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公英が泣いている。
肉の美味さとその値段と俺の食いっぷりに泣いている。
「見栄を張るって高くつくなぁ」
「ぐうっ!」
「もう諦めて美味しく食べたら?」
「そ、そうだな。でも、あの……ちょっとは助けてくれない?」
「断る。あっ、カルビとハラミとレバーとホルモン追加で」
「とほほ、新車用の貯金が」
「気張ってダンジョン潜れば?」
「……実は、そのことでも話があるんだ」
「うん?」
「あのさ……今日の試合のおかげでレギュラー入りが決まったんだよ」
「そりゃおめでとう」
「それで……これから試合とか続くし、ダンジョンには行けないんだ」
「……そうか。で?」
その報告だけじゃなさそうな顔だ。
公英は箸を置いて話し始めた。
俺は食べるのをやめないがな!
「おれ、ほんとはプロ野球選手目指しててさ。でも、異世界行って変な能力手に入れて……わかるよな? 明らかに他の奴らより強いんだ。今日の試合だってその気になれば場外ホームランにできたのを抑えたんだ」
「ふんふん」
「でもさ、そんなのズルくないか? みんな真面目に練習して強くなってるのにさ。おれだって異世界で苦労したけどさ。おれたちの強くなり方ってさ。なんかそういうのじゃないんだよって感じだろ? だから……」
「野球を続けるのは他の連中に対して後ろめたさがあった?」
「ああ。だから、野球部には所属してたけどどうしていいかわからなかったんだ」
「だけど、やっちまったな」
「それなんだよ。あの先輩のやってることに腹が立ったんだよ。ほんとは、モテてるのなんてどうでもよかったんだよ。でも、あんなにチャラチャラしてそれなのにみんなより強くて、それを鼻にかけて見下して……なんであんな奴にあんな態度取らせなきゃいけないんだよって、おれの方がすごいんだって……」
見せつけてやりたかった。
その気持ちはとてもよくわかる。
「で、見せつけたわけだ。気分は?」
「すっげぇ良い」
「そりゃよかった」
「だからさ、おれ、やっぱりプロ野球を目指してみたいんだ。ずるいかな?」
「別にいいんじゃないか?」
俺は軽く言った。
プロ野球どころか他のスポーツ全般にも興味ないし、そこで頑張る人たちの心情なんて他人事だ。
でも、これだけははっきりしてる。
「だって、他の異世界帰還者がスポーツ業界に進出しないなんてあるわけないだろ? どうせ誰かがやる。ていうか、もう潜り込んでるかもな。いまは公英がここらで一強を張れてるかもしれないが、プロに入ったらそういうこともできないかもしれない。思ったよりお前の天下は短いかもしれないぜ?」
「…………」
俺の指摘に公英は表情をさらに硬くした。
学校では他の異世界帰還者に会わなかったかもしれない。だけど地方大会にはいるかもしれない。そうでなくとも甲子園ならどうだ?
選出される母体が多くなればなるほど、そこに異世界帰還者が紛れ込む可能性は大きくなる。
なぜなら異世界帰還者は大量にいて、そしてダンジョン攻略に熱心な層というのは限られている。
ダンジョンに潜るよりもスポーツの方が安全に稼げて、しかも人気者になれると考える連中が一定数いたとしても不思議ではない。
「だから、遠慮なんてする必要はないんじゃないか?」
「そう……かもな。ありがとう。踏ん切りがついたかも」
「そうかい」
「ああ。ごめん。おれ、ケジメ付けたいからパーティ抜けたい」
その言葉で俺は霧を見た。
公英も彼女を見ていた。
「え? 私?」
「このパーティのリーダーって霧だろ?」
「だよな」
「え? ええ!?」
「え? 自覚なかったのか?」
「うっ……戦闘能力がないから事務を担当してるつもりだったんだけど」
「こんな小規模なパーティ、事務できるのがそのままリーダーだろ?」
「うう……そうかも。わかった。アヤさんには私から伝えておくね」
「ああ、よろしくな。……というわけでここからはお別れ会ということで!」
ぱっと公英の表情が明るくなったが、そんなこと俺たちは許さない。
「ごちになります!」
「それはだめだよ。公英くん」
「ふぐうっ!」
最後の最後まで、公英は渋い顔のままだった。
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