121 深淵狂騒曲 08


 さて、そんなわけで楽しいダンジョン攻略の続きだよ。


「我々は君の攻略を邪魔しない。だが、手伝いが必要な時はいくらでも言ってくれ……だそうです」


 通訳として復活したルーはとても不満そうにリーの言葉を吐いた。

 色仕掛け要員として呼び出されてその任も果たせず、おそらくは別の意図があってやって来たリーたちもその通りに動く様子を見せない。

 そのことが不満で不満でたまらないという顔だ。


「帰ってもいいけど?」


【転移】で送ってやるぞ?


「……いえ、未届け人として最後までここにいます」


 俺の申し出をルーはすごく情けなさそうな顔をして断る。

 そんなわけで鬱陶しい連中を連れての再開だ。

 鋼鉄兵士と鋼鉄巨人……その他鋼鉄な奴らに前進を指示。ガンガンゴンゴンと騒がしい戦闘音が響き始める。

 この状況だとレーザーブレスは巻き添えがひどいので【魔甲戦車】は下げた。

 物量対物量。

 金属対金属。

 すなわち、めっちゃうるさい。


「ねぇ、あんた。これどうにかならないの!?」


 耳を抑えてルァンが抗議しに来た。


「とはいえ、どうにもしようもなく」


 こっちの連中を下げたところで、敵が金属なことには変わりない。


「あっ……」


 できるわ。

 精霊魔法で風に干渉して音の伝播を制限する。

 ただしこれって他の音も伝わりにくくなるけどな。


「…………」


 ルァンがなにかを言っている。聞こえね。


「どうもありがとう!」

「どういたしまして!」


 耳に口を近づけてくるので、こちらもお返し。

 ルァンがくすぐったそうに笑った。

 いかんね、ちょっとムラムラしてくる。


「ねぇ、あなたってすごく強いけど、クラスはなんなの?」

「三のDだ」

「は?」

「いや、三のFだったかな?」


 教室の場所で覚えてるからクラスの記憶が微妙だな。

 え? そのクラスじゃない?

 知ってる。


「そういうことじゃなくて!」

「勇者だ」

「え?」

「だから、勇者!」

「そんなクラス、聞いたこともない!」

「だろうな!」


 俺もお前らからその名前を聞いたことはない。


「俺は特別なの」

「ああそう」


 嘘だと思ったか?

 まぁどっちでもいいんだけどな。

 お前らのクラスも割と変化が自由に見えるんだよな。

 クラス名で能力判定ができそうなのは初期だけなんじゃね?


 そんなことをしている内に再び一日が過ぎ、ようやく状況に変化が見えた。

 近代的な工場のような雰囲気が続いていたところから、再び研究所のような雰囲気に変わった。

 空間が狭くなり、鋼鉄巨人の活躍できる余地が消えたのでアイテムボックスに戻した。鋼鉄兵士の数も十体まで減らして先行させる。

 あちこちで罠が作動するようになった。

 全て踏み抜いていくスタイルである。

 矢などの攻撃的なものが鋼鉄兵士を薙ぎ払ったりするが、被害ガン無視の前進を続けさせる。

 俺の補助魔法で硬度を強化された鋼鉄兵士には射撃系の罠は意味をなさず、天井が下りて来たり壁が迫ったりするようなものはその膂力でむりやり止めた。

 ガス室化したり死地に転移させたりするような罠だけは俺が対処する。

 そうこうしている内に、ついにボスの部屋に辿り着いた。


「これはまた、らしい場所だ」


 そこら中に這いまわる無数のチューブ。高くなった中央にはいくつもの培養ポッドらしきガラスの筒がいくつも並べられている。

 そのポッドの中にあるのは半透明の膜に包まれた内臓のようなもの。脳やら眼球やらもある。白い神経網が植木鉢の中の根のようにびっしりと重なり合って内臓を支えている。

 半透明の膜には薄く色が染みている。それはポッドごとに違っていた。


「もしかして、あれが融合精霊か?」


 となるとここはやはり融合精霊とやらの生産工場ということになるのだろう。


「ああ……外に退避しといた方がいいかもな」

「え?」

「ま、流れ弾で死にたくなければ?」


 培養ポッドが邪魔で軽い【鑑定】では通らない。

 だが、こいつらが本当に融合精霊なのならば……攻撃方法は予想できる。


「急いだほうがいいな」


 俺の言葉に合わせたかのように培養ポッドが壊れた。

【鑑定】が通る。


『融合精霊』

 ####世界で誕生した未熟な魔法科学の産物。苦痛の極致は全ての終局を求めるのみ。


 ひどい言葉が出てきた。

 同時に視界が黒く滲んでいく。

 目がおかしくなったわけではない。融合精霊が混沌精霊を吐き出し始めたのだ。


「ほれ急げ」


 最後の警告を発し、エキアスを呼び出す。

 続いて【叫び唱える首塚】を複数召喚してエキアスに連結する。

 触れたものを虚無へと還す混沌精霊は融合精霊の音なき呼び声に従って次々と出現し、研究所を破壊しながら迫って来る。


【霊鳴】


 エキアスに繋がれた【叫び唱える首塚】たちがそれを放つ。

 混沌精霊用に調整された魔法だ。

 本来はそこらにいる自然の精霊を引き寄せたり散らせたりして魔法の効果を操作する古い魔法だ。人造精霊が開発されてからは役立たずになったと思われている。

 いる……が、改造すれば使い道がある。

 迫って来ていた混沌精霊たちがエキアスへと集まっていく。

 そこには対法外装によって作られた真空の檻があり、自ら飛び込んでいく。

 混沌精霊は影響圏が半径三十センチほどあるものの、本体は小指の先もないような小さな存在だ。

 場に満ちようとしていた黒はエキアスの前に集中し、融合精霊たちの周りはがら空きとなる。


「さて……うまくいくかな?」


 途中から【魔甲戦車】や鋼鉄巨人や鋼鉄兵士たちに戦いを任せていたのは、別に楽をしたかっただけではない。

 最後に立ちはだかるのはこいつらだろうと、対策を講じていたのだ。

 混沌精霊に対してはエキアスが。

 そして、混沌精霊を生み出す諸悪の根源たる融合精霊に対抗する方策を、俺が。


「さあ、お前らの苦しみを終わらせようか」


 未熟な魔法科学によって誕生した不完全な魔法生命体。

 お前たちに、完全な体を与えてやる。


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