第8話 黒との対話

 太陽が沈みかけている。夕方に近づき廃工場全体が照らされていた。外に出たロックとナイアは、モントの腕を後ろ手にロープで縛り付け壁に追いやった。


「ロープとか、普通持ち歩くもの?」

「今役に立っただろ」


 茶化したロックは黒いパーカーを広げ右の内側を見せつけていた。改造が施されており、様々な道具が細い針金に吊るされている。

 普段は刃が露出していない折り畳みナイフ。

 ネジを締め付けたり緩めるために使う小型のドライバー。

 ハンドルを手回しして扱う人力発電の懐中電灯。

 パーカーの左側は見せておらず、まだ何か隠している事を匂わせていた。


「色々と聞き出す前に……あの人が無事か確認しないとな」


 詐欺グループの『紫色』と対峙していたロックの協力者。

 もしその協力者の人物が敗れていた場合、モントの救援に向かってくる可能性は大きい。

 そう考えたロックは素早くスマートフォンのメッセージアプリを開いたが、すぐさま安堵の笑みがこぼれた。


「よかった……怪我も少しで済んだみたいだ。そっちの奴も、相当強いらしいな」


 ズボンの左ポケットにスマートフォンを戻し、自身を睨んでいるモントに声をかけたロック。灰色のくしゃくしゃした髪を揉んだ後、しゃがんで彼女と同じ目線に立った。


「お前の事情なんて知ったこっちゃない……だが詐欺グループの事、詳しく聞かせてもらうぞ。着いてこい」


 知ったこっちゃない、というのは嘘。そうナイアは感じ取ってはいたが口には出さなかった。ここで指摘してしまえば、ロックの威圧感がなくなってしまう。

 相手に何かを吐かせる時は、絶対的な力の差を見せつけなければいけないのだから。


「そんなボロボロの顔で言っても、全然カッコよくありませんよ」

「なぁナイア、やっぱりこいつ1回殴っても良いか?」



 *



 結局はナイアに止められ殴らず、モントは【ROCKING’OUT】にロックと同乗する事となった。腕だけでなく足も縛られ、ロープはバイクの車体に巻き付かれているため身動きは取れない。


「着いてこれるか?」

「大丈夫大丈夫!」


 歩道で並走する【WANNA BE REAL】。それにロックは合わせていたためゆったりとしたスピードだ。

 モントはロックの背中に顔を埋めている。何も考えず力を抜いていた。


「僕はあなた達を殺せなかった。僕と僕の大切な人は、きっと始末されるんだ……!」


 後悔と憎悪の念が自身に向けられていると、ロックは背中越しでも理解した。申し訳なさを覚えてはいたが、優しさに身を落としては取り返しがつかなくなる事だってある。


 かつてロックはナイドを追い詰め、身柄を拘束すれば安全に対話ができる状況にまで持ち込んでいた。しかし当時付き合っていたイアと、ナイドの関係性。それに気を取られた結果、油断しイアを失った。


 この経験からロックは無言でバイクを走らせ続けた。

 仮にモントと協力し詐欺グループの本拠地に突っ込んだとして、ナイアと協力者を含めた4人。対して詐欺グループ側はナイド、ナイドの話で明かされた2人、そしてリーダー的存在が1人。まだまだメンバーが隠れている可能性もある。人質も取られているため勝ち目は薄い。


 選択肢の中でロックは『モントからグループの実情を聞き出し警察と秘密裏に協力する』というのを選んだ。レイジの家に戻り、ゆっくりと吐かせようとしている。


「ね、ねぇ……ちょっとコンビニ寄ってかない?」


 モントが初めてナイアを襲った、コンビニ付近を通った瞬間。ナイアがブレーキをかけると【ROCKING’OUT】も止まった。


「こんな時になんだ? 早めに済ませとけよ」

「あーありがとう、うん……」


 少し顔色を悪くしたナイアはそそくさとカプセルを取り出し、【WANNA BE REAL】を収納。小走りで前方にあるコンビニへと走って行った。

 彼女の行動にロックは疑問を持ち独り言を囁く。


「なんで何も言わないんだよ……」

「トイレにでも行きたかったんじゃないですか? ナイアさんはトイレの呼び方に気をつけるタイプの女性かもしれません」


 変わらずロックの背中に顔を押し付けながらだった。モントは背骨に響くような形で声を出した。かつてイアとも同じ体勢で会話をした事を懐かしみ、無意識の内にモントにも優しさを見せる。


「あぁ……そうなのか、悪いな。イアと付き合ってたってのに……女心って分かんないんだよな」

「まぁ女性にも色々と種類はあるんですよ。イアさんは話を聞いた限り、掴みどころがない……いや、掴ませてくれない人のようでしたが」

「本当にそうだ。俺も最期の直前まで……イアが隠していた事を、知らなかった。それに俺が『優しい』せいで、イアは……!」


 無駄に広い駐車場に着いた時には、懺悔の声がロックからは漏れていた。 心臓の鼓動が早くなり、血の巡りがヒートアップしている事もモントには伝わる。


「あ、あの。僕の大切な人……人質を助けてくれるなら────」

「これ被っとけ」


 捻り出した提案がかき消された。ロックは自身のパーカーを脱ぎ、モントに被せる。薄い灰色をしたシャツが顕になった。

 モントは行動の意味を問おうとしたが、パーカーが覆い隠した箇所は背中から後ろ手に回していた腕まで。


「ロープで括りつけてるのバレたら俺の方が完全に不審者だろ。ここは人も来やすい。大人しくしててくれよ」


 まるで子供をあやすように、頭頂部をポンポンと優しく叩いたロック。背後を確認せずそのままの体勢だったが、モントも彼の『優しさ』に触れた。


「……本当はイアを失った悲しみ、ナイドへの復讐心。それをお前にぶつけてやろうかと思っちまった。でもやめだ! お前の事情を嘘偽りなく全部聞いてから決める事にする。ナイアのおかげで……俺も本音が言えそうだ」

「あなたは……優しすぎる」


 ロックの地雷を踏みつける発言をしたモント。しかし起爆などせず、振り向き顔を合わせた。眉も下がりジト目気味の垂れ下がった表情は哀れみも含まれている。


「だが俺はまだ……『嘘』を脱ぐつもりはない。『優しさ』で失ったものはもう、取り戻せない。場合によっちゃ、お前も切り捨てるからな」

「……わかりました、よ」


 モントは微笑みを浮かべて応じた。ナイアの人形ドールである【WANNA BE REAL】がなくとも、切り捨てるという発言は嘘。そうモントは確信した。


「あれ、2人とも仲良くなっちゃってる?」


 ナイアの声がコンビニの方から。安心の色もあった声の方へ2人が顔を向けると、ナイアの他にもう1人が歩いて来ていた。先程もナイアと遭遇していた人物。


「そうそう、この人は『ベージュ色』の人形ドールを持ってるから。簡単な傷くらいは直せるはずだよ」

「2人とも初めまして、よね? 私はキーネ。しがないコンビニのおばちゃんだよ」

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