97 バトル・オブ・AKB 01
これは後から聞いた話。
クリスマスイブの夜。
聖夜やら性夜やらケーキやらプレゼントやらデーモンスレイヤーの剣やら……みんながそれぞれのイベントをせわしく楽しく、あるいは虚無に過ごしている夜。
そのチームも楽しいイベントをこなしていた。
ダンジョン探索に熱意ある異世界帰還者たちによって構成されたクラン『ナムコス』はアキバドルアーガの攻略の終盤を迎えようとしていた。
アキバドルアーガは現在、日本で最難関のダンジョンとして有名であり、またそのダンジョンから持ち帰ることのできる戦利品も他のダンジョンより高値が付くことで有名だ。
だが、最難関と呼ばれるだけあって最初の層からモンスターが強いため、半端な小遣い稼ぎ感覚の異世界帰還者たちには不向きのダンジョンでもあった。
ナムコスが結成されてから数年、時間をかけて日本一のダンジョン攻略という栄誉と最大限の利益という二つを天秤にかけてきた彼らは、攻略請負人として有名な佐神亮平がチームを組んでアキバドルアーガの攻略に乗り出したことで、その天秤を傾けざるを得なくなった。
いまさらアキバドルアーガ攻略の座を奪われるわけにはいかない。
夏に中層までわずか二日で駆けあがったという少数パーティの存在も、彼らを焦らせる理由となっていた。
もちろんそれは俺だ。
そして俺が亮平と接触しているということや、亮平がクランを作ろうとしていること、そしてそのクランのマスターが亮平ではないという噂が謎の人物である俺と亮平が手を組み、アキバドルアーガを攻略するという未来へと思考を繋げていくのは自然なことだろう。
実際、クランが結成された暁には最初のイベントとしてアキバドルアーガを攻略するつもりだった。
一番手を狙いながらちんたらしてる連中なんて追い抜いたって問題ないだろ?
そんなわけでナムコスの危機感もあながち間違っていたわけではなく、彼らはクリスマスの楽しい予定を返上してアキバドルアーガに潜り、最上階を目指していた。
潜って登るというのもおかしな表現かもしれないが、そういうことになってしまうのだから仕方がない。
そして彼らはついに終局へと辿り着いた。
……のだろう。
おそらく。
そうであればいいな。
なにしろ、生き残りがいないんだからそこでなにがあったのかを知る術はない。
だが、そうであればドラマティックだ。
誰にとってドラマティックであったのかはともかくとして、彼らも死ぬなら途中の雑魚にやられましたではなく、ボスに立ち向かい、力及ばずの方が報われるだろう。
だから彼らはボスの間へと辿り着いたのだ。
そしてなんやかんやあって彼らは死に……それが起きた。
なにが起きたのか、それはアメリカではすでにこう呼ばれていた。
ダンジョン・フローだ。
日付はイブを越えてクリスマスとなった時刻。
首都だって静まり返った時間で、それは起きた。
アキバドルアーガの入り口を隠したビルには複数の監視カメラが設置され、常時その様子が記録されていた。
だから、その瞬間もカメラは映像を収めていた。
アキバドルアーガのビルは高層ビルだったのだが、その全体が光を放った。
鉄筋コンクリートをも透過する強烈な光はビルを呑み込み、そして崩壊させた。高層ビルという存在そのものを押し退けるかのように内側から崩壊するとその下から新たな姿が現れる。
それは塔だ。
港の灯台のような円柱が東京のビル群を膝下に置くほど高く聳え立つ。
アキバドルアーガはこの瞬間、東京にその威容を現し、異世界帰還者以外の人々の目にも明らかとなった。
そして塔は挑戦者を待つ存在ではなくなった。
塔の根元、全方位に開かれた入り口から無数のモンスターが解き放たれたのだ。
以前に俺が見た騎士型のゴーレムや魔法使い型のワイト、様々な性能を備えたスライムたち。
それらが群れを成して秋葉原に満ちた。
異世界帰還者たちがこの異常事態に気付き、そして対抗手段を構築するまでに一日を要した。
いかに剣と魔法の戦国時代を生き延びた異世界帰還者たちであったとしても、自分の組織が明確でなければどうしようもない。
いや、組織はある。
冒険者ギルドが異常を察知して行動を開始したのは塔の出現から十分後。
アプリを通して東京中の異世界帰還者たちに危機が伝わり、動ける者たちは秋葉原に集った。
それぞれのパーティ、クランごとに防衛線が構築されていき、モンスターの拡大を秋葉原にとどめることに成功した。
それに一日を要した。
俺が秋葉原で起きたことを知るのは亮平からのメールだったのだが、それに気付いたのは朝だったし、その時には朝のワイドショーが賑やかに報じていた。
煙を上げる東京。
ビル群を駆け抜けていく騎士たち。
打ち合う剣が火花とそれ以上の炎を散らしていく。
複数の魔法使いによる面制圧の場面をヘリからのカメラが収める。
「ご覧くださいこの光景を、我々は夢を見ているのでしょうか?」
アナウンサーの漏らすひねりのない非建設的な言葉をテレビで聞き、俺は寝起きの顔を撫でた。
「とんだクリスマス・パーティーだな」
「どうするの?」
同じようにテレビを見ている霧が顔をしかめて聞いてくる。
「行くさ。亮平からもせがまれてる。ほら」
と、スマホを見せる。亮平からの未読メールがたっぷりだ。
だが、三時間前にメールが止まっている。
死んだわけじゃないだろうから、忙しくて送る暇がないんだろう。
「大変そうね。死者もたくさん出ているみたいだし」
「本当にな」
「……私たち、死者の数にあまり動揺できないわね」
「そりゃ、お互い戦場を経験しているし」
「私はそんなに殺していないわ」
「俺は……人間は、そんなに殺していない」
魔族が人間ではなかったのか? という問題を無視さえすれば……だけどな。
もしもその問題を無視しなかったら?
答えはアイテムボックスの中にある。
「まっ、感傷に浸ったところでモニターの問題が解決するわけではないし」
「でも、これでもう……」
「うん?」
「私たちはもう、隠れていることはできないわね」
「そうだな」
いまどきチャンバラをする連中がいるだけならともかく、手からフォースよりも派手な火炎や雷撃や吹雪を出していたら、さすがに集団幻覚や手品で済ますわけにはいかないだろう。
人死にも出たしな。
「……とりあえず行くが、まずは腹ごなしをしてからだな」
美味しいところは後から掻っ攫うに限る。
「大変です。新たな情報が届きました」
アナウンサーが緊迫した声を上げる。
「いま、届きましたニュースによるとアメリカ、中国、ロシア他、世界各地で秋葉原と同じようなことが起きていると。……え? あ、さらにニュースです。現在アメリカ大統領選挙に立候補しているホーリー・ギルバーランド氏から今回の件について声明があるとのことです。そちらに繋ぎます」
「……本当に、色々動き出したな」
そうして、ホーリーは異世界帰還者たちのことを世界中の人々にばらし、今回の状況をダンジョン・フローと呼んだ。
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