38


 ぼんじり食べたら里心が付いた。

 なんだそのワードはと思うかもしれないが、心のトリガーがどこにあるかなんて人それぞれだ。

 夕方のランニングの終わりにたまらなくなってその店に行った。フェリー乗り場近くにある『焼き鳥、総菜』と書かれた看板の前で足を止める。


「いらっしゃい」


 少し悩んで店内に入ると恰幅の良いおばちゃんが出迎えてくれる。

 ガラスケースの中では鳥肉を使った焼き鳥や総菜が並んでいる。奥には厨房があって小柄なおっちゃんがいる。

 夕方分の総菜を作り終えて暇そうにテレビを見上げている。


「決まったら言ってね」

「あ、鶏もも揚げください。それと……」

「はい。鶏もも揚げ一つ!」

「あいよ」


 俺の注文でおっさんが立ち上がり、フライヤーで鶏のもも肉を一本まるごと揚げ始める。


「焼き鳥のぼんじり、ねぎま、砂肝を十ずつください」

「は~い、ちょっと待ってね」


 おばちゃんは機嫌よく焼き鳥をとっていく。

 言われたままにお金を払い、鶏もも揚げができるのを待つ。


「お姉さん、この店来るの初めてよね?」


 と、おばちゃんが声をかけてきた。


「あ、はい」

「そうよね。いえね、初めてで鶏もも揚げ頼む人も珍しいから」

「ああ、それは……前にクラスメートに聞いたことがあるんで」

「そうなんだね。お姉さん学校は?」

「○○高校です」

「……そうなんだ」


 それきりおばちゃんは黙ってしまった。

 罪悪感がきつい。別に俺が悪いことをしたわけじゃないけどな。いや、まぁ……したのかもしれない。でも……俺のせいか?

 そんな沈黙の少し後で鶏もも揚げが出来上がり、俺はそれを受け取った。


「ありがとうね。美味しかったらまた来てちょうだい」

「はい。絶対に来ます」


 おっちゃんはまたテレビに目を戻していた。おばちゃんに見送られて店を出る。

 少し離れたところにあるフェリー乗り場を眺める小さな公園でベンチに座り、熱々の鶏もも揚げを食べた。

 素揚げされた鶏もも肉に塩胡椒を振っただけなのだけど、たまらなく美味い。ぱりぱりの皮とその下にあるホクホクの肉。シンプルな塩の味と胡椒の香り。


(泣ける)


 あの二人が俺の両親だ。

 どうってことない普通の人間だ。特殊能力があるわけでもなく、とんでもなく金持ちなわけでもなく、なんかすごい因縁をかかえているわけでもない。

 まったくもって普通の人たちだ。

 俺だって《神殺し》なんて能力がなかったらあの異世界に呼ばれることなんてなかっただろうし、霧たちと同じような異世界に呼ばれていてもさっさと死んでいたことだろう。

 こっちの社会では何の役にも立たない《神殺し》なんてものを所持していることも知らずにあの店の跡を継いでいただろう。俺もその気だったし。

 でもそういうのは全部なくなってしまった。

 それがよかったのかどうかはわからない。前のままで生きていた場合に体験しただろう苦労を味わうことはないだろうとは思うが、それを良いことだと考えようとすればあの二人と弟妹の影が浮かんで胸を突く。

 前のままなら手に入れることができない大金を持っている。前のままなら下を向いて見ない振りをするしかできなかった暴力を暴力で叩き潰すことができる。

 やろうと思えば某国もびっくりの独裁者にだってなれるだろう。

 だけどそれが何だっていうんだ?


「ねぇ、彼女、それ美味しそうじゃん? なに食べて……」


 ガギッ、ボリ、ゴリ…………。


「あ、いや……なんでもないっす」


 ああ、思わず骨まで齧っちまった。

 俺は折れた鶏骨を袋に入れて焼き鳥に移る。

 コリコリの砂肝からタレたっぷりのねぎま、ぼんじりと順番に食べていく。


「やっぱうちのタレが一番だよな」


 くそ、作り方を聞き逃したな。【鑑定】を使えばわかるかもしれないが、それは最後の手段だ。

 そんなことを考えていたら全部食べてしまった。霧にも持って帰ろうと思ったんだけどな。

 まぁいいか。

 知らない振りしよう。

 もう少し腹を減らせるために、俺はゴミをアイテムボックスに放り込んでから走った。




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