第41話 罰

 己龍の刻、勝達はゴラン国の首脳会談が早く終わらないかと、日々の筋トレでレスリング選手並みに太くなった首を長くして応接室で待っている。


「しかしお前さあ、何だってこうひ弱なんだよ、ヘナチョコだなあ」


 トレーニングをサボり気味で、人一倍鍛錬している勝よりも筋肉がないアレンは自分の事を棚に上げてヤックルの細い腕を軽く握る。


「何だよ! 筋肉は魔導士には要らないんだよ! 護身術だけで十分だよ!」


 ヤックルはムキになり、アレンの手を振り解き、顔を膨らませてキレ気味に言う。


「魔道士ったってさ、お前煉獄以外に使えないじゃん。煉獄も二発ぐらいしか使えねーし。他の魔法は火力が弱くて連発できてないしさ。除隊した方がいいんじゃねーのか?」


「うるさいなあ!」


「アレンさん、そりゃ言い過ぎだぞ! 俺だって魔法が使えないし……」


 勝は未だに、自分が魔法を使えない事を引け目に感じている。


「お前よく死ななかったな、回復呪文は必須だぞ……!」


 アレンはもうこの世界に来て半年近く経つのに、初歩的な魔法すら使えない、勝のダメっぷりを呆れている様子である。


「ねぇ勝、本当に魔法が使えないの?」


 ヤックルは勝に尋ねる。


「ええ、一通りの検査や訓練はしたのですが、根本の魔力自体が無いと……」


 勝は不甲斐無い表情を浮かべて答え、情けなく俯く。


「ふうん、体質自体が僕らとは違うんだな。この世界に住む人間は程度の差こそあれ魔法が使えるし」


「お前ある意味レアだぞそれは……」


 ヤックルとアレンは、口々にそう言い、不思議そうに勝を見やる。


「なぁ、アレンさん、俺はイマイチよくはわからないのですが、魔法が使えないとこの世界では危険なのか?」


「あぁ、まず自分の身が守れない。攻撃はもちろんなんだがな。それと、医学はあるんだがな、怪我を治すのには魔法が最優先で使われる。薬草などの薬はあるんだが魔法の回復力には敵わない。俺やヤックルですら使えてるんだが、それが使えないとなると参ったな……」


 アレンは参った、ダメだこりゃといった具合の表情を浮かべて頭をポリポリと掻く。


「薬草とか常に持ち歩いていた方がいいかもね」


 ヤックルは自分よりも能力が劣る勝を見て溜息混じりに呟く。


「いやお前もだろ?」


「何だよ、そっちだってさ、回復呪文は一回しか使えないじゃないか! 僕は二回だからね!」


「一回も二回も大して変わらないだろ!」


 アレンは不貞腐れるヤックルをゲラゲラと笑いながら蔑む目で見ており、それを見て勝は吐き気に似た不快感を覚える。


「この野郎!」


 ヤックルはアレンに向けて火弾を放つ。


「うわ! 危ねぇ!」


 アレンはしゃがんで火弾を避けると、ドアが開き、出てきたアランの体に当たる。


「ひ、ひえええ!」


 アランはブスブスと焦げている衣服を脱ぎ、凍てついた場を作ったヤックルをジロリと睨みつける。


「し、司令殿……お話の方は……」


 勝はアランが自分たちを粛清するのかと、カクカクと顔を引き攣らせながら、尋ねる。


「話は終わった。ゴラン国は正式に我が軍の隷国となる。ヤックル、貴様はゴードン卿の下につき機械の知識吸収に従事しろ。向こうさんがお前の能力に興味を示している。アレン、勝、貴様らは今まで通りに国王の護衛に従事しろ。それと……」


「?」


「ヤックル、貴様はスクワット100回だ」


 アランはヤックルを睨みつけ、踵を返して部屋を出て行った。


 🐉🐉🐉🐉


 「ほらヤックルさん、これでラストだ」


 勝は今にも死にそうな表情を浮かべてスクワットをしているヤックルを気の毒な表情で見つめている。


「99……100。ブヘェ〜……!」


 ヤックルは肩で息を切らし、地べたにへたり込む。


「お前がアランさんに火弾なんか放つからだ。いっそな事よお、煉獄でも放ってくれれば死んでくれたのになあ……」


 アレンはヤックルを自業自得だと言わんばかりにドライな表情で見つめている。


 ヤックルは皮袋から飲料の入った袋を取り出して口にゴキュゴキュと流し入れる。


「アレンさん、そんなにアランさんが嫌なのか……」


 勝は、苛立っているのかオモコを吸いたがっている素振りのアレンを溜息混じりに見つめる。


「だってさあ、シゴキがきついからよ! あれ絶対モテてねぇから! 戦争ったってよお、ゴラン国が隷国になったんだべ? 機械とかよくわかんねーものが使えるようになりゃ、ハオウ国に勝てるんじゃねぇか! てかよ、とっとと降伏すりゃいいんだよ!」


「アレンさん、それはアラン司令に失礼なんじゃないか……?」


「んなよ、絶対あのオッサン彼女いねーよ! 去年よぉ、女郎屋の女に告って振られてから全くモテてねーし! 常識で考えれば無理ってことぐらいわかんねーのかなあの筋肉バカはよお!」


「……」


「んだよ、何真顔になってるんだよ?後ろになんかいるのかよ……?」


 アレンは勝の表情に違和感とも取れる危機感を感じ、嫌な予感を感じながら恐る恐る後ろを振り返る。


「ひぇ……ア、アラン司令殿」


 こめかみに青い血管が浮かび上がっているアランは、じろりとアレンを睨みつけている。


「アレン、スクワット500回だ、それが終わったら腹筋500回、それを3セット。今すぐこの場でやれ……!」


「は、はいい!」


 勝とヤックルはアレンにかける言葉が見つからず、自業自得とは言え災難だなと思いながら、この場にいたら自分達も巻き添えを食うなと思い、アランに敬礼をしてこの場を立ち去ろうとする。


「ヤックル、勝、貴様らは城門へ行け、ゴードン卿が熱気球の操作方法を教えると仰っていた。待たせると悪いから急げ」


「は、はっ!」


「承知致しました……!」


 勝達はアランの全身から出る殺意に小板をちびりそうになりながら、顔面蒼白のアレンを気の毒に思い慌てて部屋を出た。

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