140 異世界帰還者の胎動 06


「次のニュースです。異世界帰還者のグループ、クラン『王国』代表の封月織羽氏がヨーチューブで投稿した動画が世界に波紋を起こしています。では、ご覧ください」


『はーい。『王国』専門チャネルをご覧のみなさん。こんにちは。封月織羽だ。今日はみんなに刺激的な提案をしたい。

 実はね、先日、俺に挑戦して来た面白い奴がいたんだ。そいつは自分のことを攻略組だとかなんとか言っていた。俺たちが世間に流した情報を元に効率的に異世界を生き抜いて帰って来たから強いんだそうだ。面白いよね。

 俺より強いって勘違いできるんだから幸せなことだ。

 で、だ。

 そんな愉快な連中が遠回りな自己主張をしてうちのクランメンバーに迷惑をかけるっていうのは面倒くさい。

 だから、そんなやつらの承認欲求を満たす最適な場所を作ってやりたいと思う。

 試合だ。

 異世界帰還者による見世物の試合だ。

 もちろん、最終的には俺と戦ってもらう。

 賞金は五百億円だ。

 俺がとある国からの依頼で大金を手にしたっていうのは知っている人もたくさんいると思う。ニュースになってたし。大金をせしめたって批判してる連中もいたしな。

 無料で命をかけろとか言っているご機嫌な連中にはその奉仕の精神の範を世間に示してもらえるのだと期待する。俺の好みはもっと俗っ気がある方だから惚れることはないけどな。

 まっ、そんなことはともかく、試合の方に話を戻そう。

 賞金はその報酬の半分を出す。残り半分はこのダンジョン・フロー騒動からの復興を中心として寄付していく予定だ。どこにというのはおおよそ決まっている。うちにくれって電話してくるようなのがいたら、そいつらは拒否するリストに乗ると覚悟しておいてくれ。改めて言うが、俺は奉仕の精神を押し付ける奴らが大嫌いだ。

 ああもう、またずれた。

 試合だよな。

 賞金は五百億円。

 場所はどこかのドームとか借りるつもりだが、もしかしたらもっといい場所を用意できるかもしれない。

 もちろんカメラを入れる予定だ。なんか面白くなりそうだし、みんなも見たいだろ? 放映権が欲しいところは連絡するように。

 後、挑戦者は『王国』のサイトに特設ページを作っておくのでそこから申し込んでくれ。この動画の投稿と同時にできているはずだから確認してくれ。

 最後に、こいつは異世界帰還者の試合だ。本物の異世界帰還者なら殺意が首元に迫る緊張感を覚えていると思う。いたずらで申し込んだり、試合会場に来るような輩は小便ちびるだけじゃすまない思いをすることになると保証する。そいつを動画に撮って欲しいっていう酔狂な輩がいたとしても個人の自由だが、その後にPTSDやらなんやらで裁判起こすなんてほざくようなヘタレは来るなよ。お互いの時間が無駄になる。

 うーん、話がずれまくる。

 最後の最後に、俺を打ち負かしたいって奴はどんどん申し込むように。

 面白い見世物をやろう。

 そして俺を楽しませろ』


「…………」

「…………」

「……すごいね」

「すごいですね」

「これはあれですよね。異世界帰還者による格闘技の試合をするぞっていうことなんですよね? 三戸さん?」

「そうですね。そのようなことだと思います。現在の情報はこの動画と『王国』のサイトにある申し込みページだけで、どのような試合形式になるかは未定……発表はされていないということですね。加糖さん、どう思われますか?」

「すーごいですよね。異世界帰還者とその活躍はいまや世界中で知られていますからね。それが試合をする。格闘技好きからするなにが起こるんだろうって、わくわく感がありますね。井之上さん、どうですか?」

「そうぅですねぇ。封月織羽ちゃんはボクも何度かお話しさせてもらっているんですけど。派手なことをしているように見えますが、実際には心の優しい、おとなしい、女の子ですよ。そんな彼女がこんなことをするというのは、その挑戦して来た異世界帰還者という人物にそうとう腹を立てたんじゃないかなって……」


「お前なんか知らん」


 リモコンでテレビを切る。

 なんか会ったこともない人が俺の内面を語ろうとしている。

 気を付けないとテレビとテレビを見ながらの駄弁りの境目が消えてなくなりそうだ。

 いま、俺たちはマスタールームでだらだらとテレビを見ていた。

 たち……というのは俺と霧、それからエロ爺。

 そして俺たち三人の世話をせっせとしてくれる鷹島のおかげでダメな子になりそうだ。

 ちなみにフェブリヤーナはホテルの部屋でスウィッチをしている。

 あいつの引きこもりが止まらないんだが。

 やっぱり復活のベースに吸血鬼の血を使ったのが問題だったか?


