第3話 平和な時間

「……ま、警察に相談できないのはナイドの【MIDNIGHTER】が関係してるんや。『詐欺グループ』の事を調べても何の被害はないんやけど、『ナイド』を調べちゃ即アウトや。“探る質問の言葉”や“行動”が引き金になるって推測しとるで。あくまで外見に住所や誕生日とかで、人形ドールの能力は手に入らないらしいんやけど」


 会話を進めようとしないロックに代わり、警察と協力しない訳をレイジが話す。ロックがこうして憎悪に支配される現場に、レイジは何度も遭遇していたため対処法は既に知っている。

 何もしない事。何もしなければ、気まずくなるだけで自然に収まる。


「私の個人情報はとっくにデータとして抽出されただろうけど、元々家族だし……あんまり意味無いよね」


 確認の為の発言だったが少し恐れもあった。自身の兄が幾度も犯罪に手を染め、その正体を他人に打ち明けられた事実。

 もしかしたら家族さえも利用してしまうのかもしれない。と、ナイアは考えてしまっていた。


「そうやろな~……モントは個人情報もクソもあらへんし、『黒色』に何か隠された秘密があったとしても既に掴まれとるはずや。ナイドの捜索はナイアとモントに任せて、他の奴を俺とロックで……なんて作戦もありっちゃありやな」


 レイジは横目でさらりとロックの様子を確認した。歯は隠され、口は水平に閉じられている。怒りがある程度冷めたと解釈したレイジは突然立ち上がり、迷彩柄の上着と束ねられた後ろ髪が揺れた。


「一旦休憩や! もう外は暗いし飯食べへんと。ロックとモントは大丈夫そうやけど、ナイアは家に帰らんくてええんか?」

「あ……私、兄さんがいなくなってからは一人暮らしになってたから。家には誰もいないし平気だよ」


 返答を聞き入れたレイジは頷き、背後にあった引き戸を開け台所へと向かう。

 残された3人は口を閉じたまま。怒りを浮かべていたロックに対しモントは恐怖を覚え、今も言葉を出せずにいた。ナイアは兄であるナイドの事を気にかけており、会話どころではなかった。

 最もこの1日に会ったばかりの3人だ。自己紹介や趣味の話以外に親睦を深められないのは当然と言えば当然。


「…………」


 結局レイジが夕飯を完成させ3人を呼ぶまで、会話どころか独り言さえ発せられる事はなかった。



「なんや、元気ないやん」


 これも当然。先程までの会話も理由ではあったが、食卓に並べられた夕食が理由の大半を占めていた。4人は木製の椅子に座り、木目調のテーブルを囲んでいる。ロックの隣にレイジが座り、彼の向かい側にモント。その右隣にナイアが位置する。

 置いてあるのはキーネが勤めているコンビニエンスストアの弁当。ロックは山賊焼き、ナイアは唐揚げ、モントはやや小さめの鶏そぼろ弁当だ。


「当たり前だろ……俺は別にいいけど、女子来てるってのに賞味期限の切れたコンビニ弁当とか。これしか用意できなかったのは分かるけどな、せめて申し訳なさそうな態度くらいは……」

「別にええやろ! 賞味期限も2週間くらい過ぎとるけどかまへん。死にゃしないんや」


 呆れを通り越して引く女性陣。モントは食べようと思えば食べられる、と一応は意気込んではいたものの。ナイアは明らかに怒りも篭っている表情だった。眉にシワを寄せ、整った顔が崩れかけている。


「いやー店員のキーネさん、笑顔が素敵なんよな〜……1人じゃ食いきれない量つい買っちまうんだわ」

「お前、異性なら誰とでも何事でも良いと思ってる節あるだろ」


 ロックも呆れ、愚痴にも似た発言を浴びせたがレイジはピンピンしている。むしろ開き直り始め、鼻息を荒くしながら頷きを連続で。


「ぼ……僕は食べます。以前はこういうのもろくに食べられない環境だったので、むしろありがたいですよ」


 賞味期限が切れているという事よりも、女性をもてなしたというのに手を抜いているレイジに反抗心を抱いていたモント。しかし生まれてこの方コンビニ弁当を1度も口にしていなかった事もあり、割り箸を勢い良く割るとそぼろを摘み小さな口の中に放り込む。


「おいしいです……おいしいですよ」


 微笑みながら頬張るモントを見ると、レイジはニヤリと笑いナイアに詰め寄る。


「ほら、こんなに美味そうに食ってんやぞ? それにキーネさんが笑顔でレジに通してくれた弁当なんや……食べない訳、ないやろ」


 尚も険しい顔をしていたナイアは挑発に乗った。頭に巻いていたゴーグルを外し、テーブルにガッと叩きつける。音でレイジは驚き怯んだが、振動でテーブルが揺れモントの顔と鶏そぼろ弁当が激突。


「う……視界が、茶色と黄色でっ」


 顔面が鶏とたまごそぼろまみれになったモントだったが、即座にロックがポケットティッシュを取り出し無言で彼女に手渡した。


「食べてやろうじゃないの!! うぅホントはもっと健康に良いもの食べたかったんだけど……仕方ない、仕方ない……っ」


 モントと同じように割り箸を2つに別れさせ、唐揚げ目掛けて突き刺したものの。それ以上は動かない。


「ぐ……でも食べない方がもっとダメな気がする……でもうぅっ」


 更には震え始め、ヨダレも垂れる。

 躊躇っているナイアだが、彼女の視界左端から割り箸が横入りし唐揚げを1つ摘み上げた。


「大丈夫ですよナイアさん、僕も食べたんですから。それにおいしいはずです。口を、開けてください」


 屈託のない笑顔を見せ、『あーん』の体勢。彼女の口には茶色いそぼろが付着しており愛嬌もたっぷりだ。


「モ、モントォォォ……」


 悪意や嘘なんて混じっていない、心からの本音だとナイアは受け取った。徐々に口を開いていき、箸に乗った唐揚げも近づいていく。


「なぁロック」

「……なんだよ」

「女の子同士のあーんも……いいもんだな」

「お前ほんと、異性なら何事でも守備範囲かよ」


 苦笑いしたロックに、レイジはサムズアップで返した。2人の様子を横目で確認しながらだったため、拳の向けた方向に視線を向いていない異質なものだが。


「それじゃ、いただきま────」


 覚悟を決め唐揚げを受け入れる瞬間。ナイアの声をかき消す着信音が鳴り響いた。ロックのズボン、左ポケットからだ。内容は電話で、驚いた3人は固まっている。


「なんだって……ナイドと紫色の奴が!?」

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