39
「おねがいがありまっす」
平凡なダンジョン狩り後の金曜夜。
打ち上げをしていると急に公英がそんなことを言ってきた。
「だが断る」
なんてことを言ったのは俺ではない。アヤだ。
「聞く前に断るなよ」
「嫌よ。なぜならすごくアオハル臭い予感がするから!」
「なんだよアオハル臭いって」
「苦手なのよそういうの。……そういう話じゃないの?」
「……あー」
「ほらやっぱり! 同年代が寄せ集めになった校舎内で男女が好きになったり告白できなかったりなんていう生殖行為の準備段階を無駄に甘酸っぱく美化する気ね!」
「……アヤはなにか、青春に恨みでもあるのか?」
「あるわよ?」
俺の質問に静かなにっこり顔で答えられてしまった。
背中で燃える殺気が怖い。
いったいなにがあればそこまで青春を嫌いになれるのか。
「聞いてくれるの?」
「タダでは聞きたくない」
「いいわよ。じゃあ、ここのお代はわたしが持つわよ」
「ごちっす」
なんて言ったのが間違いだった。
その後始まった『陰キャ女子がスクールカースト一位に惚れるとどうなるか? 暗黒編』に俺たちは心に深いダメージを負ってしまった。
「それはともかく!」
打ち上げが終わりそれぞれ帰路に付こうとしたところで公英が自分の要件を思い出して追いかけてきた。
アヤはまた酒を飲んだため代行運転を呼んだのでもういない。
「日曜日なんだけど、暇か?」
「……暇ではない」
「ええと、まぁ」
「なにか外せない用があるのか?」
「いや。時間があれば鍛錬がしたい」
「私も、いまちょっと試したいことがあるから」
霧もこの間の【瞑想】が気に入ったらしく暇があれば手伝っている。そろそろ一人でもできるようになるだろう。導き手である俺の魔力ではなく自然の魔力を感じられるようにならないとな。
「それは……絶対に外せない用事なのか?」
「あなたの用事の内容によるわよ」
なんだか泣きそうな顔をする公英に霧が折れた。
「ええと……実はな」
と、語った用件に俺は一言で切り捨てた。
「しょうもな」
「ぐふっ!」
「うん……それはちょっと」
霧も呆れている。
「そこを……なんとか、お願いします」
「まじか」
すでに深夜とはいえ外で土下座を始める公英にドン引きした。
元男としてその見栄はわからないでもない。
とはいえ、そんな挑発にわざわざ乗るかね?
「織羽」
「はぁ、仕方ない」
霧がその気になってしまっているし、一応は仲間だしな。
「その日の夜、焼肉な」
「お、おう……わかった!」
「公英くん、織羽、すごく食べるからね。覚悟してね」
そんなわけで、俺たちは日曜日に公英が所属している野球部の練習試合を見に行くことになった。
そんなこんなで日曜日。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」
場所は隣の市にある某高校。公英が通っている高校だ。
そこの運動場。野球部が結構強く、毎年とはいわないが甲子園にもちょいちょい出場している。
その練習試合がこれから始まる。
のだが……。
「え? なんで? 佐伯なんで⁉」
「うがあああああ! どういうことだよ! 美人! それも二人!?」
「死ね! 佐伯は死ね!」
「ふはははははは!」
嫉妬で騒ぎだすチームメイトの前で公英は鼻高々だ。
そして俺はドン引きだ。
「うわぁ……やっぱ来るんじゃなかった」
「まぁまぁ、そう言わないであげて」
「で、どっちが彼女なんだ」
「それは……おれには決められないな」
「……今夜の焼肉は高いところにしましょう」
「ああ、今すぐ予約する」
アホな会話が聞こえてきたせいで霧の態度が急転した。
高い店ほど封月の名前はよく効く。「本日は満席で……」「あ、封月ですが」「一室空いておりました!」掌くるっくるだよ。
そんなわけで予約も完了。公英よ、覚悟するがいい。
「ちっ!」
そんなアホな公英と野球部連中から少し外れたところで舌打ちをする男が一人。
「あれがそうか?」
「そうなんじゃないかしら?」
たしかにイケメンっぽい。
そして側にいるマネージャーっぽい子もそれなりに可愛い。
「あんなの、放っておけばいいのに」
「……まぁ、わからないでもない」
事の発端はとてもしょうもない。
あのイケメンっぽいのは現在の野球部のエース。公英が入るまでは少年漫画のような『エースで四番』だった。
顔もいいので校内の女子にも人気で、あのマネージャーもイケメンの世話がしたくて入部したらしい。
もちろんイケメンの彼女だ。
だが、イケメンには他にも付き合っている女がいる。そしてそれをマネージャーも認めているという。リアルハーレムである。
なにそれ妬ましいとなるのは間近で見ている告白もまだの男子高校生たちとしては当然の心理だろう。
そして公英が入部した。
最初はあまりぱっとしなかったのだが、最近になって急に打撃が成長し、いまでは一年ながらレギュラー候補で、地方大会でレギュラー入りなら四番は確実と言われているらしい。
こいつが異世界入りしたのって去年の夏だったよな?
なら、最初は実力を隠していたのか。
それを最近やめるようになったと。
レギュラー入りの欲が出たのかもな。
ともあれ、『エースで四番』の地位を崩されたイケメン先輩は面白くないので公英をちまちまといびるようになった。
で、今回はモテないことを攻撃されたので、校外に美人の知り合いがいると対抗したらしい。その後は「嘘つけ」「嘘じゃない」「それなら次の練習試合で連れて来いよ」「おう、連れてきたらぁ」といういまどきの小学生男子もやらないような言い合いの果てにあいつは高い焼肉代という代償を支払って俺たちをここに連れてきたのだった。
ああ、アホらしい。
「うん?」
イケメンがこっちを見ている。
試しにひらひらと手を振ってやると険しい顔が少し崩れた。
そして後ろのマネージャーがすごい顔で睨んできた。ハーレム可だったんじゃないのかい?
監督がやって来て試合前の練習が始まった。
俺たちは見学できる場所に移動する。
練習試合と言っていたが、練習相手は他校ではなく部内で二つに分けて行われるのだそうだ。
地方大会に向けたレギュラー決定がどうたらこうたら……どうも大事な試合のようだ。イケメン先輩のハーレムメンバーもやって来て応援の黄色い声を上げている。
俺と霧も対抗して声を出す。
「がんばれ~」
「は~がんばれがんばれ」
声は張りません。
どうやら公英とイケメン先輩は別チームになったようだ。
試合内容は省略。公英が二回ホームランを打ったけどそれ以外はイケメン先輩の活躍で抑えられたのでそれ以上の加点がなくてイケメン先輩チームの勝利。
ただ、公英は抑えられなかったからイケメン先輩は悔しそう。
試合に勝って勝負に負けた的な顔だな。
監督の話が終わって昼休憩。解散ではなくて休憩。この後も練習があるようだ。
「んじゃ、俺たちは帰る」
「お、おう……サンキュー」
「19時に○○に集合な」
「な……○○?」
お、知っていたか。
「ごちで~す」
「……公英くん。現金はたくさん持って来ておいた方がいいと思うよ」
「ぐほ……」
まっ、ダンジョンで儲けた金があるからなんとかなるだろ。
と、公英と別れて歩いていると例のイケメン先輩が声をかけてきた。
「ねぇ、君たち、よかったらお昼ご飯一緒に」
「あ、汗臭いのと一緒の食事とかありえないんで」
「すいません。失礼します」
「なっ!」
唖然とするイケメン先輩を放置して迎えを呼ぶと千鳳はすでに校門前に待っていてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。