「なんかいらん忖度とかないだろうな?」

「知らんよ」


 ともあれ、テレビのことだ。

 じろりとエロ爺を睨んだが素知らぬ顔。というよりあれは本当に知らなそうだ。

 エロ爺の表情である程度読めるようになるって、なんか嫌だな。


「だが、あれのバックボーンを考えたら儂には逆らわんじゃろ。だから文句も言わんだろうから気にせんでよいよ」

「まぁ、そんなもんなんだろうな。それで……」


 まぁ芸能界のパワーバランスとかどうでもいいや。

 霧を見る。


「霧ってば、実際どこら辺まで見えてるわけ?」


 いままでなんとなく頼りにしている霧の占い……というか未来視。

 クランではインスタントダンジョンをメンバーに処理するために専用の管理アプリまで作られている。霧がインスタントダンジョンの出現場所と時間を指定すると、その近くにいるメンバーに自動で通知がいくのだ。

 インスタントダンジョンの収益そのものは通常ダンジョンよりも少ないが、攻略したメンバーに大目に割り振られるようになっているので、人気が高い。

 それに比例して霧に感謝するクランメンバーは多い。


「占いがこんなに便利だったなんて」

「以前は胡散臭く見ててごめんなさい」


 と言って来るメンバーもいる。

 異世界時代の霧がどういう風に思われていたかがよくわかる。

 それに関して霧はどちらともつかない表情で聞き流している様子だ。


「全部知りたい?」


 俺の質問に霧がそう返してくる。

 あれ、前にもこんな返しをされたような?

 うん、まぁ、気にはなってるんだよ。

 答えを知りたいという思いもある。


「いや、やっぱりいいや」


 だけど、知ってしまったら面白くないんじゃないかという気もしてしまって、問いをひっこめる。

 きっと前も同じことをしたんだろう。


「それで、どうする気なの?」


 と、逆に聞いてくる。

 もちろん刎橋貴透君のことだろう。


「挑戦してくると思うけど、してこなかったらそれはそれで面白い。ああでも、すでに挑戦者は何人か来てるみたいだぞ」


 なんて言ってたら申込者のリストに貴透君の名前が追加された。

 よしよし、意外に律義である。


「というわけで、試合会場の選定とかスタッフの招集とか色々と忙しくなったわけだ」

「杜川さんがね」

「まぁね」


 俺はそんなに忙しさは変わらない。

 むしろダンジョン攻略が一段落したのでちょっと暇なぐらいだ。


「杜川っちは儲かるって思ってるみたいだからテンション高めだし、別にいいんじゃね?」

「それはそうでしょうね」

「儂に頼ってくれてもいいんじゃよ?」

「爺に任せると無駄に予算使いそう」

「馬鹿を言うでない。ばっちり儲けてみせるぞい」

「そうかもしれんがね」


 と、エロ爺をじっと見る。


「なんじゃい。照れるぞい」

「悶えるな」


 頬を赤らめて悶えるエロ爺なんだが……明らかに若返ってる。

 いや……サチホちゃんと並行してエロ爺もビューティースライムの実験台になってもらっていた。

 というか、エロ爺の強い求めでこっちはベッドの方だ。

 やっぱりクリームよりベッドの方が効果が高い……のはわかり切っていたんだが、にしても明らかに肌年齢が低下している。

 この効果の高さは正常なのか?


「やっぱり爺さんって普通の人間じゃないのか?」


 鷹島一家なんてこっちの世界の異能力者を従えてたりするし、変な魔眼持ってるし、なんか怪しいんだよな。


「ほほほ。儂が普通じゃないなら、織羽も普通じゃないことになるぞ?」

「うん? まぁそうだろうな」

「嫌じゃないのかの?」

「嫌もなにも、俺ってすでにして特別だし?」


 異世界召喚されなければ何の役にも立たなかった特別とはいえ、特別だった。

 いまドヤってる実力は色んな助力があったとはいえ自分で育てたものだという自負がある。

 いまさら、この肉体が特別だったとしても動じる理由はない。

 たとえ特別だったとしても、陽の目を見ることがなければ哀れ首に縄をかける運命となることだってあるのだから。


「こんな世の中になってるのに常識がどうとか言うのも頭悪そうだし。なんてことはない」

「なるほどのう」

「で、なんか特別なのか?」

「うんにゃ」

「は?」

「単に、儂がすっごい幸運なだけじゃよ。若返っているのも、織羽の祖父愛の為せる奇跡じゃろうな」

「はいはいラヴラヴ」


 祖父愛という言葉にドヤるエロ爺を華麗にスルーしておく。「ツッコんでいいんじゃよ」っていう顔がムカつくからね。仕方ないね。


「おや?」


 スルーついでに覗いたスマホの画面。

 挑戦者のリストになっていたのだけど、更新したら新しい名前が載っていた。


「あらまサチホちゃん」


 斑鳩サチホの名前があるのだ。

 冗談……のつもりはないだろうな。


「ふうん。面白くなってきた……かな?」


 だったらいいなと思ったのだが、なぜか隣の霧は深いため息を吐いていた。

 なぜだ?



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