59
「目標発見しました!」
「よくやった。マップに座標固定。R部隊急行しろ。チホ、君はもうそこにいたら危険だ。下がりなさい」
「いえ、このまま目標の確保に動きます」
「わかった。だが、一度降下したらもう空には上がるな。狙い撃ちにされるぞ」
「はい!」
アーロンとの通信が終わるや千鳳は目標の五井華崇に向かって降下した。
彼はまだいままで姿を隠していたスキルを完全に解いたわけではなく、半透明だ。周囲の闇に呑まれてしまいそうだが、それでも千鳳の視力は獲物を見定めた猛禽類のごとく逃さなかった。
「ひっ!」
「動くな」
獲物を狙う猛禽のごとく上から急襲して、崇の背中を膝で押さえつけて動きを封じることに成功した。頭には拳銃の銃口を向けて抵抗の意思を削ぎ落す。
「だめだ。逃げないと!」
「なら、おとなしくこっちに来なさい」
「早くしないとダメなんだ!」
錯乱気味の崇の両腕を結束バンドで拘束し、アーロンたちがいる方へと引きずっていく。
強い気配がこちらに近づいてくるのがわかる。
正面から、そして背後からも。
背後は味方だとしても、感じる圧からしてほぼ同時か、あるいは敵の方が少し早いか。
そのわずかの差で殺されることもあり得る。
「そこに隠れろ」
「ふぎゃっ!」
木の後ろに押しやった時に鼻でもぶつけたのか、崇が変な声を出す。
だがそんなものにかまっていられない。
正面から迫る圧に対し、千鳳はアサルトライフルを構えた。
アーロンのスキル【奇策万里に通ず】によって展開された共有マップは千鳳の視界の端にも展開されている。
このマップではアーロンを介した通信が可能であるとともにお互いに感知した情報を即座に共有することができる。
接近している存在は、まだ誰も関知していない情報のためマップに反映されていない。
自分が最初の発見者になる。そしていまだ能力の判明していないR部隊……異世界帰還者による戦闘部隊の接近に千鳳は緊張で眩暈を感じそうになりながらその時を待ち受けた。
そしてその時が来た。
地面に詰まった枯れ葉を散らして現れた兵士は顔も隠してあって性別がわからなかった。
だが、戦闘中に性別なんてどうでもいい。
ただ撃つのみ。
味方が来るまで後五秒。
隠れるという選択肢はない。
引き金を引く。
タタタタッ!
「うあっ!」
銃弾を受けた兵士が苦鳴を上げる。
だが、倒れない。わずかによろめいただけだ。
ただの銃弾では死なない。それが異世界帰還者の厄介なところだ。
なので手榴弾でたたみかける。
よろけている兵士の足下に転がした手榴弾が爆発……しなかった。
いや、したのだが、その爆発はサッカーボールほどの小さな球の中でしか起こらなかった。
「くっ!」
結界系統の魔法で爆発を封じられてしまったのだと気付いた時には、兵士の周りに新たに三人が現われ、千鳳に視線を向けていた。
「ゴーはそこか?」
「すぐに渡せ、いまなら撃ったことは許してやるぞ」
「許すかよ!」
「はっはっ。怒らない怒らない」
撃った相手は女性だったようだ。
だがそんなことはどうでもよく、何でもない様子でそこに立っている四人の威圧に呑まれそうになっている自分に気付き、歯を噛みしめた。
「さて、出て来ないか」
「出て来ないね」
「なら、仕方ないよな」
「ぶっ殺す!」
幼い声がまたゾッとさせる。
だが、彼らが千鳳に襲い掛かることはなかった。
「ナイス確保」
「後はこっちで任せて」
「社長のところまでそいつのエスコートよろしく」
「さあ、覚悟してもらおうか!」
背後からやってきた味方のR部隊も四人。
四対四の異能戦闘が始まる中、千鳳は這いずって逃げようとしていた崇の首根っこを掴んで下山を開始する。
だが、滑るように山を下りる千鳳を追う気配がすぐに現れた。
敵のR部隊に増援があったか?
こっちは?
いない。
この場にいる異世界帰還者は四人だったようだ。他にもいるはずだが今回の作戦には間に合わなかったということか。
このままでは追いつかれるかもしれない。
「僕をはなせ!」
「うるさい! 舌を噛むぞ!」
「僕はあいつらのところに行かないとだめなんだ!」
「逃げたんだろう。保護してやる!」
「もう遅いんだ! あいつら、この山になにかした! 僕が戻らないとみんなが死ぬことになる!」
「なっ!」
「ガイルは本気でやる男なんだ! だから……」
「くっ!」
「そのまま下山しろ!」
迷う千鳳の思考を切り裂くようにアーロンの声が響く。
「いまさら引き渡したところで向こうが切り札を使わないという保証はない。ならば一刻も早くこの場を撤退するしかない」
「そんな!」
背後から迫る気配はマップに反映していない。アーロンは気付いていないのか。このまま間に合うのか?
「やるしか……ないか」
「お願いだ」
「黙れ!」
崇の悲鳴に怒鳴り返し、さらに山を下りる速度を上げる。
「逃がすかよ!」
声がすぐそこで聞こえた。
そう思った瞬間にはわき腹に強い衝撃が走って千鳳は吹き飛ばされた。
「ぐうっ!」
「あれで死なないか? なかなか硬いな? Rか? まぁいい。死ね」
顔まで隠した兵士は無慈悲に呟いて拳銃をこちらに向ける。
バンバンバン!
消音器のない銃声が連続する。確実を期した三連射だが、衝撃が千鳳を襲うことはなかった。
「うちの運転手さんに鉛玉をぶち込もうとか、何様のつもりかね?」
聞いたことのある凛とした声は樹上から降って来た。
だが、そこに目を向けても誰もいない。
ただ、なにかが枯れ葉の上に落ちる音が三つ続いた。
「誰だ!?」
追いかけて来ていた異世界帰還者は一人。気配のない何者かによって銃弾を防がれて警戒が外に向いた。
いまだと、千鳳の体は自然に動いた。
「ちっ、しまっ!」
痛みをこらえて相手の懐に頭から突っ込むと足の関節を極める。
「ぐあっ!」
向こうが立て直しを図る前に拳銃……は落とした。ナイフを引っ張り出し、相手の首の裏を突く。
骨を断つナイフの感触は、そのまま命が消える感触でもあった。
やや重い気怠さが体に伸し掛かるのを感じながら、千鳳は引き抜いたナイフを戻し、崇を再び掴む。
「行くぞ」
わき腹の痛みで泣きそうだった。
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