99 バトル・オブ・AKB 03 佐神亮平視点
亮平の登場と前後して秋葉原の混乱は拡大を止めた。
日本政府も馬鹿ではない。
冒険者ギルドや青水晶による電力事業などに代表されるように異世界帰還者たちとその有用性についてはすでに承知している。
もちろん、デメリットと将来的な危険性についても。
今回のことは起こりえるかもしれない緊急事態としてすでに対策案が講じられていた。自衛隊内においてダンジョンモンスターに対応する特殊部隊はすでに編成されており、それらも出動した。
冒険者ギルドとの連携で危険地帯とかした秋葉原包囲網の区分けが決まり、異世界帰還者たちは担当区域へと集っていく。
自衛隊の対モンスター部隊が秋葉原に突入する。
異世界帰還者は在籍していないが魔導技師の開発した装備に身を包み、現れる騎士型ゴーレムや魔法使い型ワイトを銃弾で薙ぎ払い、スライムには火炎放射を浴びせる。
部隊の初陣としては上々の戦果をあげているように見えた。
だが、調子が良かったのは包囲網が完成するまでだった。
塔が鳴動とともに、新たなモンスターをその下部から吐き出した。
ドラゴンだ。
地竜に類するそれは一言で表現すればでかいトカゲだった。
だが、装甲のように分厚い鱗が銃弾を通さない。
貫通力の高い徹甲弾も存在したがそれすらも通用しない。
そんなものが十数体も解き放たれてしまえば、携行装備では対応もしようがない。
最初の突撃で仲間を四人も食われてしまった特殊部隊はそのまま壊滅の運命を待つしかなかった。
……のだが。
その地竜が突然に二つに割れた。
「おっと……ここは自衛隊の管轄かな?」
両断した地竜を背に亮平は自衛隊員たちを見回した。
「ご苦労様です。こいつらは戦車砲をぶつけるとかしないと無理だと思いますよ。戦闘は僕らに任せて、民間人の救出に集中してもらえるとありがたいですね。では」
茫然とする自衛隊員たちに一気に話しかけると次の地竜へと向かっていく。
彼らが無数の弾薬を浪費しても足止めさえできなかった存在が精度の高いコスプレをした青年の剣によってやすやすと切り裂かれていく。
「あれが異世界帰還者か」
特殊部隊として自信を持っていた彼らは亮平の存在でそれを打ち砕かれることとなった。
とはいえ、彼らは比較対象を間違えただけで実のところそれほど悪いわけではない。
何度も言うがアキバドルアーガは日本最難関のダンジョンだった。
そこにいるモンスターを地竜が出てくるまではほぼ苦労もなく倒せていたのだ。半端な異世界帰還者よりも特殊部隊員たちと装備は十分に強かった。
とはいえ、塔から新たなモンスターが放たれた今では無理な戦闘を続けるべきではない。戦車隊が待ち受ける区画に敵を誘導して討ち取るという作戦に変更することとなる。
そして異世界帰還者側も地竜の登場で守備寄りの戦いを強いられることとなる。
「現状、地竜を積極的に狩れるのは僕だけか」
一度、自分たちの陣地に戻った亮平はバックアップ部隊が買って来てくれたスポーツドリンクを飲み、小休止をしていた。トイレ休憩ももちろん。近くにある飲食店のものを拝借した。
その間にもスマホで織羽に戦況を送っておく。
彼女からの反応はない。
もう眠っているのか?
返事が来るのは朝になってからなのだが、残念ながらそれまでにはもう少しかかる。
そして彼女がやってくるのはさらにまだ先の話だ。
いないものは仕方がない。新クランのデビュー戦はもう始まってしまった。
「このままだと立ち上げ早々、首のすげ替えとかしないといけないかもだよ。織羽ちゃん」
異世界帰還者たちはみな異世界で戦国時代を経験している。
それだけに自分たちが命を懸けている場面で、理由なく惰眠をむさぼっているような無能を頭に置くほど、彼らはロマンチストではない。生き残るために合理的な選択を強いられ続け、そして成功し続けた彼らの目は厳しいのだ。
そしてそれは亮平もだ。
「君の能力は認めるけど、能力だけが君主の条件ではないよ? 織羽ちゃん」
かつて自分たちの王となった人物のことを思い出し、亮平は苦い笑みを浮かべて独白する。
彼はひどかった。
本当にひどかった。
だが、彼は立派な勝利勢力の王でもあった。
つまり、能力と王の資質は必ずしも一致するわけではない。
はたして織羽に王たる資質はあるのか?
「やだねぇ。できた早々に内乱の懸念とか」
そんなことを呟いて休憩を終わらせると、再び戦場に戻る。
亮平とその仲間たちは総勢で四十八人だ。
五人で一パーティとして六つ。三十人が攻略班。
そこから亮平たち四人を抜いた残りの十四人は魔導技師や重傷者回復を専門とするなどの直接戦闘が苦手ながら有能なサポート班としている。
六つのパーティの内、二つが民間人の捜索と救助を担当し、残りの四つがこの陣地の防衛を担当している。
今回は陣地の守備に重きを置いて三人をここに残し、亮平は地竜狩りに専念する。
塔から放たれるモンスターは際限がないが、各区画にいる補助魔法使いが戦場で使う広域補助魔法を重複発動させているため、それらが重ね掛けの状態になるタイミングを狙ってモンスターの猛攻を押し返すという作戦を続けることで拮抗状態を維持することができていた。
とはいえ拮抗状態。
塔の限度がどこにあるかわからないとはいえ、人間の体力と比べるのは間違いだ。
気が付けば朝となり、織羽からの連絡がスマホに来ていた。
「『準備をしてから行く。期待して待て』? ……やれやれ」
この内容は見せられないなと亮平は見ない振りを……しようとしたけれど、一応は忠告しておく。
織羽からの返事はなかった。
大丈夫かなと心配になりつつ、少し前から姿を見せ始めたテレビ局のヘリコプターを見上げる。
誰かのスマホが朝のワイドショーを流している。
「うっひゃあ、俺たちテレビデビューしちまったよ」
「やばいねぇ」
なんて声が聞こえてくる。
非公式として存在を黙認されていた異世界帰還者たちが表舞台に引きずり出されてしまった。
「いま、届きましたニュースによるとアメリカ、中国、ロシア他、世界各地で秋葉原と同じようなことが起きていると。……え? あ、さらにニュースです。現在アメリカ大統領選挙に立候補しているホーリー・ギルバーランド氏から今回の件について声明があるとのことです。そちらに繋ぎます」
しかもどうやら世界規模で何かが起きているらしい。
ホーリー・ギルバーランドは知っている。アメリカ大統領選挙に突如として名乗り出た若手宗教家。
だがその実態は回復を得意とする異世界帰還者。聖王ホーリー。
異世界帰還者が正式な手順でアメリカという大国の顔になろうとしている。
しかも自分たちが異世界帰還者であることを公開した上で、だ。
世界は確実に変化の時を迎えた。
ではここで、亮平たちはどうなるのか。
「頼むよ、織羽ちゃん」
乗り遅れるわけにはいかない。
ホーリーの演説が亮平の中にある焦りを育てた。
それからさらに戦いは続く。休憩を挟みながら防衛戦を続けるが、塔から吐き出されるモンスターは途切れることはなく、こちらの疲労ばかりが募っていく。
やがて夜が訪れ、ビルの隙間から覗く炎の色が目立つようになった。
塔が出現して二十四時間。
次なる変化がこの時に起こった。
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