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「すげぇつまんねぇ」


 人形兵を倒してドロップ品の青水晶を回収する。

 冒険者ギルドの買取所でそれを売る。

 打ち上げを兼ねた飲食店で儲けを分配して解散。

 一人十万円ほどの儲け。

 MMORPGのとある日の野良狩りみたいなことをしただけだ。

 ゲームでそれが許されるのはそれをするに至るまでのどこかに中毒的な要素が存在するからであって、いきなりそれをしろと言われたって面白くもなんともない。

 お金が儲かったぞっていう最低限のモチベーションにしたってこんなマンションと自由に使えと渡されたブラックカードがあっては盛り上がらない。爺さんに使用用途を追跡されない現金が手に入るのはありがたいが、それにしたって知られることを気にしなければ重要度は低くなっていく。

 つまり、俺にとってあんな場所でちまちまと狩りをしている理由はない。

 友情?

 仲間のため?

 いや、その言葉をあいつらに求めるのはまだ早くないか?


「これ以上付き合う理由はないな」


 なによりもそう感じさせたのは狩りの最後に人形将軍・少将に挑戦しないかと声をかけたときだ。


「いや、まだ早い」


 公英とアヤは揃ってそう言った。

 霧はなにも言わなかった。あの様子は勝敗がわかっていた顔だ。まさか負けると出たわけではないだろう。

 どう転んだって俺の補助で勝たせてみせた。

 とはいえそれを理解させるには俺の実力をまず理解させないといけないので、現状では仕方ないとは言えるのだが……。


「ごめんなさい。少しだけ我慢して」


 公英たちと別れて霧と二人だけになったところで彼女がそう言った。

 彼女には俺の考えがわかっているようだった。


「少しって、どれくらい?」

「夏休み前ぐらいかしら」

「それは占い?」

「ええ」

「それはもう占いというより未来視だよな」

「そんなこと言われても、困るわ」

「そうか?」

「ええ。見たいものが見えるわけではないし」

「そんなものかな?」

「見たいものと言えば、あの乱暴者たちにあなたがなにかした?」


 乱暴者というのは村上辰たちのことだろう。


「それもなにか見たのか?」


 俺は空とぼけて聞いてみた。


「見たというか、見えなくなったというか」

「見えなくなった?」

「あそこから去るとき、彼の未来が見えなくなったの」

「見えない。死んだってことか?」

「そうかもしれないし、私とはもう関わりのない場所に行ってしまったからか。私の占いは私を中心にしたものしか見ることはできないから」

「なら、公英たちのことは?」

「夏休みぐらいで彼らのことが見えなくなるから。死ぬという感じではないから、きっと、道が外れてしまうのだと思う」

「そっか……」


 少しだけその意味を考える。

 俺からすると彼らとの出会いは異世界帰還者が他にもいるという事実を知るためだけの事象だ。いまのところ。関係が発展しないのであれば、本当にそれだけだ。

 いや、霧との出会いはそれよりは少し深いかもしれない。そうはならないかもしれない。

 あの二人よりも踏み込んでいることは事実だ。その後どうなるかはまだわからない。わかるはずもない。

 だが、霧にはそれさえも見えているのだろう。


「辛いか?」

「どうかしら? よくわからない」


 別れが見えているというのはどういう感情なのだろう? と思って聞いてみたがそういうえば俺たちは定期的に別れを経験するのだった。

 卒業式という名前の強制的な別れだ。

 だが、彼女は自分だけがその別れを予見している。

 その感覚はさすがにわからないかもしれない。


「もともと、出会うはずのない人たちでもあるの。異世界になんて行かなければ」

「偶然なんてそんなものだろ?」

「そうね。きっとそうなんだろうけど。出会いが特殊過ぎるでしょ?」

「まったく」

「だから少しだけ期待もしていたの。あの人たちといれば見えないぐらい先の未来で、なにかもっと良いことが起きるのかもしれないって」


 そう言ってからため息を吐く。


「あなたと出会ってからなんだか私の人生はもみくちゃにされる予感があるわ」

「そうか?」

「ええ。いまのところ、あなたとの関りはなくならないみたいだし。あなたは平穏なんて望んでいないのでしょう?」

「まぁ……残念ながら?」

「きっと、あなたのその望みが私を平穏から遠ざけるのよ」


 この間の様子からしたら恨みがましげに見られるのかと思ったがそうはならなかった。

 少しだが笑っていた。


「意外だな。そういうことは望んでいないんだと思っていた」

「そうよ。望んでない。私一人ならね。だって、なにもできないもの」

「なら?」

「あなたは私の何かを開いてくれる。そんな予感する。この前、それが見えたのよ」

「そうか? それなら……これからうちにでも来るか?」

「え⁉」

「新しい世界を開きたいんだろ?」

「た、確かにそうは言ったけど……え! いきなり!?」

「爺さんが新しい部屋を見つけてきたからな。それも見せたいし。驚くぞ」

「へ、部屋……部屋に二人きり……ということ?」

「そうだな。他にはいないし」

「え? ええ……でも」

「この前、瞑想を教えるって言っただろ?」

「え゛っ?」

「うん?」

「あっ! そっ! そうね!! そうだったわね!」

「……なにか、勘違いしたか?」

「そんなわけないでしょ!?」


 顔を真っ赤にしている霧を見て、自分の発言を思い返してみる。

 異性間なら問題ありそうだけど、同性なら大丈夫じゃないか?

 それに、この体になってからいまいち性欲がないんだよな。生理もまだ体験していないし、ていうか不摂生な生活で止まってたっぽいし。そこら辺が復活したらまた何か変化があるかもしれないが。


「というわけで俺の部屋を紹介してやる。びっくりするぞ」

「え、ええ……楽しみね」


 真っ赤な顔で勘違いを誤魔化そうとする霧に笑いかけ、俺たちは駅前に向かった。




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