第9話 動き始めた物語

 キーネと名乗る女性は60代に突入したと捉えられる外見。均等に揃えられた前髪、そして後ろ髪は1つに纏められていた。所々に白髪が目立っている。


「色の基礎能力。その中でもベージュ色は便利なのよ~。ほら傷見せて?」


 丁度よく勤務終了時間だったため、ナイアが声をかけ2人の傷を治してくれと提案した。理由は『派手に事故した』と誤魔化している。ナイア自身は怪我をしておらず、たまたま通りかかったと嘘の説明。


「じゃあほら、ロックが先で」

「あ、あぁ……」


 目に見えて傷が大きいロックの方からバイクから降りた。すると置いていかれたモントの元にナイアが近づき、キーネの視界から自身の身体でモントの姿を隠す。緩やかな手つきでロープを外しており、怪しまれないようにするための行動だ。


「おぉ~……結構派手に転んだんだね、ロックくん?」

「そうなんですよ、はい」

「ふーん……」


 初対面だという事もあるがとてつもない棒読みの返答。嘘だと察してはいたキーネだったが、顔には出さずロックの傷を治すため人形ドールを出現させた。

 ところがその人形ドールは極めて異質な見た目をしていた。それこそ『人形』そのものだったため他の彼らと比べると逆に異質。


「えっ」

「これが私の、【NAKED】」


 キーネ自身にそっくりの人形ドール。まるで2人が分身したように。全体的に青みがかった服装も全くもって同一。

 違うのは、生命が感じられない事。表情も無から変わらず、動きもカクカクと。どこかロボットを感じさせる動き。


「ほらほら、治してあげるから大人しくするの」


 1歩退いてしまったロックはなだめられ、両腕を伸ばした【NAKED】は彼の頬に手を添えた。すると出血した傷跡はおろか骨の折れた鼻さえも元通りになっていく。


「ベージュ色の基礎能力は確かに肉体をある程度再生させられるって聞いたけど……まさかここまでなんて」

「私の【NAKED】は他と違ってちょっと優秀みたいなの」


 ロックの褒め言葉にキーネは上機嫌となった。フフンと笑った後、今度は視界の奥にあったモントの方に歩く。既に縄は解かれているため不審には思っていない様子。

 人形ドールも壊され、監視カメラがあるコンビニ前だという事もあって、モントは反抗せず目を瞑る。【NAKED】が後頭部と背中に触れると折れていた骨さえも、完治とまではいかなかったがかなり修復されていった。


「……ありがとうございます」


 覇気のない弱った瞳をキーネに向けている。衰弱したモントを目の当たりにしたキーネは哀れみの感情を抱き、善意からの発言を。


「ほらこれ、私の電話番号。辛い事あったらいつでも大丈夫だからね」


 心では助けを求めている、とキーネは直感で察し助け舟を出した。数字が羅列された小さな紙切れを渡されると、モントはまじまじとそれを見つめ思った事を直球で口にする。


「……できればメールの方が良かったんですけど」

「お前……ほんとそういう所だぞ」



 *



 結局はメールアドレスも伝えてもらい、バイクの上でもモントは紙切れを離さず常に見つめていた。レイジの家に着いてからも変わらず、ロックに声をかけられてようやく黒いコートのポケットに収納した。


「玄関の明かりが付いてる。もうレイジは帰ってきたみたいだな」


 白い扉を開けると、先程は無かったオレンジ色の光が出迎える。先を行くロックとナイアを、モントは追いかけるように小走りを始めた。身長が低いという事は足も短く、自ずと歩数も多くなる。

