉を返す。


「まぁ、そうだね。ちょっとビックリしたけど……別にいいよ! このままだとボクの圧勝だしね!」


 これも挑発。雷のお返しも併せてロォドに仕向けていた。流石に慣れてきたようで、雷は氷によって軽々と弾かれる。


「ロック! サーキットのバンクの曲がり方は分かるか!? もし分からなかったら、一言だけ言っておく!」

「はい分かりません! ロォドさんのを見よう見まねでなんとかします!」

「よし! ! ! 力ずくで何とかしようとは考えるな。バイクと一体化したように考えて、走れ!!」


 この状況で具体的な説明は頭に入らないと考え、ロォドは直感的なアドバイスを与えた。ロックは頷きで応じ、待ち受けるバンクに緊張を覚えていた。


「まるで親子にも見えちゃうな〜……えいっ」

「なっ!?」

「いきなりブレーキを!?」


 突然、ラディは急ブレーキをかけ速度を落とした。タイヤからは火花も飛び散り、後続のロックにも抜かれ、一気に最後尾に。ここでラディの作戦が炸裂する。


「【DESTRUCTION】! ここで意表を突く!」


 そしてまたしても加速。“対象の速度に追い付く”能力が発動し【ROCKING’OUT】の後輪に向かって追突した。圧倒的なスピードによって跳ねあげられ、【ROCKING’OUT】と共にロックは空中に舞ってしまう。


「ロック!?」

「そっちもね!」


 動揺したロォドの隙を逃さず、ロックと同じく後輪に追突し跳ね上げた。先程ラディも同じように吹き飛ばされたため、これは彼なりの仕返しでもあった。


「これでボクの勝ちだ……ん?」


 勝利を確信しバンクに入ったラディ。だが彼の目に写ったのは。


「ロックゥ! 今や! 今【GLORY】を使うんや~~ッ!」


 軽トラックである【RAGE OF ANGER】の上に乗り、吹き飛ばされた2人に向かってジャンプするレイジ。当然距離は足りていなかったが、ロックを信じているからこその跳躍。


「レイジ……! 分かった! 行くぞ【ROCKING’OUT・GLORY MODE】!!」

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