 先に入った2人はモントを待ちながら奥の様子を伺っていた。先程事情を話し合ったリビングからはテレビゲームの効果音とコントローラーの操作音が流れてきている。


「おーいレイジ! 客を2人連れてきた、とりあえず情報整理するために話すぞ!」

「はいはーい! いつでもええで!」


 ロックよりも少し高めの声で、明るい関西の訛り。同時にモントが家に入り、後ろ手で扉を閉めた。


「ほら行くぞ」


 靴を脱いだモントに催促しロック、ナイア、モントの順でリビングへと歩いた。モントはこの家に来るのは初めてだったためキョロキョロと観察している。

 10秒も経たずリビングへと辿り着くと、部屋の入口に立った3人の視界にレイジの姿が映り込む。


「こいつがナイアで、こっちがモントって名前だ」

「ロック……お前」


 レイジの髪色はロックと同じ灰色。オールバックで額を大きく見せているが、後ろ髪は長く纏めたものが左胸まで垂れ下がっている。頭には薄い空色のハチマキを巻いていた。


「えらい美少女連れてきてもぅたなぁ!? オイ!!」


 笑顔で立ち上がり、迷彩柄の上着が揺れ動く。対照的な薄汚れた雰囲気のシャツが覗き、下半身の青いズボンも特徴は無かった。


「人数も2対2やし、合コンって訳やな! いくらでも情報整理してやるわっ。俺のトークぢから見せてやんよ!」

「ごめん2人共……こいつ普段は馬鹿通り越してるんだよ」



 *



 同時刻、とある建造物の地下室に1人の人物が帰還した。中央にある螺旋階段の音が響く。埃の溜まった薄暗く狭い部屋の角にはそれぞれ4つのスペースがあり、階段を下りて正面右の角には1人の青年がパイプ椅子に座っていた。

 緑色のジャケットを羽織っており、傷だらけのジーパンも履いている。眼はやや細く、そして右目を隠すほど長い髪の色は灰。背丈は2メートルを超えていた。


 そして首には、ナイアとお揃いの迷彩柄をしたマフラーが。彼がナイアの兄であり、そしてイアを殺したナイド。


「……ロックは始末できなかったのかい」


 1ヶ月前に不覚を取られたロックに対してはかなりの憎悪を抱いており、帰還した人物を責める口調だった。


「生憎『水色』の奴に邪魔されちゃったからね~……。しかも警官ときた。そのまま戦っても得策じゃない。そうだろう?」


 ナイドの前に立ち弁明を始めた人物の外見は中性的。男とも女とも判別がつかない見た目をしている。

 紫色の髪はやや長く、後ろは首の根元まで伸びていた。白い服には赤く長い十字模様があるが、肩から腕にかけては黒の生地。下半身はシンプルな黒いズボンだ。


「オレ達『MINE』の存在は知られちゃならない。まぁ顔はいつでも変えられるけど、一応な。それとモント……あいつには色々と仕込んでやったぜ」

「GPSか何か?」

「愚策だな。警官いるっつったろ。調べられちゃ1発だ! いいか? 尻尾が掴まれないものは……目に見えないものなんだよ。もしくは、だ」

「……分かってるさ。確認のために聞いただけだよ、“ジャム”。ナイアの命を狙うよう、勝手にモントに指示したのは意外というか、僕は嫌だったからさ」


 尚も嘲笑っている彼もしくは彼女の名はジャム。ナイドとは男友達の様な感覚で接しており、『彼』と呼ばれる事にも抵抗は持っていない。


「ヘマしたお前への罰ってワケだ。それよりも、他の2人はお仕事中だよな? なら時間潰しの策としてでもしちゃうかい?」

「何度も言ったけど、僕の能力でデータとしてとれるのは“個人情報”だけなんだって」


 その後も緩い流れの会話は続いたが、パイプ椅子の隣にあった壁には異様な光景が広がっていた。

 顔写真や生年月日、職業や住所といった個人情報が纏められた紙が、セロテープで雑に固定されている。中には床に落ち、踏まれてぐちゃぐちゃのものも。

 国内でも有名な暴力団組織の幹部。裏社会で暗躍する麻薬密売人。汚職を働いていた政治家。彼らは始末されたと見なされ、顔写真には赤いバツ印が付けられている。


 しかし顔写真のみでその他の個人情報がない紙もあった。顔にナイフが突き立てられ、人形ドールの特徴も字で連なっていた。その人物はやはり──ロック。

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